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09.そして、彼らは夜を明かす

「ええと、そうだ。この刀が怖いのかな~?」


 俺自身は大丈夫だよね? という希望を言外ににじませ、優しく。できるかぎり優しく赤い髪の女の子に声をかけた。


「…………ッッ」


 一瞬、泣き止んだもののずりずりっと俺から距離を取る。

 やっぱり、刀が悪いな。刀は。


 とりあえず、刃羅には消えてもらおう。抗議をしても無視だ。


「ほら、刀がどっかに行っちゃった」


 瞬時に、刀が姿を消した。種も仕掛けもない。というか、俺もいまいち、どこに消えたのか分かっていなかったりする。


 その手品を目にし、赤い髪の女の子は驚きに動きを止めた。


「お兄ちゃんたちも、霧に包まれてこの街に来たんだよ」

「そう……なんだ」


 刀が消えた驚きで恐怖が中和され、さらに同じ境遇だと伝えたことで、赤い髪の女の子の警戒心が減少したのを感じる。


 そして、女の子自身、誰かに話を聞いてもらいたかったのだろう。

 ぽつりぽつりと、言葉を発する。


「あのね」

「うん」

「お祭りで、外に出てたらね……」

「そっか。知らないところに出ちゃったんだね」

「……そう……なの……」


 夜、霧に取り込まれた。

 そういうことも、もちろん起こりうるのだろう。


 そして、夜は人形たちによる狩りの時間だった。不幸に不幸が重なり、こうなってしまったと。


 俺が気づいたのは、不幸中の幸いだ……と信じたいところだ。


「分かった。お兄ちゃんたちが泊まっている宿に行こうか」

「うう……」

「大丈夫。みんないい人だし、絶対に守るよ」


 身をかがめ、目線を合わせて赤い髪の女の子を見つめる。


 返事がないまま数分が経過するが、俺は決して急かさない。黙って、でも、目は離さずに、じっと答えを待つ。


「……うん」


 さらに数分たったところで、小さく。

 だけどしっかりと、うなずいてくれた。


「よし。じゃあ、早速行こうか」

「……ふぁ」


 赤い髪の女の子を抱き上げ、俺はゆっくりと歩き出す。

 当初は戸惑っていたものの、最終的には身を委ねてくれた。


 多少は、信頼してくれたようだ。


 帰路で他の人形と遭遇することもなく、出たときとは反対に軽くジャンプをして窓から宿の部屋に戻ってきた。


 ……ところ。


「ええ、分かります。分かっています。莉桜は冷静です」


 まったく冷静じゃない妹に出迎えられたのだった。


 というか、子連れで窓から入ってきた俺に理解を示されても、それはそれで困る。ファイナさんなんか、半笑いだよ!


「大丈夫。兄さんの子なら、私の子も同然です」


 違うからな。

 二重の意味で、違うからな?


「というか、兄さんの子供を産むのは私だけなので、実質その子は私がお腹を痛めて産んだ子なのでは?」


 寝起き――しかも、深夜に叩き起こされたから――だろうか。莉桜がおかしい。

 そう。寝起きだからに違いない。絶対に、絶対にだ。


「処女懐胎ということになりますし、つまり、兄さんは神だったわけですね」


 寝起きじゃ仕方ないよな~。莉桜の妄想が限界突破する前に、どうにかしないといけないな。


 なんかこう、普通じゃないテンションの莉桜に、この子――そういえば、まだ名前も聞いていなかった――も、どん引きだし。


「お屋形様。まずは、その子を下ろしてはいかがかな? いきなり窓に飛び込んで、びっくりしているでござるよ」


 え? ぎゅっと抱きつきつつも、呆然としてるのって俺のせい?


