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人形転生-カカシから始まる進化の物語-  作者: 藤崎
第二章 大森林のサムライ
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18.そして、彼はまた話し合う

「結局、あの巨人ってなんだったんでしょうか?」


 あれから10分ほど経ったが、莉桜はまだ話し合いに復帰できずにいた。

 正直、俺も今の莉桜を刺激したくない。ほんと、せがまれても困るんで。自力で戻ってきてくれることを祈るのみだ。


 というわけで、シーンは既に、庭先から庵の中へと移り変わっている。

 早朝というか夜中というか。さっき、ファイナさんの問題で話し合ったときと同じ車座のシチュエーション。


 こんな状態では話を進めることはできず、もうひとつ気になっていたことを口にしたのだった。


「オーク……と言うて、分かるでござるかな?」

「オーク……」


 木……樫のことじゃないだろう。

 首をひねる俺に、ファイナさんが噛み砕きながら説明をしてくれる。


「古代魔法帝国時代よりもずっと以前に、業魔(レヴュラ)が汚染した魔素(マナ)に魅入られエルフから別れた種族での、まあ、拙者らの不倶戴天の敵なのでござるが……」


 エルフの分派みたいなものか。それにしては、まったく似ても似つかない。話の着地点が分からず、俺はますます首をひねる。


「無論、拙者らが一致団結して絶滅させたでござるが」

「じゃあ、安心じゃないですか」


 さすが、エルフ。

 そして、さすが俺。この程度では、もう、動じなくなってきた。


「その怨念が残留し、魔素(マナ)と反応して、時折ああいった魔物となって襲いかかってくるようになったでござるよ」

「……化けて出たようなもんじゃないですか」

「たまによくあるでござるなぁ」


 文法的には間違っているが、なぜか意味としてはよく理解できた。


 なんというか、あれだ。


 今の俺は、なにも知らずに日本へ来た外国人なのだ。


 地震も台風も、体験したらなんでもっと早くこんな災害が発生することを教えてくれなかったんだと、不満に思うことだろう。怒るのも当然。


 しかし、現地の人間にとっては当たり前。実際にそれが起こってから、こんなこと日常茶飯事だよって説明をする。その程度の問題でしかない。


 そういうことだったんだろう。


「今回は、しばらく来なかったこともあって、かなり大規模でござった。本当に、マサキ殿がいなければどうなっていたことでござるか」

「いや、お礼は良いんですけど……」


 再び頭を下げられ、俺はまた困惑する。

 ほんと、助けになったのであれば、それだけで充分。お礼なんて言われるほどのことじゃない。でも、それじゃ済まないんだろうし……と袋小路に入りかけていたところ。


「申し訳ありません、取り乱しました」


 そんな俺の苦境を察したからではないだろうが、唐突に莉桜が正気に戻った。


「もう、精神的な動揺による中断はないと思っていただいて結構です」


 先ほどの上気した頬や潤んだ瞳は嘘だったかのように、今の莉桜は透徹としている。

 藁座布団に正座し、背筋はしゃんと伸び、我が妹ながら実に凜々しかった。


 ただ、微妙に俺とは目を合わせようとしていない。


 ああ、必死に照れ隠しをしてるんだなと思うと、心が温かくなる。


 しかし、俺が誤解を解く必要なく立ち直ってくれたのはありがたいが、信じて良いんだろうか? そこはかとない不安を感じる。

 というか、動揺してなくても、変な結論に飛びついたりするんだよなぁ。


「拙者としては、ああいうリオ殿も良いと思うでござるがな」


 そんな莉桜に対し、ファイナさんが気楽そうに言う。

 いや、気楽というよりは楽しそうに? 


「思うに、リオ殿は猫かぶりを止めたほうが、マサキ殿も食いつくのではござらぬかな」

「そこのところどうなのですか、兄さん」

「俺に振らないでくれ」


 というか、猫をかぶってるって認めちゃってるんですが。そこは良いの? マイリトルシスター。

 あと、肯定しても否定しても、それはそれで問題じゃないだろうか。


「とりあえず、莉桜も正気に戻ったようなので、話を戻したいのですが……」


 なので、俺は軌道修正を試みる。なんというか、莉桜とファイナさんを相手にするのは金ケ崎よりも絶望的だ。


「それは、《増殖天授(バアル)》という特技で、マサキ殿の分身に奏血尽羅(そうけつじんら)を押しつけ、破壊をする……ということでよろしいでござるかな?」

「特技ではありません。『概念能力(クリファ)』です」


 そこが大事なんですと、莉桜が訂正する。

 訂正箇所がそこだったということは、ファイナさんの発言自体は否定していないということ。


 俺の意図が通じていたことに、まずはほっとする。


「それにしても、同キャラ対戦ですか……。お約束と言えば、お約束ですけど……」

「やっぱり、危険があるか?」

「はい」


 俺の疑念に、莉桜はきっぱりとうなずいた。


「まず、弱いほうの分身では妖刀が食いつかない可能性が高いですね」

「そうでござるな」


 そこは、俺も気になっていた。


「なら、強いほうのクローン……分身なら行けると思う?」

「そこはなんとも言えぬでござるが……。リオ殿が作り、拙者が鍛えたマサキ殿であれば、きっと」

「正直なところ、駄目でも兄さんと私に危険はありません」


 ファイナさんと莉桜の温度差が凄い。

 しかし、冷たいなりにきっぱりと、莉桜は言い切った。


 まあ、莉桜の言うことにも一理ある。

 確かに、【MP】を10点無駄にするのは痛いが、それでなにか危険にさらされるわけじゃない。妖刀が見向きもしなければ、それで終わり。コストはかかっても、リスクは低い。


