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人形転生-カカシから始まる進化の物語-  作者: 藤崎
第一章 カカシの冒険
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06.そして、彼は自らを知る(前)

「分かった。俺が外に出て様子を見てくるから……」

「そのお気持ちは嬉しいですが、兄さんはこのままお待ちください。偵察ならこの子がやってくれますので」


 莉桜の部屋から跳び出ようとした俺を、妹が柔らかい笑顔と声で押しとどめた。聖母マリアもかくやという慈愛に満ちた表情だ。

 それに目を奪われている間に、莉桜の周囲を漂っていた鉄球のひとつがふわふわと飛び出していった。


『水星』(メルクリウス)、お願い」


 その制御に意識を集中させているのか、莉桜はベッドに座ったまま目を閉じる。前髪の向こうに、長い睫が見えた。

 邪魔をしないよう、俺は黙ってその場に佇む。兄としてもカカシとしても、これが正しい形だろう。


 だが、そんな俺に気を使ってか、莉桜が解説をしてくれる。


「これは古代魔法帝国時代の遺産で、『ヴァグランツ』といいます。所有者の『魔素』(マナ)を根こそぎ持って行く代わりに、身を守ってくれる魔法の品です。ちょうど9個あるので、惑星の名前をつけました」

「冥王星は?」

「星占術では使用されていますからね。準惑星に降格したからと仲間外れは可哀想です」


 わざわざ言うことでもないが、うちの妹は優しいな。 

 そう感じ入っている間にも、建物は揺れていた。


「あまり遠くには行けませんが、家の周囲を偵察するぐらいであれば問題ありません」

「それは便利だな」


 入り口の扉は閉めなかったし、あの鉄球が出ていくスペースはあったはず。そこが閉まっていても、元々莉桜の家のようだし、換気口なり外につながる経路は確保されているのだろう。 


 勝手に移動してるし、魔法みたいだからな。そんなこともできるわけか。

 だが、この部屋に映像を映すディスプレイのようなものはない。リアルタイムではなく、撮影して戻ってくるといったところか?


「……あまり、良い状況ではないようですね」


 しばし時間が経過し――10分は経っていないが、5分は越えている――まだ鉄球が戻っていないにも関わらず、莉桜が厳しい表情で口にする。


 愛書家だった莉桜だが、大きな揺れで本が落ちても、気にしていない。

 それどころではない、ということなのか。


「ゼラチナス・キューブが何体か集まって、取り囲んでいます。今は、家を削り取って消化しようとしているようですね。サイズ的に扉から入って来れないのは不幸中の幸いですが……」

「ええと……。家の外が見えてるのか?」

「精神がつながっていますから。今は、『水星』が、もうひとつの目のようなものですね」

「お、おう」


 俺の予想はまったく違っていた。さすが、魔法の品だな。よく分かってないが。


「それで、ゼラチナス・キューブってのは……」

「ああ、ごめんなさい。兄さんの言っていた、『植物細胞みたいな立方体のモンスター』です」

「あれが、何体もいるのかぁ」


 小鬼の錆びついたナイフ。

 あれをあっさりと溶かした光景を思い出す。


 あんなのに飲み込まれたら、ひとたまりもないんじゃないか?


「ゼラチナス・キューブは、有機物・無機物問わずに体内に取り込み消化し、どんどん巨大化していきます。といっても、今周囲にいるサイズでは、なんでも消化するというわけにはいきませんが」

「でも、将来的には、この洞窟も?」

「いえ。有機物・無機物問わずとは言いましたが、無機物であれば人工物にしか興味を示さないようなんです」


 謎の立方体――ゼラチナス・キューブが洞窟を掘削して一緒に脱出というわけにはいかないようだ。


「あれで、選り好みするのか」

「おそらくですが、ゼラチナス・キューブを創った古代魔法帝国の創生術師が、そうチューニングしたのではないかと。地面に当たる部分は取り込まないよう条件付けをしなくては、ゴミ処理に使えなかったでしょうから」


