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6.叶太と羽鳥

 オレは行き詰まっていた。

 正直、何をやっていいのかもう分からない。

 ハルは相変わらずで、何とか申し開きをしようにも、少しでも雰囲気を良くして告白しようにも、まるでとりつく島がない。

 兄貴の声が頭の中で鳴り響く。

「そりゃ、お前、他に好きな男ができたんだろ?」

 いや違う!!

 絶対にそんなはずはない!!

 だけど、一縷の望みをかけて確認した羽鳥先輩なる人物は、やはり男だった。

 しかも学年でも万年トップの秀才で、次期生徒会長じゃないかとも言われてるらしい。

 ああ、もうっ!!

 昼休み、弁当を食べ終わったハルは図書館へ行った。

 当然、オレは置いて行かれた。

 これを「当然」と言わなきゃならないのが、心底情けない。

 羽鳥先輩と会うのは決まって図書館だと言うから(志穂情報だ)、オレは女々しいと思いつつも、図書館へと向かう。

 宿題でもない限り、本など借りたことないのに……。


「あっ」

ちょうど反対の通路から、噂の羽鳥先輩がやってくるのが見えた。

 思わず声を上げると、先輩はオレを見て怪訝そうな顔をした。

 その後、ああ、というような表情で、妙に頭の良さそうな切れ者顔に笑顔を浮かべた。

「広瀬叶太くんかな?」

 え!? まさかのフルネーム。

 オレは羽鳥先輩の名も顔も、最近知ったばかりだと言うのに。

 逃げ出したい衝動に駆られたが、先輩相手に先に声を上げたのはこっちだ。

 今さら知らん顔もできず、オレはバカみたいに、数回縦に頭を振った。

「やあ、何か用?」

 口を開かなければ、間違いなく頭の良さそうな切れ者風のイケメン。なのに、口を開けば妙に笑顔が可愛くて好感度抜群……って、反則だろ!?

「えっと、あの……こんにちは」

 挨拶なんかして、どうする、オレ!

 先輩はクスクス笑いながら、

「こんにちは」

 と返事をしてくれた。

 羽鳥先輩はオレの方を見て、不思議そうな顔をする。

 オレが何も言いそうにないのを感じてか、先輩の方から言葉を続けた。

「ハルちゃんのことかな?」

 ハルちゃん!! ハルちゃんって呼んでるのか!!

 それは、ハルと仲が良いヤツらがハルを呼ぶ愛称。

 羽鳥先輩は、それほどまでにハルと仲が良いのか!?

 いや、考えてみれば、お見舞いにって本を貸してよこすくらいには仲が良いはずだ。

 本好きなら、ただの知り合いでも見舞いに本を届けるのは普通か!? これは、普通なのか?

 ……本好きの気持ち、分かんね~!!! ダメだろ、オレ。

 オレが固まっているのを見て、羽鳥先輩はクスリと笑った。

 ……ぐぐっ。

 笑うなと言いたいけど、とても言えない。恥ずかしすぎる、オレ。なぜ、ここまで動揺する!?

「キミとハルちゃんも、色々あるみたいだね」

 色々……って!? なんで、あんたがそんなこと!?

「え……っと、あの……」

 オレが何も言えないでいると、羽鳥先輩は顎に手を当てて、こんなことを言った。

「うーん。これは、ボクにもつけいる隙があるってことかな?」

 笑顔で言われたその言葉に、オレの頭はとうとうフリーズした。

 完全に目が点。続いて、動揺で目が泳ぐ。

 お、お、おいおいおいおいおいおい!! つ、つ、つけいる隙~~~~っ!!?

 羽鳥先輩は、また口の端に笑みを浮かべると、

「じゃ、またね」

 と、オレの肩をポンと叩き、風のように、オレの横を通り過ぎた。

 数秒呆然と立ち尽くした後、慌てて振り返ると、羽鳥先輩は廊下の角を曲がるところだった。

 チラリとこちらを見て、先輩はニコリと爽やかな笑顔を見せオレに軽く手を上げ、そのまま見えなくなった。

 さ、爽やかすぎだろ……。

 これで、学年トップの秀才。

 細身で、背の高さはオレと同じくらい。ピンと伸びた背筋、品が良い身のこなし。見るからに頭が良さそうで……。

 こう言うタイプを好きな女の子も多いだろう。

 多分、羽鳥先輩はモテルに違いない。

 反対に、オレは頭はまるっきり凡人。万年平均点。だけど、身体はガッチリ鍛えてある。

 羽鳥先輩とは明らかにタイプが違う。

 自分で言うのもなんだけど、オレだって素材は悪くないと思う。平日の朝は走り込み、週末は道場に通って空手をする。

 運動部に入るとハルとの時間が減るし、文化部には興味がないから、帰宅部。

 だけど、大切な女の子を守るにはやっぱり腕力は必要だ。

 だから、小学生の頃から気合いを入れて鍛えてきた。

 そうするモンだって思ってた。

 けど、もしかして、それは大間違いだったのか!?

