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人形転生-カカシから始まる進化の物語-  作者: 藤崎
第二章 大森林のサムライ
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16.そして、彼は答えを見つける(前)

「って、問答無用かよ」


 暗くて、シルエットしか見えない巨人。

 いや、明るくとも、鉄塔のように太い足しか見えないだろう。


 それを大きく振り上げ、俺たち……ではなく庵を踏みつぶそうとする。


「斬るぞ――巨人ッッ」


 こいつが、単なる通りすがりの魔物でも、世界を滅ぼしかけた業魔(レヴュラ)ってやつでも。それとも、古代魔法帝国時代の遺産でも。はたまた、かつてエルフたちと森の支配権を争った巨人族の末裔だろうと。


 なんだろうと、関係ない。


 俺たちの家を、やらせるかよッ!


「《疾走》」


 一歩踏み込むと、グンッと体が後ろに持って行かれそうになるくらい加速する。

 一歩踏み込むと、それだけで10メートル以上進んでいた。


 一瞬で、彼我の距離がゼロになる。


「《強打》」


 こうなると、外しようがない。

 ファイナさんから借りっぱなしの刀が青い光に包まれ、黒い巨人のアキレス腱に沈む。


 刀の運びも、角度も、刃筋も完璧。


 斬れる。


 その確信とともに、刀を振り切った。


 刃渡りよりも足首が太くたって、関係ない。円を描くように空中で回り、丸太よりも太い骨も一緒に切り落としてやった。


 そのまま、反対側に着地する。

 背後で、どぅんと足が地面に落ちる音がする。庵が壊れた音じゃない。なんとかセーフだな。


 これで、残り【MP】は24。温存している余裕はないだろうが、この量では乱発もできない。見極めが必要だ。


 ……と思っていたら、切り離した足から魔石が光となって『星紗心機』(スターハート)に吸収された。残り【MP】が29まで上昇する。


 実はアキレス腱が弱点だったとか?


 振り返ると、黒い巨人は変わらずそこにいた。上下二列、合計四つの瞳が俺を見下ろしている。


 無機質で、昆虫……ゴキブリにでも睨まれているかのような不気味さ。人並み以上の【精神】を持ってしても、ぞっとする。

 まあ、無機質という意味じゃ、マネキンの俺も負けないはずだけどな!


「WOOOOoooooooo!」


 地獄から響いてくるような叫び。やっと、片足を失ったことに気づいたらしい。


 やっぱ、どうやっても、話が通じないやつか!


 だが、黒い巨人は片足がなくなっても倒れ込むことはしなかった。


 かといって、変化がないわけじゃない。


 それは、ある意味で転倒する以上。皮膚が流れ落ちるように溶けて、ドロドロのコールタールみたいな液状になっていった。


 ありのままに表現するなら、巨人が溶けかけのアイスクリームになった。


 そんな状況だ。


「どうなってんだ?」


 やっぱ、足を切られただけで死んだ?

 それとも、防衛行動? 回復の予備動作?


