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人形転生-カカシから始まる進化の物語-  作者: 藤崎
第一章 カカシの冒険
4/68

03.そして、彼は迷宮を彷徨する

「今のは、一体なんだったんだ……」


 巨大エビが残した緑色の石。

 それが発光したかと思うと、その光が俺の胸に吸い込まれていった。


 地面には、その石は残っていない。どこかへ消えてしまった。


「どこか……って意味なら、俺の中なんだろうけどな」


 カカシになった俺、見上げるような巨大エビ。

 それに続く第三の異常事態、発光して吸い込まれる石。いや、エビの体が消えて緑色の石になったのも異常事態か。


 そもそも、俺があんなUMAに勝っちゃったこと自体が異常だけどな。殴っただけなのに、世界を狙えるパンチだったし。


「……現実逃避は、これくらいにするか」


 俺は可動域の狭い首を曲げて胸元に視線をやる。

 石が吸い込まれたのは、五重の円が描かれていた左胸の辺り。ここに、原因と理由があるのは明らかだろう。

 というか、それどころではなかったので放置していたが、宝石みたいなのも埋め込まれてるし、露骨に怪しいもんな。格好いいような気がしないでもないとか、自分をごまかしてる場合じゃねえ。


 ――しかし。


「あれ? なんも変わってねえな」


 そこに広がっていたのは、逆の意味で予想外の光景だった。


 カソックのような上着の胸の部分が破けており、そこに五重の円が描かれている。

 その周囲を取り囲んでいる10個の宝石のうち、ひとつだけが真っ黒で、金色に縁取られていた。他の9個はガラスのように透明。


 そして、ひとつだけ黒くなっていた宝石の一部――全体の一割ほどが、透明に色が変わっている。


 巨大エビとの戦闘中に確認した時と、変わっていない。


 ……いや、違う。


 なにも変わっていないのは、おかしい。


 俺は、あの腕が光る技を二回使った。だから、宝石はもう少し色が変わっていなければならないはず。


 つまり、一回分減っていないわけだ。


 そして、その食い違いが起こった理由も同時に分かった。


 巨大エビが残した緑色の石。

 それを吸収したことで、一回分回復したのだろう。


 原理は分からないが、どうも、そういうルールのようだ。


「それは良いけど……」


 これでは、赤字だ。

 回復手段が分からない現状では貴重だが、苦労に見合った報酬とは思えなかった。まさに生存競争だった巨大エビとの戦いは、今思い出してもぞっとする。


 あれをもう一度やれと言われても、首を縦には振れない。


 物理的にもな。


「それとも、他にもなにか効果があるのか……」


 例えば、石の色が全部変わったら人間に戻れるとか。


 ……それはあまりにも、願望丸出しに過ぎるか。

 それに、今の状態で戻ってもなぁ。人間に戻っても、また巨大エビに出会ったら今度こそ食われてしまう。


 だが、次の宝石の色が変わったらどうなるのか。

 それを確かめる機会は、予想よりも早く訪れた。





 巨大エビと死闘を繰り広げた部屋を出た俺は、分岐路へと戻った。

 往路ではとてつもなく長い距離に感じていたが、改めて移動してみると、そうでもなかった。ぴょんぴょんとジャンプする移動でも、ほんの数分で到着してしまった。少し、徒労を感じる。


 しかし、それはあくまでも精神的なもの。肉体的な疲労は、今も感じていなかった。便利なのか、不便なのか。なんとも言えない体だ。


 ……さて。


 右は、今通ってきたばかり。後ろは、あの巨大エビがいた水場に行き着く。そして、どちらもその先は行き止まりだった。


 行くなら、左側の道だな。


 気合いを入れるため、腕をこつんと壁に当て――なにしろ、手を叩いたりできないので――移動を開始する。


「こっちも、特に違いはなさそうか……」


 残る左側の道も、ごつごつした岩肌の洞窟が続いていた。


 壁自体が淡く光っているようで、まぶしいというほどではないが、行動に不自由もない明るさ。

 壁をちょっと腕の先で削ってみたが、思ったより堅くはなかった。案外簡単に、ぼろぼろと崩れる。なんとなくチョークを連想した。


 素材に関しては、これ以上、考えても分からない。知識もない。私立文系なんだ。


 俺は、ぴょんぴょんと跳んでの移動を再開するが、同時に疑問も湧いてくる。


 自然の洞窟なら、もうちょっと広くなったり狭くなったりするのではないだろうか? 詳しくは知らないが、どうも整いすぎているように見える。


 もしかして、人の手が入ってるんじゃ?


