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01.そして、彼らは検証する

「さようならーー!」

「お達者で~~!」

「お土産待ってるから!」


 子供たちの餞の言葉に、まやかしの表情ではあるが相好が崩れるのを感じる。

 エルフ独特の文化――幼少時には女装をさせる――にもすっかり慣れた俺は、後ろ向きに歩きながら大きく手を振った。寂しさや後ろめたさを振り払うかのように、大きく。


「お世話になりました!」


 もちろん、子供たちだけでなく大人たちも見送りに来ている。クルファントさんはもちろん。誇張でもなんでもなく、里のエルフみんなが集まっているはずだ。


 天頂目指して昇る太陽が、真紅の森を暖かく照らす。

 惜しげもなく降り注ぐ陽光は、俺たちの前途を祝福しているかのよう。旅立つには、実にいい日だ。


 その恵みを全身に受けた俺たち――俺と莉桜。そして、ファイナさん――は、ついにエルフの里を旅立った。


 しかし、別れの儀式はまだ続いていた。

 既にわりと離れているはずだが、別れを惜しむ声はまだ風に乗って聞こえてくる。


「元気に待っているでござるぞ!」


 ファイナさんが声を張り上げ返事をすると、また里のほうから歓声のような声が響いてきた。

 その終わりのないやりとりが、なんというか、こう。田舎から帰るときのばあちゃんと交わす別れの挨拶を思い起こさせる。


 ノスタルジックな感情とともに、俺は立ち止まった。しかし、それも長いことではない。


「兄さん」

「ああ」


 莉桜と短い言葉を交わし――それ以上は、不要ということでもある――俺は再び歩みを進めた。しばらくすると、見送りの声は聞こえなくなってしまう。


 その様子を、ファイナさんが保護者のような視線で見つめている。


「さて、お屋形様の病を治す旅の始まりでござるな」

「完全に嘘とも言い切れないところが、もやっとするなぁ」


 一時は――そう、一時はだ――俺をファイナさんの婿にしようと画策していたエルフの里の皆。それなのに、こうして快く送り出してくれたのには、もちろん理由がある。


 簡単に言うと、ファイナさんの策とは、この理由を偽造・捏造・でっち上げることだった。

 そうは見えないが、俺は深刻な病にかかっていて、真紅の森に立ち寄ったのもその治療法を探すためだったのだ……と。


 まさに、『武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つ事が本にて候』の精神である。


「新婚旅行とか言い出したら、魂を賭けて排除するところでしたが」


 転生した人間が魂を賭けるとか言うとかなり洒落にならないが、莉桜の了解も得た上での作戦だ。戦闘狂だが純朴なエルフたちは、あっさりと信じてくれた。

 まあ、ファイナさんが同行することで、完全に縁が切れるわけじゃないと判断したからじゃないかとも思っているけど。


 それに、病気というのはあれだが、俺が進化をするため旅立つと考えればあながち嘘とも言い切れない。


 ――のだが。


「いずれ戻ってくるって、あんな軽く約束していいんですか?」


 その点に関しては、嘘を吐いているようで――というか、実際限りなく嘘に近いのではないか――罪悪感が刺激される。

 しかし、ゆったりとしたペースで歩くファイナさんは涼しい顔。


「なぁに、我らは気が長いでござるよ。百年や二百年程度待たせても問題ないでござる」

「エルフ時間、すごいなぁ」


 スケールが違う。というか、俺は分かんないけど、莉桜の寿命がヤバい。できれば、エルフ時間は別にして、そのうち顔を見せたいものだ。


「それに、子育てにはしっかりとした環境も重要でござろう」

「一般論ですね。分かってます」

「まあ、私としては今すぐでも構わないんですけど。今すぐでも構わないんですけど」


 莉桜、なぜ二回言った。


「お屋形様が望むのであれば、拙者も処女懐胎する覚悟はできてござるぞ」

「セクハラー! セクハラー!」


 アウトー!

 どんだけマニアック!


 《増殖天授(バアル)》、ヤバすぎる!


 使用回数制限があって良かったね。


 まあとにかく、現時点で、父親になるつもりも覚悟もない。


 だから、こう言うしかない。


「俺が人間に戻れたら、お友達から始めましょう」

「なんと。未通女の如きことを言うでござるなぁ」

「それは、あんただっ!」

「おお、なんという辱め。これは、責任を――」

「――私が、責任を持って始末しましょうか?」


 光の反射を失った瞳で、莉桜がそんなことを言った。


 なぜ……。どうしてこんなことに……。


 これ以上の雄弁は銀にもならない。害悪だ。


 というわけで、俺は口をつぐんで歩くことに没頭する。


 ただし、莉桜にはしっかりと注意を払うことは忘れない。今日の莉桜は、着物ではなくポンチョ。それに、身を守る鉄球――『ヴァグランツ』も展開している。クラウドホエール・ダンジョンを駆け抜けたときと同じだ。