 ……すごい話だな、それ。

 スケールがでかいのか小さいのか、よく分からん。


「そういえば、この家、他に出口はないのか?」


 俺の確認に対し、莉桜がふるふると首を横に振る。長く綺麗な黒髪が、きらきらと光を反射し、甘い香りが漂った。

 それにしても、なかなかの追い詰められっぷりだな。


「弱点はなんかないのか?」

「火属性以外の攻撃に耐性がありますから、逆に言えばそれが弱点でしょうか。あと、体内に浮いている核を破壊すれば自壊します」

「……あとは、動きが遅いことが弱点と言えば弱点か」


 なんとかして逃げたほうが良さそうな気もするなぁ……。


「兄さん、ごめんなさい」

「ん? なんのことだ?」


 ゼラチナス・キューブの説明をしてくれていた莉桜が、唐突に頭を下げる。

 なにがなんだか、分からない。


導器魔法(デバイス・マジック)の使い手とは言いましたが、実は、ほとんど魔法は使えないのです」

「そうなんだ」

「はい。人形作り専門でしたから」


 ふむ。

 鉄球――『ヴァグランツ』ってのも身を守る能力しかないみたいだしな。


 ――好都合じゃないか。


「それは良かった。うん、良いことじゃないか」


 ゼラチナス・キューブを連れてきたのは俺。

 妹を守るのは、兄の特権。


 考えるまでもない。これは俺の仕事だ。正直なところ、莉桜になんとかしてもらおうなんて、まったく思っていなかった。

 戦えるのが俺だけ? 望むところだ。


 とはいえ、問題がないわけじゃない。


「莉桜、俺を作ったのは莉桜なんだよな?」

「は、はい。そうですが……」

「なら、教えて欲しい。俺は、なにができる?」


 建物が揺れている。

 だけど、気にしない。どちらにしろ、俺が俺を知らなければここを切り抜けることはできないのだから。


 そして、少し前なら妄想だと笑うだろうが、今の俺は確信していた。


 腕が青い光に包まれ巨大エビを殴り倒したように、俺には、なにか力があるはずだと。


「……そうですね。ここは、兄さんに頼ります」


 そうしないと、怒られてしまいますから。


 そうつぶやいた莉桜はおもむろに立ち上がって、書き物机の棚からガラスの板を取り出した。


「これは、『鳴鏡』(めいきょう)と言います」

「めいきょう?」

「はい。まず、『鳴鏡』を兄さんと接続して位階(ステータス)を把握します。彼を知り己を知れば百戦殆うからずと言いますからね」

「ステータスって?」

「かいつまんで言うと、異世界の法則のひとつです」

「異世界の法則?」


 ここは、虚心に説明を聞いたほうが良いだろう。


「正式には、『位階把握』(ステータス)と呼びます。人の能力を数値化することは困難ですが、定量化できれば、様々な指針となります」

「確かに、いろんな意味で分かりやすいことは分かりやすいか」


 一目で向き不向きが分かるし、努力の方向を間違えることもなくなる。そんなのに従って人生が決められちゃ困る? 就活なしで仕事決まるんなら最高じゃねえか。ほんと、ほんとさ……。


 それはともかく。正直、人の能力を数値化できれば有用なのは間違いない。そして、できるから、そういう話になっているわけだ。


「この『鳴鏡』という特殊な魔石に魔力を通し、神々に祈りを捧げることで、兄さんの位階が確認できます。能力値、戦闘能力値、保有特技(スキル)。それに、兄さんだけの『概念能力』(クリファ)が」


