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18.叶太の奮闘2

 ハルへのラブレターを書き始めて、もう四日。

 今日も先輩の辛辣な言葉に翻弄されつつ、オレはハルへの思いを可愛らしい便せんに綴る。

「はい。じゃ、音読」

 一瞬、言葉に詰まる。これが一番の拷問。ハルへの思いを、恋敵の前で読み上げさせられる。恥ずかしすぎだろ!? 

初日、店でこれをやられて、次の日からは家に来てもらうことにした。

「オ、オレがハルに恋したのは、四歳のときで……」

 なにゆえ、羽鳥先輩にハルへの想いを切々と語らねばいけないのだ。本当に、こんなことが役に立つのか!? そんな気持ちが顔と声に出ていたのだろう、先輩がオレの顔をマジマジと見た。

「ハルちゃんが、何に悩んでいたか、知ってる?」

「え?」

 今、なんて言った!?

 オレが知りたくて、知りたくて、でも、どんなに聞いても分からなかったコト。この人は、知ってるのか!? なんで、そんなコトを知ってるんだ!? やっぱり、羽鳥先輩がハルの本命だからか!?

「知りたい?」

 知りたいに決まってる!! オレは力いっぱい、うなずいた。すると、先輩は一つ大きく息を吸うと、目をつむって、静かに言った。


「カナは、責任を感じて、わたしの世話を焼いてくれてるんです」


 ……え?


「わたし、カナの自由を、ずっと奪ってきた」


 なんだって!?


「わたし、カナを十二年間、ずっと、縛り付けてた」


 先輩はゆっくり目を開けると、オレの目をじっと見た。

「ハルちゃん、泣いてたよ」

 ハル!!

「広瀬くんに申し訳ないって、ね」

 なにが!?

 申し訳ないって、何!? わけ、分かんねー!!

「先輩っ!!」

「なに?」

「それ、どういう意味ですか!?」

「言っただろ。分からなかった?」

 分からなかった。正直、分からなかった。いったい、オレが何の責任を感じているってんだ? いつ、ハルがオレの自由を奪った? いったい、何のこと?

 けど、先輩がそれ以上、教えてくれる気はがないのだけは、分かった。

「ハルちゃんの言葉の意味を、よ~く考えて、キミの想いを綴っておいてね」

「あの……」

 先輩は、まだ何か聞くのかという顔でオレを見た。

「綴るって、手紙を書くって意味で、いいんですよね?」



 夜、自室のベッドにひっくり返って、オレはハルの言葉の意味を考える。

 教えてくれたのは羽鳥先輩だけど、オレの脳内ではハルの声に自動変換されていた。


「カナは、責任を感じて、わたしの世話を焼いてくれてるんです」


「わたし、カナの自由を、ずっと奪ってきた」


「わたし、カナを十二年間、ずっと、縛り付けてた」


 なんで?

 ハル、なんで、そんなこと言うの?

 オレは、ハルが好きで、好きで、ずっと好きで……。

 四歳の時、オレはハルに恋をして、それは紛れもなく、オレの初恋で、オレは、ハルに惚れて、惚れて、惚れ込んで……。オレは、一生、ハルといるんだって、決めた。一生、ハルを守るんだって、決めた。

 それは、誰に言われたからでも、ましてや責任感なんて、そんなものからであるはずなくて。縛り付けられてた覚えなんてなくて、むしろ、もっとオレを頼って、束縛してもらえたら嬉しいくらいで。オレはいつだって自由だったし、自由にハルにまとわりついていた。

 ハルは、なんでそんなことを言うんだ?

 オレは、頭がパンクするんじゃないかと思うくらいに、考えた。だけど、やっぱり、答えは分からない。

 ハルに直接、聞いてみたい。ハルに、どういう意味って聞いてみたい。

 ねえ、ハル、責任って、何のこと?



「なあ、兄貴、ちょっといい?」

 結局、オレは他力本願にも兄貴を頼ってみることにした。

 オレより五歳上の兄貴。そして、ハルにも五歳上の兄貴がいる。だから、兄貴もハルの家にはしょっちゅうお邪魔していたし、ハルを子どもの頃から知っている。ハルの言葉の意味を、もしかしたら理解できるかも知れない。

 十二年間というハルの言葉が気になる。

 十二年前、オレはハルと出会った。オレたちは、まだたった四歳だった。

「いいよ、なに?」

 兄貴は面白そうにオレを見た。

 オレは恥を忍んで、兄貴にこれまでのすべてを語った。


「なるほどな。そういうことか」

「え? 兄貴、なに納得してんの?」

 兄貴はマジマジとオレを見た。

「おまえも、相当にぶいよな」

「や、やっぱ! やっぱ、悪いの、オレ!?」

 オレが兄貴に詰め寄ると、兄貴は暑苦しいとばかりに身体を反らせた。

「まあ、一概にはおまえが悪いとも言えないよな。おまえがハルちゃんに夢中なのは、傍目には明らかだし」

 兄貴は、独り言のように言った。

「ってかさ、だから結局、どう言うこと!? 早く、教えてくれよ!」

 兄貴は居住まいを正して、オレにも座るように言った。

「つまり、ハルちゃんは叶太がハルちゃんの身体に責任を感じて、十二年間、一緒にいてくれていたんだと思っている。……これはいいか?」

「……ああ。なんで、そんなことを思ったのかは分からないけど」

 そう。だって、四月の時点では、ハルはそんなこと、カケラも思っていなかったはずだから。

「ハルちゃんが、どうしてそう思うようになったかは置いておいて、とりあえず、過去、何があったから、それが真実だと思いこんだかを説明しようか」

「お願いしますっ!」

 うっかり、羽鳥先輩にするように頭を下げると、兄貴は目を丸くした。

「おまえ、どうしたの?」


 兄貴が説明してくれたのは、こんな感じのことだった。

 四歳、年中のとき、ハルは幼稚園で走り、発作を起こして倒れた。倒れただけでなく、一ヶ月近くも生死の境をさまよって、その後、二度も大きな手術をする羽目になった。春に倒れたのに、次に登園できたのは、秋だった。