 つまり、ここに俺以外の人間がいるのかもしれない。それは、俺がこうなった原因を知る者がいるかもしれないという意味でもあった。

 まあ、いたとしても、友好的とは限らないんだが……。巨大エビはマジで怖かった。なんとか、立ち向かえたけど、できればもう会いたくねぇ。


 とりあえず、動かないことには進展もない。

 相手が友好的か敵対的かは、出たとこ勝負だ。


 俺は左右を見回しながら、真っ直ぐの道を進んでいく。もう10分近くになるが、行き止まりにはならなかった。

 脇道もなしに行き止まりになったら、巨大エビがいた泉に潜らなくちゃならないのだ。このカカシの体では泳げそうにないし――バタフライなら可能か?――潜ることもできないだろう。つまり、詰む。


 いや、まだ決まったわけじゃない。


 俺は立ち止まって、弱気を振り払った。諦めるには早すぎる。道は、まだ続いているのだから。


 そんな俺の決心を祝福するかのように、一本道だった洞窟に変化が訪れた。といっても、行く手に曲がり角が見えたというだけなのだが。


 それでも、変化は変化だ。まったく代わり映えがなかっただけに、この程度の変化でも嬉しい。


 緩やかなカーブに従い、俺も微妙に体を傾ける。


 うん。このカカシの体にも慣れてきたな。全身を使うジャンプをしての移動にも、違和感がなくなっている。

 きっかけは、やっぱりあの必殺技みたいなのを出してからだろうか。妹は関係ないはずだが、莉桜の顔を思い浮かべてから、一気に馴染んだ気がする。


 そんな風に考え事をしながら進んでいた俺は、曲がり角の先へ入る時、少しだけ進路を変えた。


 それは、直感というかなんというか。

 とにかく、言語化できるほどはっきりした理由があったわけではなかったが、俺はぴょんと横に跳んだのだ。


「ギイィィィッ」

 

 すると、耳障りな叫び声とともに、俺がいたはずの空間をなにかが通り過ぎていった。


 とっさに、体ごとそちらへ振り返る。


「……鬼?」


 いや、ここが地獄かもしれないと思っていたから反射的にそう思ってしまったが、鬼にしては小さいか。

 身長は1メートルぐらいで、肌は深い緑色。

 申し訳程度の毛皮の衣服をまとっているが、局部を隠しているだけで、しかもボロボロだ。


 一般的にイメージする鬼のような角は生えていなかったが、下から牙が突き出て口の外に出ている。

 耳は笹の葉みたいにとがっていて、しかも、頭の半分ぐらいとかなり大きい。また、大きいと言えば、手もバカでかい。グローブでも着けているんじゃないかっていうぐらいの大きさだ。


