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人形転生-カカシから始まる進化の物語-  作者: 藤崎
第二章 大森林のサムライ
35/68

13.そして、彼は目撃する(前)

「久々……な感じがするな」

「実際は、そんなことはないんですけどね」


 戦闘が終わると同時に駆け寄ってきた莉桜と、軽い感想を語り合う。


 俺の全身――もう、《外見変更》の効果はなくなりマネキン状態だ――が光り、レベルアップを知らせる。

 戦闘をしてのレベルアップは久々だからな。いや、レベルアップをしない戦闘ばかりだったというべきか。


「どうも、一対多の戦闘のほうが慣れているようでござるな」

「巨大エビの次は、ゴブリン? だっけ? まあ、集団で襲われましたからね」

「その分、雑になりがちなのが気にかかるでござるが……」


 苦言を呈そうとして、ファイナさんは止めたようだ。


 その原因は、俺たちの足下。


 無数に転がっている、だいたい猫ぐらいの大きさの巨大ハチの死体というか、残骸にあった。


 一対多というか、もう、相手は群れだったが、なんとか殺し尽くせた。敵がたくさんいたって、やるべきことをやるだけ。

 途中から、機動力を生かして立ち回れば、一対多は一対一に変わることに気がついた。それからは、ルーティン作業だった。


 そのご褒美が、レベルアップというわけだ。


 ちなみに、蜂の巣はエルフの里に知らせて処理してもらうことになっている。たぶん、大喜びでハチミツとか採取してくれることだろう。


「では、位階把握(ステータス)を確認しましょう」


 莉桜が『鳴鏡』(めいきょう)を取り出し、俺の眼前に掲げる。


「おやぁ?」


 それを覗き込んだ俺は、変な声を上げてしまった。


●能力値

【筋力】120(20)、【耐久】-(-)、【反応】125(15)、【知力】78(10)、【精神】85(30)、【幸運】54


 何度見ても間違いない。【反応】と【精神】が5ずつ上がっていらっしゃる。


「莉桜、能力値って滅多なことじゃ上がらなかったんじゃ?」

「……あったのでしょうね、その滅多なことが」


 俺たち兄妹の視線が、滅多なことの原因に注がれる。


「ははははは。そのように注目されては照れるでござるな」


 まったく分かっていない風にファイナさんが恥ずかしそうに笑う。

 本気なのか、装っているだけなのか。


 たぶん、両方。


 だからこそ性質が悪いんだよなぁ……。


●戦闘値

【命中】103(↑2)、【回避】106(↑6)、【魔導】65(↑2)、【抗魔】70(↑1)、【先制】103(↑5)

【攻撃】204(↑12)、【物理防御】-(85/↑5)、【魔法防御】113(↑8)、【HP】-(1000/↑130)


