04.そして、彼らはギルドへ向かう
(他作品も含め)冒険者ギルドを初めて出します。
冒険者たちが逃げ出した。
それは明らかな事実ではあるが、しかし、ファイナさんだけのせいだと決めつけるのも早計ではないか。状況証拠と印象では間違いなく有罪だが、動機――理由が分からない。
「まずは、ギルドへ行きましょうか?」
「宿は、後回しでござるか?」
「どうせなら、用事を全部済ませてから宿で落ち着いたほうがいいでしょう」
「効率的でござるな」
てきぱきと行動方針を決めていく二人。
どうして同業者組合なんかへ行くのか分からないが、用事があるというのならば是非もない。
いやいやいやいや。
なんでまるっとスルーしてるんだよ!
「莉桜、ファイナさん。ちょっとこっちへ」
返事も聞かず、妹と師匠の手を取って道の片隅へ。なにかの建物の軒先で、きょとんとする二人の目を見ながら話があると告げる。
「強引な兄さんもいいと思います。今、私はクリスマスの朝を迎えた子供のような気持ちですよ、兄さん」
「とりあえず、サンタクロースには俺から謝っておくから、話を聞いてくれ」
甘々でござるなぁという感想を口にしたファイナさんに向き直り、俺は失礼な質問をぶつける。
「ねえ、ファイナさん。森の外で、エルフは恐怖の対象になっているなんてことはないですよね?」
「なんでござるか、藪から棒に。そんな話は聞いたことがないでござるよ」
「兄さん、いくらあの戦闘民族でも、それはないでしょう」
ファイナさんだけでなく莉桜も、俺の希望的な推測を言下に否定した。
「エルフの実態がああだとは、私も知らなかったぐらいなのですから」
「でも、莉桜はちょっと世間知らずだし、距離的にもここは最前線だし」
俺も、世界的にとまでは思っていない。というか、もしそうだったらヤバすぎる。
だけど、この町限定ならあり得ない話でもないはずだ。
「実態を知っていたら、怖がられて当たり前という風潮には物申したいところでござるが……この町とは拙者たちも少なからぬ交流はあるでござるよ」
「じゃあ、あんなに怖がられる理由はないか」
「怖がられる?」
「やっぱ、気づいてなかった!」
案の定といえば案の定なファイナさんに、冒険者たちの反応を語って聞かせる。逃げ出されるほど、怖がられてますよと。
「ほんとーーに、心当たりはないんですね?」
「くどいでござるな」
俺の確認に、ファイナさんはいい加減めんどくさそうに首を振る。
「まったくないでござるよ。その逃げた冒険者がいかなる輩かは知らぬが、初対面でござろう」
それでも、きっちりと否定をした。
ううむ。
まあ、いきなり襲われるといった状態でもないし、原因不明で処理してしまってもいいのかなぁ……。
曖昧に矛を収めようとした俺の耳――ないけど――に、驚きの言葉が飛び込んでくる。
「もしかすると、私のせいかもしれません……」
「莉桜が、どうして?」
町中だから『ヴァグランツ』は起動させていないし、いつも通り美少女だ。向こうから寄って来ることはあっても、避けられるはずがない。
それなら、《外見変更》が不完全で俺のほうが異様に思われているというほうがありえる。
「実は、転生したときに呪いにかかってしまいまして、普通の人間からはそれはもう恐ろしい顔に見えるそうなのです」
「そうか。分かった」
嘘か。
まったく……。
「そんな理由で、俺が莉桜と結婚したとして、莉桜は本当に喜べるのか?」
「胸を張って言いますけど、喜べますが?」
「どうせなら、ちゃんと愛されて結婚したいと思わないか?」
「兄さん……。兄さんと結婚したいです……」
「また今度な」
「ひどい!?」
と言うほど怒ってはおらず、莉桜はすぐに復活する。
「あ? 終わったでござるか?」
ファイナさんのリアクションが、日に日に冷たくなっていくような気がしないでもない。しかし、確かめる気にはならず、気のせいということにした。
「それで、ギルドにはなにしに行くんですか?」
「なにしにとは……?」
なにを言われているのか分からないと、ファイナさんがかくんと首を傾げた。きょとんとした表情でポニーテールにした金髪が揺れる。
無防備な表情で、文句なしに可愛らしい。
しかし、俺の意識はファイナさんではなくギルドという存在に飛んでいた。
ギルドはドイツ語でツンフトと言う。ツンフト闘争という単語を世界史の授業で聞いたことがあるだろう。
