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人形転生-カカシから始まる進化の物語-  作者: 藤崎
第二章 大森林のサムライ
34/68

12.そして、彼と森の妖精は里を訪れる(後)

「先ほどは、すまなかった」

「いえ……。こちらこそ、なんかぽっと出ですみません」


 クルファントさんは、結構いい人だったことが判明した。

 今も、俺が持つ杯へ酒を注ぎ、頭を下げる。口数は多くないが、木訥で実直な人柄が伝わってくる。


 なにしろ、もうこれ10回目ぐらいだからね!


 青空の下、焚き火を中心に開かれた宴。


 さすがに里の全員が参加しているわけではない。まだ主の解体や後始末は終わっていないし、普通の仕事や主の肉を近隣にお裾分けするためこの場にいない人も多い。


 それでも、100人以上のエルフが集まっているのは、なかなか壮観だった。林間学校のキャンプファイアなんて比じゃない。

 まあ、キャンプファイア相当の火には、大鍋がかけられているので雰囲気は、まったく同じとは言えないけど。


 ちなみに、大鍋で煮られているのは、スクローファ・シヌムの臓物とサトイモや根菜。みそ仕立てで、臭みもほとんど感じられず美味い。やや濃いめなので、ご飯か酒が欲しくなる味だ。


 みんな、思い思いに酒や食事を楽しんでいる。

 そんな中、俺が落ち着いていられるのはクルファントさんのお陰と言って良いだろう。


 彼が隣にいるお陰で、遠慮して他のエルフさんたちは放っておいてくれている。里長であるクァドゥラム宗家当主にしてクルファントさんの兄君も、一回挨拶したきり。苦笑気味でファイナさんのほうへ移動している。


 決して、クルファントさんに絡まれるのが面倒だということはないはず。


 そう、そのはずだ。


 それに、空間的な意味での中心が焚き火なら、話題の中心はファイナさん。距離があるので詳しい会話の内容までは分からないが、かなり盛り上がっているようだった。

 きっと、俺とのことに関する誤解を解いてくれているのだろう。


 ファイナさんだって、莉桜を敵に回したくはあるまい。


 ……あ、もの凄い説得力だ、これ。


「マサキ殿は、なかなかの酒豪だな」

「いえ、このお酒が美味しくて飲みやすいんですよ」


 俺の言葉に、クルファントさんがにこりと笑う。

 子供のように、邪鬼のない。ほめられたことが、心底嬉しいという微笑みだ。


 俺の場合、実際に飲んでいるわけではないのだが、本当に美味い。サークルの飲み会でも、あんまり日本酒を飲まなかった俺が言うのだから間違いない。


 まあ、美味いという情報だけを味わっているので酔えないのは痛し痒しなのだが。


「こいつは、外つ国との交易にも使われていてな。隣のシルヴァラッド森林王国では、クリアワインという名で売られているらしい」


 なるほど、白でも赤でもなく透明か。

 朱塗りで底の浅い杯を眺めながら、俺はうなずいた。


 白ワインと言っても、レモン色というか、少し黄色っぽいもんな。クリアワインという名前を考えた人は、結構商才があるんじゃないだろうか。


 だが、人気が出たのなら、それはエルフたちの努力のたまものだろう。


 エルフたちの主食である以上、日本酒――異世界でこの名称はどうかと思うけど――が作られるのは当然の帰結だとしても、清酒の存在は必然じゃない。

 日本でも、安土桃山時代までは、どぶろくのような濁り酒か、瓶に入った古酒が主流。


 伊丹――現在の兵庫県北部で清酒が造られるようになったのが、関ヶ原の戦いの頃だと言われている。しかも、あの山中鹿之介の子孫が始めたというのだから夢のある話だ。


 まあ、それ以前から寺院で連綿と培われてきた酒造技術があっての話ではあるけど、エルフたちの技もそれに匹敵するものがある。

 いや、味わった限りだと、普通に現代の日本の清酒と比べても遜色ない。


 大学生が、そんなに良い酒を飲めるはずもないので、評価にエクスキューズがついてしまうけれど。


「俺のクルファントという名には、『老練なる技』という意味がある」


 俺が酒造の歴史に思いを馳せていると、なにか深刻なことを考えているように思われたのだろうか――幸い、《外見変更》は正常に動作しているようだ――クルファントさんは唐突に話題を変えた。


