18.そして、彼女は可愛らしく嫉妬する
すみません。
間違えて次の話をアップしてしまったので、削除して上げ直しました。
大変申し訳ありませんでした。
「お兄ちゃん……」
不安そうに、エレナが俺の腰にしがみつく。
このまま左右の壁が止まらなければ、どうなるか。まったく、子供でも分かる理屈だ。
「大丈夫。心配ないよ」
微笑むことはできない人形なので、代わりにくしゃっと髪を撫でて安心するように伝えた。
別に、ごまかしているわけではない。《永劫不定》を使えば、扉を……壊しても来た道に戻るだけだから、反対側の壁を破壊すればこの部屋から抜けることなんてわけない。
「ヨハンの意図が見えませんね」
「ああ……。そこが不安だ」
『鳴鏡』を用意した莉桜の言葉に、俺は静かにうなずいた。
問題は、動く壁なんかじゃない。
人形のメイドたちを倒して【MP】が増えたと思ったら、今度は部屋からの脱出で消費させられる。
意図が見えない構造のほうが、よっぽど問題だった。
自分から飛び込んできておいてなんだが、もしかして、俺は試されているんだろうか?
あのヨハンならあり得る。単に、俺が右往左往する様を眺めて喜んでいるというラインもありそうだが……。
「さて、刃羅。もう一仕事だ」
答えの出ない考察を打ち切って、俺は元妖刀に呼びかけた。
大量のメイド人形を屠ったにもかかわらずまだ満足していないのか、刃羅がカタカタと嬉しそうに震える。
力を込めてそれを制御し、エレナを莉桜に預けて正面の壁に近づいていく。迫り来る左右の壁のことは、考えない。
「《永劫不定》」
一気に、魔石ひとつ分。10点分の【MP】が消費される。
だが、その甲斐はあった。
『概念能力』を発動させ、刃羅を振るうと、壁は豆腐よりも滑らかに切り裂かれた。
ただの刀であれば折れ曲がって使い物にならないところだっただろうが、刀も能力も普通じゃない。
そのまま、壁を四角く切り取ってやる。
切り取られた壁がこちらがわに倒れ、ぽっかりと穴が空いた。
よし! ちゃんと向こう側に通路があった。
これで、脱出できる――
「お兄ちゃん、なんかピンク色のぶよぶよが!」
――その希望は、あっさりと打ち砕かれた。
俺が開けた穴の周囲からピンク色のぶよぶよとした物質が噴出し、あっさりと穴を埋めた。
いや、エレナと同じ表現になってしまったが、他に言いようがない。
強いて言えば内臓とか筋肉とかが近い印象だが、グロテスクな方向に訂正しても仕方ない。
そして、それだけでは終わらなかった。
切り出した壁の一部が霧に包まれ、それが晴れると異形の化け物に姿を変えた。
基本的なフォルムは、ムカデ。
ただし、頭部は人間で、なぜか上下逆さまにくっついている。
ムカデだけあって足もたくさん生えているが、それもなぜか、人間の腕に酷似していた。
わけが分からない。
機能性よりも、人に不快感を与えることに特化したかのような姿。
人形のヨハンやノインさんはおろか、人形のメイドと比べるべくもない。知性の感じられない、異形。
「お兄ちゃん、なにあれ……」
「目をつぶってていなさい。兄さんが、絶対になんとかしてくれますから」
「うん」
莉桜の言葉に従い、ぎゅっと目をつぶるエレナ。
あんなもんを子供に見せるだなんて、まったく度しがたい。
壁に押しつぶされそうになるプレッシャーを感じながら、ムカデ人形に対峙する。
その間にも、左右の壁は少しずつ。けれど、確実にこちらへ迫ってくる。
しまった。《唯物礼賛》で壁に対する支えを作ってから、攻撃すべきだった。
悔恨に苛まれる俺。
不安げなエレナ。
全幅の信頼を寄せる莉桜。
そして、喜ぶ一振り。
まだ殺せる。もっと殺せと刃羅がうごめく。
まったく、ファイナさんだって、もうちょっとオブラートにくるんでたぞ。
「うなれ、刃羅」
獲物を見つけた異形の化け物たちが、こちらへカサカサカサカサと殺到する最中、刃羅を一振り。
それで無数のムカデ人形は壁まで吹き飛ばされ、魔石に存在を変える。自爆はしないようだ。そんなことになったら、それで壁が削れてムカデ人形が生まれる永久機関になるところだった。
だいたい、二体で【MP】1点分、といったところか。《永劫不定》の分は、すぐに取り返せるだろう。この分だと、レベルアップはおろか、次の進化も近そうだ。
カカシ、球体関節人形と来て、次はどうなるのかわからないけど。
しかし、なんなんだろう、この部屋は。まるで、生きているかのようだ。生命力旺盛すぎる。
いくら魔法も自律する人形もダンジョンも戦闘民族みたいなエルフがありな世界でも、これはどうなんだ?
……って、あれ?
ダンジョン……?
もしかして、ここはすでにダンジョン化しているのか?
大量の『魔素』が集積したことによるゆがみで生まれるダンジョン。
この非常識っぷりは、クラウド・ホエールの体内に囚われた俺と莉桜が、必死に攻略したあのダンジョンと同種の存在のように思えた。
もしかして……。
地下のこの部屋だけじゃなく、このベトンドルプという街そのものがダンジョンなんじゃないか?
