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07.そして、彼らは歓迎を受ける

「ほら、こっちだこっちだ」

「失礼するでござる」


 すっと、ファイナさんが俺と立ち位置を入れ替えた。それが当然だと言わんばかりの、自然すぎる動作。警戒心など欠片も感じられない。


 抵抗もできずに、俺は場所を譲ってしまった。


 いきなり出てきた褐色美女のエルフ。

 手を振って俺を迎え入れようとした毛むくじゃらのおじさんは、一瞬、怪訝な表情を浮かべる。


「おお。これは助かった。誰も見つからずに難渋していたところ、まさに希望の光でござる」

「お、おう。そんな大したもんでもねえがな」

「いやいや、謙遜されずとも。街という海原をさまよう我らにとって、灯台にも等しい存在でござるよ」

「そうか? そうだな。ガハハ!」


 けれど、怪訝な表情は、本当に一瞬。

 ファイナさんから手放しの賞賛を送られ、毛深いおじさんは有頂天だ。


 まあ、本性というか本質に触れなければ、この反応もある意味当然。頻繁に忘れそうになるが、ファイナさんはちょっと見ないレベルの美人なのだ。あのおじさんがちょろいというわけでもない。


 それよりも、何百年も引きこもってたはずなのに、ファイナさんコミュ力高いな。


「兄さん、あれはコミュ力ではありません。ただ、遠慮がないだけです」

「……そうみたいだな」


 俺たちを居候させた時と同じく、ずぶりとためらいなく踏み込んでくる。しかも、しっかり一線は引いているので不快に思うこともない。


 ……あれ? それが、コミュ力高いということになるんじゃ?


 一方、うちの妹はコミュ力が低い……というよりは、コミュニケーションを取る気がないようだ。俺の背中にぴったりくっつき、酒場にたむろする人々からの視線を遮っている。


 俺になにかアピールするという邪な気持ちが感じられないので、本当に気後れしているだけなのだろう。莉桜には、こういうかわいいところもある。


 そんな莉桜をどう思ったのか分からないが、毛深いおじさんが、席を立って自己紹介してくれる。


「俺はラミリー。この街に迷い込んだ先輩ってことになるな」


 年齢は40台の半ばといったところか。


 特徴は、ぼさっとした茶色の髪と、顔の下半分を覆う髭。

 腕の毛もすごい。


 山で出会えば猟師に、海で出会えば漁師に見えただろう。


 だが、見知らぬ街の酒場で出会えば、新入りに親身になって対応してくれる、気のいいおじさんだ。


「あんたら、変わった格好だな。また、遠いところから迷い込んだんだろ」


 毛むくじゃらで太鼓腹をしたラミリーさんが、気遣わしげに言った。本心から、俺たちを心配してくれているようだ。


 本当にいい人……なのかはまだ分からないが、そうあって欲しいとは思う。


 ラミリーさんこそ、俺がこの世界で初めて出会った“普通の人”なのだから。


「俺たちは、真紅の森から出たばかりなんで。この服は、エルフに用意をしてもらったんです」

「それは、随分と遠いところ来たんじゃな」

「真紅の森? うちの近所じゃない」


 ラミリーさんと同席していた男女が、同時に声をあげる。


 男性のほうは、ラミリーさんに輪をかけて毛深い。銀色に近いあごひげが、特徴的で印象的。背はあまり高くないが、がっちりとした体格。

 体操選手と柔道家を足して縦に圧縮したら、こんな感じになるのではないだろうか。


 もう一人の女性は、対照的にすらりと背が高い。

 青みがかった黒髪で、ちょっとそばかすがあるが、顔立ち自体は整っている。たれ目がちで、そこはかとない色気を感じる。たぶんそれは、気怠げな雰囲気からくるものだろう。


 竪琴のような楽器を傍らに置いており、腕前は分からないが、演奏家のようだ。


 しかし、さっきの台詞からすると、この二人では霧に取り込まれた位置が違うみたいだ。幽霊船じゃなくて、幽霊都市なのか、ここは?