大別して商人ギルドと同職ギルドがあり、前者は大商人が集まって都市の行政を牛耳っていた。
後者は、職種――製鉄、大工、石工、服飾、紡績、猟師など――ごとに結成され、品質や価格のみならず営業や販売まで独占していた。
ちなみに、ツンフト闘争は市政を牛耳る商人ギルドに対し、職人たちの同職ギルドが市政への参加を求めて起こしたものである。
ある都市では成功し、また他の都市では失敗して火あぶりにされたりしたが、結局、ギルドはいわゆる市民革命の流れに従い解体されていく運命にあった。
そこまで考えを巡らせれば、なぜギルドなのか俺にも分かった。
「なるほど。冒険者にも冒険者のギルドがあるわけか」
冒険者活動――魔物を倒すぐらいしかイメージできないけど――に従事する者を登録・管理するギルド。その意味では、同職ギルドに近そうだ。
実態はよく分からないが、そんなものがあるんだったらきちんと話しを通しておかないと不味いことになりかねない。
「そういえば、お屋形様は異世界から来たのでござったな」
「結構、カルチャーギャップにあってた気がするんだけどなぁ」
「いやなに。それだけ馴染んでいたということでござるよ」
ファイナさんのフォローに、俺はとりあえずうなずくことにした。まあ、本格的なカルチャーギャップは、人里に出たこれからだ、これから。
「さあ、ギルドに行きましょう!」
俺とファイナさんの間に体を無理矢理入り込ませながら、莉桜が嬉しそうに飛び跳ねた。器用なことをするなと、思わず感心してしまう。
しかし、莉桜のハイテンションっぷりはとどまるところを知らない。
「ベテラン冒険者から、いい女連れてるなって絡まれたり、登録試験の対戦相手が実はギルドマスターだったり、位階把握の数値が以上で計測器の故障を疑われたり、ギルドカードは初回無料だけど再発行には銀貨5枚必要ですって説明を聞いたりしましょう!」
「ギルドカードとか、初耳でござるが」
やっぱ、莉桜の妄想が混じっていたか。
まあ、登録証のようなものがあったとして、有料なのはおかしなことじゃないけどな。弁護士バッジの再交付を受ける場合、1万円とか取られるらしいし。
「さあ、飛ぶが如く飛ぶが如く」
相変わらずテンションの高い莉桜が、俺たちの背中を押して冒険者ギルドへと移動する。ファイナさんの指摘など聞こえていないようだ。
初めて来る町なのに場所が分かるのか不安だったが、同職ギルドのように看板で分かるようになっていた。
冒険者ギルドの看板は、剣と杖、それに竜が描かれていた。
その看板を掲げた建物に、ファイナさんを先頭に入っていく。西部劇の酒場みたいな扉をくぐると、まず、受付のお姉さんらしき人が座ったカウンターが目に入る。なんだか、調剤薬局みたいな感じだ。
続けて、そこに並ぶ冒険者たち。冒険者の人たちは、壁の掲示板にも群がっている。
彼らの視線が、闖入者である俺たちに集まった。
その瞬間。
「ひっ」
「ひぃっ」
さすがに、すべてではない。
すべてではないが、見た目強そうな冒険者たちが――というよりもむしろ、強そうな冒険者ほど――恐怖に引きつった表情を浮かべ、一斉に壁際へ移動した。
俺たちと距離を取りたい。
しかし、入り口には俺たちがいる。
それでも、出来る限り離れたいと、そんな状態になっているわけだ。
「まるで、《ターン・アンデッド》を使われたゾンビのようですね……」
莉桜が、意味はよく分からないが酷い感想をつぶやく。思わずといった調子で、悪意はない。
……はずだ。
「はてさて、どうしたものでござるかな」
さすがのファイナさんも困惑して頬をかりかりとかいている。
しかし、それもリアクションとしては、まだましなほう。
「えーと……」
受付のお姉さんなど、恐怖こそ感じていないようだが、目を泳がすことしかできないでいた。
それでも、職業意識からだろうか。数分ほど硬直した後、カウンターからこちら側に出て恐慌状態に近い冒険者たちから聞き取りを始める。
俺たちは、それを黙って見守った。
ショートカットの金髪で、そばかすがチャームポイントなお姉さんだ。日本だったら、美人過ぎるギルド職員とか呼ばれているかもしれない。
さらに数分。
ようやく出た結論は、唖然とさせるに充分なもの。
「……なんでも、理由は分からないけど恐ろしいだそうで」
なんだそりゃ。無意識下でってこと?