 うん。さっぱり分からん。

 というか、これは百聞は一見にしかずのパターンだな。


「なにしろ、イレギュラーが重なって、制作者の私にも正確な状態が分からなくなっていますから」

「分かった。早速、やろう」


 今も、この建物は震動し続けている。震動自体はまだ弱いし、即座に建物が崩れるとも思えないが、急ぐなら急いだろうがいい。


「では、『鳴鏡』に触れていただけますか。いえ、ごめんなさい。こっちで触れさせますね」


 腕を曲げられない俺は、鏡に触れるという行為すら困難を伴う。

 それを察した莉桜が、手袋越しに『鳴鏡』とやらを押し当てる。相変わらず、できた妹だ。


 鏡というだけあって、硬い感触。ただ、それ以外はなにもない。


「手の先に意識を集中させてください」

「……こうか?」


 自由に動かすことはできないし、なにをしても手袋が動かないのは謎だが、自分の腕だという認識はある。

 意識を集中する――というのがどういう状況を指すのかは判然としないが、そこに『鳴鏡』があるのは分かる。


 そして、それで充分だったらしい。


 神に祈りなど捧げちゃいないが、手の先――『鳴鏡』から眩い光が放たれ、莉桜が表面を一読すると満足そうに微笑んだ。


「これが、兄さんの位階となります」


 俺にも見えるよう、莉桜が『鳴鏡』をこちらに掲げる。

 ガラス板のような『鳴鏡』に記されているのは……読めない。


「あ、こっちの文字で表示されていましたね」


 俺の怪訝な様子に――どうやってか分からないが――気づいた莉桜が『鳴鏡』を一撫で。

 再度、表面をこちらに掲げると、表示が日本語に変更されていた。


「ありがとう。しかし、凄いテクノロジーだな……」


 これが魔法か。神様も関わっているんだっけ?

 というか、神様とかいるのか。

 まあ、今の俺の体を作り、魂を持ってくることができるんだから、驚くべきことでもないのかもしれないが。


 それはそれとして、『鳴鏡』に集中。

 まず、能力値という項目が目に入った。俺の肉体的・精神的な能力を、数値で表したもののようだが……。


●能力値

【筋力】120(20)、【耐久】-(-)、【反応】85(-20)、【知力】68、【精神】70(20)、【幸運】54


「……基準が分からんから、コメントのしようがないな」


 基準は分からないが、それぞれの意味はなんとなく分かかった。

 RPGをやったことがあればもっと理解できたのだろうが、サッカーや野球のゲームでも似たようなものはあった。実在している選手のドリブルとかシュートの能力が数値化されているのだ。


 しかし、幸運まで数値化されていると、宝くじを買う気が失せるな。


 それはさておき、括弧の中の数値も意味が分からないし――


「――というか、『【耐久】-』ってどういうことなんだ。0ですらないのかよ」

「それは存在しないという意味ですね。人形ですから、疲労しませんし、病気にもなりません」

「ああ……。道理で」


 ショックはない。あっさりと納得してしまった。

 それは実体験が大きい。実際、どれだけぴょんぴょん跳んでも疲れなかった。そのからくりは、こういうことだったわけだ。

 かなり大きなメリットのように思えるが、カカシになることと引き替えなので総合的には微妙なところだ。


「それから、括弧内の数値は人形であることの補正です」

「【耐久】以外だと、【筋力】と【精神】が上がって、【反応】が下がってるわけか」


 まあ、妥当なところ……なのか?


