表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人形転生-カカシから始まる進化の物語-  作者: 藤崎
第一章 カカシの冒険
5/68

04.そして、彼は彼女と再会する

 カカシが、ぴょんぴょんぴょんぴょん飛び跳ねる。


 絵本の一節のようだが、そこにメルヘンやファンタジーはない。昔、妹に絵本を読んだことがあったが、こんな本だったら途中で投げ捨てていたことだろう。


 謎の立方体から逃げるカカシが洞窟を必死に進んでいるなんて、意味不明すぎる。


 客観的にどう見えているかは分からないが、俺としては全身のバネを使って全力で跳んでいるつもりだった。一日でこんな無茶をして、元の体だったら筋肉痛で死んでいるんじゃなかろうか。


 それが今は、ほとんど疲労もない。


 また命がけの追いかけっこをしているという緊張感もあるだろうが、それにしたって戦闘までした後だ。多少は疲労もあるはず。いや、ないとおかしい。

 それにも関わらず、疲れどころか腹も減っていなければ、水を飲みたいとも思わない。


 カカシだから当然なのかもしれないが、そもそもカカシなのが異常なんだよなぁ。まあ、今の状況を考えるとありがたいのは間違いない。


「とりあえず、引き離した……か?」


 ふと立ち止まり、180度回転。

 背後を観察するものの、謎の立方体の気配は感じられなかった。


 ここまでは一本道だったし、あの小鬼たちを追い抜いてもいないので、あっちにかまけているということもないはず。ひとえに、巨大エビに比べて、相手の動きが鈍かったお陰だろう。


 それに、こっちも進化している。


 ジャンプするときの体重移動、次の跳躍につなげやすい着地、飛び出す角度などコツがつかめてきたのだ。研究をしたというよりは、本能的なもの。

 その結果、人間だった頃――といっても、一時間も前じゃないはずだが――よりも、移動速度は早くなっていた。まあ、体感だけど。


 ……いかん。急速に馴染んでいる。このままだと、無意識に帰還不能点を超えてしまいそうだ。

 それが悪いわけではないしデメリットも薄いのだが、人として終わりのような気がする。


「深く考えない、考えない。それよりも、先に進もう」


 頭を振れないので代わりに体を回転させ、俺は再びジャンプを開始する。

 子供の頃でも、こんなに飛び跳ねたことはなかった。莉桜――妹は物静かな子供だったし、俺もそんなに運動神経は良くなかったからなぁ。


 結果、家の中で遊ぶことが多かった。というか、まあ、妹とは結構年も離れていたから、俺が子守をしていたというほうが実態に近い。

 それに、莉桜を置いて遊びに行こうものなら、不満は言わないが露骨に不機嫌になったしな。


 昔のことを思い出しながらも油断はせず、洞窟を奥へと進んでいく。

 前方の小鬼たちと後方の謎の立方体を警戒しつつだったが、どちらも影すら見えないまま先を進むこと10分ほど。


 行く手に、三本のトンネルが姿を現した。


「どうしたものか、これ……」


 このうちのどれかに、小鬼たちが逃げ込んでいるはず。できれば、そこは避けたいところだ。

 俺は首を限界まで傾け、ついでに体も斜めにして足跡でもないか探してみることにした。


 とりあえず、真ん中は特に痕跡は見あたらない。


 じゃあ、右側は……こっちも同じか。


 となると、小鬼が逃げ込んだのは左の道か?


