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人形転生-カカシから始まる進化の物語-  作者: 藤崎
第二章 大森林のサムライ
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エピローグ:そして、彼らは旅に出る

 こうして、妖刀・奏血尽羅(そうけつじんら)は滅び、ただの『刃羅』となった。


 だが、問題がなくなったわけではない。


「ははははは。綺麗に吹き飛んだでござるな」

「どこが笑い事なんでしょうか……」

「まあ、笑うしかない事態ってのは存在すると思うけど」


 例えば、死んだと思ったらカカシになっていたとか。


 それはともかく、短くない期間を過ごした庵は木端微塵になっていた。土台から吹っ飛び、残骸が辺りに散乱している。


 台風と大地震に見舞われたかのような惨状だ。


 俺がやったことではないが“俺’”のやったことではあるわけで、どうしても罪悪感を抱いてしまう。


「私たちには、大した荷物はありませんでしたから、寝床がなくなったというだけですが……」

「クラウド・ホエールダンジョンから、身ひとつで落ちてきたもんな」

「とはいえ、もう、隠棲する理由もなくなったので、そう意味では問題がないのかもしれないですね」


 そうだよな……。

 ファイナさんもエルフの里に……あっ。


 ブローチ!

 クルファントさんからもらったブローチが、家の中に隠したままだった。やべえ、見つかるか? それ以前に、無事か?


 ぐぎぎぎぎと、油が切れた機械みたいに、首だけ動かしてファイナさんを見る。


「リオ殿、そういえば聞きたいことがあったでござるが」

「なんですか、こんな状況で」


 やった!


 俺の意を汲んで、ファイナさんが莉桜の注意を引きつけてくれた。その間に、俺は庵の跡地へと移動。


「《物品共感》」


 そして、周囲の物たちに語りかけ、ブローチの在りかを探す。無傷……とまでは贅沢言わないから、せめて形は保っていて欲しい。


「マサキ殿のどこに惹かれたのでござるかな?」

「どこ? なぜそんな簡単なことが分からないのですか」


 ええー? 言うに事欠いて、それなの?


 莉桜はまだ具体的にはなにも言っていないのに、恥ずかしさに全身がこそばゆくなる。マネキンの体なのに、不便だな。


 こうなったら、あの話が進展する前に見つけるしかない。


「そうですね……」


 俺がコンタクトレンズを探しているよりも必死にブローチを探している最中、莉桜はファイナさんの誘いに乗っかった。

 なんの疑いも持たず、むしろ、教えて差し上げますと言わんばかりに。


 いろいろと、心配だなぁ……。


「私が泣いているときに、兄さんが手を差し伸べてくれた。それが、私の最も古い記憶です」

「ほほう。幼子の頃の話でござるな」

「いえ。まだ、私がベビーベッドから動くこともできなかった頃のことです」


 古すぎる!

 というか、それは妄想か記憶の捏造だろ!


 妹の将来が心配になるが、とりあえず後回し。後でどうにかできるのかは分からないが、後回し。


「こっち……? いや、あっちかッ」


 瓦礫の声を聞き、俺は地面に膝をついて遺跡の発掘でもするような慎重さでブローチを探す。


 ……これじゃない。これは、茶碗の欠片だ。


 これでもない……。


 ……あった!


 瓦礫の陰。たぶん、タンスかなにかの残骸だろう。それに守られるかのように、ブローチが隠れていた。

 地面に突き刺さり汚れてはいたが、特に歪みはない。


 良かった……。


「私を慈しみ、優しく撫でてくれた手。私は、一生それを忘れることはないでしょう」

「莉桜、プレゼントだ」

「……兄さん?」


 ロマンチックさの欠片もなく、俺はクルファントさんから譲ってもらったブローチを差し出した。刀が交差し、周囲を宝石が飾っているブローチを。


 包装もなにもなく、泥を払っただけ。

 それでも、莉桜は驚きに目を白黒させて、俺とブローチとの間で視線を忙しなく動かす。


 情緒はなかったが、奇襲には成功したらしい。


 誕生日でも、クリスマスでも、ホワイトデーでもない。

 なんでプレゼントを渡そうとしているのか、莉桜は必死に考える。


「これはつまり、プロポーズですね!?」

「違う」


 ……指輪だったら、否定できないところだった。


 ありがとう、クルファントさん。ありがとう!


