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12年目の恋物語  作者: 真矢すみれ
番外編1 初デート
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3.再会

 迎えが来るみたいなので、もう大丈夫ですって言ったけど、親切な男の人は、

「じゃあ、その人が来るまで、ね」

 と結局、ずっとわたしに付き添ってくれた。

 どれくらい経った頃だろう?

「ハル!」

 俯いて目を閉じていると、聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。

「大丈夫か!?」

 その声に顔を上げて目を開けると、カナの心配そうな顔が目の前にあった。

 まだ少し霞んでいるけど、カナの顔がちゃんと見えた。

「……もう、大丈夫」

 貧血もあったけど、どちらかというとただの乗り物酔いだったみたいで、揺れない場所に座って休んでいる間に大分楽になった。

 うっすらとではあったけど、何とか笑みを見せるとカナがホウッとため息を吐いた。

「……よかった」

 カナの心底安心した……という感じのつぶやきを聞くと、本当に悪いことをしたなと思う。

 カナは、わたしの無事を確かめるように、わたしの頭をギュッと抱きしめる。

 恥ずかしいからやめてって思ったけど、心配をかけた自覚はあったから言えなかった。

 それからカナは、隣の人に頭を下げた。

「どうも。お世話をおかけしました」

 ようやく見えるようになったその人は、五つ上のお兄ちゃんと同じくらい、多分大学生くらいの男性だった。

 優しそうなその人は、

「いや、ボクは何もしていないから」

 とにっこり笑うと、

「じゃ、お大事に」

 と軽く手を上げ、電車待ちの列に向かった。


「なんで一人で行っちゃうんだよ」

 ブツクサ言いながら、それでも安心したように、カナはわたしの隣に腰かけた。

「出かけたいなら、オレに言えば良いだろ?」

 恨みがましいカナの声。

 でも、どうして知ってるの?

 言葉にしていないのに、顔に出ていたのか、カナは続けた。

「ハルんち、大騒ぎだったぞ」

「え?」

「オレ、こんなことになってるって思わないから、ハルんち行ったんだよな」

 幼なじみだし隣の家だし、カナは連絡なしで、よく家に遊びに来る。

「そしたら、ハル、いないって言うじゃん?」

「……うん」

 先を聞くのが怖くなってきた。

「沙代さん、運転手さんが家にいるって知って、青くなってたぞ」

 また心配をかけてしまった。

 って思うけど、でも、少しくらい信用してくれてもいいのにとも思う。

「おばさんに電話したら、オレと出かけるように言ったって言うし、だけどオレ、なにも聞いてないし。

行き先が決まってるなら、とにかく追いかけなきゃって思って、飛んできたよ」

「なんで?」

「なんでって……まあ、オレだって過保護だとは思うけどな」

 カナはなだめるようにわたしの頭をなでた。

「だけど現に具合悪くして、途中下車してるだろ? だから心配するんだよ、みんな」

 返す言葉がなくて黙っていると、カナは、

「何にしても無事で良かった」

 ってもう一度、わたしの頭を抱き寄せた。

 そのままカナは、なかなかわたしの頭を放してくれなかった。

 放さないままに、頭から背中に手を下ろし、わたしをぎゅっと抱きしめる。

 そうして、大丈夫とでも言うように、背中をトントンと優しく何度も叩かれた。

 え……っと。わたし、迷子になって泣いてる子どもじゃ、ないんだけどな。

「……あの、カナ」

「ん? あ、苦しかった? ゴメン」

 何も言ってないのに、カナは我に返って、ようやくわたしを放してくれた。

「あ、ハルん家には、見つけたって連絡しといた。けど合流したって連絡はまだだから、しとくか」

 わたしの困ったような顔を見て、カナはクスッと笑った。

 それから電話をポケットから取り出した。

 本当は自分でしなきゃいけないんだろうけど、合わせる顔がないというか何というか……。

 見つけたって連絡してくれたなら、きっと、具合が悪そうだったっていうのも報告されちゃったんだろうし……。

「あ、じいちゃん? ハルと合流したから。おばさんとか沙代さんとかにも伝えて」

 え? おじいちゃん?

