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人形転生-カカシから始まる進化の物語-  作者: 藤崎
第二章 大森林のサムライ
37/68

15.そして、彼らは話し合う

「おかえりなさい、兄さん」


 ファイナさんから半ば無理矢理事情を聞き出し、莉桜に相談しようと寝室に戻ると薄闇の中に玲瓏とした美女が待ち受けていた。


 闇の中、ぼうと浮かび上がる莉桜。


 布団の上で正座をして、じっとこちらを見つめている。

 平安文学に出てきても、不思議じゃないくらい雰囲気があった。


「こんな時間に、なにをされていたのですか?」


 平坦で、揺らぎのない声。

 怒っているわけではないはずだが、情動も感じられない。


「莉桜、助けて欲しい」

「え? あ、はい」


 けれど、そんな冷たい莉桜でいたのも一瞬。

 俺が腕を掴んで無理矢理立たせると、諾々と従った。


「夜遅くにすまんでござるな」


 揃って食事を摂っている居間――だと思う――へ戻ると、人数分の藁座布団を用意したファイナさんが既に座っていた。


「これは、どういう集まりですか?」

「まずは、説明を聞いて欲しい」


 怪訝に問う莉桜へ、俺は先ほどの出来事を目が覚めたところから語る。


 胸さわぎをして外に出ると、血を吸っているファイナさんと出くわしたこと。

 俺が《物品共感》を使って、事情を無理矢理聞き出したこと。


 そして、妖刀・奏血尽羅(そうけつじんら)のこと。


 語り終える頃には、外から淡い光が差し込んできていた。


「事情は分かりました」


 俺の話を黙って聞き終えた莉桜が、真剣な表情でこくりとうなずく。


「では、対処法を考えていきましょう」


 そして、即座に問題解決に取り組もうとする。

 俺は、さすが莉桜としか思わなかったが、隣に座る――まあ、車座になっているので、誰もが誰かの隣なんだが――ファイナさんは別。


 滅多に見られない、少し間の抜けた表情で莉桜を見つめていた。


「どうしました? 意外そうな顔をして」

「いや……」


 ファイナさんは言い淀むが、結局、再び口を開いた。


「リオ殿は、てっきり拙者など見捨てるべきだと主張すると思ってござった」

「そんなことは言いません」


 莉桜は、きっぱりと否定した。


 しかし、その言葉には続きがあった。


「ただ、思うところはあります」

「なるほど……の」


 莉桜の黒い瞳と、ファイナさんの青い瞳が交差……いや、虚空で衝突する。

 それは、お互いの考えを読み合っているようであり、主張をぶつけ合っているようでもあった。


「感謝は、マサキ殿にせよ。そういうことでござるな」

「分かっているなら、口にする必要はありません」


 それが、やや突き放しすぎに思えたのか。

 莉桜は、少し天井に視線を彷徨わせ話を変える。


「しかし、ホエールドラゴンに続いて、妖刀ですか。私たちは、よほど古代魔法帝国時代の遺産に縁があるようですね」

「俺だって、こんな凄い話になるとは思ってなかったよ」


 そもそも、胸の心ちゃんは俺が埋め込んだ物じゃない。

 俺たちじゃなくて、この世界がそういう風にできてるんじゃないかな。


「なにを言うでござるか、マサキ殿。その前から、拙者の秘密を知ろうとしていたではござらんか」

「それは、ほら、こんなに深刻だとは知らなかったんで」


 妖刀とか、業魔(レヴュラ)とか、エルフ戦国時代の真相とか。そんなのが出てくるなんて思ってもいなかった。


「そうなると、マサキ殿は軽い気持ちで乙女の秘密を暴こうとしたことになるでござるぞ?」

「あー……」


 そう言われると、言い訳のしようもない。


「大丈夫ですよ、兄さん。莉桜は、なにがあっても兄さんの味方ですから」


 莉桜が、必死に励ましてくれる。

 しかし、具体的な擁護はなかった。


 そうか……。莉桜ですら、かばいきれないのか……。


 だが、それも仕方ないかもしれない。