「日頃の感謝というかなんというか、これが本当の“お土産”だったんだけどな。渡しそびれててごめん」

「いえ……。そんな……」


 感極まって、ぎゅっと握る。


 どうやら、俺が今まで渡すのを忘れていて、庵の崩壊と同時に失われるところだった……なんてことには気付いていないらしい。


 もちろん、俺もそんな危険があったことはおくびにも出さない。


「それはそれとして、あんな危険なことをしないでくれよ。いくら『ヴァグランツ』があるからって、俺をかばうなんてな」

「信じていましたから、兄さんを」

「それでも、万が一ってことがな」


 どっちも俺ではあったのだから、莉桜にも三分の利はある。

 けれど、兄としては認めるわけにはいかない。


 そんな俺へ、莉桜は静かに言う。


「安全な位置にいるだけでは、欲しい物は得られない。私は、それを学んだのです」


 そして、意味ありげに笑った。


「……分かったよ。でも、命懸けってのは絶対に止めてくれよ」

「ふふふ。分かりました。兄さんがそこまで言うのであれば」


 私はいい妹ですからねと言って、莉桜は微笑む。


 その笑顔は、透明で、それでいて明るくて。

 美少女というのは、こういうことなんだろうなと、しみじみと思い知らされるほどアトラクティブだった。


「話はまとまったでござるな」


 そこに、ファイナさんが軽やかに割り込んできた。


「良ければ、里へ行くのはどうでござろう。向こうにも、こちらの騒ぎが伝わっておるかもしれんでござるしな」

「後片付けは?」

「不要でござろう。ちょうど良いと言えば、ちょうど良い」


 さばさばと、褐色エルフの師匠が笑う。

 相変わらず、豪快だ。

 たぶん、エルフ的価値観だと、そのうち朽ちて森の一部になるとかそんな感じなんだろう。


 それに、ファイナさんも里に戻るのであればわざわざ再建する必要もない。感情的には受け入れ難い面があるものの、合理的な話ではあった。


「エルフの里ですか……」

「まあ、ファイナさんもボロボロだし、治療が必要だよな」

「放っておけば、治るでござるが……。まあ、邪魔になるものでもござらんな」


 妖刀――現『刃羅』――を手にしていた頃は斬られても復元していたようだけど、手放してもまだ残ってたりするんだろうか……?

 肯定されたらされたで恐ろしいので、とりあえず、曖昧に濁しておく。


「兄さん。そのあとは、どうするんです?」

「旅に出ようか」


 莉桜の問いかけに、俺は反射的に答えていた。

 なにか考えていたわけでも、密かな希望があったわけじゃない。


 でも、この真紅の森で。俺が異世界に来て初めて降り立った地で、やるべきことはやった。


 そんな確信とともに、俺は旅立ちを口にした。


「そうですね。今なら、見た目のことをあまり気にする必要はありませんし。いいタイミングですね」


 なにがそんなに嬉しいのか。莉桜も全面的に賛成する。

 なぜか、ブローチを我が子のように丁寧にさすり、ファイナさんのほうを意味ありげに見ながら。


「そうでござるな。では、クルファントに言うて、旅支度をさせるとするでござる」

「なにからなにまで、ありがとうございます」

「いやいや、拙者のためでもござるしな」


 あれぇ?


「今、ありえない台詞が聞こえたように思えたのですが。気のせいでしょうか? 気のせいですよね?」


 今なら、気のせいってことにしてあげますよ。


 莉桜はそう言ったのだが、ファイナさんは一顧だにしない。

 俺だけを見ている。

 俺だけを見ながら、その場に膝をつき、正座した。


「さて、マサキ殿。……否、お屋形様」

「……はい?」


 その呼び名は、日本の歴史では室町時代に成立した物だった。

 室町幕府が足利一門や有力な守護大名に与えた称号で、特別に許された敬称でもあった。


 つまり、俺がそう呼ばれる筋合いはないということなのだが……。


「このファイナリンド・クァドゥラム。お屋形様に命を救われたのみならず、一族の宿痾を払っていただき申した」

「そうかしこまって言われると、その……」


 今までも、お礼を言われる度に、こっちこそお世話になっているんだからと遠慮してきた。


 でも、今回は違う。今までとは違う。


 そんな無形のオーラに押され、俺は一歩二歩と後退る。


「今この時より、拙者はお屋形様の物。この身命。否、心まですべて捧げ申す」


 ……どうしよう。


 頭が真っ白になって、なにも考えられない。


「是非、拙者も旅に同道させていただきたくお願い申し上げる」


 そう言って、ファイナさんは両手をついて頭を下げた。

 こんな状況でも美しい金髪のポニーテールが舞い、地面に垂れる。


 ここは、「もう、免許皆伝でござるな」とか言って送り出すところじゃないの?


「兄さん、どうするのですか? 私は、兄さんが決めたことには従いますよ?」


 そう言う莉桜の目は笑っていなかった。

 これっぽちも笑っていなかった。


 ……生命の危機を感じる。


「まあまあ、リオ殿。拙者、邪魔をするつもりはござらん。道中、寝床が二人と一人に別れても文句は言わぬ所存」


 それ、莉桜とファイナさんが同じベッドってことですよね? そうなんですよね!?


「我が名、ファイナリンドは“輝く添星”の意。共にはぴったりでござるぞ」


 本来は暗いはずの添星が光輝く。それは、実にファイナさんらしくて。

 俺は否定の言葉を紡ぐことができなかった。

これにて第二章完結です。三週間ほどのお付き合い、ありがとうございました。

次章はなるべく早くお届けできるようにする予定です。

少なくとも、一章と二章ほど間が空くことはない……はずです。


それでは、今後ともよろしくお願いいたします。

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