「ワシは、ヴァイグル。見ての通り、ドワーフじゃ」

「私は、ネリィ。見ての通り、吟遊詩人よ」

「なんじゃ、楽器を見せびらかすのが趣味の一般人じゃなかったのか。お前さんの演奏など、とんと聞いたことはないぞ」

「耳まで酒がつまってるドワーフには、私の演奏はもったいないのよ」

「なんじゃと、失礼な!」


 木製のビールジョッキをテーブルに叩きつけ、椅子の上に立ち上がるヴァイグルさん。


「耳だけじゃなく、頭全体に酒が詰まっておるぞ!」

「はいはい。おじいちゃん、静かにしましょうね。新入りさんが、びっくりしてるでしょ」


 うん。驚いた。莉桜が俺の背中を握る力が、ぎゅっと強くなっている。

 しかし、ラミリーさんは軽く笑っているだけ。もしかすると、この二人の持ちネタなのかもしれない。


 それにしてもドワーフって、また、豪快な人(?)だな……。


「うわははははは。ご老人、拙者の父が語っていたとおり、血液まで酒になっていそうでござるな。豪気で結構」

「おう。エルフのわりに話が分かるな。だが、血は酒じゃない。そんなことになったら、同胞の血まで飲むことになってしまうからの」


 そしてまた、どわっはっはと笑う。

 頭に酒が詰まってるって設定は、どこへ行ってしまったんでしょうね? 