 そして、その手に錆びついたナイフを手にしていた。


「ギギギッギギィ」


 ナイフ。


 ナイフに、刺される、ところだった。


 不意に、死ぬ直前の光景がフラッシュバックする。

 胸から生えるナイフ。ストーカー男。あふれ出す血。怯える彼女。焼けるような痛み。


 また、刺されるのか。

 また、殺そうっていうのか。


 頭に血が上る。血なんて流れてなさそうだが、確かにそれを感じた。

 恐怖と怒りという、相反する感情。それに絡め取られた俺の動きが止まる。


 チャンスと見たのか、小鬼が飛び上がり、俺の胸へめがけて錆びたナイフを突き上げた。


「おおおッッ!」

「グギャァッッ」


 攻撃するつもりだったのか、それとも回避のつもりだったのか。

 反射的に体を回した動きは、どちらでもあり、どちらでもなかった。


 しかし、俺の意図とは無関係に、手袋をぶら下げた腕の先端が小鬼の頭にヒットする。


「クキャ……?」


 疑問の声をあげると同時に、小鬼の首がぽっきりと曲がった。飛び上がっていた小鬼は勢いを失い、足下に落下する。


 それっきり、小鬼は動かなくなった。


 死んだ。

 殺した。


 そして、小さな石になった。


 その石も、色を確認する間もなく光となって俺の胸に吸い込まれ……サイズの問題なのか、胸の宝石を一割も満たすことはなかった。


 予想外の結末に、俺はまた呆然とする。

 殺すつもりはなかったが、手加減しようなどとも考えていなかった。


 その結果がこれだ。


「……っとおお!?」


 しかし、手に残る感触の意味を考える暇もなく、俺は次なる危機に直面する。


 俺の鼻先――木の鼻だ――を、一本の矢が通り過ぎていった。続けて、何本もの矢が足下に落下する。


「さっきの小鬼の仲間か?」


 言うまでもないことを口にしたのは、そうでなければ良いという願望からだったのか。


「ギッギギギギィ」

「ギッギギ」

「ギギギ」


 しかし、それは叶わない。洞窟の奥から、大量の小鬼が徒党を組んで現れたのだ。


 道はこの先にしかなく、相手は飛び道具も持っている。


 またしても、避け得ない戦闘が始まった。


「ギィギャギャギャ」

「ギギィ」


 その火ぶたを切って落としたのは、弓矢を持つ一群。

 ざっと見た感じ、10匹以上、20匹未満といったところか。


 ただ、ほとんど統制が取れていないようで、それぞれの小鬼がバラバラに矢を放つだけ。


 通路をぴょんぴょんとジグザグに移動するだけで、矢の精度はがくんと落ちた。


「こういう時は便利だな、この体!」


 たまに当たりはするが、カカシに矢など効かないということなのか。刺さりはしても、特に痛みも感じなかった。動いているうちに勝手に抜ける。


「ギギギッギギィ」

「ギギギッギギィ」

「ギギギッギギィ」


 そこへ、ナイフを持った小鬼の集団が殺到してきた。

 こいつらは、弓矢部隊よりも数が多い。二倍ぐらいはいるんじゃないだろうか。


 そんな小鬼たちが、錆びついたナイフを逆手に持って飛びかかってくる。


「うおぉぉっ」


 生理的嫌悪感が、恐怖に勝った。


 あのストーカー男並に気味の悪い小鬼たちが迫ってきて、俺はまたしても反射的に体を回転させ両腕を振り抜いた。


 鈍い感触。


「グギャギャ」


 聞くに耐えない悲鳴。

 曲がる体。


 そしてまた、小さな石に変わり俺に吸収されていく。


「ギギギッギギィ」


 仲間がやられているというのに、小鬼たちは動じない。

 それどころか、なにかにせき立てられるかのように、俺へと群がってくる。


「いっつッ」


 生傷じゃないけど、俺の足がナイフで少し削られた。中身が見えるほどじゃないし、血だって出ない。しかし、竹の足がひび割れていた。


 この状態で動いても、大丈夫なのか?


 文字通り、俺の足が止まる。


 そのタイミングで、後方から弓の第二射が降り注いだ。味方に当たるのもお構いなしで、洞窟内に矢の雨を降らす。 


「なんだよ、こいつらは」


 矢は、やはりそれほどの脅威じゃない。

 俺の胸へめがけて飛び込んでくる小鬼たちのほうが厄介だ。


 かなり石にして吸収してやったはずだが、後から後から増援でも来ているのか。一向に数が減ったようには見えない。

 一匹一匹は弱くとも数は力だ。たまに、物干し竿のようになった俺の両腕にぶら下がってくるヤツもいる。連携がないのが不幸中の幸いだけど、協力してそんなことをされたら押し倒されてしまう。


