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人形転生-カカシから始まる進化の物語-  作者: 藤崎
第二章 大森林のサムライ
42/68

20.そして、彼らは彼らと対峙する(中)

「――斬るぞ“俺”」

「分かってるじゃあないか、俺」


 俺の宣言に対し、“俺”が不敵に笑った。もちろんマネキンの顔が変わることはない。それでも、確かに笑っていた。


 どっちも俺だからな。言葉にしなくたって、表情に出なくたって分かる。


 自然な足取りから、当たり前のように地面を踏んだ。同時に、ファイナさんも動いたことが気配で分かる。しかし、そちらに気を取られるわけにはいかない。大丈夫、ファイナさんなら大丈夫。俺が心配するなんておこがましい。


 “俺”だけを意識し、一瞬で加速。

 矢のように飛び出し、“俺”へと突撃した。


 そして、それは“俺”も同じ。予め刀を突き立てていた剣林をふたつの人形が駆け抜ける。


 ほぼ同時に、ほぼ同じ速度で飛び出した二人――もしくは一人――は、その中間点で同時に刀を振るった。けれど、今度は激突はしない。

 袈裟斬りの軌道を描いた俺の刀は“俺”が寸前で急制動をかけたため虚空を斬り裂くに留まり、そこから上半身のバネだけで振るわれた妖刀は踏み込んだ足を軸にして体を回転させて回避する。


 回避の勢いに従い胴を薙ごうとする一撃は、“俺”がひらりと後ろに飛んでかわした。


 まるで、事前に申し合わせた演舞のようだ。

 それでいて、どちらも一撃必殺を狙っていた。


 手の内を探る? そんなもん、最初から分かっている。必要ない。

 だから、特技や『概念能力(クリファ)』を使わせる暇を与えず仕留めるのだ。


 それに、奏血尽羅(そうけつじんら)にも手は出させない。


「師匠が心配か、俺」


 だが、俺の攻勢を“俺”は別の理由だと解釈した。


「……ファイナさんにそんなもの必要ないってことは分かってるだろ、“俺”」


 二度目の攻防を終えた俺たちは、油断なくお互いだけを見据えながら言葉を交わす。

 撃剣の音が遠い。ファイナさんともう一人の“俺”――“俺’”とでもしようか――が、視界の端でやり合っている。

 勝負が成立している時点で前代未聞というか、大問題というか。槍が降ってもおかしくない。


 けれど、心配なんてしていなかった。


「考えてみろよ、“俺”。俺がファイナさんに勝つところ、想像できるか?」


 まったく、そんなことは西から太陽が昇るぐらいあり得ない。いや、異世界だからあり得るのかもしれないが、まあつまり、あり得ないのだ。


 弟子としては情けない限りだが、当事者である俺が言うんだから間違いない。


「あっちが本物の奏血尽羅(そうけつじんら)だったら、それで終わりだ」

「さてな。どちらが本物かは分からないぞ、俺」


 なにしろ、俺にも分かっていないからなとうそぶく“俺”。

 まったく、自分自身とは思えない不誠実さだ。


 そのタイミングで、今までずっと推移を見守っていた莉桜が口を挟む。


「どっちが本物でも構いません。両方壊せば、それで済む。それだけの話でしょう?」


 まったく、その通り。莉桜は、俺の気持ちを完全に代弁してくれていた。

 どっちがどっちだろうと。俺とファイナさんで二勝して終りだ。


「なんとも短絡的だな」


 つまらなそうに、“俺”が吐き捨てた。

 あ、これは両方とも本物ってパターンだったか。


 しかし、それを確かめるよりも先に今度は“俺”が先手を取る。【先制】も同値である以上、どちらが先攻するかは時の運。


「《最適化》」


 《最適化》によって、“俺”のフォルムが戦闘に適した物へと変化していった。腕は伸び、足は大きく安定した形になり、筋肉が肥大化したかのように体が一回り大きくなる。戦闘モードって感じだ。