 ハル!! ハルは羽鳥先輩みたいな頭が良い人が好きなのか!?

「そりゃ、お前、他に好きな男ができたんだろ?」

 呪いのように、兄貴の言葉が頭の中でこだまする。

 違う!! 違う!! 違う!!

 繰り返し、兄貴の言葉を否定しながらも、オレは何をよりどころにして良いのか分からなくなってきた。



 翌日。

「なあ、斎藤」

 体育の授業の帰り、オレは、またしても斎藤にぼやいていた。

「ん? なに?」

「オレ、…………ハルに」

「ん? ハルちゃんがどうした?」

 既に過去、何度も愚痴っていたせいか、斎藤は軽く聞き流す気満々の生返事。

「オレ、ハルに嫌われたのかな?」

 他に好きな人ができたのかな、じゃないところが、オレの悪あがき。口に出したら、本当になってしまいそうな気がして、言えなかった。

「……ケンカ? 長いよな~」

 面倒くさそうに、そう聞き返しつつも、斎藤はケンカだけじゃないよなって顔。

 なぜなら、斎藤はハルの隣の席で、毎日オレとハルのやり取りを見ているのだから。

 ケンカしてちょっと仲違いって感じじゃないのは、よく分かっているだろう。

「そもそも、ケンカなんてしてないって」

 何度も言ってるだろう、と思うけど、斎藤はまるで興味なさげに明後日の方向を見ている。

「なあ、オレ、どうすればいいと思う?」

 斎藤はようやく、オレの顔をマジマジと見た。

「だからさ、オレに聞くなって」

「いや、だけど、おまえ、なんか話しやすいんだよなぁ」

 今さら、以前からの友人には言いにくい……と思っていたのは最初だけ。

 何気なく斎藤に話し出したら、妙に話しやすい。それは、紛れもない事実。

 知り合ってようやく二ヶ月とは、とても思えない。コイツといると、まるで昔からの友だちといるような気になる。

 いや、同い年なのに落ち着いていて、むしろ先輩とか兄貴とか先生とか、そういう人たちといるような気になってくるのだ。

「話しやすくなんか、ないって!」

「あるって~」

 そうして、更に、

「友だちだろ~。教えろよ~」

 と続けると、斎藤がうんざりしたような顔でオレを見る。そして、ため息。

 つ、冷たい。

「オレ、恋愛って分かんないから」

 斎藤が噛んで含めるように、オレに言う。

「いや、……正直、オレも分かんないよ」

 本当に。いや、もう、本当に!!

 だけど、斎藤は続ける。

「いや、オレはもっと分かんないから」

「……拓斗くん、冷たい」

 斎藤拓斗たくと、それがコイツのフルネーム。

 オレの言葉に、斎藤がふううぅぅっと大きなため息を吐いた。

「オレ、女の子に興味ないし」

「えっ!!? なに! 斎藤、男の子好きなの!?」

「バッ!! 違うわっ!!」

 斎藤が慌ててオレの口をふさいだ。

「飛躍しすぎだ! バカ広瀬っ!」

 だけど、この慌て方、もしかして……。

 オレを半ば羽交い締めにした腕をほどきながら、オレは斎藤の目を見る。

「別に、オレ、偏見ないよ?」

 その瞬間、斎藤は口をポカンと開けて固まった。

 ん? なんか、違ってた?

「……おーい。拓斗くーん」

 手をひらひらっと斎藤の前にかざす。

 徐々に斎藤の顔に表情が戻り、赤くなり、それから盛大に吠えた。

「おまえ、いい加減にしろよ!! 誰が男が好きだって!?」

「……あ、違ってた?」

「違うに決まっとろーが!!」

「いや、そんなの分かんないし」

「せめて、オレの言うこと聞けよ」

斎藤がオレの肩をがしっと両手で掴んだ。

「いや、だから聞いたじゃん」

「……なにを?」

「女の子に興味ないって」

「女の子に興味なかったら、男が好きってか? おかしいだろ、それ!」

「……ああ、まあ、そうかも?」

「そうかもじゃ、ないって!!」

 はあああぁぁぁ、と斎藤は、盛大なため息を吐いた。

「あーもう。ハルちゃん一筋の広瀬には、分かんないかもな」

「え? なにが?」

「世の中には、女の子に夢中で、女の子しか目に入ってないヤツばっかじゃないってこと」

 ゴンと頭を殴られる。

 いて。

 ってか、オレは女の子に夢中な訳じゃない。

「オレは、ハルが好きなだけで、他の女なんて、目に入ってないぞ!」

 斎藤は更に冷たい視線をオレによこした。

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