エピローグ
七月。衣替えも終わり、太陽の光は強く、日々、気温が上がっていた。肌に当たる風も、すっかり生暖かくなった。
オレは、廊下をハルと手をつないで歩いていた。ハルは恥ずかしがるけど、オレはおかまいなし。何しろ、何をしていても、何もしていなくても、手をつないでいても、つないでいなくても、結局、からかわれるんだ。
からかう代わりに、遠くから熱い視線で見られることもある。それは、どうやら、恋ってものへのあこがれから来るものらしくて、これまた、背中がむずがゆい。
だけど、本当に毎日が幸せで幸せで、思わず笑みがこぼれるような幸せな毎日で、少しくらいからかわれたって、まるで平気だった。六月までの苦しさは、何だったんだと思えて来る。
図書館に着いた。オレを断る口実に、何度も使われた場所。ハルが、羽鳥先輩と会う場所。カウンターにはちょうど羽鳥先輩がいた。
あの放送、ぜったい憂さ晴らしも入ってただろう、って、そう思ったけど、言えなかった。確かに、あれは効果的で、オレが知らない内に録られたオレの言葉は、どう聞いても、まぎれもない本音だったから。オレがハルに向けて言った言葉や、あのラブレターだけじゃ、ハルは信じてくれなかったかも知れない。
「やあ」
「こんにちは」
ハルが嬉しそうに、羽鳥先輩の待つカウンターに返却する本を差し出した。オレはぺこりと頭を下げた。
「この本、どうだった?」
「面白かったです!」
「続編あるよ、持って来てあげようか?」
「あ、わたしも一緒に行きます」
カウンターを隣の図書委員に頼んで、羽鳥先輩は書架へと向かった。
オレはあの後、先輩にお礼を言いに行って苦笑いされた。
「ハルちゃんが笑ってるのが、一番だからね」
ハルと羽鳥先輩が楽しそうに本の話をしている。オレには何のことかまったく分からない。そんな、小難しそうな小説を読もうと思う気がしれない。
「お待たせ」
ハルがさっき返した本の続編とやらを持って、オレのところに戻って来た。羽鳥先輩は、「じゃあね」と軽く手を振り、カウンターに向かう。
「他にも何か見る?」
オレは小さな声で、ハルに聞いた。
「ううん。今日はこれだけでいいかな」
「……それ、面白い?」
「面白いよ。カナも読む?」
「……いや」
「そう言うと思った」
ハルが、クスクスと笑った。
図書館を出るまでは、手をつなぐのはやめておいた。それが、せめてもの礼儀のような気がしたから。
ハルが本を借り終わるのを待って、オレたちは肩を並べて、図書館を出る。
ハルがオレの隣を歩いている。ハルがオレに笑いかけてくれる。
「ハル、大好きだよ」
ハルの耳元に顔を寄せてそう言うと、ハルは真っ赤になった。
「カナ! やだ、こんなところで」
「もう、どこでだって、同じだよ」
オレは笑ってハルの手を取る。
ハルは、一瞬ためらった後、キュッとオレの手を握り返した。
つないだ手から伝わるぬくもりが、とにかく気持ちよくて、オレの心はこのまま空を飛べそうなくらいに軽かった。
《 完 》