「ええ。その修正も、進化の階梯により変わってくるはずです」

「進化ね……」


 自己進化人形と呼ばれたが、もちろん、実感はない。

 ぼんやりと、胸の五重の円と十個の宝石が関係あるんだろうなと思う程度だ。


 妹が生きて――生まれ変わって――こうして喋ってるというだけで、俺の許容量はいっぱいいっぱいだ。


「ええと、肝心の基準がまだでしたね。そうですね……。一般的な人間の上限は50、平均は30といったところでしょうか」

「ふむ」


 妹から基準を教わった上で、もう一度能力値に目を通す。


●能力値

【筋力】120(20)、【耐久】-(-)、【反応】85(-20)、【知力】68、【精神】70(20)、【幸運】54


 それで、この値か。


「優秀すぎねえか……?」

「さすが兄さんですね」


 我が事のように喜んでくれる莉桜。むしろ、莉桜が作った人形が凄いってことじゃないかと思うが……。

 まあ、俺も素直に喜んでおこう。高くて損はないはずだ。


 次に記されていたのは戦闘値というパラメータ。

 たぶん、戦闘能力を端的に示したものだろう。


●戦闘値

【命中】68、【回避】51、【魔導】40、【抗魔】41、【先制】46

【攻撃】60、【物理防御】-(20)、【魔法防御】23、【HP】-(100)、【MP】10


「こちらも、【物理防御】と【魔法防御】を除けば、一般人の上限は50、平均は30ぐらいですね」


 能力値に比べると、軒並み下がっている。


「つまり、素質はあるけど、実戦だとまだまだってことか……。今の俺にぴったりじゃないか」

「それが位階把握というものです。あと、弱いのではありません。発展途上なだけですよ、兄さん。能力値は滅多に伸びませんが、戦闘値は成長しますから」


 なんかやたらとフォローされているが、とりあえずはゼラチナス・キューブを倒せる程度であればいい。


 目下の脅威をなんとかする。

 そのヒントを掴むため、保有特技に目を通す。


●保有特技


・《存在解放》

取得レベル:1

 代 償 :1~∞

 効 果 :存在そのものを解放し、周囲に超強力な魔力波を放つ特技。

      使用者は、即座に活動停止状態となり、持続している効果も終了する。

      また、以降八時間は進化階梯の外見に応じた姿に退化する。


・《強打》

取得レベル:1

 代 償 :1

 効 果 :強力な白兵(物理)攻撃を繰り出す特技。

      

・《人形の体》

取得レベル:1

 代 償 :なし

 効 果 :あなたは生物でありながら、その制限を一部超越している。

      あなたは飲み物や食べ物を摂取することができない。また、活動のために呼吸も必要がない。

      その代わり、一日に『魔素』を1ポイント消費する。消費できない場合は、『魔素』が回復するまで活動停止状態となる。


「ううむ」


 無意識に出していたけど、《強打》ってのが腕が青く光った攻撃のことだろう。巨大エビを倒した威力を思い出す。あれは確かに、強力な攻撃の名に偽りなしだ。

 だが、ゼラチナス・キューブは火の攻撃――具体的にどういうものか分からないが――以外には耐性があるという。今の俺で殴り倒せるかは不透明。


 かといって、自爆攻撃もなぁ。もし倒しきれなかったらヤバイ。

 あと、《人形の体》で現状確認はできたが、『魔素』を1ポイント消費って、どういうことだ?


「代償も同じですが、兄さんの胸にある魔石に蓄えられた『魔素』のことです」


 俺の心を読んだかのようなタイミングで、莉桜が補足をしてくれる。

 なるほどね。この胸の石――魔石ひとつが蓄えられる『魔素』ってのが10ポイント。特技ってのを使用する度、それが減っていくわけだ。

 そして、空になったら気絶するっぽい。


「兄さんの場合、魔素の『魔素』がレベルにも関わってきますから、使いすぎないように気をつけてください」

「分かった」


 うなずくことが難しいので、俺は声に出して答える。呼吸はいらないのに声とか、わけ分かんねえけどな。


 だが、妹を守るためなら、その限りではない。多少の無茶はやってやるつもりだ。


 そんな俺のことを莉桜はじっと見つめていたが……やがて、諦めたように息を吐いた。


「この事態を切り抜ける鍵は、最後の概念能力にあると思います」


 そう言う妹の言葉に従い、俺は、最後の能力に目を通す。


●『概念能力』


・|《唯物礼賛》《ナヘマー》

取得レベル:1

 代 償 :1~

 効 果 :使用者がイメージ可能なあらゆる物質や物品を創造する『概念能力』。

      その物質や物品により代償は変化する。ただし、魔石は創造できない。


「要するに、武器を作ったりできるわけか」

「そうなりますね。闇の生命樹(クリフォト)では、物質主義に対応する概念能力です」


 クリフォト……? よく分かんないけど、これも異世界特有のものだろうか?


「この『概念能力』は、兄さんと私だけが知っている、兄さんだけの力です。上手く使えば、どんな敵にも勝てるとはず……。いえ、勝てます」


 妹から寄せられる全幅の信頼。

 重たいが、嬉しくないわけがない。いや、重たいほど嬉しいに決まっている。


 俺は、『鳴鏡』に記された俺自身の能力を、ゼラチナス・キューブの説明を思い出しながら読み返していく。


 その行為を、三度繰り返す。

 一度目で作戦を思いつき、二度目でそれが実行可能だと確認し、三度目で決意した。


「莉桜の言うとおり、『概念能力』ってのが切り札になりそうだ」


 外からの震動が、徐々に強くなっていく中。

 俺は、敵を倒すため打って出ると告げた。


 表情が変わらないカカシで良かったと思いながら。

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