 そのとき、一緒に走ろうと、ハルを誘ったのがオレ。よく覚えている。本当に、なんて恐ろしいことをしてしまったのだと、恐怖に震えたのを覚えている。

「ハルちゃん、おまえが、このことに責任を感じて、ハルちゃんの世話係を買って出て、奴隷のように働いていると思ってるんじゃないかな?」

 ……ど、奴隷。いや、ハルの奴隷になら、なったっていいけど。

「オレ、あれは死ぬほど後悔してるし、今でも、ハルがちゃんと生きて戻ってこれてよかったって思ってるけど、責任とか奴隷とか考えたこともないんだけど」

「それは分かってるさ。問題はハルちゃんがどう思ってるか、だろ?」

 オレは兄貴の言葉にうなずいた。もっともだ。

「じゃあ、叶太はどうしてハルちゃんに恋をしたの?」

 え!?

「純情だな、叶太。顔、赤いぞ」

 からかわれて、思わず兄貴を睨みつける。

「まあまあ。……でも、ここは大切だろ?」

「なんで?」

 羽鳥先輩なら答えてくれなさそうな質問だけど、兄貴は苦笑いしながら教えてくれた。

「責任感から一緒にいるんじゃない、ハルちゃんがそれを納得してくれるだけの根拠がなきゃ、おまえがどんなにハルちゃんを好きだから一緒にいたいんだって言っても、ハルちゃん、信じないぞ? おまえが、ハルちゃんの世話をするために、ウソを付いてるって思うだろうな」

「……あっ!」

 だから、オレが何を言っても、ハルは「もう、いいから」って言ったのか!! だから、オレが一生懸命話しかけると、ハルが逆に悲しそうな顔になったのか!! だから、「自由にして」か!!

「分かったか?」

 オレは力いっぱい、うなずいた。

「だから、おまえがハルちゃんに、どう惚れて、どんなに好きかを伝えるのは、ホント大切だぞ」

 兄貴は繰り返した。そして、ニヤニヤ笑いながらオレを見る。

「で?」

 お、面白がってる! ぜったいに面白がってるだろ、兄貴!!

「言いたくない? それとも、思いつかない?」

 真顔に戻って、兄貴は聞いてきた。

「いや、……オレ、恋に落ちた瞬間、よく覚えてるから」



 洗いざらい吐かされ、散々、からかわれ、ようやく兄貴から解放された。顔がほてってる気がする。

 だけど、兄貴には大感謝だ。それから、羽鳥先輩にも。

 今、オレの前には、羽鳥先輩から渡されたレターセットが置かれている。どう書けば、うまく伝わるのか分からない。だけど、オレがハルを好きになった瞬間、ハルもそこにいたわけで、オレがハルを好きだと全身で表していた時も、ハルはそこにいたわけで、オレが語る言葉が、本当かどうか、ハルならきっと分かってくれると、信じたい。

 オレは、シャーペンを握りしめたまま、祈るように手を合わせ、それから、ハルが好きな若草色の便せんに文字を書き始めた。




  ◆   ◆   ◆




 ハル。


 ハルと出会ってから、丸11年が経ち、12年目がはじまったね。

 オレがハルと出会ったのは、オレたちが4歳のとき。

 ハルんちは、ハルの入園に合わせて、牧村のじいちゃんちの裏に家を建てて、引っ越してきて、だけど、隣の家なのに、ハルと初めて会ったのは、幼稚園でだった。

 小さなハルが年中さんの部屋にいるのを見て、ピカピカの名札と制服を見て、オレ、年少さんの新入園児だと思って、うっかり、ハルの手を引いて、年少さんの部屋に送っていった。覚えてるかな? 小さくて可愛いなってのが、最初の印象。

 それから、オレはハルと一緒に遊びたくて、いっぱい、ちょっかいかけたよね。ハルはいつもニコニコして、楽しそうだった。

 だから、オレ、5月の運動会の練習してたとき、ハルと一緒に走りたくて、ハルを誘ってしまった。




  ◆   ◆   ◆




 翌日、ほとんど寝ずに書き上げたラブレターを見せると、またしても音読させられた。いつもは、絶対オレで遊んでるだろ、って感じで、あちこちつっこみを入れる羽鳥先輩が真顔で聞いていた。

 そして、読み終わると一言。

「合格」

 え!? オレが驚いて先輩をマジマジと見ると、先輩は不思議そうな顔をした。

「なに? まだ書きたかった?」

「い、いえいえいえいえいえ! とんでもございません!」

 オレの反応に先輩は笑い出した。

「あははは。もう、ホント、面白いなぁ!」

 ひとしきり笑った後、オレのラブレターを手に取り鞄にしまった。

「え?」

「これは、責任を持ってハルちゃんに渡しておくから」

 いや、それはいくら何でも……。こんなモンを人様に預けるなんて。

「ん? ハルちゃんには会ってもらえるようになったの?」

「………いえ」

 くっそぉ。知ってるくせに。

「そうそう。ハルちゃん、明日退院で来週から登校だって」

「あ、そうですってね」

「なんだ、知ってたの」

 つまんないなぁと先輩。やっぱ、遊ばれてる。

「オレは会ってもらえないけど、お袋や兄貴は見舞いに行ってるし」

 ハルの様子なんかは、割と詳しく聞いている。

 ……根ほり葉ほり聞いているとも言う。

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