「じゃあ、妖刀が食いつくという前提で話を進めるけど……」

「その場合の問題は、勝てる……対処できるのかということになりますね。正直、こちらのケースのほうが厄介ですが、兄さんが望むのであれば否やはありません」

「それはありがたいけど、ベースは俺だろ? 俺とファイナさんの二人がかりならなんとかなると思うんだが」

「兄さんに、妖刀の力が加わっていることをお忘れなく」

「まあ、それはそうだけど……」


 でも、ファイナさんがいるんだぞ? 俺なんて、鎧袖一触だろ。


「もうひとつ、懸念していることがあります」

「拙者もふたつほど確認したいことがござるが……そのうちのひとつは、同じことのようでござるな」


 妹が、俺ではなくファイナさんを正面から見据えて言った。

 ファイナさんも、しっかりとその視線を受け止める。


 莉桜の表情は、いっそ酷薄と表現したくなるほど。俺に向けるような優しさはまるで感じられず、ただ嘘は許さないという迫力だけがあった。

 ファイナさんは、それに気圧されることも不快に思うこともないようだったが……逆に表情から感情も読み取れない。


「妖刀・奏血尽羅(そうけつじんら)。これを手放した直後、従来通りに戦えるものなのでしょうか?」

「正直なところ、拙者にも分からんでござる」


 当たり前と言えば、当たり前。

 しかし、前提が根底から覆るような答え。いや、単なる皮算用だったってだけか。


「やはりですか……」


 意外ではないが、望んだ答えもない。

 そんな表情で、莉桜はため息を吐く。


「まったく、それなのに《増殖天授(バアル)》で、兄さんを増やせるようになるだなんて……」


 妖刀を手放したらそんなことになるのに、事態を解決する手段が見つかった。

 なんてタイミングが悪いのかと莉桜が天を仰ぐ……が。


「はっ……」


 なにかに気づいたのか、莉桜が動きを止めた。

 そして、ぎぎぎと、まるで油の切れたゼンマイのような動きで、こちらを見る。


「兄さんが増える……ですって?」

「クローンだ、クローン」

「どうしましょう、どうしましょう兄さん」

「どうもするな」

「そう、そこでござるよ」


 意外にも、莉桜の発言をファイナさんが引き取った。


「そもそも、マサキ殿は構わんのでござるか?」

「……なにがです?」

「分身とは申せ、己を殺すことを目的として生み出す。そこに、思うところはござらんのか?」


 これが、言いたいことのふたつ目か。

 なるほど、確かにファイナさんが気になるところかもしれない。


 ファイナさんを見捨てて、見なかったことにすることだってできる。まだ、それを選べる。

 しかし、ファイナさんはそれを口にしない。そんなことを言っても、俺は止めないと分かっているから。


 だからなのか、そうじゃないのか。そこはよく分からないけど、別方向から俺に翻意を促そうとする。


「俺は、ここにちゃんといますから」


 気にするのは当然だと認めつつ、しかし、俺は特に気にしてはいなかった。本来の俺の肉体じゃなく、人形の体だというのもあるだろう。


 それ以前に、そして、それ以上に、能力やなんかが同じだからって、俺そのものじゃあないといういしきがあった。


 いや、そうやって生まれ落ちた瞬間、俺によく似た別の物にあっちがなるんだ。


 まあ、妖刀を押しつけるために生み出すというのは自分勝手だという非難は甘んじて受けるしかないが……。


「結局、優先順位の問題ですね」


 ファイナさんを見捨てる精神的なわだかまりに比べたら、大したことはない。

 選ばなければ、失われるのだ。ためらったら、取り返しがつかないのだ。


 地球では、散々失ってきた。

 こっちに来てまで、同じ目に遭うのはごめんだ。


「……そこまでしてもらう義理はないと申したら?」

「なら、俺が落下する前に、この問題を片付けておいて欲しかったですね」


 にっこりと笑って――もちろん、心の中でだけ――ファイナさんへ、辛辣とも言える返答をした。


「やれやれ、すべて拙者の不始末と言うことでござるか」


 そういうファイナさんの口調は、内容とは裏腹にさばさばとしていた。

 自棄になった……とまでは言わないが、そう、憑き物が落ちたかのようにさっぱりとしている。


「いざとなれば腹を切るとは申したものの、その後のことを考えれば、易々とは英霊の座へ赴くこともできなかったでござろう」


 そして、居住まいを正して俺と莉桜を順番に見る。


「拙者も、覚悟を決め申した。代価として望むものがあれば、なんなりと用意いたす。是非、お二人の力をお貸しくだされ」


 そう言って、ファイナさんがすっと平伏した。

 思わず見とれてしまうような、流麗な所作。反応することもできず、頭を上げてくださいとも言えない。というか、代価もいらない。


「無論、首尾良くいかずとも恨み言など申さん。我が身が砕けようともマサキ殿とリオ殿は守り抜く所存」

「私はどうでもいいです。兄さんをしっかり守ってください」


 俺の妹が格好良すぎる……。


 俺も、なんか言わないと。


 ええと……。


「妖刀を持って良くないハッスルをするかもしれませんが、俺の分身のこと、よろしくお願いします」


 咄嗟に出てきたのは、そんな言葉。

 莉桜と、頭を上げたファイナさんの目は、怖くてとても見る気にはなれなかった……。

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