16.そして、彼は少女に告白する
落とし穴を抜けると、そこは地下道だった。
情緒もなにもないが、現実はこんなもんだ。
下水道と呼ぶには清潔で、乾いており、そして規模もでかい。ニュース映像で見た、地下放水路を思い起こされる。
手がかりが見つからなければ地下を探すつもりでいたが……。ほんとにこんな地下道があったとは、さすがに予想外。
予想外と言えば、俺たちが地下道にたどり着くと同時に、降りてきた穴に栓がされ閉じ込められたのも予想外だった。
もっとも、人形師ヨハンの手によるものと考えれば、驚くほどのことでもないのかもしれない。
そんな場所に、俺と莉桜。そして、エレナは降り立った。
いや、左手に莉桜。右手にエレナを抱いているので、正確には降り立ったのは俺だけか。
「これは役得ですね」
両手に花状態になっている俺を揶揄した言葉ではない。緊急事態という大義名分で堂々と俺に抱きつくことができた自分自身のことを表しているのだ。
そんな風に余裕があるのは、この場で莉桜一人だけだった。
俺は、これから起こる惨劇から目を背け。
エレナは、足下を凝視して目を丸くしていた。
「お兄ちゃん、その足……足?」
「びっくりさせて、ごめんな」
そう。バネのように変形していた足が、元の形に戻っていく様を凝視して。
空を飛ぶ能力まではないこの体だ――飛びたいと言ったら、外部パーツを作ってくれそうな気もする――が、安全に降りるだけなら方法はいくつかある。
今回はそのうち、シンプルで燃費もいい方法を採用した。
即ち、《最適化》に完全委任するという選択を。
結果から言えば、それは成功だった。着地の瞬間に足がバネ状に変化し、俺と腕の中の莉桜とエレナがぼよんと宙に舞った。
それを何度か繰り返し、やがて勢いがなくなり、最後には静止した。
そのお陰で、ビルひとつ分は落下したのにダメージは感じない。《最適化》だけでなく、【物理防御】が働いてくれた結果だろう。
にしても、たまにコミカルだよな、俺の体。心ちゃんの趣味なのか……。いや、最初がカカシだった時点で大概だが。
そんな具合だったので、落下途中で格納された刃羅が不満げだ。もしかすると、刃羅で衝撃波を発生させ、その反動で着地……なんて展開を期待していたのかもしれない。
あるいは、壁に刃羅を突き立てて落下スピードを殺すこともできたかもしれないが、斬れすぎて失敗に終わりそうな気もするなぁ。
……と、現実逃避はここまでだ。
「えっと……」
腕の中にいたはずのエレナは、身をよじって抜け出し、微妙な距離を取ってこちらを見つめ……。
否、警戒していた。俺だけでなく、平然としている莉桜までも。
無理もない。
一応は恩人であるお兄ちゃんの足が、バネに変わったのだ。
……言葉にすると、本当に酷い。
だから、当然と言えば当然のリアクションなんだけど……覚悟はしていても、結構きついな、これ。
「兄さん……」
そんな俺を気遣い、莉桜がそっと手を握ってくれた。
ああ……。大丈夫。大丈夫だ。
いつか通らなければならない道だった。
今までごまかしてきた報いを受けているだけなのだ。
だから、ここで道をたださねばならない。
「今から、俺の本当の姿を見せるよ」
そう前置きをしてから、俺は《外見変更》を解いた。
光の粒子が頭頂部からつま先へと降りていき、夢から覚めるかのように、真の姿が露わになる。
目鼻立ちがくっきりした顔。人形らしからぬリアルさだが、髪も眉もないので、不気味でしかない。
着流しはそのままだが、体の色は隠しきれない。
灰色がかった紫色の肌は、まさに人形。各所に配された球体関節もまた、人工物らしさに拍車をかける。
金属のようなプラスチックのような。あるいは木のような不思議な質感の肌も、非人間的な印象を与えていた。
素材は俺にも不明だが、とにかく堅いことは間違いない。
そして極めつけは、胸の『星沙心機』。
一番外側だけが黒く塗りつぶされた五重の円と、埋め込まれた十個の魔石。禍々しさはないものの、人間に存在しているはずもない器官。いや、機関か。
どこをどう切り取っても、人工物でしかありえない。エレナが、さらに距離を取ろうとするのも仕方がないことだ。
それでも、俺は未練がましく事情を説明する。
自分のためじゃない。エレナの安全のためだと、情けない理論武装をして。