「――《疾走》」


 そこから、爆発的な加速で突撃。

 これで“俺”の【MP】は38だ。魔素(マナ)がなくなったら消滅するというのに躊躇がない。


 俺とファイナさんさえ排除できれば、どうとでもできるというつもりなのか。例えばそう、莉桜の体を使い、より強力な依代へわらしべ長者をするつもりとかな……。


「させねえよ、そんなことは」


 とは言いつつ、不利を理解してもいた。


 一方、俺は《永劫不定(リリト)》のためにも無駄遣いはできない。温存して負けたら元も子もないが、思い切りよく使うのも難しい。


 厳しい状況。


 だけど、これはお互い様だけど、ファイナさんとの修業に比べたら、どうということはない。


 一瞬で距離を詰めた“俺”が妖刀を横に振るうのを、俺は軽く後ろに下がってかわす。一寸の見切りとはいかないが、充分に余裕のある回避。

 “俺”はそこで止まらず、妖刀を切り下げふとももを狙い、それもさらにかわされると切っ先を跳ね上げた。


 上体が伸び上がった、しかし、見事な上段の構え。そこから振り下ろされる奏血尽羅(そうけつじんら)は、あらゆる物を打ち砕くだろう。

 同時に、俺にとっては絶好のチャンスでもあった。


 露骨な誘い。


 無視することもできるが……。


「兄さん、ファイナさんは押していますよ!」


 その時、莉桜がファイナさんと“俺’”の戦況を知らせてくれた。正直、ありがたい。同時に、押しているだけなのかと危機感が頭をもたげる。


「《連撃》」


 だから、俺は、誘いに乗った。

 罠だろうとなんだろうと、好機は逃せない。


 なにしろ、防御の切り札を消費させないといけないんだからな。


「《強打》」


 人形の体が、物理的な制約を超える。

 青白い光を伴った刀が袈裟斬りの軌道をなぞったかと思った瞬間、手首がくるりを回転し、巻き戻しをするかのように同じ軌道を戻っていった。


「《パーツ分裂》」


 100を越える【命中】から放たれる二連撃は、しかし、頭部に四肢、それにトルソーや球体関節といった部品に分裂した“俺”の間を通過していく。


 ここまでは想定通り。

 元に戻ろうとするタイミングに合わせて、妖刀は無理でもどれかひとつは破壊してやる。


 そう前のめりになったのが、いけなかった。


「狂い裂け、奏血尽羅(そうけつじんら)


 “俺”の両手は、妖刀を握ったまま。その状態から反撃を受けるかもしれないとは思っていたが、その挙動は俺の想像を遥かに超えていた。


 妖刀・奏血尽羅(そうけつじんら)が五月雨のように分裂――あるいは、増殖か――したのだ。


 視界を真紅の妖刀が埋め尽くす。これじゃ、《パーツ分裂》しても全部叩き落とされるッ。


「《冷静な目》」


 時間が遅くなったかのように、世界がスローモーションに変わる。


 しかし、人形特有の知覚力を総動員しても、逃げ場はなかった。それが分かっただけでも、《冷静な目》を使用した意味はある。


「くそっ」


 悪罵しながら、予め地面に突き立てていた刀をまとめて引き抜く。

 それと元々持っていた刀をかざし、同時に俺は後ろに跳んだ。膝の関節が軋み、無茶な動きへの抗議をあげる。


 でも、死ぬよりはましだ。


 《冷静な目》の持続が解けると同時に、無数の奏血尽羅(そうけつじんら)が降ってきた。かざした刀を粉砕し、俺の体をでたらめに斬り裂く。


「ぐっ」


 死にはしない。

 血も出ない。


 だが、体中に深い刀傷が穿たれた。


 痛みと衝撃に、その場でのたうち回りそうになる。人間の体だったら、痛みだけで死んでいただろう。


 しかし、少なくとも俺には、救いの女神がいた。

 

