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4.叶太の決意

 やっぱり、ハルがおかしい。

 もう一週間以上……二週間近く、ハルの笑顔を見ていない。

 名前の通り、春の陽射しに輝く花のように、優しくて暖かく笑うハルだったのに。最近、見るハルは、暗く沈んだ顔だったり物思いに耽る顔だったり、ポロポロと涙をこぼす泣き顔だったり、そんなのばかりだ。

「なんでもない」

 ハルはそう言うけど、なんでもない訳がない。

 それから、ハルは明らかにオレを避けている。

 最初は気のせいかと思った。いや、気のせいにしておきたかった。

 けど、もう無理だ。どう考えても気のせいじゃない。ハルは、間違いなくオレを避けている。

 オレは、一体なにをしでかしたんだろう?


 ハルは、言う。

「もう一人で、大丈夫だから」

 それが、最近のハルの決め台詞。

「カナは、自由にして」

 そうは言われても、オレは自由意志で、ハルのところに来るのを選んでいる。

 今だって、十分すぎるほどに、自由だ。

「ムリにわたしに付き合うことないから」

 いや、ムリなんて、カケラもしてないし。

 ハルの鞄を持ち、たまにハルの手を取り、ハルの歩調に合わせて、ゆっくりおしゃべりしながら歩く。

 オレの肩の位置にハルの頭が見える。ふわっとした柔らかい髪が揺れる。くるんと巻いたつむじが見える。

「ねえ、カナ、昨日の夜ね、」

 と、ハルが上を向いて、オレの方を見上げ、他愛もないことを話す。

 大きな目がくりくりと動き、赤い唇がオレの名を呼んで動く。

 思わず頭をグリグリなでると、

「やだ。髪の毛、ぐちゃぐちゃになっちゃうよ」

 と笑いながら、ハルが頭を動かす。

 ハルの机まで鞄を運ぶと、ハルが、

「ありがとう、カナ!」

 と満面の笑みを見せてくれる。

 オレはハルのそんな笑顔を見ると、胸がほわっと暖かくなって、幸せで、幸せで……。

 ついこの前までは、そんな幸せな毎日が高三になるまで続くのだと思っていたのに。

 学校公認カップルと言われ出して何年だろう小学校の高学年頃には、もう言われていた。

「ハルちゃん命の叶太くん」

 そう言われていた。

 それなのに、どうして、こんなことに?


「ねえ、カナ。おじさまに、わたしと同じクラスにして欲しいって頼んでるって、本当?」


 そう言えば、ハルの様子がおかしくなりはじめた頃、ハルが突然、そんなことを言い出した。

「え? 何を突然」

 真面目なハル。

 だから、オレが親父にそんなことを頼んでると知ったら、きっと怒ると思ったんだ。だから、今までも、ずっと「腐れ縁」で通してきた。

 ハルも、これまで、一度も突っ込んできたことはない。十二年間、一度もだ。

 だから、オレは多分油断していた。動揺が顔に出ていたんだと思う。

「……やっぱり」

「え? ハル?」

「本当だったんだ」

 ハルの声が、心なしか揺れた気がして、オレは慌ててハルの顔を覗き込んだ。

「あのさ、ハル」

 言い訳しようと思ったのに、ハルはもうオレの目を見なかった。

「ハル」

 ハルの両頬を手のひらで挟んで、オレの方を向けた。ハルは今にも泣き出しそうに顔をゆがめた。



 ハルとの仲がおかしくなりはじめたきっかけ。

 正直、これくらいしか思いつけない。

 その時は、生真面目なハルが、自分のためにオレが10年以上も不正を働き続けたっていうことに、ショックを受けているんだと思っていた。

 だから、

「だけど、ハルと一緒にいたかったから」

 とか何とか、暗い表情のハルを前、ただひたすら言い訳を並べた。

 でも、幾つの言葉を並べてもハルの表情は変わらなかった。

 そして最後に、

「ごめんね」

 と言った。

 え? なんで? それはオレの台詞だろう!?

 そう思ったし、そう言いもした。

 でも、ハルはもう一度、

「ごめんね、カナ」

 そう言うと、暗い表情のまま顔を伏せた。




 あれから、二週間。

 原因と言えば、それくらいしか思いつかない。

 だけど、たったそれだけのことで? たった、それだけのことで、ハルがオレに愛想を尽かしたと言うのか?

 どうしても、オレには信じられなかった。

 怒ったとしても、数日で怒りを静めてくれるだろうと、高をくくっていた。でも、一週間経ってもハルは暗い顔をしていた。

 朝夕、オレが鞄を持つのすらやめて欲しいと言う。

 押し切って続けたけど、ろくに口は聞いてもらえない。二週間経ってもハルの態度は変わらない。

 十二年間も一緒にいて、今まで、オレたちは言い争いをしたことすらない。

 それが、たったこれだけで……?