お姉さんがどうしたらいいか分かんなくなるのも当然だ。
「あー」
しかし、当事者はまた別だったようだ。またしても、困ったように頬を爪でかきながら、ファイナさんが苦笑いを浮かべる。
「分かり申した」
え? 今、真相が判明する要素あった?
驚く俺を尻目に、ファイナさんは俺と莉桜を連行し、部屋の隅へと移動する。そして、そこでしゃがみ込んで――俺たちも一緒にしゃがんで――顔を見合わす。
なんかこう、小学生の頃の秘密話を思い出してしまう。
受付のお姉さんからの視線を感じつつも、俺はファイナさんの言葉に耳をかたむける。
「拙者のところに冒険者が来ていたのは、知っておるでござるな?」
「ああ。血を……」
莉桜に向けた確認だったのは分かっていたのに、思わず致命的な一言を発しそうになって慌てて口をつぐんだ。危ない危ない。
「殺さず記憶を奪って返したわけでござるが……」
「記憶の奥底に眠っていた恐怖が、張本人を目にしたことで目覚めたと」
あり得ない。
普通なら、そう言い切ってしまうところだろう。仮にあり得たとしても、強そうな冒険者が、みんな恐怖におののいているというのはおかしい。
でもなぁ。
ファイナさんだからなぁ……。
それに、ファイナさんが依頼を受けた冒険者たちの記憶を消して返すことで、逆にめぼしい人たちがみんなファイナさんのところへ行って撃退されたなんてこともあり得ないとは言えない。
「なるほど。まあ、他に説明できそうな理屈もないか……」
「だとしても、別に構わないのでは? むしろ、余計なトラブルが減って、やりやすいぐらいではないかと思いますよ」
「いや、そこまで割り切れないだろ」
道行く人――それも屈強な人間が――逃げていくとか、いたたまれない。どんな針のむしろだよ。どんなっていうか、今がまさにそうだよ!
「拙者も、気にしないといえば気にしないでござるが」
「えー?」
「しかし、人間関係のトラブルは発生しなくなるだろうとはいえ、依頼のことを考えると無視もできまいて」
「なるほど。エルフを恐れて冒険者たちがギルドに寄りつかなくなる。あるいは、この町から出て行ってしまう。そんなこともありえると」
莉桜の言葉に、ファイナさんはゆっくりとうなずいた。
要するに、嫌われても怖がられても構わないって言ってるんだよなぁ。俺の同行者、ほんとぶれないな。
「……とりあえず、ここを出ようか」
「そうですね」
「そうでござるな」
こうして、俺たちの冒険者チャレンジは始まる前に終了した。
……三人の意見が一発で一致したのって、これが初めてな気がするぞ。
初めて出した冒険者ギルドがこれだよ!
ファイナさんめ……ッッ。




