14.そして、彼らは会食する
09/14 20:53修正
ヨハンがワインを飲んだときのリアクションを修正しました。
申し訳ありませんでした。
「詳しい話は、食事の後にしようではないか」
俺たちを歓迎したヨハンが席に座ると同時に、俺たちの背後。つまり階段を上って、今度は執事服の男が何人も姿を現した。
手にはトレイを持ち、俺たちが座る前に料理や食前酒を用意していく。
「かけたまえ」
執事服の男――たぶん、自動人形――が退出すると、ヨハンが短く俺たちに命じた。
有無を言わせぬ口調に軽く反感を抱いたが、素直に席に着く。今は、変な意地を張るような場面じゃない。
ヨハンの対面に俺。その左右に莉桜とエレナ。ただ、テーブルが大きいため、それぞれの距離はかなり離れている。
「では、出会いを祝して」
ヨハンがワイングラスを掲げ、一息で飲み干した。
単に、毒など入っていないことを示すためかもしれないが、飲食をするのかと単純に驚いてしまう。
勝手に、人形師ヨハンをこの世の存在ではないと思い込んでいたのかもしれない。
だが、いつまでもそんな先入観に浸っているわけにはいかない。
食前酒として注がれたワインに、俺も口を付けた。
毒などの心配は、今さらだ。そのつもりがあれば、宿の段階でやっている。
やや強がりながらも嚥下すると、口内にさわやかな酸味と甘みが広がった。ワインは飲み慣れていないが、素直に美味しいと思えた。
「食べたまえ。味は保証する」
最初は前菜。
ズッキーニで巻いたジャガイモと、鶏胸肉のサラダ。それに、イチジクと生ハム、ブルーチーズのオードブル。
真っ先に手を付けたのは、エレナ。
空飛ぶ幽霊船亭に戻ってから昼食のつもりが、あの事件。空腹も限界だったんだろう。
「おいしーね」
どちらもワインに良く合うだけでなく、飲めないエレナにも好評だった。ブルーチーズ、よく食べられたな。
一方、莉桜はにこりともせず、料理にも手を付けようとしないでいた。やはり、思うところがあるらしい。
続けて提供されたのは、バゲットが添えられた牡蠣と野菜のスープ。
莉桜の分まで……というわけではないが、スプーンで一口すすると、濃厚な魚介の旨味が口いっぱいに広がった。
牡蠣も新鮮で、一体どこからどうやって手に入れたのかという疑問はあるものの、食材の扱いは見事。
「この貝、ぷりぷりしてるね」
「ああ。美味しいな」
エレナと目を合わせ、にこりと笑った。その意思を汲んで、《外見変更》が俺に笑顔を浮かばせる。
メインは二種類で、アワビのステーキと白身魚のオーブン焼き。
ガンソさんの料理ももちろん美味しかったが、これとは比較にならない。まあ、家庭料理と高級レストランを比較しても意味なんかないけど。
人形の体だから本質的に空腹を憶えない俺が美味いと感じるのだから、相当なレベルなのだろう。
わけが分からない空間で戸惑っても仕方がないエレナが満面の笑みで食事をしていることからも、その腕前がうかがえる。
ノインさんの給仕を受けつつ、デザートとして出されたフルーツのコンポートまで食べきってしまった。
「ふひー。お腹いっぱいだね」
「それは良かった」
エレナも満足している様子だ。
――さて。
食事は終わった。心がほぐれたわけでも、目の前のヨハンへの好感度が上がったわけでもないが、心の準備はできた。
「先に質問をいくつか」
先制して俺が発言を求めると、黙って食べる所を見ていたヨハンが、葉巻に火を付け紫煙をくゆらせながら鷹揚にうなずいた。
「俺たちが、このベトンドルプに迷いこんだのは、偶然? それとも故意?」
「ジョゼップの動向は既知のものであった。ゆえに、その被造物たちの歩みも把握している」
婉曲的な答えだが、狙って招待したことをあっさりと認めた。
「その割には、すぐにアプローチをしてこなかったようだけど」
「遊びだ」
「……遊び?」
「そう。ゆとりなくば、人生は噛み締めた砂のような味しかせぬ。人生には、余裕と驚きが必要だ」
「自由も必要だと思うがね」
「束縛なくして自由なしだ、ジョゼップの人形、アンドレアスよ」
ヨハンは、笑っていない。
真剣にどころか、教え諭すように言った。
「じゃあ、ネリィさんやヴァイグルさんは……」
「個人名までは認識していないが、人間に人形を混ぜるのはある種のベンチマークだ」
「あの殺人事件と見せかけてホラーな展開も、そっちの差し金か」
「緊張と弛緩。さらなる刺激。人生を楽しむのに必須の要素を提供したつもりだがな」
単なる歓迎行事。サービスだったとヨハンは言う。さらに言えば、テストは終わったから有効活用したつもりなのかもしれない。
倫理観が違うとか、もはやそういうレベルではなかった。
「二人は、元々人形だったのか?」
「さあ? そうだったかもしれぬ。あるいは、とっくに解放され別の場所で生きているかもしれぬ」
煙に巻くような言い方をして、紫煙を吐き出すヨハン。
つまり、残ったラミリーさんとガンソさんもどうだか分からないとうことか。
……もしかすると、エレナでさえも。
「偉大なる人形使いヨハンが、単なる愉快犯とは思いもしなかったぜ」
