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2.叶太の戸惑い

「斎藤~、なんでだろう?」

「なにが?」

 オレの嘆きに、高等部に入ってから友だちになった斎藤は冷たく返した。斎藤拓人、高等部から杜蔵に入って来た外部生の一人。

 百八十センチ超のでかい身体して、割とクールだ。

 ……いや。身体は関係ないか。 

「最近、……ハルが冷たい」

 その言葉を聞くと、斎藤は更に冷たい目で、オレを見た。

「……ハルだけじゃなくって、斎藤も、冷たい」

 しくしく、と泣き真似をすると、斎藤がうんざりしたような顔をした。

「おまえ、ホントいつでも、ハルちゃん、ハルちゃんだな」

 呆れたような斎藤の表情。だけど、気にしない。オレがハル一筋なのは、はるか昔から変わらない既成事実。入学から一ヶ月しか経っていないのに、外部生にすら、既に知れ渡っている

 とは言え、この微妙な空気はぶち壊したい。

「なに? おまえ、妬いてんの?」

 斎藤は、ブッと吹き出した。

「バカ! なわけ、ねーだろ!?」

「……冗談に決まってるだろ」

 そう言いつつ、思わずニンマリ笑ってしまう。

 だいたい、知り合って一ヶ月かそこらだ。斎藤がハルにヤキモチ焼くほど、オレを好いてる訳もない。

「……おまえなぁ」

 斎藤が、げんこつで、軽くオレの頭を叩くのをガードしながら続ける。

「悪い悪い。だけどさ~」

 正直、冗談でも言わなきゃ、やってらんない気分だったんだ。

 ハルは、オレの大事な、何より大事な宝物みたいな女の子で……。

 はああああぁぁぁ。

 変わらず呆れ顔でオレを見る斎藤の前で、思わず盛大にため息を吐いた。

「なんでだよ、ハル~」



 ハル。牧村陽菜、オレの幼なじみ。

 隣の家に住んでいて、年中さんから高一の今まで、十二年間同じクラス。

 ハルは可愛い。細っそりと小さくて、華奢で、色白で、大きな目。そして、ふわふわっとした柔らかそうな長い髪。

 客観的に見ても、学年で一、二を争う可愛さだと思う。だから、密かにハルに思いを寄せる男子は多い。

 だけど、オレが好きなのは、そんな見た目ではない。

 何より、穏やかで、優しくて、人の悪口など言ったことのない、心がとても綺麗な、そんなハルが好きだ。

 ハルを守るのはオレだって決めている。その役目を誰かに渡すなんてこと、考えたこともない。

 オレが、一生、ハルを守るんだと決めて、もう丸十一年になる。

 保健委員はオレのものだ。ハルの隣はオレの指定席。

 ……って、思っていたのに、なぜか、ここ数日、ハルが冷たい。

「おい、広瀬、チャイム鳴ったぞ」

 斎藤が、オレの肩をトンと叩いた。

「……んあ?」

 思わず間抜けな声を漏らすと、斎藤は呆れたように肩をすくめた。

「まあ、おまえのハルちゃん狂いは、入学した瞬間から聞き及んでたけどな」

 オレのハル狂い?