 いくら何でも、そんなハズはないだろう?

 じゃあ、なんでハルはオレを避けるのか?

 オレはずっと考えていた。

 自然には、ハルの様子が変わらないってことが、何となく分かってきた一週間目くらいから、ずっと考えていた。でも、分からなかった。

 考えてみたら、オレはずっとハル一筋だったから、ハル以外の女の子に目を向けたことは、一度もない。

 だから、幾ら「学校公認カップル」と呼ばれて六年目だとしても、恋愛経験が豊富なわけではない。加えて、ハルは本当におっとりしていて、これまでに、ケンカも仲違いも、一度もしたことがない。

 だから、豊富でない上に、恋愛スキルも貧相そのもの。

 もうダメだ。一人で考えていても、何も解決しない!!

 斎藤に相談しようと思っても、

「オレに聞くな」

 の一言で終了。

 中等部以前から一緒のヤツらには、正直恥ずかしくて聞けない。

 何しろオレは、「ハルは一生、オレが守る」って家族にも友だちにも、平気で触れまわっていたんだ。

 いつも、ずっと、もう何年にも渡って。

 だから、今更こんなことを聞くのは気恥ずかしかったのだ。

 だから、友だちの話だけど、と何気なさを装って五歳上の兄貴に聞いてみた。




「そんなの決まってるだろ」

 兄貴は笑いながら言った。

「え、決まってるの!?」

 食いつくオレに、兄貴は不敵に笑って続けた。

弟のオレから見ても、カッコ良い大学生の兄貴。過去に見かけた彼女は何人いただろう? オレなんかより、よっぽど恋愛経験も豊富だ。

 その兄貴が決まっていると言うのだから、オレが食いつかない訳がない。

「そりゃ、お前、他に好きな男ができたんだろ?」

 兄貴はこともなげに、そう言った。

 その瞬間、オレの表情は間違いなくフリーズしたと思う。

 兄貴の顔が、見慣れた家のリビングの景色が、言葉の意味を理解すると同時に、凍りつき色を失った。


「叶太?」

 兄貴の不審げな声に、オレはなんと答えたのか覚えていない。

 何か、言い訳めいたことを口走った気がする。

 目に入る景色は、まるで真っ白な霧がかかったように遠くて。

 なのに、兄貴の気の毒そうな表情だけは、はっきりと見えた。

 違う! オレとハルの話じゃない!

 そう主張したかった。

 でも、表情だけじゃなく、思考能力も完全にフリーズしてしまったらしいオレは、心の中で、

「違う! そんなんじゃない!」

 とくり返すしかできなかった。

 そうして、まるで自分のものとは思えない手足を、交互にひたすら動かして、いつもの十倍は遠く感じる自分の部屋へと向かった。

 とにかくその場を離れなければと思った。 今すぐに、この、とんでもないことを言い出す兄貴の側から離れなければ、と思った。

 そうしなければ、言われた言葉が現実になってしまうのではないか、そんな思いに襲われた。

 違う。違う。違う!! ハルが、他の男を好きになったなんて!! そんなこと、あるはずない!

 そう自分に言い聞かせようとしながら、何とか別の回答を探そうとしながら、堂々巡りを続けたオレは、最後にようやく気が付いた。

 …………あれ? もしかして、オレ。

 よくよく考えて、ようやく、オレは気がついた。

 もしかして、オレ、一度もハルに「好きだ」って、伝えてない?

 思い起こせば、四歳からの付き合いで、この春でハルに出会ってから十二年目。

 四歳の時から好きだった。

 それを十一年に渡り全身で表してきたつもりだけど、どう思い返しても、それを言葉にして伝えたことは、ない気がする。

 いわゆる告白。

 あまりに側にいすぎて、あまりに自然に隣にいすぎて、告白をしようなどと考えたこともなかった。

 改めて、好きだと言う必要性など感じてもいなかった。

なんたる失態!

 打開策を見つけた。思わずにんまりと笑みがこぼれる。

 兄貴は他に好きな男ができたのだと言ったが、それ以前に、オレたちはもしかして、今まで付き合っていなかったのか!?

 ハルは、そんな状況に嫌気がさしたのかもしれない。

 いや、そうに違いない。考えてみたら、彼氏でもない男に一生守ると言われたって、戸惑いの方が大きいだろう。

 オレは、ハルが別の男を好きになったと言う可能性を放棄した。問題はそこではなくて、オレがハルを好きだと伝えられていないところにあるに違いない。

 オレはそう考えた。

 そうとなれば、どのようにしてハルに伝えるかだ。

 今更照れくさい、などと言ってもいられない。

 ハルを手放すなんて、オレにはもう考えられないのだ。

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