不吉な想像をしてしまったことへの八つ当たりで、思いもよらず挑発めいた言葉を発してしまった。
けれど、ヨハンは動じない。
しわはあるが渋味の深い顔に、うっすらとした笑顔を浮かべている。俺が、思った通りに感情を揺らいでいる様を楽しむかのように。
「良き人形を作るには、良き人生が必要だ。良き人生には、笑いと驚きが必要だ」
「それが人形作りの極意?」
「人形作りに限る必要はないがね」
そういう意味では、ジョゼップは駄目な弟子だった。
そう話を締めくくり、ヨハンが本題に触れる。
「では、そろそろこちらの用件を伝えよう」
命令ではないが、聞き入れられて当然という傲慢さでヨハンが言った。
――俺ではなく、莉桜に。
「ジョゼップの弟子、リオよ」
「……なんでしょう?」
礼は失せず。けれど警戒心も露わに、莉桜が人形作りのオーソリティーへ視線をぶつける。
「私への弟子入りを許可しよう」
「……なっ、弟子ですか?」
それは誰にとっても意外な言葉で、上から目線の宣言にもかかわらず、反発心も芽生えなかった。
この異常な街の支配者が、まさかこんな穏当な提案をしてくるとは思わなかったのだ。
「そうだ。あまりにも歪に育てられた人形使いを、そのままにはしておけぬ。私が手ずから矯正してみせよう」
「それは……」
自覚があるのだろう。莉桜は短絡的に拒否することなく、押し黙ってしまう。
まともに導器魔法を使えず、かといって、得意分野で俺に貢献できているわけではない……と、莉桜は思っている。
俺としては、莉桜がいてくれるだけで充分なのだが、本人としては忸怩たるものがあるはずだ。
ファイナさんが同行者となってからは、特に。
「都合が良すぎて、逆に怪しいな」
「親切心」
「は?」
「単なる親切心だ、ジョゼップの人形、アンドレアス」
ロマンスグレーの人形師は、灰皿に葉巻を押しつぶしながら、ふたつの意味でとんでもないことを口にした。
幸いにして、俺を人形と呼んだ理由が、そのままの意味だとは思いもしなかったのだろう。
エレナは可愛らしく首を傾げただけで、真相には気づかなかった。
ヨハンもそれが分かっていた……というか、エレナに知られるかもしれないと焦る俺を見たかったんだろう。性質が悪いことこの上ない。
「親切心? 莉桜を通じて、俺を取り込もうとしているってわけじゃない?」
「どう思うかは、そちらの自由だ」
莉桜への親切にほだされて、ヨハンへの感情が好転する分には構わない。そう言っているわけだ。
なんて傲慢さ。
これが、古代魔法帝国から名を受け継いできた、現代最高の人形師か。
あのジョゼップの師というのも、うなずける。
「もし弟子入りを受け入れるのであれば、その少女を元の場所に戻しても良い」
「え?」
いきなり水を向けられて、エレナがびくっとする。
かわいいが、今はそれどころじゃない。
的確に、急所を突かれてしまった。
「それは……」
「足りないか? ならば、ついでに、例の宿に集まっている連中もだ」
出会って一日も経っていない、ラミリーさんにガンソさん。
ヴァイグルさんとネリィさんに関してはごまかされた格好だが、二人はまだ二人として存在している。
人形かもしれないけれど。
「いわゆる、原状回復といったところか」
すべて元通り。
そうすると、人形師ヨハンは言った。
ラミリーさんもガンソさんも、出会って一日も経っていない。
その一日だって、濃厚な付き合いがあったわけじゃない。
異常な街で出会った普通の人というだけ。
助ける義理も義務もない。
そのはずなのに、ヨハンの言葉は、予想以上に俺の心をえぐってきた。生身の体なら、冷や汗が出ていたところだ。
「いえ、話になりませんね」
そんな俺とは対照的に、あでやかな濡れ羽色の髪をかき上げながら、莉桜がはっきりと言い放った。
「信頼できないかね?」
「それ以前の問題です」
ヨハンから発せられた孫弟子への問いに、莉桜は昂然と答える。
「人形使いの振りをした人形の言葉など、考慮する必要はありません」
「……は?」
根拠などない。それでいて自信に満ちた莉桜の声音。
俺は、その意味をすぐに掴めない。
指摘。いや、糾弾されたヨハンは、顔に笑みを貼り付けていた。エレナは、意味が分からないとぽかんとしている。
どちらかというと、俺もエレナに近い。
人形使いの振りをした人形? つまり、あのヨハンはヨハンじゃない?
遅れて理解した俺をいたわるかのように、莉桜がそっとうなずいた。
なんだ、それは。
もう、誰が誰なのか信じられない。
ここは霧の街なんかじゃない。
人形の街。
そして、偽りの街。
「認めますか? それとも、くだらないと一笑に付しますか?」
莉桜の声は、いつも通りのトーンだった。
それなのに、部屋の気温が一気に下がったような気がした。
全員の――分からないながらもエレナも――視線がヨハンへと注がれる。
沈黙。
「ふはっ、ふはははははっ」
それを破る哄笑。
人形師ヨハン。
そう名乗った存在は、張り詰めていた糸が切れたかのように、突如として高笑いを上げた。