 失礼な。ハルが世界一大切で、それを遠慮なく態度で現してるだけじゃないか。

「てか、ホント、そろそろ自分の席に戻れよ、担任来るぞ」

「ああ」

 ようやく、オレは斎藤の隣の席を立ち、二つ前の自席に戻った。

「あ、そう言えば、牧村、今日、休み?」

 思い出したように、斎藤が聞く。

 斎藤が「ハルちゃん」と言うのは、オレをからかう時だけだ。普段は名字で呼ぶ。

「そう。熱出したって」

「ホント、病弱なんだな」

 斎藤がボソッと呟いた。

 斎藤の隣、つまり、オレがさっきまで座っていたのは、ハルの席だ。四月に入学してから、ハルが休むのは二回目。

 ホント、と言ったのは、ハルが病弱なこと、オレがそんなハルのナイトだなんだと、入学早々騒がれていたからに違いない。

 ハルは戸惑っていたけど、オレはハルが他の男にちょっかいかけられるくらいなら、公認カップルと言われてからかわれる方がいい。

 そんなことを考えていると、ガラガラっとドアが開き、担任が入ってきた。




 午後。

 次は数学か、こりゃ眠いぞ~とか考えていると、ハルの友だち、寺本志穂てらもとしほがやってきた。

「叶太くん、今日、陽菜んち、行く?」

 初等部、中等部も一緒だったから、オレもよく知っている。

 サバサバした気持ちのいいヤツ。

「ああ、行くよ」

 ハルが休んだ日は、必ず、見舞いに行くことにしている。プリント、宿題、授業のノート、届ける物はいくらでもある。

 いや、何もなくても、行くのだけど。顔を見たいし、声だって聞きたいし。

 それに、何しろ、隣の家に住んでいるのだ。お見舞いだと言って行くにはもってこいの距離。

「じゃあ、これ、渡しといて」

 と手渡されたのは、カバーのかかった文庫本。

「……本?」

 ハルは確かに本好きだけど、志穂が本を読んでいるところなんて、見たこともない。もちろん、過去、見舞いに本を持って行くよう頼まれたこともない。

「失礼な」

 志穂が笑いながら言う。

「……なにが?」

「顔に書いてあるわよ。おまえ、本なんか読むの、って」

 志穂がカラカラっと笑う。

「……いや、そんなことは」

 言い訳しようとしたら、志穂が遮った。

「いいの、いいの。ホントのことだから。これは、羽鳥先輩から」

「羽鳥先輩?」

 って、誰?

 見舞いに本? 確かに本好きのハルにはぴったりの見舞いの品かも知れないけど……。

 聞き覚えのない羽鳥先輩とやらに、オレは妙に焦りを覚える。

 まさか、男……じゃないよな!?

「図書委員の羽鳥先輩。委員会で会ったときに預かったの」

 そう言う志穂は、図書委員だ。本も読まないのに図書委員。

 立候補がいなくて、くじで決まった。

 ハルは、

「わたしがやりたかったな」

 と残念がっていた。

 委員を決める日が、ハルの入学一回目の病欠だったのだから仕方ない。

「陽菜に渡せば分かるって」

 オレの狼狽を知ってか知らずか、志穂はニヤニヤ笑う。

 そうして、文庫本でオレの頭をポンと叩くと、机の上にそれを置いて行ってしまった。



 放課後。

 帰宅部のオレは、早々に家に帰って着替えると、ハルの家に向かった。

 いつものように迎え入れられ、ハルの部屋に行き、トントンと軽くノックをして、ドアを開けた。

「ハル、大丈夫?」

 女の子らしく、暖色とピンクでまとめられたハルの部屋。幼なじみだけに、過去、何度となくお邪魔してきた。

 お邪魔とはいいつつ、邪魔だと思ったことはない。

 だけど、今、体調の悪さだけではない、ハルの暗い表情を見て、本当にオレ、ハルの邪魔をしてるのかも知れないと思う。

 ……でも、何の邪魔?

「……カナ」

 のっそりと、ハルが身体を起こそうとするのを慌てて止める。

「起きなくて良いから、寝てろよ」

 熱は下がったと聞いたけど、ぜんぜん、元気そうには見えない。

 いや、そもそも、体調を崩して休んでる段階で、元気なはずはないのだけど。

「ん。ごめんね」

 いつもなら、体調が悪いときでも、ハルは努めて笑顔を見せる。

 無理せずに、ツラいときはツラいって顔すればいいよと言いたいくらいで……。

 いや。ってことは、今日はよほど調子が悪い?

