表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/68

22.そして、彼は踏み砕く

「ファイナさん、莉桜たちを頼みます」


 足下にいるファイナさんに声をかけるが、俺はそちらを見もしないし、返事を必要ともしていなかった。


 ファイナさんなら、俺の期待を裏切ることはない。


 師への信頼感は絶大だ。


「兄さん……」


 莉桜から俺への信頼感も同じだろうが、さすがに、当事者となってしまうとそれだけでは済ませられない。

 足下から、ベトンドルプと対峙する俺を見上げ不安げにつぶやきを漏らした。


 そんな莉桜に、俺は遙か頭上から声をかける。


「心配しなくていいよ。このあと、俺は莉桜の使い魔にならないといけないらしいからな」

「……もちろんです。申請書と一緒に、婚姻届も出しますからね」

「こっちの世界にも、不受理届けってあるんだろうか」


 思わず、余計な心配をしてしまった

 そもそも、婚姻届自体が莉桜のジョークだろうけど。


「別れを済ます必要はないのだがね。このベトンドルプに負けても、死ぬわけではない」

「その代わり、実験材料にされるんだろ?」

「命の保証はしよう。間違いなくね」

「来い、刃羅」


 もはや、答える意味も、語る言葉もない。


 俺が石巨人(ゴーレム)となると一緒に巨大化した刃羅は、城巨人との饗宴に歓喜する。


 なんだかんだと、強敵との戦いは心が躍るらしい。


 分かりやすいやつだ。


「ふむ。まずは、武器の性能実験といくか」


 そう言うと、ベトンドルプは四本の腕を背後に回す。

 次の瞬間、それぞれの腕には両刃の剣が握られていた。


 そのまま、無造作にこちらへ近づいてくる。


 その一振りで、城壁でも破壊できそうな剣が四本。まともに食らったら、今の俺でもただじゃ済まない。


 当たればな。


「まったく――」


 間合いに入ったベトンドルプが四本同時に振り下ろす様を、俺は動かず直前まで見守る。


「――舐められたもんだ」


 刹那。


 抜いたという意識はない。

 刃羅を振ったという認識もない。


 ただ斬ると念じた瞬間に体が自然と動き、四つの刃を同時に両断していた。


 あたかも、その結果だけが出現したかのよう。


 それが現実だと知らしめたのは、重力に引かれて草原へと突き立った四つの刃。


 それには目もくれず、ベトンドルプが言う。


「妖刀には敵わぬか」

「苦労して手なずけた甲斐があったぜ」


 暗に、引きこもってないで最初から外に出てくれば良かったんだと言い放つ。そうすれば、俺を待たなくても満足できる相手と戦えただろうにと。


「使い道がないって嘆くよりも、魔物とか業魔(レヴゥラ)なんかとやりあえばよかったんだよ」

「興味がないな」

「人形以外は?」

「分かっているなら、答える必要はない」


 そう言って、ベトンドルプが少し――俺たちサイズで――距離を取る。


「せっかくだ。知ってもらおう」

「なにをだよ」

「ベトンドルプの名の意味をだ」


 不意に、ベトンドルプが大きくなった。

 いや、宙に浮いたのか!?


 信じられない光景を目にして固まる俺を尻目に、足からロケットみたいな火を噴いて、草原を焼きながら、一気に間合いを詰めてきた。


 ジェット推進!?


 人形じゃなくて、もう、ロボットじゃねえか。


「ベトンドルプは古き言葉で、孤高なる強者を意味する」

「名前のせいで、今まで戦えなかったんじゃねーか」

「だが、名に恥じぬ強者であることは疑いない」


 ぐぐっと、四つの腕で押し込んでくるベトンドルプ。


 もはや、人形の定義も怪しくなってきたが、今はそんなことを言ってもなんら解決に寄与しない。


 もはや刀の間合いではなく、今の【敏捷】と【先制】では距離を取るのも難しい。


 不満げな刃羅を格納し、両手で力比べに入る。


 サイズは、あちらが上。


 だが、それが必ずしも性能に直結するわけではない。


 倍の腕に押されても、俺はその場から一歩も引かない。この後ろには、莉桜たちがいる。引くわけにはいかない。引く場所などどこにもない。


「おおおっっ」


 発声器官などないのに気合いの声を上げ、むしろ、サイズに優れたベトンドルプを押し返す。

 その勢いのまま頭を相手の胸に押しつけさらに押し、体勢が崩れかけたところに両手で突っ張りを食らわせ突き倒した。


「ぬおおおおっ。バカな!?」


 ベトンドルプは、豪快に背中に土を付ける。


 震動、轟音、そして、砂煙。


 見世物だったら、ここまで大迫力で面白い物もないはずだ。


 というか、だ。どうして、異世界で、こんな体で、相撲取ってるんだろうな!?


 人生って分からないな、ほんと!