「ぴったりじゃないですか」


 神々がこの世界にもたらしたといういくつかの世界法則(ルール)

 名こそトゥルーネームの法則により、人は名前の持つ意味に影響される。神に授けられた名に人生の方向性を決定づけられると言っても良いかもしれない。


「しかし、それに従い磨いてきた技が、まったく通用しなかった」

「まあ、さっきのは俺の生まれつきの能力が上回ったというか……」


 ずるをしているとは思わないが、クルファントさんにとって相手が悪かったのは間違いない。


「それに、まだ通用しなかったとは、限らないのでは?」

「いや、完敗だった。何度やっても、結果は変わらぬだろう」

「それが何十年後、何百年後でも?」


 虚を突かれたように、クルファントさんの動きが止まる。

 無意識にだろうか、手酌で酒を杯に注ぎ、一息で飲み干す。


「まあ、最終的には俺のほうが先に死ぬでしょうけど。そうなったら、どっちの勝ちになるのか。よく分からないですね」

「そうか……」


 そういう考えもあるのだなと、クルファントさんは薄く笑った。


「敗北すら認めさせてもらえぬとは、手厳しい」

「生きている限り試合は続くということで」


 勝敗の件はあんまり引っ張りたくなかったので、いい話っぽくして流すことにした。

 それよりも、確認しておかなくちゃならないことがある。


 俺は声を潜め、隣に座るクルファントさんの耳元でささやく。


「ところで、なんで俺がファイナさんの婿ってことになったんでしょう?」

「ああ……。それか」


 再び杯の清酒を一気に飲み干してから、クルファントさんは口を開く。


「ファイナ様が里を離れている表向きの理由が、真紅の森を通り抜け、あの御方に勝った猛者を娶るためということになっていてな」

「娶るって……まあ、ファイナさんならそうなるか」


 無茶どころか、かなり無理のある設定に聞こえるが、ファイナさんならそんなもんかなという気がするから不思議だ。

 いや、別に不思議じゃない。当たり前のことだった。


 つまり、俺は、ファイナさんが婿候補として育ててると思われていたらしい。

 それに対し、クルファントさんが異議申し立てをした。


 その結果、見事に勝ってしまった俺は名実共に婿になってしまったと。


 里全体が、行き遅れのお姫様を心配していたわけで、このフィーバーも当然か。


「多少は事情を知っているから、俺は違うのは分かっている」


 違わなくても構わないのだがな……と、クルファントさんはつぶやくように言った。

 聞かれたくはないが、聞かれても構わないという風に。


 一瞬、聞き流してしまいそうになったが、寸前で思いとどまる。


 ここで逃げるのは、男じゃない。


「俺は、この森にずっといるってわけにはいきませんから」


 莉桜が望めばその限りじゃないが、『星紗心機』(スターハート)がある以上、一所に留まっているのは危険だ。

 それも、魔物が徘徊する真紅の森は環境として最悪の部類だろう。


「そうか」


 短く相づちを打ったきり、クルファントさんはなにも語らない。黙々と清酒を飲み続ける。


「婿さん、こんにちは」

「婿さんだ」

「婿さん、どっから来たん?」

「あー。空からだよ」


 そこに、ファイナさんへと出会い頭に攻撃を仕掛けてきた子供たちが現れる。どうやら、隙を窺っていたらしい。

 相変わらず、男女どちらか不明だ。


「お空!?」

「飛んできた?」

「いや、落ちてきた」

「ごめんなさいね。お邪魔だったでしょう?」


 なぜか盛り上がる子供たち。

 そこへさらに現れたのは、母親だろう――でも美少女にしか見えない――エルフの女性。


 あははうふふおほほと、意味不明に笑いながら子供たちを無理矢理退場させていく。除雪車を思わせる力強さだ。

 なんとなく、ファイナさんが里を出た理由が分かるような気もする。


「ごゆっくり、クルファント様と打ち合わせをね。婿入りするって言っても、身ひとつでとは行かないものですからね」

「変な配慮された!?」


 誤解が解けてないですよ、ファイナさん!?