 酔っ払いに整合性を求めるのが、無茶なんだろうけどさ。


 俺の疑問をよそに、ファイナさんが改めて自己紹介する。


「ファイナリンドでござる。そこなお屋形様のモノゆえ、軽薄な誘いはお断りいたす」

「そこの兄さんの妻のリオです」

「……というジョークの種にされている、マサキです。よろしくお願いします」


 ファイナさんと莉桜の自己紹介に見せかけた唐突な所有権の主張に、俺はオチをつけて答えた。


 あぶねえ……。俺の第一印象、最悪になるところだったぞ。莉桜は、「私がいるんですから、他人にどう思われようと関係ないですよね?」とか思ってるんだろうが。


 とりあえず、最悪は避けられた。


 こうして一段落したところで、店の奥――たぶん、キッチン――から、四人目の。同時に最後の先住者が姿を現した。


「……なんだ。新入りか」


 やや不機嫌そうな声。だけど、歓迎されていないわけじゃない。

 手にした皿――ソーセージと葉物野菜の炒め物――とこちらを見比べていることからして、単純に、料理の量を問題にしているようだ。


 しかし、ただの人間じゃなかった。


「ケンタウルスのガンソだ。短くなることを願うが、どうせ長い付き合いになるのだ。よろしく頼む」


 朴訥だが、人柄の良さを感じさせるケンタウルスのガンソさん。


「こちらこそ、よろしくお願いします」

「ああ。そんなに固くなる必要はない。四人しかいないところに、三人も増えたんだ。不幸中の幸いではあるが、心強い」


 ギリシャ神話と同じように、人間の上半身と馬の下半身。身長というか体高は、見上げるほど大きい。2メートルを優に越えているだろう。

 横幅もかなりある。空飛ぶ幽霊船亭に入るのは相当苦労したのではないか。


「ガンソの旦那が来たときの武勇伝は、そのうち聞くことになると思うぞ」

「ああ。あのときは、この店がぶっ壊れるかと思ったのう」

「その時は、別の店に行けば良かろう。空き家はいくらでもあるのだからな」

「そうだな。次はもっと頑丈な店にするか!」


 わははと、笑い声が響いた。

 完全に、酔っぱらいである。


 しかし、閉じこめられているとは思えない明るさだ。諦めとも、ちょっと違う。強いて言えば、不安と戦うための虚勢。そんなところだろうか。


「悪いねえ、飲んだくればかりで」

「いえ……」


 まさか、肯定はできない。俺は曖昧な笑みで――《外見変更》先生なら、再現できているはず――首を振った。

 ネリィさんは、猫のように笑って俺の戸惑いを丸ごと飲み込む。


「なにしろ、朝も昼も夜も飲むことしか、やることないからね!」

「そうだ。これから、新人の歓迎会をやるぞ!」


 ラミリーさんの宣言にあわせて、先輩諸兄が歓声をあげた。

 遅れて、俺たちも拍手をする。なんだこのノリ。


 まあ、こういうのも嫌いじゃない。莉桜は居心地悪そうだけど。


 そのまま、なし崩しに歓迎会へと移行した。


 俺たちはバラバラに座らされ、莉桜は吟遊詩人のネリィさんと一緒になる。赤毛の気の良さそうなお姉さんだ。気にはかけるけど、変なことにはならないだろう。


 そう思っていた時期が、俺にもありました。


「ファイナちゃんと、リオちゃん。二人とも、そこのお兄さんのこれってことでいいの?」

「違います。私だけです。あと、兄さんを兄さんと呼んでいいのも呼べるのも私だけですから」

「ふ~ん。じゃあ、マサキくんね。かわいい顔して、やるじゃない」

「違います。兄さんは、なにもやってくれないんです」

「いきなり、なに言ってんの?」


 人見知りはどこへ行ったの? もう酔ったの?

 というか、もっと他に聞くべきことがあるよね?


「ははははは。楽しい新人が来てくれてうれしい限りだわ」

「いや、ほんと。なんていうか、ごめんなさい……」


 いい子なんです、暴走しがちですけど。


 暴走といえばファイナさんだが、ドワーフのヴァイグルさんにケンタウルスのガンソさんと別のテーブルで飲み比べを始めてしまった。


 まあ、あっちは任せておけばいいだろう。


 俺は俺で、情報を聞き出さないといけない……が、いきなりもまずいか。


 いくつか世間話をしてから――おかげで、ラミリーさんが初恋を実らせ家庭を築いた経緯をしってしまった――俺は、本題を口にする。


「……ラミリーさん。この街には本当に……」

「ああ。元の住民なんか、人っ子一人いやしねえよ。俺たちみたいに、迷い込んだのは別だがな。それだって、この店にいる連中だけしか見たことがないな」

「じゃあ、食料は貴重なんじゃ……」


 ケンタウルスのガンソさんが作ってくれた料理。それに、ワインのようなお酒。テーブルに並べられた品々を見回し、疑問をぶつける。

 限られた資源なはずなのに、惜しむ気配がまったくないのは、どういうことなのか。


「それが、不思議な話でよ」


 俺の懸念に気づいたんだろう。

 ラミリーさんが、殊更明るい笑顔で説明する。


「足りなくなると、夜のうちに箱に入って届けられるのさ」

「それは……」


 なんだろう? 俺たちを飼育しているつもりなのだろうか?


 不気味だ。


「誰が運んできているのか、確かめようとはしなかったんですか?」

「…………」


 陽気に笑っていたラミリーさんの表情に陰が落ちる。

 その落差に、俺は戸惑いを隠せない。


 地雷を踏んだ……のか?


 ラミリーさんは、直接は答えない。


 ただ、静かに。そして、この上なく真剣に忠告の言葉を口にする。


「夜、なにがあっても出歩くな。それだけ守れば、なんの問題もない」


 不気味な迫力に、俺はうなずくことしかできなかった。


 以降は、その件について語られることはなく、歓迎会は深夜まで続いた。まるで、閉じこめられているなど嘘のように陽気な飲み会。


 その中で、この街の名はベトンドルプということが分かった。


 ここに集まっている人間は、 すべて俺たちと同じように霧に取り込まれて流れ着いたことも。


 そして、この街からでることもできないが、それ以外は不自由 がないと明るく語る。故郷で、食い物の心配をしていた頃よりもましだと。


 そこに、悲壮感はまるでない。


 けれど、その楽しさは表面上の話。


 どんなに明るく騒いでも、あの忠告の不気味さが指に刺さった棘のように自己主張して、忘れることなどできなかった。

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