 しかも、経験はなくても、国技だ。見よう見まねで圧倒することができた。単純に突っ張っただけだけどな。


 けれど、相撲と違って、まだ終わりじゃない。


 背中から落下した城巨人ドールズ・フォート相手にマウントを取り、膝で腕を押さえつけた。

 そうして抵抗できなくしてから、顔面――にあたる部分――を殴りつける。


 ガンガンガガンッ。ガンガンガガンッッ。


 刃羅を呼び出す手間すら惜しい。


 乱暴に野蛮に。子供のケンカのようだが、そう表現するには暴力的に、石巨人(ゴーレム)城巨人(ドールズ・フォート)を殴り続ける。


 顔がつぶれ、というよりはえぐれ、部品が剥離していく。

 ベトンドルプが背にしている地面も、その勢いで段々と沈下していった。ここがなにもない草原じゃなかったら。とんでもない大惨事になっているところだ。


「こいつは、とんでもねえな……」

「お兄ちゃん、すごーい!」


 こちらも拳の形が変わっているような気がするが、構わない。エレナが喜んでくれているのが、なによりの救いだ。

 そして、観戦できているということは、こっちの余波をファイナさんが始末してくれているんだろう。


 長引かせても悪い。


 とどめとばかりに両手を頭上で組んで、ハンマーのように振り下ろした――が。


 そのタイミングを狙っていたかのように、背後から衝撃に見舞われた。


 足か!?


 人間なら曲がらない角度も、人形であれば問題ない。不完全な体勢でも、ジェット噴射でカバーできる。


 半円を描いたベトンドルプの足に蹴りつけられ、拳の軌道が変わった。ダメージそのものは大した物ではないが、腕の拘束も解けてしまう。


 というよりは、それが狙いか!


「しまっ――」

「押され押されて、危機に陥ってからの大逆転。こういうのが好きなのだろう?」


 ベトンドルプの胸のパーツが左右に展開した。

 そこに、『星沙心機』(スターハート)を遙かに超える、巨大な魔石が現れる。いや、この巨大さだと、魔石のほうが本体に見えた。


 もしかして、これが本当のダンジョンの中核(コア)


「さて、切り札の威力、確かめさせてもらおう」


 その声と同時に、魔石へ光が集まり、熱があふれ、一目で分かるほど臨界へと達した。


 まさか、こいつを使いたかっただけなのか!?


「ビームかよ!?」

「魔法だ」


 充分に発達した科学は、魔法と見分けが付かない。


 それを実証するかのように、ベトンドルプから極太の光が発せられた。


「なら、先に――」


 その魔石を破壊する。


 再び刃羅を呼び出そうとしたものの、自由になったベトンドルプの四腕に両手が拘束され、逆に身動きが取れなくなった。


「《クリスタル・レイ》」


 避けられない。


 いや、仮に可能だったとしても、避けることはしなかっただろう。俺の背後にある命を思えば、ここで盾になるしかない。


「いたずらに巨大化したわけではないのだよ。この威力を出すための、この魔石。この魔石を格納するための城巨人(ドールズ・フォート)ベトンドルプだ!」


 光の帯が、俺の全身を灼いていく。


 ヨハンの珍しい長広舌を聞きながら、俺は体表が溶けていくのを感じていた。さすがにテンションが上がっているのか、今のヨハンはいつにもましてうざい。


 しかし、体が溶けるというのは貴重な経験だった。


 痛みはないわけじゃないが、軽い。《人形の体》などの特技の影響か、はたまた、最初からそういうものなのか分からないが、ちりちりと日焼けしている程度にしか感じていなかった。


 代わりに、猛烈な脱力感に襲われていた。


 動けないというよりは、動く気がしない。このまま溶けて消えてしまうとしても、それはそれで構わないのではないか。抗おうという気力が、湧かないのだ。


 白い。

 純白の光に包まれた俺は、無力だった。


「ほう。これを耐えきるか」


 だから、ヨハンから賞賛と感心の声をかけられても、《クリスタル・レイ》の照射が終わっても、特になにも感じなかった。


 ただ重力に従い、背中から倒れ伏した。それだけ。


「兄さん! 兄さん!?」


 莉桜の声も、今は遠い。俺の心も体も揺さぶることはなかった。


「《リペア・ダメージ》」


 莉桜からの回復呪文も、焼け石に水。まあ、今の俺は確かに焼け石ではあるが。


「《リペア・ダメージ》」


 それでも莉桜は、俺を信じて魔法を唱え続ける。


「美しいな」


 心の底から感動したとでも言いたげな、ヨハンの言葉。

 そこに、莉桜への嘲りはひとかけらも存在していなかった。


 無私の献身に感銘を受けているようだ。


 だからこそ、我慢ならなかった。


 滑稽だと、無駄な努力だと笑うのならば、それでもいい。ただ表面だけを見て嘲笑しているだけなのだから。


 上から目線で、評価するのも構わない。


 だが、こいつはよりによって感心した。


 心まで。莉桜の心を理解したという認識で褒め称えた。


 それは、我慢ならない。


 人形師ヨハン。


 我欲でここまでのことをやったおまえに、一体、俺たちのなにを理解したって言うんだよ!