 わけが分からない。

 だが、わけが分からなくとも、巻き込まれるのは避けなければ。


 俺は切り離した巨人の片足を飛び越え、莉桜たちと合流する。


 そこで見たのは、巨人がぐずぐずに溶けるよりも衝撃的で、またしても信じられない光景だった。


「すまぬ。ここは、マサキ殿に任せるでござるよ」

「任せてください……って、大丈夫ですか!?」


 ファイナさんが。

 あのファイナさんがふらりと立ちくらみを起こし、倒れそうになっていた。それを、慌てた様子の莉桜が支える。


 まさに、鬼の霍乱。莉桜ですらびっくりしているのだ、俺が受けた衝撃は筆舌に尽くしがたい。

 あまりの事態に、気が動転してしまう。


「なあに、血を吸った直後は、こやつの支配力が……の」


 なんということはない。大丈夫だ。いつもの発作だと、ファイナさんが笑う。

 ただ、その笑顔はいつになく弱々しい。


 俺は、そんな笑顔を知っていた。


 そして、一度、失っていた。


「兄さん、彼女は私が」

「――任せた」


 どこに潜ませていたのか。莉桜の周囲に鉄球――『ヴァグランツ』が展開。二人を守り切ってくれると言わんばかりに、勢いよく周囲を飛び回る。


 俺がやるしかない。


 いや、やるんだ。


 二度は、失わない。絶対に。絶対にだ。


 改めて、液状化した黒い巨人を振り返る――と。


 巨人の体はぐずぐずに溶け、コールタールが小山のようになっていた。皮膚だけではなく、筋肉も骨も内臓も全部溶けてしまったようだ。

 徳川家康が晩年に遭遇した肉人という妖怪を思い出す。あっちは白かったらしいがこっちは真っ黒。


 そしてもうひとつ違っているのは、全身に目が無数に開いていること。 


 ギリシャ神話の百眼巨人(アルゴス)かよッ。


「OooooUuuuu! WOOOOoooooooo!」


 無数の瞳から、光線が放たれた。

 四方八方、でたらめに光が照射される。


 当然、その光線は俺を区別しない。いや、それどころか、俺がメインターゲットだろう。


「《冷静な目》」


 特技を使用した瞬間、世界がスローモーションに変わった。

 腕の太さほどもある光線。それが乱舞しているが、ファイナさんに鍛えられ、【回避】も100になった俺なら……かわせるっ。


 ゆっくりと迫るそれを、身を屈め、あるいは体を回転させて回避していく。

 気分は、赤外線のセンサーを避けるスパイ映画。


 だが、そんな気分も、一瞬で吹き飛んだ。


 莉桜とファイナさんは、『ヴァグランツ』が守って無事。

 どうやら無機物には効かない光線だったのか。光線は庵を貫通して虚空へと消え去った。


 だが、周囲の森と畑は被害甚大。

 光線が当たった部分から樹木はどろり黒い液状となって腐れ落ち、畑の作物も同じように黒い染みとなった。

 一生懸命、いや、一所懸命手を加えた畑の見るも無惨な姿。


 よくもッ。


 憎しみや怒りは、目や魂を曇らせる。


 それは確かにそうだろうが、程度の問題でもあるだろう。


 例えばそう。


 我を忘れない程度の負の感情であれば、それは即ち力となる。


「《連撃》――《強打》」


 回避と同時に駆け寄って、巨人――肉の塊を十字に刻む。


 そうしながら、俺はファイナさんの教えを思い出していた。


『一刀に、すべてを賭けろとか言わないんですね』

『まあ、それが理想でござるが、それが無理な相手も多いでござるからな』

『じゃあ、そういう相手にはどうすれば良いんです?』

『簡単でござるよ。斬って斬って斬りまくるでござる』


 目の前の肉塊は、まさに一撃必殺が無理な相手。


 サイズだけが問題じゃない。急所も、弱点も見当たらない。


 だから……。


「《連撃》――《強打》」


 師の教えに従い、斬って。


 斬って斬って。


 斬って斬って斬りまくる。


「《連撃》――《強打》」


 また光線を出そうとしていたが、そんなことはさせない。

 出かかりを潰すように、さらに攻撃を加え、肉塊を削り取っていく。


 そのまま、死んでろ!


「RUUOooNNNNNNN!」


 痛みに耐えかね、肉塊が震え叫びを上げる。

 それだけでなく、ぶるぶると黒い肉塊が震え、巨大な腕が二対四本生えてきた。


 そろって、俺へと殺到する。

 

「斬られに来たのか」


 そんなことはない。それは、俺も分かっている。

 だが、俺は強気な態度を崩さない。


 それは虚勢だった。

 もし、奏血尽羅(そうけつじんら)がこいつを依代にしようと考えていたら……なんて思うと、


 でも、俺は引かない。引くわけにはいかない。


 庵ほどもある拳が頭上から降ってくるが、俺は避けない。


 俺の後ろには大切で、もっと怖い人がいるんだよ!