 これが、『ヴァグランツ』はともかく、一般的な旅装ということなのだろう。


 外見はごまかしていても体はマネキンだからと、適当な着流しを来ているだけの俺とは違う。


 そして、違うのは外見だけじゃない。


 当たり前だが、体の構造からして違う。これはもう、良い悪いの領域ではなく、根本的に違うのだ。なにせ、今の俺は肉体的な疲労を感じない。眠る必要もないし、その気になれば一日中歩き続けることもできるだろう。ナポレオンも垂涎の行軍力だ。


 加えて、ファイナさんは俺以上のバケモノである。奏血尽羅を失っても変わらない。変わってくれても良かったんだけどな……。


 そんなファイナさんへの対抗心もあって、莉桜は絶対に自分から弱音を吐くことはない。この『星沙心機』(スターハート)を賭けてもいい。

 だから、俺が気を配って適度に休憩を取ったりしなくては。


 そんな決意とともに、俺たちは細い街道――他よりは多少踏み固められた道でしかないが――を進んでいく。


 目指すは、真紅の森に隣接するシルヴァラッド森林王国。

 ……の国境の町。この森を抜けたすぐ先にある冒険者が集まる土地だ。


「冒険者、憧れの響きですね」


 俺と同じく目的地のことを考えていたのか。隣を歩く莉桜が、少し意外なことを口にした。

 いや、そうでもないのか。

 莉桜のこちら(・・・)での両親は、元冒険者って話だったな。


「そうなのか?」

「ええ。辺境の子供たちは、セリエAのスター選手に憧れるように、冒険者に憧れるものですよ」

「そういうもんか」


 それなら、しばらく滞在するのも悪くない。

 冒険者になって、モンスターを狩って生計を立てるのだ。


 今もそうだが、滞在中も《外見変更》でごまかさなくちゃいけなかったので、魔素(マナ)の残量も心許ない。それを考えれば、一石二鳥だ。


「森の浅いところではござるが、手習いにはちょうどいいかもしれんでござるな」

「私も役に立てと言いたいんですか?」

「リオ殿も、お屋形様に頼りきりは避けたいと考えているのではないかと思っておったでござるが」

「余計なことを」

「正論は耳に痛いものでござるよ」

「忠臣気取りですか」


 莉桜がぷいと顔を背けるが、それは半ば負け惜しみのようなもの。


 ……そうか。莉桜も、戦う手段が欲しいと思っているのか。まあ、俺と逆の立場だったら……と考えれば分からないでもないけど。


 しかし、戦う……攻撃手段を身につけるとなると、維持や制御に魔素(マナ)を食うらしい『ヴァグランツ』は使えなくなるんだろう。なかなか、悩ましいところだ。


「ま、それはそれとして、お屋形様の修行でござるな」

「……立ち会いですか?」


 修行と聞いて、反射的に身構える。

 すっかりパブロフの犬ってるが、それだけじゃない。


 ファイナさんと立ち会う。


 絶望的な事態にも関わらず、平常心で受け入れている。心に、余裕すら感じられた。


「否、拙者ではござらんよ」

「兄さん、この先になにかいます」

「――来い、刃羅」


 ファイナさんの唐突な修行宣言。莉桜からの警告。妹を守る鉄球――『ヴァグランツ』が知らせてくれたのだろう。

 ふたつそろったら、疑う余地などない。

 

 その場で立ち止まった俺の高圧的な呼び出しに応じ、真紅の刃が右手に出現した。いや、右手が真紅の刃になった。


 なにかがいるからってだけで刀を抜くのは、場合によっては江戸時代でもNGだ。切り捨て御免なんて言うが、相手が町民や農民といえども、悪くもないのに斬り殺したら家は取り潰し。