 まだ終わらない。

 まだ終われない。


 ただの人形狂いの人形に、人の魂が宿った人形が負けるわけにはいかない。


「リオ殿、下がるでござる」


 ファイナさんが莉桜の安全を確保してくれた。

 そう信じて、俺は顔を上に向ける。


「《加速》」


 この状況じゃ、【MP】はどうやったって、増えない。

 だから、存在するリソースを使うしかない。


 【HP】を代償として体を無理矢理動かす特技を使い、俺は立ち上がった。


 《加速》。


 ぐんっと大きく踏み込み、右の拳を腹にたたきつける。城巨人の体にひびが入り、ばらばらと剥離していく。

 同時に、体表がでろんでろんになった俺の拳がパキンと割れて落下する。


 ははは。

 どっちがダメージでかいか分かんねえな、これ。


「まだ動けるというのか」

「兄さん!」


 《加速》。


 それでも止まらず、左の拳を突き上げてベトンドルプの巨体を宙に浮かせた。内部構造体がひしゃげた手応え。

 一緒に、踏ん張った俺の左足にぴきぴきっとひびが入った。


 でも、まだ動ける!


「強敵との戦いに進化したアンドレアス。そういうことか!」


 《加速》。


 さらに右の拳が追いかけるが、ベトンドルプはジェット機能を活かして滞空時間を延ばしやり過ごした。


「だが、まだ進化が足りなかったな」


 その状態で、再びベトンドルプの胸が左右に開く。


「まだ撃てるのかよ!」

「切り札が一枚だと、一体誰が決めたのかね?」


 《加速》――しようとしたが、不発。負担に耐えかね、俺の体がくの字に曲がる。


 届かない。


 一歩、届かない。


 俺が歯がみした――そのとき。


「紅龍蒼牙――《神雷双戟(じんらいそうげき)》」


 ずっと無言で見守っていたファイナさんが動いた。


 両手の刀――というか、一本の刀を半分に折って、炎と氷をまとったそれを交差させる。

 その中心点からは、びりびりと雷が発生していた。


「拙者、手出し無用とは命じられてはいなかったでござるよ」


 刃を交差させた構えから振り抜くと、(あか)(あお)の刃から紫電が奔り、物理的な縛めとなってベトンドルプの巨体を拘束する。


 相変わらず、ファイナさんすげえ。


 見たかヨハン、これが俺の師匠なんだぜ!


「悪いな。押され押されて、危機に陥ってからの大逆転。こういうのが好きなんだよ――《修復》」


 ファイナさんが稼いでくれた時間。


 その黄金よりも貴重な一瞬を、俺は回復に使った。まるで逆再生するかのように、俺の体が回復――戻っていく。


 《加速》。


 そして、台詞をそっくりそのまま返して、俺は飛んだ。


 拳を天に突き立てて。


「我はッ――」


 《神雷双戟(じんらいそうげき)》により自由を奪われたベトンドルプは、満足に最期まで喋ることもできなかった。


 拳は狙いを過たず魔石に到達し、突き入れ、貫き、完膚なきまでに破壊する。


 ……だけにとどまらず、ブンッと空中で腕を振り下ろしてを地上へぶん投げた。


 草原に震動が走り、土煙が舞う。


 その中心へ、俺は自由落下に身を任せる。


 そういや、クラウド・ホエールのダンジョンから脱出したときにも、スカイダイビングをしたんだっけ。


 あのときはカカシの体だった。


 今はその面影もない石巨人(ゴーレム)


 その大質量が落ちてきたら、どうなるか。


「《強打》」


 しかも、最後の【MP】で《強打》まで乗せてやったら。


「アンドレアス。否、千早雅紀! 後悔するぞ!」

「おまえの言葉は、届かない。もう、終わりだよ」


 答えはひとつ、木っ端微塵だ。


 派手な爆発なんてものは、起こらなかった。


 ただ大地が揺れ、風が逆巻き、部品――肉体が周辺に飛び散る。


 しかし、やがて震動は収まり、風は凪ぎ、巨大な魔石が俺に吸収され、肉体の欠片も残らない。


 城巨人(ドールズ・フォート)ベトンドルプ。


 これが、その最期だった。





 終わった。


 誰もがそれを認識し、だけど、誰もなにも喋らない。沈黙が、草原を支配した。


 唯一変化があったのは、俺。


 あの巨大魔石がそのままってわけじゃないだろうが、【MP】は一気に50点近く上昇。レベルアップした俺は全身が青い光に包まれ、もう、わけの分からないことになっていた体も完全に元通り。


 終わりの形は、勝利。


 その事実がようやく浸透し、誰かが。誰もが歓声を上げようとしたその瞬間。


「ンフ」


 不気味な。

 場にそぐわない粘つくような笑い声が聞こえた。


「あはっ、あははははははははははははは」


 それに続く、哄笑。


 勝利に沸く俺たちに冷や水を浴びせかけるような笑い声。


 それは、エレナから、発せられていた。


 いたいけな表情を、欲情に歪めて。

こんな引きで恐縮ですが、明日のエピローグで第三章完結です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