 そんな推測とともにぴょんと移動するが、残念ながら、当てが外れてしまった。


 結論から言えば、トンネルの入り口にも、少し先にも足跡は見つからなかった。

 竹の足が突き立つ程度には柔らかくとも、小鬼ぐらいのサイズだと足跡は残らないのか。それとも、小鬼たちが痕跡を消したのか。

 後者であれば、先に進めば見つけられるかもしれない。だが、そうこうしている間に追いつかれたら、困る。溶かされちまう。


「また、根拠なしで選ばなくちゃならないのか」


 またしても、難しい選択を迫られる俺。

 巨大エビの時よりは余裕があるとはいえ、あまり時間もかけられない。いや、時間をかけても、より良い未来につながるとは限らない。

 サイコロでもあったら、それに選択を委ねたいぐらいだ。この手じゃ、サイコロを振ることもできないけどな。


「とりあえず……左に行くか」


 やはり、理由はなかった。

 となれば、悩むのもバカバカしい。


 なんとなくとしか言えない判断に従い、俺はまた一本足で飛びながら移動していく。


 今までに比べると珍しく、蛇行した道だ。

 曲がり角では特に注意したが、なにかに出会うことはない。体感時間で20分ほどで、また行き止まりになった。


 そう。なにかに、出会うことはなかった。


 でも、変化はあった。


「これ、家……だよな?」


 左の道の行き着く先には、建物があった。なぜか、地面ごとえぐられたようにして。

 巨大なスプーンですくって置いたとしたら、こうなるだろうか。


 建物のほうは、白い、コンクリートっぽい材質。大きさは10メートル四方ぐらいで、高さは3メートルぐらいある。平屋の建物だ。第一印象は家だったが、冷静になってみるとなにかの研究所っぽくも見える。


 とにかく、人工物だ。


 これに興奮しないはずがない。跳躍する足取りにも、自然と力が入る。地面の部分でなんとか登れそうなところを見つけ、建物の前に立つ。


 ――しかし。


「入り口がねえ……」


 とんだぬか喜びに、肩が落ちる。


 地面に埋まってるわけでもないし、斜めに歪んでいる様子もない。中に入れそうな感じはするのだが、ドアも窓も見あたらなかった。


「まさか、これがただの岩ってわけじゃないよなぁ」


 それ、どんな岩だよ。俺に嫌がらせをするための岩かよ。


 いらだち紛れに、壁面を直角の腕で叩いていく。それで崩れるほどもろくはなく、八つ当たりにしかならない。


 どうしたものか。


 いや、どうしたもこうしたもない。

 中に入れないのであれば、長居は危険だ。いつ、錆びついたナイフを消化した謎の立方体がやってくるかも分からないのだから。


「でもなぁ、絶対にあやしいよなぁ……」


 とはいえ、そう簡単には割り切れなかった。

 危険を乗り越え、せっかくたどり着いたヒントだ。このままなにもせず立ち去るには惜しい。


「……おや?」


 未練がましく壁面を叩いていると、感触が違う場所があることに気づいた。

 やっぱり、俺に嫌がらせをするだけの岩じゃなかった!


 喜び勇んで、その周辺を叩きまくる。俺には、それしかできない。


 叩き続けて数分。


「おおっ! やった!」


 ついに、天岩戸が開いた。


 どういう仕組みなのか分からないし、正しい手順だったのかも知らないが、壁面の一部が外側に開いて……地面の出っ張りに引っかかった。


 それでも、人が一人……は通れそうにないが、今の俺なら大丈夫そうな隙間はある。


 早速、中に入ろうとして、俺があからさまにあやしい姿であることに気づいた。


 考えてみよう。カカシが不法侵入してきたら、どうするか。


 悲鳴を上げる。警察を呼ぶ。なにはなくとも叩き出す。

 誰だって、そうするだろう。俺だって、そうする。


 かといって、誰かに会わずに済ますわけにはいかない。


 だからせめて、事情を説明できるよう心構えだけはしておく。


「こんな格好ですが、あやしいものじゃありません。いきなり洞窟に放り出されて困っているんです」


 うむ。我ながら、説得力の欠片もねえ。

 とはいえ、この状況を取り繕える嘘なんか存在しない以上、直球で行くしかない。


 もしかしたら、ここは地獄じゃなくてカカシの国かも知れないしな。


「おじゃまします……」


 そろりと中に入りたいところだったが、ぴょんぴょん跳びながらでしか移動できない俺には無理だ。ある意味開き直って、どんと建物内へと入っていく。


 一歩、足を踏み入れた瞬間。いきなり、明かりがついた。


「うおおおぉっ」


 びっくりしたあぁぁ。

 竹の一本足の俺が、文字通りその場で飛び上がる。


 しかし、そこには誰もいない。どうやらセンサー式の照明かなにかが、自動的に点灯しただけのようだ。壁を見れば、キャンプなんかで使うランタンのようなものがいくつか並んでいた。外観とは裏腹に、なかなか凝った照明だ。


 ……そうか。電気があるのか。建物内に、発電機でも設置されてるのか?


 結局、ここはどこなんだ?