「エレナ、実は、俺は一度死んでいるんだ」
「え? お兄ちゃん死んじゃったの?」
ツッコミどころしかない荒唐無稽な告白。
それを疑いもせず、エレナは驚いてぴょんとその場で飛び跳ねた。どうやら、俺の正体を見たことによる衝撃を上回ったらしい。
いい子だ……。
なんとか分かってもらいたいと、俺はさらに言葉を重ねる。
「そう、死んじゃったんだ。でも、魂が人形の体に宿って、生き返ったんだよ」
地球――異世界から来たとか、そういう部分はカット。この体は莉桜に作られたとか、そういうのも割愛。
そもそも、厳密には生き返ったのとは違う気もするが、細かいところは気にしない。
重要なのは、俺たちがエレナを追い回した人形とは異なる存在であると。エレナの味方だと信じてもらうこと。
「お兄ちゃん、痛かった……?」
「え? 痛い?」
それなのに、エレナは上目遣いで潤んだ瞳をこちらに向けた。
きゅっと唇を引き結び、泣くのをこらえているかのよう。
エレナから怯えは消え、代わりに俺を心配していた。
「死んじゃったとき、痛くなかった?」
「ああ……」
まさか、そんな心配をされるとは思わず、俺は短くつぶやき天を仰いだ。端からは、苦悩する人形という芸術作品に見えたかもしれない。
優しさは喜びと、時に残酷さを運んでくる。
「痛かったけど、後悔はなかったよ」
ナイフで刺されたんだ、そりゃ痛い。痛かった。転生してからも、しばらくはトラウマになっていたぐらいだ。【精神】の補正がなかったらどうなっていたことか。
今は、ファイナさんというより巨大なトラウマに上書きされたけどな!
「死んじゃったけど、人を助けられた。人の死に意味を持たせようとするのは生者の悪癖だけど、まあ、悪くない人生だったんじゃないかな」
もちろん、こうやって曲がりなりにも生きているからこそ言えた台詞ではある。
両親と、莉桜を失った時点で、死にたいとまでは思っていなかったが、死んでもいいと考えるまで捨て鉢になっていたわけでもなかったのだから。
人間万事塞翁が馬。簡単に言えば、結果オーライだ。後悔があるとしたら、助けた後輩の前で死んでしまったことだけ。
せめて病院まで保ってくれたら、彼女の心の傷も浅くて済んだだろうに。
「それに、死んだことで莉桜やファイナさん。それに、エレナとも出会えたからね」
「えへへ……」
その一言が、エレナの心の琴線に触れたらしい。
嬉しそうにふやけた笑顔を浮かべながら、俺に正面から抱きついてきた。
「お兄ちゃんの体、人形さんだから堅かったんだね」
エレナがノックでもするみたいに叩いてくるが、そのまま好きにさせる。いつの間にかリズムを刻むようになっているが、それも微笑ましい。
とりあえず、エレナのトラウマが刺激されて、俺を拒絶するという最悪の事態は避けられたのは僥倖だ。
正確には、それにより、エレナの安全が脅かされるという事態が、か。
良かった……。
本当に良かった……。
「お兄ちゃん、驚いちゃってごめんね」
「いいよ。むしろ、嫌わないでくれてありがとう」
「うむ~。びっくりしちゃっただけで、別に嫌いとか怖いとか思ってないんだからね!」
そういうことにしておこう、お互いのために。
「これにて、一件落着ですね」
ずっと黙っていた――俺に任せてくれていた――莉桜が、安心したように息を吐き、俺から離れてエレナのほうへと移動する。
「ちなみに、私が兄さんの妹にして妻であることは変わらぬ事実なので、そこの辺りはきちんとわきまえてくださいね?」
「う、うん。……うん?」
……さて。
目下最大の問題は、なんとか軟着陸を果たした。
次の目標は、ファイナさんとの合流だ。
向こうの様子も気になるし、ヨハンとの交渉が決裂したことも伝えなくちゃいけない。それに、なんだかんだだと最強戦力だからな。
俺たちの戻りが遅いと大暴れされる前に、どうにかしたい。
そのためには、ここから脱出しなくちゃならないんだが……。
行き止まりなのか、それとも始点なのか。
半球状の広い空間に、通路は――上を除けば――一本しかない。
床は石でできているので足跡が残ってはいないが、それ以前に、ここから移動したという雰囲気もない。
落下した跡や、これはないほうがいいのだが怪我をした跡も。
そもそも、床はぴかぴかに磨き上げられていた。ノインさんがやったのだろうか?