 相手が悪くても、万が一、成敗できなければ、武士の面汚しだと切腹なんてこともあったらしい。なので、武士が町民に挑発されて、逆に我慢する……なんてこともあったとか。


 しかし、この世界では話が違う。


「では、試し斬りと洒落込むでござるかな」


 修行と言ったとおり、ファイナさんは動かない。一歩下がって腕を組み――というか、腕に胸を乗せ――傍観する体勢を取る。

 それにしても、発言だけ切り取ると完全にシリアルキラーだ。


「自分を知ること。それが勝利への正道でござるよ」

「敵を知り……か」


 彼を知り己を知れば百戦殆うからず。


 この体になって『鳴鏡』で己を知ることができるようにはなったが、刃羅はその例外。


 だからといって、エルフの里にいた間は、さすがに刃羅を出すわけにはいかなかった。だから試し斬りというのは正しい。それに、刃羅の性能も確認しておかないといけない。


「兄さん、援護は任せてください」


 莉桜の励ましを受け、適度に緊張がほぐれたその瞬間。


「ギャギャギャギャ」


 左右の森から、生贄(・・)が姿を現した。


 身長は1メートルぐらいで、肌は深い緑色。

 申し訳程度の毛皮の衣服をまとっているが、局部を隠しているだけで、しかもボロボロ。


 下から突き出て口の外に出ている牙。それもでかいが、とがっている耳も頭の半分ぐらいと、一目でバランスのおかしさが指摘できるほど大きい。

 さらに、手もグローブを着けてているんじゃないかと疑うほどの大きさ。

 そして、その手に錆びついたナイフを手にしていた。


 ゴブリン。


 クラウドホエール・ダンジョンでも遭遇した小鬼だ。


 集団で襲われた恐怖は、もう、感じない。ただ、倒すべき敵としてのみ認識する。


「斬るぞ」


 宣言することで、肉体を精神の制御下に置く。甘えとためらいは消え、やるべきことを遂行する意思が指の先まで浸透していく。

 同時に、先走って血を吸おうとする刃羅の手綱をぐっと握った。


 斬らせてやるさ。


 だが、すべては俺の掌の中で、だ。


 急ぐんじゃない。あのときと同じなら、矢が飛んでくるはず。


「ギャギャギャギャ」


 その予測は、正鵠を射た。

 森から、鋭くも速くもないが空を覆うほどの矢が降り注ぐ。


「示せ、刃羅」


 できる。

 そんな確信とともに、俺は刀を振った。


 端から見れば、奇妙な光景だろう。なにもない空間に赤い刃を振り下ろしただけ。距離がありすぎて攻撃が当たるはずもない。ただの空振り。


 けれど、本当に奇妙なのはこれからだ。


 風が吹いた。


 源は俺――否、刃羅。


 ゴゥッと衝撃の波が吹き荒び、矢があらぬ方向へと散っていく。

 それだけじゃない。


「まあ、妥当な結果でしょうか」


 衝撃波を受けて吹っ飛んでいったのは、俺たちを包囲しようとしていたゴブリンたちも同じ。数十の小鬼が錐揉み状態でボールのように飛んでいった。


 自然破壊は本意じゃないが、見逃すわけにもいかない。


 矢が飛んできた方向にあたりをつけて、さらに二度三度と右手――刃羅を振るう。こいつのいいところは、魔素(マナ)を消費しないところ。

 つまり、ただ殴っているのと同じということだ。


 それでいて、森の中のゴブリンたちも、莉桜の冷たい言葉が届かぬ彼方へ押しやられ、衝撃波自体かそれとも落下の衝撃か。見えないところで死亡し、魔石となってしまったようだ。

 その証拠に、いくつもの魔石が俺の胸へと飛び込んできた。


「ふむ。弱すぎて試し斬りにもならなかったでござるな」


 散々な言われよう。

 しかし、結構遠くで死んでも魔素(マナ)の回収ってできるんだなと感心している俺は、フォローもできない。


 あれだけの数だ。【MP】にして10点――魔石ひとつ――分とはいかないまでも、その半分。5点は下るまい。

 これで、今日の《外見変更》の分だけでも……って、あれ?


「……どうしたでござる? 怪訝な顔をして」


 どうやら、《外見変更》で作り出した表情であっても変化は出るものらしい。莉桜の場合、表情じゃなくて直接心を覗いてくるんで参考に……って、いや、そうじゃない。


「あれだけたくさん一気に倒したのに、全然魔石の色が変わらなくて」


 胸に備え付けられた星沙心機(スターハート)

 その周囲を丸く囲む10の魔石。そのほとんどに色は付いていない。

 奏血尽羅との死闘や、エルフの里に滞在中の《外見変更》。それに、毎日の基礎減少分もあって、実は残りMPは5点になっている。


 滞在中、全然戦えなかったからね。


「レベルアップに必要な経験点が増えている……というよりは、変換により多くの魔石を必要とするようになったということでしょうか」


 莉桜も把握していない特性だったのか、俺の胸を覗き込んで「むむむ」と思案する。かわいい。

 まあ、『星沙心機』(スターハート)というか心ちゃんの胸先三寸で進化のベクトルも変わるし、器は用意できてもその先については関与するのが難しかったのだろう。


 それ自体に、文句はない。

 文句はないのだけど……。


 顎に手を当てて考え込む褐色エルフの師匠に視線を向けると、ちょうど結論がでたところだったようで……。


「つまり、大物を狙うべきということでござるな」


 ファイナさん……否、エルフの剣士(ウォーモンガー)が、鮫のようにニヤリと笑った。

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