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15.そして、彼らは転落する

「まさか、不肖の孫弟子に見抜かれるとは思わなかった」


 非難と賞賛を同時に行ったヨハンは、顔をしわだらけにしつつ笑い続けた。


「いや、不肖の弟子の弟子が不出来とは限らぬか」


 そう。ヨハン自身が認めているにもかかわらず、しわも、口内も、とても作り物とは思えない。


「これこそ、良き人生に必要な笑いと驚きだ」


 嬉しそうに。

 心の底から嬉しそうに、人形のヨハンは言った。


 しかし、それをもたらした莉桜は顔色ひとつ変えない。


「伊達に、食事もせず観察していたわけではありません」


 平然と。

 けれど、俺に分かる程度には得意そうに莉桜は言った。


「後学までに聞こう。どこが拙かったかね?」

「いえ、完璧でした」

「なるほど。ゆえに、不自然か」


 足下がおろそかになっていたようだと、ヨハンは笑った。またしても、嬉しそうに。

 そこだけ切り取れば、向上心に満ちた老研究者に見える。


 もちろん、数々の行いを無視すればという前提だが。


「確かに、厳密な意味で私は人形師ヨハンではない」


 あっさりと。

 軽いいたずらがばれた程度の気安さで、ヨハン――人形のヨハンは認めた。


「とはいえ、完全に別物というわけではない」


 人形のヨハンの背後で、ガコンッと大きく重たい歯車の音がした。

 それは終わりではなく始まりで、音がした場所――部屋の奥に視線を向けると、ゆっくりと壁が手前へ動き出す。


「忍者屋敷かよ」


 大がかりな仕掛けに気圧され、そんなオリジナリティに欠けた悪態を吐くのがやっと。


「すごーい! 壁が動いてる!」


 エレナが喜んでいるのが、せめてもの救いだ。子供は、忍者屋敷とか好きだよね


 そのまましばし。


 反転した壁と一緒に玉座が現れ、そこには一人の老人――人形のヨハンとよく似た男が座っていた。


 確かに、似ている。


 似ているが、別人だ。


 顔は皺だらけで、目は落ち窪み、唇もひび割れている。肘掛けに置かれた手は、節くれ立って枯れ木と見分けがつかない。

 伸び放題の白髪はぼさぼさで、法衣に隠された足は立ち上がったらぽっきりと折れてしまいそうだ。


 老人というよりは、人間の残滓。精気を失った――あるいは、奪われた――成れの果て。玉座の立派さと相まって、憐憫よりも滑稽さを感じさせる。


 しかし、それはすべて表面的な印象にすぎなかった。


 つぶさに観察すれば、その異常さに気づくはずだ。


 首筋に、手首に、太股に、玉座から伸びた細い銀色の管が接続されていることに。

 聖職者のようなローブの向こうからは、歯車が回るような規則正しい機械音が響いていることに。

 そして、落ち窪んだ瞳は爛々と輝き、不吉な光をはなっていることに。


 滑稽さは消え、不気味さが実際に冷気さえ伴って辺り一帯に充満する。


 人形よりも、よほど生気がない。


 それが、本物の(・・・)人形師ヨハンに抱いた第一印象だった。


「これが、人形作りの最適解だ」


 授業でも始めるかのように、人形のヨハンが立ち上がった。


 本物のヨハンが姿を見せたが、あくまでも喋るのはこっちらしい。


 親機に対する子機なのか。

 それとも、どちらともヨハンであることには変わらないのか。


「意外かね?」

「人形作りどころか、日常生活も危うそうだからな」


 俺の皮肉も、人形のヨハンは逆に我が意を得たりとうなずくだけ。


「人は疲労する。人は集中が途切れる。人には生理現象が存在する。今なら、その煩わしさしさが理解できるだろう?」

「さあ? なんのことやら」


 とぼけて言ったが、自分でも分かるぐらいに早口だ。

 それは、図星を突かれた証拠。


 制約はいろいろあるけど、確かに便利な面も多いよ、この体。くそっ。そもそも、この体がなかったら、俺は死んだままだったしな。


「ゆえに、人形を作るための人形を作った。その人形はさらにより良い人形を作り出した。人形師ヨハンは、それを統御する形に最適化した」


 それがあの繋がれたヨハン。

 あの状態で自らの人形に命を下し、理想の人形――究極の人形へと近づこうとしているのか。


 ……狂気の沙汰だ。狂っている以外の言葉はない。


「騙すつもりはなかったのだよ」


 人形のヨハンは、変わることなく説明を続ける。

 淀みない口調には、罪悪感の欠片もない。それどころか、善意に満ちていた。


 ただし、地獄への道を舗装する善意だ。


「配慮に感謝して欲しいとは言わないが、理解はしてもらいたいものだ。いきなり、あんなものを見せられては、食欲もなにもあったものではあるまい?」


 莉桜に人形と喝破されたヨハンが、シニカルに唇をゆがめて言った。


 というか、自分をあんなものって……。

 確かに食欲は湧かない。湧かないが、ブラック過ぎて、うなずけねえなぁ、これ。


「あのおじいちゃんは、病気なの?」

「さあ? どうだろうな」


 エレナが、子供らしいストレートな感想を口にした。


 だが、病気というよりは、無理矢理生きていると表現したほうが実態に近いのではないか。ここまでくると、妄執以外の何物でもない。


 あ、つまりは、精神的な病気か?