 ファイナさんとは、確かに濃厚で濃密な時間を過ごした。でも、今考えてみると、それが理由のすべてとも言えない。


「ほっとけないと、思ってさ」


 ファイナさんが血を啜っているところを見た後も、師匠はなにも変わらなかった。いつも通りだった。


 それに安心しつつも、哀しかったんだろう。

 特に、『人の生き血を啜る魔物と一緒に過ごすのが嫌であれば、もちろん、すぐに出て行っても構わんでござるが……』と自ら言ってしまうファイナさんが。


 そして、それを言わせてしまった自分が許せなかったんだ。


 全部、今にして思うとだけど。


「でも、結局は自分のためってことになるのかな……?」

「そう。兄さんのためですから、私が協力を拒むはずはありません。そういうことです」

「いや、莉桜……。それだと、ファイナさん自身はどうでもいいって聞こえるぞ」

「どうでもいいとは言いませんが、優先順位は兄さんと比ぶべくもありません」

「うむうむ。リオ殿はそれで良いでござるよ。拙者に同情して……などと言われても、逆に気味が悪いだけでござる」


 そう言って、ファイナさんは呵々大笑する。

 莉桜も、もっと控えめながら、同じように笑う。


 ……仲が良いん……だよ……な?


 うん。そういうことにしておこう。君子危うきに近寄らずだ。


「まずは、状況をまとめましょうか」


 すっと笑いを引っ込めた莉桜が、議長役になって深夜の会議を進める。

 書記ぐらいやろうかと思ったが、ノートもペンもない。《物質礼賛ナヘマー》で作れるけど……止められるだろうな。


 まあ、憶えておけば良いか。


 莉桜もメモなど取るつもりはないらしく、早速ファイナさんへ質問を飛ばす。


「これはできれば必ず答えて欲しいのですが、妖刀・奏血尽羅(そうけつじんら)に飲まれるまでの猶予はどれくらいありますか?」

「一月よりも短くはなし、一年よりも長くはなしといったところでござるかな」

「そんなに切羽詰まってたのか……」


 思わず、絶句してしまう。

 同時に、ファイナさんが俺を弟子に取った理由が分かった気がした。


「あ、待てよ。まさか、地球と一年の長さが違うとか……」

「大きくは変わりません」


 そんな叙述トリックはなかったか。

 冷徹な事実に、思ったよりも落ち込んでいる俺がいた。


「そうなると、悠長に対応策を探すという方法は採れないわけですね……」


 一方、莉桜は冷静だ。

 他人事……とまではいかないが、客観的なポジションで話をまとめていく。


「妖刀・奏血尽羅(そうけつじんら)の目的はなんですか?」

「人、魔物、あらゆる命――血を啜り、糧とすることでござるな」

「じゃあ、そのためにエルフの戦争を?」

「まあ、それはわりと定期的に起こっているのでござるが」


 ええー?


「だが、あの時ほどの規模になったのは、やはり、こやつが影にいたからでござろうな」

「もしかして……。この妖刀は、増殖するのでは?」

「いかにも。妖刀は血を吸い、子を為すでござる。なれど、大戦期に生まれし妖刀の子は、すべて破壊してござるよ」


 妖刀の子は破壊できたのか。

 そうでなかったら、エルフたちがこの刀のレプリカを持って、世界へ進出していたかもしれない。


 ……世界、滅んでたな。


「次に、妖刀の所有権を放棄する方法です。その辺に捨てても、良いのですか?」

「ふたつあるでござるな」


 冷静を通り越して冷淡にも見える――俺はそうじゃないことを知っているけど――莉桜に対して、ファイナさんも実に落ち着いている。


「ひとつは、拙者が死ぬこと。この場合、拙者を殺した人間か、存在しなければ近くにいる何者かに取り憑くでござる」

「自律稼働はできないのですね?」

「拙者が知る限りでは」


 確定ではない……そうつぶやきながら、唇を舐めた。莉桜が考え事をするときの癖だ。


「もうひとつは、奏血尽羅(そうけつじんら)がより相応しいと判断した対象に乗り移る場合もあるようでござるな。そうでないと、妖刀を偶然拾った対象から、次に乗り移るのに苦労するゆえ」