 そうなったら……。


 小鬼たちに群がられ、あの錆びたナイフを突き立てられ、解体されるのだろう。


 最低最悪の想像。


「させるかよ!」


 恐怖を振り払って、そいつらを打ち払っていく……が。


 ああ……。


 やはり、気分は良くない。鈍い感触に吐きそうだ。吐けないけど、命を奪うことに本能的な忌避感がある。その重大性に、体は震えないが、魂がおののいている。


 けれど、決してそれ以上ではない。たとえば、殺すぐらいなら死んだほうがいいだなんて、思えなかった。


 無闇に殺したくはないけれど、向かってくるのなら容赦はしない――できない。

 俺は元からこんなやつだったのか、極限状態で性格がねじ曲がったのか、それともカカシになったせいなのか。

 理由は分からない。だがひとつ確かなのは、黙って狩られる哀れな獲物ではないということだ。


「死にたくなければ、俺に手を出すなよ!」


 なんの目的で俺を狙っているのかは分からないが、無駄死にするだけだぞ。


 言葉が通じないのは分かっていたが、そんな想いを込めて叫んだ。


「ギギィ」

「ギィ」

「ギ」


 その耳障りな音に、なにか意味があるのか。

 声を出しながら、小鬼たちは顔を見合わした。


 それで意思の疎通が完了したのか、錆びたナイフを捨てて一目散に逃げ出していった。


「やれやれ、なんとかなった……か」


 安堵の息を吐くことはできないので、代わりに俺は左胸のメーターを見る。


 今回はあの技を使用しなかったため、収支は黒字。ひとつ目の宝石は再び真っ黒に塗りつぶされ、その横の宝石の三分の一ほどが、やはり、黒く染まっていた。


 相変わらず、どんな機能なのか不明だ。けれど、目盛りがゼロになるのが遠ざかったのは良いことではないか。まさか、全部溜まったら爆発するなんてことはないだろう。


 ……ないよな?


 さて。すぐに動いたら、あの小鬼たちにまた出くわしかねない。

 残していったナイフでも処分してから先に進むか。


 俺が、少し気合いを入れて飛び上がり、竹の足でナイフを破壊しようとしたその時、背後から、ぬちゃっとした音が聞こえてきた。

 まるで、陸に上がったばかりの半魚人が這いずっているような音が。


 またかよと思いつつ、俺は一本足で体を回転させる。


 次の瞬間、俺の視界に入ってきたのは半魚人……ではなかった。もちろん、巨大エビでもない。


 というか、生き物なのか、これは。


 自分の姿を棚に上げて、そんな感想を抱いてしまう。


 目の前にいたのは、そう、強いて言えば植物の細胞に似ていた。四角くて、表面が薄い壁のような皮膜に覆われており、その中は液体で満たされ、核のような球体が浮かんでいる。


 ただし、巨大エビ並にでかかった。


 そんな得体の知れない謎の立方体が、アメーバのようにぐにゃっとなってこちらへ近づいてくる。


「なんだ、ありゃぁ!?」


 聞いてくれる人はいないが、心からの叫び。


 足についていた傷など忘れ、俺は全力で後ろに跳んだ。


 そして、錆びたナイフを大きく越えて着地。

 足の傷は、とりあえず問題なさそうだ。今まで通り、違和感も特にない。


 問題は、俺自身ではなく相手にあった。


 意外な速度で錆びたナイフまで移動した謎の立方体は、どうやってか知らないがナイフを体内に取り込むと、一瞬で溶かしてしまった。


 それが食事だとしたら、さぞや物足りないことだろう。


 道理で、こっちへ向かってくるわけだよ。


「うはははははは」


 あの小鬼ども、こいつが近づいてること知ってやがったな。

 恨み言をいっても仕方ないが、ヘイトが沸き上がるのは止められない。


 だが、それも生き残ってこそ。


「捕まってたまるかよ……ッッ!」

 

 そして俺は、再び生死を賭けた追いかけっこを余儀なくされたのだった。

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