 これ以上、付き合っていられるか。


「どちらにしろ、交渉は決裂だな」


 俺は首を振りながら言った。


 そもそも交渉があったのかも定かではないが、もはや、弟子入り以前の問題だ。


「理解できぬな。これだけの実利を提供しているというのに」


 その上、見せる必要もない本体も見せた。

 誠意は充分ではないかと、人形のヨハンは不合理を嘆く。


「孫弟子を再教育するというのも、本当のことだ」


 そこに虚偽はないと、人形のヨハンは重ねて主張する。


「このヨハンが、立派な人形使いに仕立て上げてみせよう」

「私の体を人形に作り替えてですか?」


 ……まさか。


 いや、あり得る。むしろ、そのつもりで?


 莉桜から人形のヨハンへ視線を向けるが、肯定も否定もしない。


 ニィ。


 ただ、人形のヨハンは、邪悪に顔をゆがめた。


 それが、なによりも雄弁な答え。


「馬脚を現しましたね」

「当然の判断だろう?」

「例えそれが最善手だとしても、他人に強要されるいわれはありません」

「役立たずでも構わぬと?」

「それを決めるのは私自身です」


 いえと、少しだけ考え直し、莉桜が続ける。


「私と兄さんとで決めます。そこに他人の入り込む余地はありません。絶無です」


 ぴくりと、人形のヨハンではなく、玉座に座るヨハンが身じろぎをした。

 ただの反射ではない。


 その震えは徐々に大きくなり――


「クカカ、カカカカカカカカカカッッ」


 ――哄笑となって部屋中に響き渡った。


「ひうっ」

「大丈夫だよ」


 エレナを抱き寄せ、頭を撫でて落ち着かせる。

 やっぱり、無理矢理にでもファイナさんに預けておくべきだったか。いや、この状況だと、あっちもどうなっているか分からない。


 エレナを保護した俺を横目で見つつ、莉桜も席を立つ。


「ごちそうさまでした。そして、さようならです」

「ああ、そうだな。この街から出る方法を聞いて、お暇させてもらうとしよう」


 ファイナさんがいないのに、交渉は決裂してしまった。

 まあ、この場合は、相手に合わせた対応だ。仕方がない。


「方法を教えることはできぬな」

「なら、街ごと壊すしかないな」

「実に嘆かわしい」


 一見、かみ合っているように見える会話。

 だが、お互いを見てはいない。


 ディスコミュニケーションの帰結は……実力行使。


 人形のヨハンが、軽く手を振り下ろした。

 ちょっとした動作だが、自然と目を引く優雅な所作。大げさだが、人間業とは思えない。

 ここに至って、初めてあのヨハンが人ではなく人形に思えた。


 そうか。これが、莉桜の感じた自然ゆえの不自然。


 しかし、そんな感慨に浸ることは許されない。


 人形のヨハンの合図と同時に天井からばらばらと無貌の人形たちが落下し、俺たちを取り囲んだ。


「ひうっ」


 昨晩、エレナを追っていた人形たちだ。

 そのことを思い出し、エレナは息を飲み体を強ばらす。


「子供の教育に悪いな」


 そう言いつつ、俺は決断を迫られていた。

 エレナを抱き、『ヴァグランツ』を展開した莉桜を背中にかばいながら、俺は覚悟を決める。


「刃羅」


 俺の手に、赤い刃が出現した。


「おにい……ちゃん……?」


 呆然とするエレナの声を聞き、それには答えず――答えられず、体ごと横に振って一閃。


 問答無用で放たれた剣風に、人形たちは対処できない。できるはずがない。


 刃羅の一撃は、四つ足で床に降り立った人形たちを壁際まで吹き飛ばし――そこで爆発した。


「なっ」

「兄さん!! エレナ!」


 鉄球――『ヴァグランツ』を展開した莉桜が俺の……。正確にはエレナの前に出て爆風を防いでくれる。それで、こっちへの被害はシャットアウトされる。


 剣風で吹っ飛ばしていて助かったが、自爆というよりは、どうせやられるのなら道連れにしてやろうといった設計思想。

 これを予測しろというのは、無理がある。


「さて、改めて聞こう」

「お断りだ」


 俺は覚悟を決めた。


 莉桜は渡さない。

 エレナも助ける。


 そのためなら、俺の正体がばれてエレナに嫌われることなんて、大した問題じゃない。


「そうか。だが、人形師ヨハンは寛大だ」

「ふざけるなよ」


 繋がれたヨハンの前に立つ人形のヨハンに刃羅の切っ先を突きつけながら、俺は吐き捨てるように言った。


 寛容なのは認めてもいいが、それに感謝するなんて思うなよ。


「機会を与えようと言っているのだよ、自己進化人形アンドレアス」


 再び、人形のヨハンが手を振り下ろす。


 増援が来るかと身構えたが……それが罠だった。


 穴だ。

 穴が空いた。


 足下に、ぽっかりと穴が。


 古典的と言えば古典的。

 それだけに、有効と言えば有効なのか。


 ……ということにしておかないと、後でファイナさんから死ぬより辛い目に遭わされる。


 あ、意外と余裕あるな、俺。


 そんな精神状態で――俺は、妹と赤い髪の女の子と一緒に、暗い穴を落下していった。

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