「なるほど。基本的には、所有者が死ぬ場合と同じことですね」


 ああ……。そうか。

 結局は、より強い所有者を求めて移動しているわけか。


「それが、刃を血で浸すのに最も効率的でござろうからな」


 そして、世界を妖刀・奏血尽羅(そうけつじんら)で満たすと。


 妖刀がファイナさんを所有者として選んだのは、ある意味で正しい選択だったわけだ。

 さすがに、数百年も理性を保って抑え付けられるとは思ってなかったんだろうけど。


 そしてこれは、剣士としてのファイナさんにとっては大いなる不幸だったが、世界にとっては幸運だった。

 世界は、ファイナさんになにも返してはくれないけれど。


「妖刀が支配する対象に制限は? やはり、刀を振るうことができる人型でないと?」

「実際に見たことはないでござるが、残された資料によると、四足の魔物も支配したということでござる。対象を望む形に変化させることもできるのでござろうな」

「うわぁ」


 妖刀を作った古代魔法帝国時代の魔術師は、一体なにを考えてたんだ?


「力をもてあそぶことしか考えていなかったのでしょうね」

「そうでござろうなぁ」


 莉桜とファイナさんの評価は辛辣だ。

 しかし、ある意味で、的確でもあるのだろう。


「そんなことをするから、滅んでしまったということか」

「逆説的な証明ですね」


 それ以上は特にコメントせず、莉桜は再びファイナさんに質問をぶつける。


「破壊できないというのは、どの程度試して判断したのです?」

「そうでござるな……」


 ファイナさんは思案する……というよりは思い出すように遠い目をして、指折り数えて言う。


「古代魔法帝国時代の魔術師たちの資料を鵜呑みにせずいろいろ試したでござるよ。るつぼに浸し鉄槌で打つ、術者を総動員して精霊魔術をぶつける、ミスラルやアダマンティンの塊に打ち付ける、巨竜(エルダードレイク)吐息(ブレス)に晒す……」


 いずれも無駄だった……と。


「試していると思いますけど、火山の火口に投げ捨てるとか……」

不死鳥(フェニックス)が誕生すると同時に奏血尽羅(そうけつじんら)が支配する……という事態は、想像もしたくないでござるな」


 どこにでも魔物いるんだな!

 となると、重りを付けて海に沈めるとかも駄目なわけだ。


「詰んでる……」

「ゆえに、拙者が封じておったでござるよ」


 説得力があるなぁ。


 ダガラーン・ナターレが引き起こした大乱。

 そのときに俺がいれば……というのは、あまりにも意味のない仮定だ。それに、今からだってなんとかする道はあるはず。


「最後に、この妖刀は同時に複数の対象を支配可能ですか?」

「いや、それはできぬようでござる。少なくとも、拙者は見たことはござらん」

「……分かりました」


 確認事項の聞き取りは済んだのか。

 莉桜が押し黙って考え込む。


 だが、それも長いことではなかった。


「最初に、妖刀・奏血尽羅(そうけつじんら)を依代といて相応しい対象に譲る必要がありますね。その後、妖刀の力を得た対象を撃破し、宙に浮いた妖刀を《永劫不定リリト》を使用して破壊――という手順ですね」

「拙者を生かそうとすると、そうなるでござるな……」

「それは大前提ですからね」


 念のため、ファイナさんに釘を刺す。

 どうも、俺の《永劫不定リリト》で奏血尽羅(そうけつじんら)を破壊できるかもしれないと知って、満足してるような気がするんだよな。


 そこを念押ししておこうとしたその時。


「……地震ですか?」

「近いでござるな」


 ずぅんと、大地と大気を震わせる鳴動が響いてきた。


「やけに長いな」


 そして、それが一向に終わる気配がない。それどころか、酷くなっている気がする。


 ファイナさんが鞘に収めたままの刀――奏血尽羅(そうけつじんら)を手に、外へ出た。

 俺たちもそれを追い――絶句した。


 まず、薄明かりの下、黒い柱のような物が目に入る。それが上下に動き、ずしんずしんと大地と大気を震わせた。


 視線が、自然と上へ移動する。


 そのときになって初めて、目の前のそれが太い柱などではなく、足だったことに気づいた。


 闇の中で蠢動する黒い影。

 それは、天を衝くような巨人だったのだ。


「この森もそうでござるが、世界のどこでも魔物は湧いて出てくるでござるからなぁ」


 もしかして……。


 胸さわぎの本当の相手って、これだったの……か……?

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