まあ、それはともかく。
「最短ルートは、来た道を戻ることだよな」
まず、刃羅の衝撃波に《永劫不定》を乗せて栓を破壊。
そして、壁をバンクに見立てて走り抜けるか、《唯物礼賛》でめちゃくちゃ長いはしごを作って――という手はあるが……。
「ん? お兄ちゃん、どうしたの?」
「いや、これからどうするか考えていただけだよ」
駄目だな。ファイナさんと合流する前に、またヨハンと対決することになってしまう。
となると、《物品共感》をその辺の壁とかにかけてヒントを得てから動くのが得策か。
「お兄ちゃんは、ちょっと床とお話しするから。静かに待っててね」
「床さんと……?」
可愛らしく小首を傾げ、戸惑うエレナ。
さすがに、「お兄ちゃんは床さんとお話ができるお人形さんなんだね。すごーい」とはならなかった。
そりゃそうだ。かわいそうな人を見るような目をされなかっただけ、ましか。
「さすが兄さんですね。無機物と話ができるなんて」
そこ、無理にほめない。
俺はその場にひざまずき、床に手を触れ特技を発動させる。
「《物品共感》」
過去、ここに来た人間が、いるか。いるとしたら、どこへ行ったのか。
それが知りたいと、イメージを伝える。
すると、脳に直接映像が伝えられた。
何人も、何人も。
まるでダストシュートのように放り投げられ、この床に落下する人間の姿が。
そして、それを集団で掃除していく――顔は見えなかったが――メイド服を着た人形の姿も。
この部屋の床がぴかぴかに磨き上げられていたのは、つまり、そういうことだったのだ。
「なんて、悪趣味な」
こんなところに、莉桜を預けるなんてとんでもない話。人形に改造という話を別にしても、ありえないな。
幸いにして、その中に見知った顔――ラミリーさんたち――の姿はなかった。少しだけ、安心する。
ここで、イメージが途切れた。
「大丈夫ですか、兄さん」
「ああ。決定的ではないけど、多少情報も得られたよ」
とりあえず、メイドの人形たちが存在していることは分かった。
これは収穫だ。
つまり、ヨハンの城か、街に直接かは分からないけど、脱出路は必ずある。
不意を突けても危険が大きい元のルートで戻るという選択肢より、安全で確実だ。
決断を下した俺は立ち上がり、莉桜とエレナに視線を向ける。
「お兄ちゃん、笑ってるね」
「笑ってる? いや、表情変わらないだろ?」
「分かるよー。なんとなく、だけど」
えへへーと、なにが楽しいのか分からないが相好を崩すエレナ。
子供ゆえの感受性の豊かさで、なにかを感じ取ったのかもしれない。
「もちろん、私も分かりますよ?」
「莉桜は、顔とか見なくても分かりそうだよな……」
「ええ。もちろん」
なんでそんなに得意そうなんだろうなぁ。
それはともかく。
「エレナ、ファイナさんと合流するぞ」
「おー! 」
再びエレナを抱き上げ、俺たちは地下道を進んでいった。
その先で、この体と別れを告げることになるとも知らず。