 戦闘値のほうは、【HP】がついに1000点に。


「これでちょっとやそっとじゃ、壊れることはなくなったでござるな」

「そ、そうですね……」


 極々当たり前の感想。なのに、背筋に悪寒が走る。人形なのに、そんなことは関係なく、魂が凍ったと言って良いかもしれない。


 言う人間によって「人の嫌がることを進んでやります」の意味が変わってくるとか、そんな感じだ。


 深追いせず、俺は新たに取得した特技に視線を走らせる。


・《物品共感》

取得レベル:13

 代 償 :2MP

 効 果 :物品の声を聞き、情報を収集する特技。

      対象の器物が知性を持っているかのように、見聞きした情報を得る。

      また、その器物を使用した判定にボーナスを得ることもできる。


「こういった、単純ならざる能力を使いこなすのが武人(もののふ)でござるよ」

「武器の声を聞くって、達人のようで格好良いですね」


 地味な効果だったが、二人には好評のようだ。


 莉桜に関しては、ちょっとずれているような気がしないでもないけど……。


 そう、莉桜だ。


 ところで、真紅の森での修業に、どうして莉桜が当たり前のように同行しているのか。


 その理由を語るには、今日の朝食の席へ遡る必要があった。





 エルフの里に行って帰ってきた翌朝。

 みんなで朝食を摂りながら、今日の予定を確認する。


「今日は、積極的にレベルアップを狙ってみるでござるかな」


 ナス――そのものか、よく似た野菜かは分からない――のぬか漬けを口にしながら、ファイナさんが方針を伝えた。


「ということは、特技はなるべく温存ですか」


 相槌を打ちながら、俺はみそ汁を啜った。


 今朝のみそ汁は、一風変わっている。

 里からの帰りがけにもらった……というよりは押しつけられた鯉。それを鱗を取らずにぶつ切りにして湯通ししたあと、日本酒やみそと一緒に煮込んだ「鯉こく」だ。


 鱗を残すことでとろっとした風味が汁に溶け出し、濃厚で、滋養のある。実に、元気になりそうな味を創り出す。情報を味わっている俺が言うんだから、間違いない。

 一緒に煮込まれたネギや大根も良い。行儀が悪いのは分かっているが、後でご飯をぶち込んで食べたくなる衝動に駆られる。


 俺とファイナさんが朝の修業をしている間に、手間暇かかる料理を創ってくれた莉桜には頭が上がらない。


「うむ。加えて、そろそろ一対多の戦闘を解禁すべきでござろうな」


 もちろん、「一」は俺だ。多数が相手になると、立ち回りや考えも違ってくるだろうから、実に……面白そうだ。

 それに、クラウド・ホエールダンジョンでも、敵が複数のことが多かった。避けては通れない道だろう。


 今日も、真紅の森で修業という名の魔物狩り。


 となると、今日も莉桜は留守番か。


 なぜか、お土産は成長した俺の姿を見せるということになったため、クルファントさんからいただいたブローチは渡せていない。

 自分のことだから完全に忘れていた俺の不覚か。


「というわけで、莉桜。すまないが――」

「兄さん、私に隠し事がありますね?」


 ぱちりと音を立てて箸を置き、莉桜がじっと俺を見つめてくる。

 ただただ純粋で、鋭い視線。


「隠し事?」


 悪いことはしていない。誤解だ。違うんだ。


 思わず、そんな言葉がついて出そうになる。

 反射的に言い訳をしそうになったが、ぐっと飲み込んだ。どう見ても、無罪の人間が口にする言葉ではない。


「俺が莉桜に隠し事なんてするわけないじゃないか」


 まだ《外見変更》の効果が残っているため、完全なポーカーフェイスとはいかなかったかもしれない。


 それでも、俺はファイナさんと何百何千と立ち会っているのだ。


 その中で培ってきた精神力を持ってすれば――


「私の見立てですと、エルフの里でなにかあったはずです。教えてくれますよね、兄さん」


 ――まったく通用していなかった。


 その笑顔は天使そのもの。


 ご存じだろうか? 天使には凶暴な一面も存在しているということを……。


「それとも、口に出しては言えないなにかがありましたか……?」

「いや、そんなことはないけど……」


 それでもなお、破局を避けるべく俺は言い淀む。


 しかし。


 結論から言うと、抵抗は無意味だった。

 そして、洗いざらい白状させられた。


「へー。お婿さんですかぁ。へえぇ……」


 俺の話を全部聞いても、莉桜は変わらず笑っていた。にこやかに……と、形容しても良いだろう。


 だが、目は笑っていなかった。


 剣呑な光を湛え、俺とファイナさんを見つめている。