「《リペア・ダメージ》」


 俺の体が光に包まれ、痛みがすっと引いていく。さすがに傷も全快とはいかないが、動く分には支障がなさそうだ。


 悲鳴を上げたいだろうに。駆け寄りたいだろうに。それでも莉桜は、俺と適切な距離を保って支援をしてくれる。

 それが、最も俺の役に立つからと。


「無意味だな。“俺”が勝ち残っても、兄が生き残ることに変わりはないのだぞ」


 妖刀――分裂は一時的な現象だったようで、元に戻っている――を手にした“俺”が冷たく言い放った。


「死んでください」


 しかし、莉桜の反応はさらに冷たい。取り付く島もないとは、まさにこのこと。

 いや、それを通り越して残酷だ。そこには、一片の思いやりも慈悲もない。


「いえ、私がなにか思う必要はありませんね。兄さんが殺してくれます」

「――もちろん。文字通り、自分で蒔いた種だからな」


 これ以上は“俺”が可哀想になって、益体もない台詞で遮った。間に入るのが最優先なので、つまんないことを言っても許して欲しい。


「いいのか、俺? 『種を蒔く』なんて言ったら、どうなるか分かってるだろ?」


 そう言って、胸を反らし笑う“俺”。

 笑えない冗談だ。まったく笑えない。“俺”が言っていると思うと、なおさら。


「構わないさ。千早家では、思想信条の自由は認められている」

「その結果発生した行為も認めるわけか?」

「同意の上ならな」


 ハイコンテクストな会話の応酬。

 まさに、俺と“俺”って感じだ。


「斬るぞ、“俺”」

「やってみろ、俺」


 手近な刀を引き抜いて、背負うように構える。

 もう、“俺”は《パーツ分裂》を使えない。


 仕留めてやるよ、“俺”。


 俺は無造作に“俺”へと近づいていく。命のやり取りをしているとは思えないほど軽い足取り。だが、俺は“俺”の一挙手一投足を見逃さない。


 隙があれば、いつでもどこからでも斬り込んでやる。


 簡単にいってしまえば、俺はキレてマジになっているようだった。どうやら、莉桜に変なことを言った“俺”が許せなかったらしい。

 自分でも戸惑うほど、キレていた。でも、悪い気分じゃない。


 その重圧に耐えかね、先に動いたのは“俺”だった。


「我、観念を否定す。真の実在は認識に在り――《唯物礼賛(ナヘマー)》」


 詠唱と同時に、《俺》が右手をかざす。


 光の粒が虚空に生まれ、それが弾けると“俺”の姿が消えた。いや、壁で見えなくなっただけ。

 それは石垣だった。

 自然石を積み上げた野面積みだ。綺麗なもんだと感心する。


 けれど、手段事態は感心できたもんじゃない。俺がクラウド・ホエールダンジョンでフライング・ソード相手にやったのと同じ手。


 “俺”はこう思っていたはずだ。

 目の前に障害物を置けば、《蛇腹の腕》で迂回して攻撃してくるはずだと。


 正しい。


 それが『究極の人形』アンドレアスとしての正しい姿だ。


 でも俺は千早雅紀で、莉桜の兄で、ファイナさんの弟子なんでな。


「――まとめて斬るぞ」


 この程度、障害でもなんでもないんだよ!


「《強打》」


 それに、《強打》のほうがコストは低いんだよ。


 刀を斜めに振り下ろし、硬い物に当たった手応えを感じる。それがなんであろうと関係ない。この世に存在している物ならば、斬れる。


 そして、振り切った。斬った。


 わずかなタイムラグ。


 ずずっと石垣が滑り落ち、その向こうに、片足を切り落とされた“俺”がいた。


 ちっ。逃げ出す途中だったか。


 俺の行動を見誤った“俺”――妖刀の影響かもしれない――が、負傷よりも驚きで身を強ばらせた。


 硬直する“俺”へと追撃をしようとした――そのとき。


「《存在解放》」


 目の前に、“俺’”が現れた。しかも、頭部に四肢、それにトルソーや球体関節といった部品になって浮かんで。

 唐突としかいえない。だが、予測して叱るべきだった展開。


 なるほど。ファイナさんとの戦闘から《パーツ分裂》で離脱し、こっちへ移動してきたのか。


 ……なぜ? 一時的に戦線離脱して、なにをするつもりなんだ?


「どくでござるよ」

「ぐぇっ」


 横合いからの衝撃。疑問に囚われていた俺は、それを知覚すらできなかった


 ファイナさんに、思いっきり蹴飛ばされた。


 それに気付いたのは、地面を転がることすら許されず、浮遊感を憶えて飛んでいく最中。世界を狙えるシュート力だ。修業の最初の頃を思い出してしまった。


 その間に、“俺’”の体が真っ赤に輝いた。

 溶鉱炉の中の鉄を思い起こさせる光景。“俺’”の魔素(マナ)が荒れ狂っているのが、外からでも簡単に分かった。


「《存在解放》」


 人形師ジョゼップの亡霊を消滅させた、とっておきが炸裂する。

 あの時よりも遥かに強烈な爆発。

 

 耳をつんざくような爆発音が轟いた。

 次いで、とんでもない熱。

 庵が吹き飛び、土台が露わになる。


 俺も無傷ではいられず、木ともプラスチックともつかない体の表面がケロイド状に溶けていた。


 だが、そんなことは気にならない。


 俺は、呆然と、その爆心地を見つめていた。それしかできない。視界の端に、手で口を覆い大きく目を見開いた莉桜が映っていた。『ヴァグランツ』たちが守ってくれたのだろう。ほっとする。


 もうもうと舞い上がった煙が風にさらわれ、低い位置から晴れていく。


 地面は、すり鉢状にえぐれていた。


 底には、頭部に四肢、それにトルソーや球体関節が転がっている。ちょっとしたホラーみたいな光景。だがそれはすべての魔素(マナ)を失ったことですぐに消滅してしまった。

 文字通り、指の一本も残さず消え去った。


 いやもう、“俺’”のことなんかどうでも良いんだ。


「ファイナさん!」


 俺の叫びに答えたわけじゃないだろうが、煙が薄くなると同時に、シルエットがひとつ現れる。その姿が徐々にはっきりとし、ポニーテールと改造和服の輪郭が浮かび上がった。


 無事だった……。

 

「良かった……」

「まったく、あきれた執念にござるな」


 安堵とは、このことを言うのだろう。

 煙が晴れ、ファイナさんの苦笑が垣間見える。


「だが、拙者もここまでのようでござる……」


 苦笑いを浮かべ、ファイナさんがばたりと倒れた。


 なん……だって……?


 ファイナさん……が……?


「《修復》」


 俺がまだ使ったことのない特技の名が聞こえた。

 それで足を繋いだ“俺”が、続けて言う。


「“俺’”はきっちりと役目を果たしてくれた」


 ファイナさんには一瞥もくれず、“俺”は真紅の妖刀――爆風に乗って足下に転がっていた――を拾う。


「俺たちの一騎打ちだ、俺」


 “俺’”が持っていたもう一振りの妖刀・奏血尽羅(そうけつじんら)


 それを拾い二刀流となった“俺”が、宣言した。

 興奮を隠しきれない、上擦った声音で。

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