 という疑問は残るが、ラッキーでもある。持ち主次第だが、拠点として使えるかもしれない。


 そんな皮算用をしつつ、俺は室内を観察する。


 広さは、だいたい15畳ぐらいか。うちのリビングと同じぐらいの広さだった。

 外観はコンクリートっぽい石だったが、床と壁には木が貼られている。そして、向こう側には廊下が見えた。

 ちょっとほこりっぽいが、今の俺はそれほど不快には感じない。本来の意味で、鼻や口がないせいだな。寂しいようなお得なような、複雑な気分だ。


 壁際には、なんか分厚い本が収められた本棚がいくつもあった。外国語の専門書のようで、タイトルを見てもさっぱり分からない。


 その他、家具といえるのは三つほどあるテーブルだが……カンナやタガネのような工具が散乱していることから、それが作業台だと見て取れる。

 ここは、木工品の加工所なのだろうか? 木材も、床に転がっている。


 しかし、木だけじゃなく、レンガや、鉄っぽい金属の塊もあった。なにかを作る場所なんだろうが……なんなんだろう?


「洞窟の中で、木の加工なぁ……」


 どうにも、ちぐはぐだ。かみ合わない。


 もしかして……。


 それを思いついた瞬間、俺はありえないと却下しそうになった。だが、一度浮上した考えは、突飛だからこそなかなか消えようとしない。


 でも、ありえないだろ。

 こんな建物まで、俺みたいに突然出現したとか、そんなことは。


 そんな突飛な発想は、風化とはほど遠い工具や素材の状態が導き出したものかもしれない。まるで、つい先ほどまで作業をしていたように思えるのだ。


「ははは。マリー・セレスト号かよ」


 自分で口にしておきながら、後悔する。

 俺が開いたのは、問題解決の扉ではなく、さらなる泥沼への道だったように思えてきた。


「いや、そこが泥沼だろうと進展には違いない」


 自らを無理矢理奮い立たせ、俺は残る部屋の捜索をすることにする。カラ元気でも元気だ。


 床に散乱する工具やら木材やらを踏まないように気をつけながら――下手すると転けるし、転けたら起き上がるのもひと苦労だ――作業室(仮)から廊下へと出る。


「また、二択か」


 その廊下を少し進むと、向かい合わせに扉があった。

 思わず愚痴ってしまったように、左右の部屋のどちらから確認すべきか選ばなければならない。


 ただ、今までよりはマシだろう。順番に見て回れば良いだけなのだから。


 ……今度は、右にするか。


 適当に、ただなんとなくそちらへ向き直……れない。廊下が狭く、つっかえてしまった。不便な体だな! 忘れてた俺も悪いけどさ!


 一度、作業室(仮)へと戻り、暗くなっていた部屋に再び明かりが灯る。

 ばつの悪さを感じつつ、横歩き……ではなく、横に跳びながら右側の扉と再会を果たした。レバータイプのドアノブだったので、それを下ろすと同時に扉を押す。

 さらに、そのまま体を微妙に斜めに傾けて室内に侵入した。


「……って、ノックを忘れてたな」


 だが、まあ、入ってしまったものは仕方がない。それに、ここにも人はいなかった。次の部屋の時は気をつけることにして、俺は室内を観察する。


 さっきの作業室(仮)と同じように、自動的に照明がついたため明るさは問題ない。


 しかし、先ほど以上に収穫はなさそうだった。


 こちらは、8畳ぐらいの部屋だろうか。だが、所狭しと書棚が置かれているため、妙に圧迫感がある。他には、書き物机にシングルサイズのベッドがある程度。

 テレビやらパソコンも置いていない。


 書斎にしては、ベッドがあるのが変だな。杖も立てかけてあるし、誰かの私室なのだろうか?


 そして、書棚に入りきらず床まで侵蝕している本は、やはり外国語で読めない。というか、アルファベットではなさそうだ。キリル文字なのかアラビア語なのか。どこの文字かすらも分からなかった。


 ここもあとから詳しく調べることにして、俺はもうひとつの部屋に向かうことにした。


 なんとなく車のUターンを思い出す動きで左側の部屋の前に立ち、今度は忘れずにノック。だが、予想通りと言うべきか、中から応えはない。


 落胆で、俺の動きが止まる。


 だが、すぐに気分を入れ替え、器用に体を傾けてレバーを下ろし扉を押すと同時に室内へジャンプ。明かりがつくが、三度目なので、もう驚かない。


 それでも、部屋に入った瞬間、俺は凍りついた。


 さっきの部屋とほぼ同じ構造の部屋の中、ベッドに人が眠っていた。その周囲には、彼女――そう、女性だ――を守るかのように、9個の鉄球が漂っている。


 しかし、俺が驚いたのは、そこではなかった。


 その眠り姫は――


莉桜(りお)……」


 ――2年前に死んだ妹と、同じ顔をしていたのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