通路側の壁ではなく、こっちへ迫る右側の壁に刃羅を叩きつけながら、俺は考察を続けていく。
だとすると、一度入って出られなかったのも説明が付く。クラウド・ホエールダンジョンのような閉鎖型のダンジョンは、中核を破壊しなくては脱出できない。
莉桜が、そう語っていたじゃないか。
その中核は、通常ダンジョンの最深部に存在している。少なくとも、クラウド・ホエールダンジョンは、そうだった。
仮説に仮説を重ねることになるが……。
このベトンドルプがダンジョンだとすると、人形師ヨハンがその中核そのものなんじゃないだろうか。
左右の壁も同じ結果で、破壊はできるが再生され、その残骸からムカデ人形が生まれる。
それを切り伏せ、集中しろという刃羅の抗議を聞き流し、魔石を回収しながら、さらに仮説を積み重ねていく。
俺に魔石という餌を与えて進化を促し、その俺と、ついでに莉桜やファイナさんをも取り込み。
そして、ダンジョンを羽化させ自らの手で究極の人形を作り出す。
それが人形師ヨハンの目的……?
いや、先走りすぎだ。
今は、ここから脱出することを最優先で考えないと。
そうは思うが、今のままではじり貧だ。いや、実入りはあるのだが、どんな能力が使えるようになっているのか分からない。
胸の『星沙心機』を意識すると、レベルアップどころか、進化もできることが分かる。
それなのに、俺は打つ手が見いだせずにいた。
そして、壁というタイムリミットは少しずつ。同時に、確実に迫ってくる。
まったく、落とし穴といい、動く壁といい古典的な……。
「お兄ちゃん、わたしにできること、ある?」
怖いだろうに。泣き出したいだろうに。
それでも気丈に振る舞うエレナ。
「兄さん! 兄さんの選択に、私たちの命を預けます」
「……莉桜」
そうか。そうだな。
こうなったら、できることはひとつしかない。
「信じてるぞ、心ちゃん」
そして、俺の意識はぷつりと落ちた。
「……ええと?」
次の瞬間、俺は久々の心ちゃんルームにいた。
なにもない。上も下もなにもない白い空間。
ここでだけ、人間だった頃の俺に戻り、サイズの合わない漆黒のドレスを身にまとった幼女……心ちゃんがいるはずの空間。
いつもなら、こう、余裕たっぷりの心ちゃんが俺をからかうように歓迎してくれるはずなのだが。
「なんか、まずかった?」
どういうわけか、心ちゃんは拗ねていた。
上下左右も定かならざる空間で、しゃがみ込みながら指でのの字を書いている。なんてわかりやすい拗ね方だ。
「べつにぃ。なんでもあらしまへん」
どう見ても、なんでもある。
「あのちっこいお嬢はんにお熱で、うちのことなんか忘れてはったんでしょ?」
嫉妬!?
嫉妬なのか? まさかの展開だ。
本気なんだろうか? これも、俺をからかう演技だったりするんじゃ?
どうすればいいのか分からない。
心ちゃんも、なにも言わない。
「なんかぁ。今回は、稼ぎも適当やしぃ? 雑魚ばっかりで稼いで、ないがしろにされてる気分やわぁ」
いや、愚痴は続いていた。
「まあ、確かに、こう、強敵との対戦みたいのはなかったけどさ」
妖刀・奏血尽羅との対戦は、【MP】の収支だけ見ると完全に赤字だったし。
その分、鎧鋏蟻とかこの人形たちで稼いだんだけど、お気に召さなかったようだ。
だからといって、別に心ちゃんをないがしろにしたわけじゃない。
「でも、やっぱり、ここ一番で頼りになるのは心ちゃんだよ」
「……え?」
「俺がピンチに陥っているのは、分かってるだろ? 心ちゃんとならなんとかなると思って、俺はここにいるんだから」
それは言い訳に近いが、真実でもあった。
「ふ~ん。まったく、こんな演技に騙されるなんて、かわいいお人」
心ちゃんは勢いよく立ち上がり、意味ありげに俺のことをちらちらと見る。
外見に似合わず妖艶な色気は消え去り、年齢相応な可愛らしさだけが残っていた。
これは……。
いや、今までのことを考えれば俺をからかう演技なんだろうが、それだけじゃない気がする……という引っかけなのか?
分からない。
確かなのは、迷っている時点で心ちゃんの術中にはまっていること。
それから、残念ながら、今はそれどころじゃないってこと。
「もう、いらちなんやからぁ。主様の気持ちも状況も選択も、よう分かっとるのに」
「なら――」
「それでも、確認しないといけんわぁ」
不意に心ちゃんが口を引き結び、俺を見上げて言う。
「主様、主様。今の状況を切り抜けられるなら、どんなことになっても構へん。そんな覚悟は――」
「ある」
なにを言われても、俺はそう返事していただろう。
それくらい迷いを排除した返答。いや、即答。
「さすが、心のご主人様やわぁ」
「相変わらず、どこをほめられてるのか分からない……」
「主様は、それでええんよ。ほな、心を精一杯楽しませてなぁ」
そして、俺の意識は――途絶えなかった。
いつもと違う展開に困惑する俺に、いたずらっぽい笑みを浮かべた心ちゃんが色っぽい唇を撫でながら言う。
「そや、言い忘れてたわ。戻ったら、外の二人に注意したほうがええわぁ」
「注意? なにを?」
「それは、もちろん」
心ちゃんは完全にペースを取り戻し、からかうような……というよりも、そのものな笑顔を向ける。魅力的すぎて反感など起きようがない。
「潰さんようにやなぁ」
その意味を問いただす暇もなく、今度こそ、俺の意識は瞬間的に途絶えた。