 思ってもみなかった指摘にショックを受けるが、俺はあわてて身をかがめ、赤い髪の女の子を宿の床に下ろす……が。


「…………ッッ」


 無言で。しかし、力一杯首を横に振り、俺から離れることを拒否する。


「ただ迷い込んできただけ……というわけではないようですね」


 そのただ事ではない様子に、ようやくうちの妹が正常化した。


「立っているだけというのも話しにくいですから、こちらへ」


 俺の腕を取って、有無を言わさず自分のベッドに座らせた。

 そのまま、俺に身を寄せ、赤い髪の女の子の顔をのぞきこむ。


「私は兄さんの妹で、莉桜です。あなたは?」

「…………ッッ」


 視線を合わせて問う莉桜に、赤い髪の女の子は体をびくんと震わせる。

 そして、迷うように頭を左右に振り、最終的に俺の顔を見上げた。


「うん。俺も名前を知りたいな」

「エレ……ナ……」

「エレナちゃん? いいお名前ですね」


 にっこりと、まるで天使のように莉桜が微笑む。

 いや、莉桜のほうが断然天使だ。


「どこから来たか分かる?」

「……ん」


 そう言って指さしたのは、部屋の扉側。つまり、窓の反対側。

 方向としては正しいが、残念ながらなんのヒントにもならない。


「じゃあ、パパのお名前は?」

「コルネ……リス……」

「偉いですね。どこにいるか分かります?」

「ううん」


 否定の言葉とともに首を振る赤い髪の女の子――エレナ。


「どうやら、一人で迷い込んでしまったようでござるな」

「うん……」


 捨てられるとでも思ったのか。ぎゅっと俺の体を抱きしめる。

 小さくて、暖かな体。


 自然と、守ってあげなくてはという庇護欲が湧いてくるから不思議だ。


「大丈夫ですよ。必ず、お父さんと会えますからね」

「ほんと?」

「ええ。私と兄さんと、ついでにそこのエルフが保証します」

「ついででござるか」


 添え物扱いは苦笑で済ませ、ファイナさんがもっともと言えばもっとも。遅いと言えば、これまたもっともな問いを投げかける。


「それで、お屋形様。エレナ殿は、どのようにして」

「ああ……。窓から外を見ていたら、人形に追われていたんで助けてきた」

「人形でござるか……」


 そこで、二人そろって莉桜の顔を見る。なにが面白いのか、エレナも一緒だ。

 傍目にもユーモラスな光景のはずだが、莉桜は不満げに頬を膨らませる


「私に注目する理由は分かりますが、どうせなら兄さんだけに見つめられたかったのですね」

「不満点そこかよ」

「そこは、後ほどプライベートな時間でやればいいでござる」

「……そうですね」


 ファイナさんが、莉桜の操縦法をマスターしてしまった。

 主に、俺が被害を受ける方向で。


 とりあえず、否定も肯定もせず莉桜に先を促す。


「私以外の人形使いも、それなりにはいるようです。古代魔法帝国時代には、かなりの隆盛を誇った門派ですから」

「ただ、具体的な心当たりはないと」

「あの師ですから」


 究極の人形作りに血道を上げた人形師ヨハン。

 他の人形遣いとの交流など皆無だったようだ。あるいは、それを莉桜には見せなかっだけか。


「仮に、人形使いがこの街のバックにいるとして……。ここまで大規模なことをやっているでござる。多少は、噂になっても良いのでは?」

「もっともな意見ですが、事実聞いたことはないですね。聞いたことがあるのは、ジョゼップの師、人形師ヨハンぐらいのものです」

「その御仁が、黒幕だったとしたら?」

「最悪です。逃げ出したほうがいいでしょうね」

「ふむ……」


 最悪の可能性を受けて、当代最強のエルフサムライが悩ましげに沈黙する。

 普通なら、なんて厄介なことになったと嘆くところだろう。

 しかし、ファイナさんのことだから、その強敵をどうやって打ち倒すか考えているのかもしれない。


 ……やばい。そっちのほうが自然な気がしてきたぞ。


「わたし、なにかいけないこと言った?」


 俄に悪化した空気を敏感に感じ取り、自分のせいではないかとエレナが涙を浮かべながら聞いてくる。

 たどたどしく。それでいて心配そうに。


 俺は、あわてて首を振って即座に否定した。


「違う違う。エレナはなにも悪くないよ」


 悪いのは、彼女が起きているのにこんな話をした俺たちだ。


「そうですよ」

「うむうむ。そろそろ寝るでござるよ」

「では、エレナちゃんは、ベッドが空いているあちらに――」


 と、それが宇宙の法則世界の基本だと言わんばかりに、莉桜がエレナをファイナさんのベッドへ


「や」


 しかし、そんな企みはたったの一語で否定された。


「お兄ちゃんがいい」


 切実な、懇願。


「……ダメ?」


 ここでだだをこねられたら別だったかもしれないが、上目遣いでお願いされては白旗を掲げるほかなかった。


「分かりました。私も一緒に川の字になって寝ましょう」


 それ、異世界でも通じるのかなぁ?