「なら、斬るぞ」


 いくら四つの拳だと言っても、全部が同時に来るわけじゃない。

 なら、なんとかなる。


 ファイナさんから学んだ一対多の極意。


 それは、無理矢理一対一に持ち込むこと。


 まず、真っ先に近づいてきた拳。

 それが向かってくるのに合わせて、カウンター気味に斬り下ろす。


 拳は、それ自体が斬られに来たかのように真っ二つに裂けた。

 飛沫が跳ね、水音がする。


 俺は止まらない。


 その場から前に飛び、さらに上へ飛んだ。


 人間の身体能力では不可能な動き。だが、今の俺には容易い。


 刀を左から右へ半月状に振るって、もう一本の腕を半ばから切断。そこへ飛んできた三つ目の拳を斜めに切り落とす。

 勢いが減じた拳の上に飛び乗り、手の甲に突き刺してそのまま肉塊本体へと全力疾走。


 そして、肉塊目がけて飛び、ついでに刀を垂直に突き立てた。


「NUUuuuuuuuuuUOoooooooooooo!」


 底なし沼のような皮と肉と皮と臓物の混合物に飲まれそうになるが、【筋力】120を舐めちゃいけない。強引に刀を引き抜き、また、肉塊へ切りつける。


 気づけば、肉塊は半分以下に縮んでいた。

 もう、《強打》を使う必要もないな。


 師の教えに従い、斬って。


 斬って斬って。


 斬って斬って斬りまくった。


「UOoooooooNnnnnnnnnn!」


 どこから叫んでいるのか分からない断末魔の叫び。


 俺が滅多打ちにした巨人肉の塊が、突如として形を失った。

 限界を超えたのだ。


 同時に、俺は地面へと飛び下りる。


 表面張力を失ってコールタールが流出するとともに、魔石が黄色い光となって、一気に四つ『星紗心機』(スターハート)に吸収された。


 これで、【MP】は39。


 複数の魔石があるということは、複数の魔物が合体してたとか、そういうことなんだろうか? 目視でも四つあったし。あれ? 数が合わない?

 しかし、レベルアップには、一歩足りなかったな。


 というか、こいつの後片付け、どうしよう……。


 いや、それよりもファイナさんだ。


「初めてで、少し取り乱したでござるかな。必要以上に特技を使いすぎでござる。まあ、後半はわりと良かったでござるが……。やはり、立ち上がりが問題でござるなぁ」

「いやいやいや。俺のことよりも、大丈夫なんですか?」


 慌てて駆け寄るが、いつも通りファイナさんはファイナさんだった。

 それなのに、安心できない。

 まだ、莉桜に寄りかかったまま、立ち上がることができなずにいたから。


「もしかして、妖刀を繋ぎ止めようとしていたのでは?」


 ふと気づいたように口にする、莉桜。

 それは、ファイナさんが倒れるはずなんかないという根拠のない確信から生まれた発想かもしれない。


 しかし、それは的を射ていた。


 俺と莉桜。二人の視線を受け、ファイナさんは諦めたように息を吐く。


「先ほどの話を聞いておったわけではないであろうが……」


 それは、肯定のつぶやき。


「焦ってるのかもしれないですね、ファイナさんがなかなか支配できなくて」


 奏血尽羅(そうけつじんら)に、どの程度自我があるのか分からない。だが、ファイナさんの状態はある程度分かっているはずだ。

 あの黒い巨人へ秋波を送ってファイナさんに揺さぶりをかける。血を吸わせて支配権を高めた今であれば、できないことではないのだろう。


 あの黒い巨人を次の依代にできれば良し。

 それを防ごうと抵抗するファイナさんの克己心を突破できればなお良し。


 どちらにしろ、妖刀に損はない。


「すまぬが、マサキ殿。もうひとつ、頼まれて欲しいでござる」

「里ですか?」

「うむ。様子を見てきてほしいでござる」

「頼まれました」


 返事をすると同時に、俺は走り出した。

 もともと気になっていたことでもある。


「兄さん!」


 背後で莉桜が叫んでいるが、残念ながら連れて行くことはできない。なにか言われると説得されそうになるので、振り返りもしない。


「ファイナさんのことは頼んだ」


 俺は、徐々に白み始めていく空を背に、エルフの里へと駆け出していった。

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