 ……ああ、ママはお仕事だし。パパは出張中だから。

「ん? 代わる? ちょっと待って」

 差し出された携帯を受け取ると、少しだけ躊躇ってから電話に出た。

「おじいちゃん? 陽菜です。ごめんね、心配かけて」

「いいよいいよ。無事ならそれでいい」

 電話の向こうから、おじいちゃんのホッとしたような声が聞こえてきた。

 優しく言ってもらうと、なおさら申し訳なくなる。

「具合、悪くないか? カナくんから見つけたって連絡があった時は、調子が悪そうだって言っていたけど」

「大丈夫よ。乗り物酔いしたみたいで、途中で降りただけだから。もう平気」

「そうか。無理しちゃダメだぞ。車、回そうか?」

「え? まだ用事済んでいないから、また電車に乗るもの」

 おじいちゃんはわたしの言葉を聞いて、一瞬黙り込んだ。

 それから、

「そうか。……じゃあ、カナくんに代わってくれるかな?」

 と言った。

 何か言われる気がしたのにと思いながら、カナに電話を手渡す。

 おじいちゃんは基本的にわたしに甘い。もしかしたら、叱られたことなんて、ないかも知れない。

 心配をかけたのに怒られることもないというのが、逆にいたたまれない。

「じいちゃん? 割と元気だったろ? 安心した?」

 カナは努めて明るく話している。

 おじいちゃんに心配をかけないようにと、意識してくれているのが分かり、申し訳なくなってしまう。

 実際、もう大丈夫。だけど、親切なあの男の人がいなかったら、きっと電車から降りた時、倒れていた。

「ああ、大丈夫。ハルが、そんなに電車に乗りたいなら、オレがちゃんと連れて行くから。どうしてもの時は車頼むよ。タクシーでも別に良いしさ。……分かってる。大丈夫、それくらいならあるし、カードも持ってるし」

 どうやら、カナはわたしを電車に乗せて、目的地までちゃんと連れて行ってくれるつもりらしい。

「ありがと。じゃあ、何か使ったら後で請求する」

 ほどなくして電話を切ると、カナはにっこり笑ってわたしを見た。

「もうそろそろ、動けそうだな?」

「うん」

「行きたいんだろ? 電車で」

「うん」

「じゃ、特急券買って来るから、少し待ってて」

「……特急券?」

「だよな。やっぱり知らなかったよな」

 カナが笑った。

「ハルが下りたのが、特急が止まる駅で良かったよ」

 何のこと?

 首を傾げると、カナは笑って、また、前触れなくわたしをギュッと抱きしめた。

 ……カナ。だから、恥ずかしいってば。

 自分の顔が赤くなるのを感じた。

 それで、ようやく、本格的に貧血も乗り物酔いも治まったのが分かった。

「少しお金払ったら、指定席が取れるんだ。止まる駅も少ないし、座席もゆったりしていて乗り心地も良いし速いし。これならハルでも大丈夫だろ?」

「そうなんだ?」

 わたしが目を丸くすると、カナが優しく微笑んだ。

「ちょっと待ってて。すぐ買って来るから」

 そう言って行きかけたのに、カナは何か忘れ物を思い出したかのように、くるっと回れ右をして駆け戻って来た。

「どうしたの?」

「あのね、ハル」

「うん」

「オレがいない間に、男の人に話しかけられちゃ、ダメだからね」

 ……え?

「ここ」

 とカナが、さっきまで自分が座っていた席を指さす。

「誰も座らせたら、ダメだよ」

 カナが来るまで、親切な男の人が座っていた場所。

 それから、カナはしょっていたリュックを、無造作にわたしの隣に置いて、ポカンとしているわたしの頭をくしゃくしゃっとなでると、今度こそ駅の階段に向かって駆けだした。

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