 案の定、エレナは「かわのじ……?」と首を傾げている。かわいい。


「いやいや、臣下である拙者が広々と一人でベッドを使うなど許されざるでござるよ」

「許します」


 なんの権限があってかは知らないが、莉桜が即座に許可を出す……が、もちろん、それでファイナさんが納得するはずもなかった。


 二人を納得させるには、俺が動くほかない。


「俺とエレナがこっちのベッドで寝るから、莉桜はあっちでファイナさんと寝るように」


 少し考えれば、分かる。解決策は、これしかない。


 それが分かっていてなお、莉桜はわざとらしくベッドに倒れ込み、まるでこの世の終わりかのように言葉を紡ぐ。


「兄さんの妻にして妹は、私だけなのに……。というか、なにが悲しくてあの人と……」

「お屋形様の命とあれば、致し方なし。優しくするでござるよ」

「切腹してください」


 起き上がり冷たく言い放った莉桜は、諦めてファイナさんのベッドへと移動した。


「エレナ、そろそろ寝ようか」

「ふあぁ……。うん……」


 安心したからか、エレナが大きなあくびを漏らす。

 首がかくんとして、うつらうつら。

 体温も上がっていて、まさに寝落ちする寸前だ。


 莉桜も、眠る前はこんな風に甘えていたっけ。


 遠い。

 けれど、思い出せば鮮明な記憶に微笑を浮かべながら、俺はエレナをベッドに横たえる。


「大丈夫。怖いお人形は、全部俺たちがやっつけるからね」

「うん。ありがと、おにいちゃ……」


 エレナが俺の正体を知ったら、どう思うか。それは、考えない。

 特技により外見をごまかした手で髪を撫で背中をさする。


「すうぅ……」

「早いな」


 すると、ものの数分で、エレナは夢の国に旅立っていった。


「一安心ですね」

「うむ。ところで、話は戻るでござるが……」


 その気配を感じ取ったファイナさんが、天井を眺めながら話を切り出す。

 ちなみに、莉桜はファイナさんに背中を向けて横になっている。


「黒幕に関しては、今はどうしようもないとして。人形がエレナ殿を追っていたとなると、街に閉じ込められた我らは、どういう扱いになるでござるかな」

「素材としてストックしているのかもしれませんし、放牧しているのかもしれません」


 詳細は黒幕本人に聞くしかないが、たださらっているだけという可能性はないようだ。

 そしてそれは、木材が基本だったカカシの俺とは違って、人の体も人形の素材になり得るということを意味していた。


「食料が勝手に送られてくるという状況にも合致するなぁ、それ」


 ただ、外に出ると追いかけられる――いや、建物の中なら大丈夫というのは不思議だ。


「この街の存在を知られたくないので、飼い殺しにしているだけと考えることもできますが……」


 ここまで大がかりなことをする相手が、口封じを躊躇するのも変な話だ。

 要するに、すべてあり得るということか。


「いっそ向こうからの接触を待つべき……って、いつになるか分からないのは困るな」


 生きているだけでタイムリミットがあるのは、なかなか厄介だ。


「なぁに、命に限りがあるのは人間もエルフも人形も変わらないでござるよ」


 俺の思考を読んだかのように、ファイナさんが実におおざっぱな発言で俺を慰める。


「そういえば、エルフは、何歳ぐらいが寿命なんです?」

「というよりも、あなたは何歳ですか?」


 ふとした疑問に、莉桜も便乗する。少しだけ、悪意が見え隠れしないでもなかったが、気のせいだろう。


「18でござる」

「……え?」


 いやいやいや。

 いやいやいやいやいや。

 いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。


 それじゃ俺より年下になるんですが?


「そして、エルフは、おおむね1000歳ぐらいが寿命でござるか。ただ、成人してからは滅多に老けぬゆえ、誕生、成人、寿命。エルフの年齢は、その三段階しかござらん」


 ファイナさんは、言い切った。

 臆面もなく――今の状態だと顔は見えないんだけど――言い切った。


「18の次は1000歳。いいでござるな?」

「むしろ、種族的に本当にそれでいいのか問いたいですけどね」


 まあ、当人がそう言っているのだから、深くは問うまい。

 空気を読んだというわけではないが、俺はそれ以上の追及を放棄した。


「とりあえず、明日は朝から街に出ましょうか」

「そうですね」


 莉桜の肯定に、ファイナさんもうなずいて賛意を示す。

 それっきり言葉が発せられることはなく、室内は再び沈黙に包まれた。


 俺はベッドから出て、また見張りにつこうとしたが、エレナが俺の手をつかんで放さない。

 引きはがすこともできただろうが、せっかく眠ったエレナを起こすわけにはいかなかった。


 観念して、俺も眠る……というよりは、意識を落とす。


 夢は見なかった。

莉桜が絶好調すぎて文字数が増える……。

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