「そういえば、拙者用事が――」

「ありませんよね?」

「ある――」

「なかったですよね?」

「ああ、勘違いでござった」


 参った参ったと、あからさまにごまかして席に戻る。


 ファイナさんを弱いなどと言ってはいけない。ここに、腕力は関係ない。ただ、精神(メンタル)の強さだけが関係しているのだ。


 つまり、力ではファイナさん。心では莉桜がトップに君臨している。


 そして俺は、どっちもヒエラルキーの最下位だった。哀しい。


「今日からは、私も同行します」

「それは、移動距離の問題で無理って話だったよな?」

「私も同行します」

「あ、はい」


 カーストの底辺である俺は、うなずくことしかできなかった。


 しかし、ここにはファイナさんもいる。まだ、負けが決まったわけじゃない。


「効率が落ちるでござるが……」

「まかり間違って、兄さんがファイナさんに落ちるよりはずっと良いです」

「だから、拙者たちには、なにもないでござるよ」

「当人がそう思っていなくても、回りに言われたら影響を受けるかもしれません」


 なるほど……。


 周囲の応援――この場合は、勘違いのお節介か――は、妹である莉桜にとっては絶対に得られない物。

 だから、必要以上に警戒するのか。


「大丈夫だよ、莉桜。少なくとも、莉桜とのことを放ったらかしにしてファイナさんとどうこうなんてことは、絶対にないから」

「そのつもりがないと言った手前こういうのもはばかられるが、絶対は言いすぎでござらんか?」


 俺もそう思うけど、ややこしくなるから思ってても口にしない!


「兄さん……」


 莉桜が、虚を突かれたように言葉を詰まらせた。

 胸に手を当て、心を落ち着けるようにしてから口を開く。


「兄さんの気持ち、莉桜はとても嬉しく思います」


 分かってくれたか。


「それはそれとして、私も同行します」


 分かってはくれたが、納得はできなかったようだった。





 というわけで、修業――というか魔物狩りには莉桜も参加することになったのだ。


 なので、ファイナさんも無理はしない。ノルマであるレベルアップを果たすと、早々に帰路についた。


 その途中。


「見聞を広めるのも修業でござるよ」


 と、立ち寄ったのは廃墟だった。


「ここは……」

「古代魔法帝国時代の遺跡……ですね」


 真紅の森の中で、一際開けた空間。


 鬱蒼として緑にあふれた森にありながら、ここだけは雑草すらまばら。赤茶けた大地に、不揃いな岩のような物が辺りに広がっているだけ。


 それが遺跡と分かるのは、中心に存在する黒く、粘ついた、泥のような沼の存在による。


「なるほど。古代魔法帝国は、あれを制御、研究していたんですね……」

「あれは?」

魔素(マナ)溜まりです。業魔(レヴュラ)との戦闘時の爪痕。負の魔素(マナ)が湧き続ける不浄の地。古代魔法帝国時代には、ある程度制御できていたのでしょうが……」

「いかにも。今では、手も付けられぬ」


 こういった場所の影響を受け、俺が戦った魔物たちが生まれてくるわけか。


 遺跡と廃墟。

 その違いは、自然に朽ちた物か、人の手で打ち壊した物かにあると思う。


 ならば、人の手で破壊した跡に朽ち果てたこれは、なんと呼ぶべきだろうか。


「兵どもが夢の跡と呼べば良いのではござらんかな」


 そう口にしたファイナさんの横顔は、とても哀しげだった。





 ふと、目が覚めた。


 莉桜も同行した、真紅の森での修業。

 ……の後、さらに庵の庭で立ち合いを終え、とっくに就寝していた。


 まだ、外は暗いようだ。ガラスの窓があるわけじゃないから明るさは完全には分からないが、外の静けさ――言うならば雰囲気でそれが分かる。


「どうなってるんだろう?」


 スイッチでオン・オフしたように眠る俺が、決めていた時間より先に目覚めるのは珍しい。というより、本来、ありえないはず。


 そうなると、外部でオンになるようななにかが起こったとしか考えられない。


 衝立の向こうを見ると、莉桜はすやすやと眠っているようだ。

 疲れたのと、満足したのと。たぶん、その両方か。


 《外見変更》の効果時間中なら、きっと俺は笑っていたことだろう。


 しかし、原因が莉桜じゃないとなると……。


 外……かな?


 ファイナさんに、まさかなにかがあるとは思えない。そう判断した俺は、まだ暗い庵の外へと向かう。


 直後、俺はその選択を後悔することになった。

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