 いやいや。長年、ハルを見てきたオレには分かるが、そんなことはないはずだ。心臓の具合が悪いような時は、もっと本格的に顔色が悪いし、辛そうにしている。

 言うなれば、今のハルの表情は憂い顔。

「……カナ?」

「あ、ごめん!」

 オレは慌てて、志穂から預かった本と、今日のノートのコピーを出す。

 勉強嫌いなオレが、真面目に授業を聞くのは、ひとえにハルが休んだときに、ちゃんとノートを届けられる水準をキープするためだ。

 正直、ハルは地頭が相当良いらしくて、実際のところ、オレのノートなどなくても、何の問題もない気がしないでもないが。

「ありがとう。……本?」

 ハルが不思議そうな顔をして、オレが置いた文庫本に目を向けた。

「あ、志穂から預かった」

「しーちゃんから?」

 ハルは更に不思議そうな顔をする。

 そりゃそうだ。オレですら、志穂と本がミスマッチと分かるのだ。ハルが違和感を感じないはずがない。

 オレは気が乗らないままに、でもハルが気にしているみたいだったので、文庫本を取り、ハルに渡した。

「えっと、図書委員の羽鳥先輩から預かったって」

「羽鳥先輩から?」

 その瞬間、それまで、曇っていたハルの表情がぱあっと明るくなった。

 おい。ちょっと待て、ハル、だから誰だよ、それ!

 オレの狼狽に気づくこともなく、ハルは嬉しそうに文庫本を開いてタイトルを確認した。

「えっと、さ、」

 そうして、オレは、気づいてしまった。オレの声を聞いたハルの表情が、瞬間、サッと曇ったことに。

「えっと、……」

「ん? なぁに?」

 ムリヤリ作ったと分かる笑顔を、ハルがオレに向けた。

「……え、いや、その、羽鳥先輩、って、誰?」

「二年の先輩だよ」

 ハルはサラリと言った。

 だけど、オレが聞きたかったのは、学年ではなく、それがハルにとって、どんな存在なのかだ。

 でも、それを聞く前に、ハルが爆弾発言をしたので、オレの思考はフリーズした。

「ねえ、カナ。もう、いいよ」

「ん? 何が?」

「もう、さ、休む度に、家に来てくれたりとか、ノート取ってくれたりとか。そういうの、全部、もう、いいよ」

「え? ……ハ、ル?」

 慌てて聞き返すと、ハルは目をそらした。今まで見たこともないような、ハルの暗い表情。

 さっきまでの憂い顔とか、元気がないとか、そんなレベルではなく、瞳の奥まで生気のない暗い表情。

 オレの頭は、その瞬間、真っ白になった。

 いったい、何が起こってるってんだ?

 最近、ハルが冷たい気はしていた。それは感じていた。

 だけど、いったい、なんで!?

 オレは小学生の頃から、毎日、ハルの送迎の車まで、ランドセルを持ち運ぶ係を買って出ていた。別に、そんな係があるわけじゃない。

 身体の小さなハルが、大きなランドセルをしょって息を切らしているのを見て、オレが持つことにしたんだ。

 ただ、ハルが大事だったから。少しでも、ハルの力になりたくて。

 家は隣なのに、一緒には通えない。オレは小学生の頃はバス。中学からは自転車。ハルは特例で車送迎。

 だから、オレは、車の着く裏口で、毎日ハルを待ち、ハルを見送る。

 中学からは、朝夕、ハルの学生鞄を運んだ。小学生の時は、2つ持つには重かったランドセル。学生鞄に変わる頃には、二つでも三つでも、軽々になっていた。

 一週間前、ハルは、それもいらないと言った。

「もう、高校生だし」

 ハルはそう言ったけど、高校生になると、なんでやめなきゃいけないのか、オレには訳が分からなかった。

 それは、オレにとっては、クラスメイトの目にさらされず、ハルとのんびり会話できる、とても貴重な時間だったんだ。

「でも、毎日毎日、悪いし」

 オレがかまわないと言っても、ハルは強固に断ってきた。

 結局、オレが譲らず、ハルが折れた。

 でも、その後、以前のような楽しい会話はなく、話すのはオレばかり、ハルは生返事の毎日となった。

 いったい、どうしたんだと思っていた。何があったのかと。

 でも、こんなの、ちょっとしたボタンの掛け違いで、きっと、しばらくすれば、元のオレたちに戻るだろうと思っていた。

 なんか、オレ、やらかしたかな、と。ハルのこと、怒らせちゃったかな、と。

 だけど、どうやら、そんな簡単な話じゃなさそうだ。



 なあ、ハル。

 オレ、なんかした!?

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