 しかし、あの強引さだ。真実を口にしても信じてもらえないどころか、逆に説得されそうな気がする。ここは、現状維持のほうがましか……。


 っと、そうだ。それよりも、重要なことがあるじゃないか。


「ところで、クルファントさん。お酒以外に、この里に名産みたいなのはありませんか?」

「なくはないが……具体的に、なにが望みだ?」

「庵に妹を残しているので、お土産がなにか欲しいなと思っていまして」

「そういうことか……」


 得心が行ったと、クルファントさんは近くの人を呼びつけ二言三言指示を出した。

 里でも偉い家の人間なんだなというのが如実に感じられるやり取り。


 しばらくして、さっきの人が戻ってくる。


「これなど、どうだ。不足はあるだろうか?」


 クルファントさんが受け取り、俺に見せてくれたのは精緻な飾りが施されたブローチだった。


 交差する刀の意匠を中心に、その周囲には宝石が配置されている。物の価値が分かるような人間じゃないけど――今は文字通り人間じゃないんだが――一目で高級品と分かる。


「これはさすがに……」


 お土産の域を超えている。

 というか、スクローファ・シヌムでも釣り合うのかどうか。


「里の者の手慰みだ。もらってやってくれると喜ぶだろう」

「……ありがとうございます」


 ありがたく受け取ったのは、好意を無駄にしては逆に失礼だと考えたこと。

 ポンチョの留め具に良いのではないかと思ってしまったこと。


 それから、これを身につけた莉桜がみたいという極めて単純な理由だった。





 結局、里を出たのは、もう、日も暮れようかという頃だった。


 それもこれもすべては、宴から抜け出すのに苦労したからに他ならない。お陰で、また里を訪問する約束までさせられてしまった。


「宴が盛り上がったのは良かったでござるが、ちと行きすぎでござったな」

「それより、婿認定はちゃんと取り消したんでしょうね?」


 行きと同様、ファイナさんの背中を追いながら枝から枝へ飛び移る。慣れたのか、それともファイナさんが配慮してくれているのか。復路は、会話する余裕がある。


「ははははは」


 もちろんと、ファイナさんが呵々大笑する。


「当然、聞く耳など持たないでござるよ」

「……どうするんですか。いやほんと、マジで」

「リオ殿に感づかれてはならぬでござるよ」

「あ、はい」


 どうしようもないんですね。


 ……まあ、お土産はあるし、大丈夫だろう。

 というか、そう思わないと庵に帰れない。


 足は重いが、これ以上遅くなって怒られるのは、もっと困る。俺とファイナさんは無理矢理速度を上げ、なんとか日が沈む前に庵へと戻って来れた。


「平常心でござるぞ、マサキ殿。変に、躁状態になってもいかんでござる」

「分かってます。」


 母親との約束を破って、帰りが遅くなってしまった。


 そんな気まずさとともに、庵に戻ったのだ……が。


「兄さん、遅か――」


 玄関で健気にも帰りを待っていた莉桜が、瞬く間にフリーズする。


「かはっ」


 そして、うちの妹が断末魔の叫びを上げて倒れた。


 って、莉桜ッッ!


「《疾走》」


 一体なにが起こったのか。分からない。なにも分からないが、俺は全力で駆け寄り妹を抱き起こす。


「莉桜、莉桜!?」


 悪夢……妹を失った最悪の事態を思い起こさせる。


「兄さん……」


 それを証明するかのように、莉桜の声は弱々しい。


「反則です」

「え? 反則?」


 一体なにが? 莉桜はなにを言いたいんだ?


「大人になった兄さんがいきなり登場するなんて、反則です……」


 そこまで言って、精根尽き果てたように莉桜は目を閉じた。


 俺は思い出していた。


 《外見変更》の効果は丸一日持続するということを。

 俺の妹が、実は、結構アレだということを。

 そして、結構アレな状況は、俺との関連で発生していたことを。


「こんなお土産をもらって、莉桜はどうすればいいのでしょうか……?」


 どうもするな。


 しかし、本物のお土産を渡したら、どうなるんだ? この状況だと、なにが起こるか分からないから渡せないぞ。せっかくのクルファントさんの好意なのに。


 どうしようかな、これ……。

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