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人形転生-カカシから始まる進化の物語-  作者: 藤崎
第二章 大森林のサムライ
30/68

08.そして、彼と森の妖精は森へ向かう(前)

「納得できません!」


 エルフたちが棲む真紅の森。

 ついに、そこでの修業が始まろうとした朝に、妹の絶叫が響き渡った。


 思わずといった調子で前のめりになり、まなじりはつり上がって、瑞々しい唇はぷるぷると震えている。


 要するに、怒っていた。それはもう、この上なく。下手をすると、ジョゼップに対する怒りよりも激しいのではないかと思わせるほど。


「そうは言うでござるがな」


 その怒りを全身で浴びているファイナさんは、困ったと首を傾げて頬に手を当てる。

 そこだけ見れば、ファイナさんが完全に被害者だ。あと、遥か年上に見えないほど可愛い。


「私だけ留守番って、一体どういうことですか?」


 しかし、莉桜にはそんなこと関係はなかった。

 褐色のエルフへ、大和撫子然とした美少女が詰め寄っていく。


「それは言ったとおり、リオ殿では拙者たちについて来られないからでござるよ」


 ついていけないと言っても、戦闘力ではない。


 問題になっているのは、極めて単純。移動力が足りていないのだ。

 今回はさらに森の奥へ行くらしく、戦闘力はどうとでもなる――というか、ファイナさんがどうとでもする――としても、かなりの移動力と耐久力が求められる。


 ファイナさんはエルフゆえ、森の移動はお手の物……らしい。師匠の場合は、正直、エルフだからどうこうというあれじゃないと思うけど。


 それから、ファイナさん曰く、俺も問題ないそうだ。


「それだけの位階であれば、特技抜きでも拙者についてくることではできるでござるよ」


 と、お墨付きをもらっている。というか、それを見越しての計画だろう。その上、俺は疲れないからな。


「……それでもっ、私がいなかったら兄さんの回復は誰にもできません」

「そこは、拙者がきちんと監督するでござるよ」

「監督? どうせ、兄さんに危険な魔物をけしかけるつもりでしょう?」

「答えは、最前と同じでござる」


 身体能力的には劣る莉桜は、端的に言って邪魔だとはぶられてしまったわけだ

 それも、出発直前になって。


 というか、前もって言うとごねられるから黙っていたとしか思えない。


 あと、魔物をけしかける辺りの部分、ちゃんと否定して欲しい。少なくとも、既定事項のように話さないで欲しい……。


「それでは、拙者、準備をしてくるでござるよ」


 しかし、俺の切なる願いは叶わない。

 そう言って、ファイナさんは裏手へ移動してしまった。後には、俺と莉桜だけが残される。


 どうやら、その上に説得を押しつけられたようだ。


 ……良い性格してるなぁ。


 けれど、妹の説得は兄の専権事項だ。仕方がない。


「ファイナさんの言うことは分かるだろ」

「でも、私がいないところで兄さんになにかあったら……」

「それはこっちも同じなんだが」


 ファイナさんの庵は平和そのもの。

 一週間以上過ごしたが、危険は――家主自身を除いて――存在しなかった。


 それでも、離れるのは不安だ。莉桜の気持ちも、よく分かる。


「私には、『ヴァグランツ』がいますから身ぐらい守れます」

「こっちも、ファイナさんがいるんだから死ぬことはないだろ」


 死ななければ莉桜が直してくれるよなと、言外に信頼を示す。

 しかし、心配性の妹は、なかなか納得してくれない。


「だからって、私一人留守番なんて……」


 納得いかないと、莉桜が唇を震わせる。

 完全に堂々巡りだ。


「そうです。《物質礼賛ナヘマー》でなにか乗り物を……」

「今の【MP】じゃ無理じゃないか?」


 それに、森の中じゃ車は無理だろうしなぁ。せっかく、ちゃんとアクセルもブレーキも踏める体になったのに。


「ううっ……」


 悔しそうを通り越し、瞳を潤ませて形勢不利を悟る莉桜。

 理性では――もの凄く渋々――納得しているが、感情が許さないという表情。


 そのまま、カップラーメンができあがるぐらいの時間不満を蓄積させ……唐突に口を開いた。


「お土産」

「は?」

「お土産を持ってきてください。今回は、それで引いて差し上げます」

「お土産か……」


 とりあえず、それで納得しようと決めたらしい。

 俺のつぶやきに、莉桜が黙って。しかし、力強くうなずく。


 綺麗に舞うぬばたまの髪を眺めつつ、俺は、次の手を考える棋士のように熟考する。


 お土産と言われても、どこかに店があるはずもない。そうなると、森でなにかを見つけなくてはならないだろう。

 花か、はたまた果物か。

 それとも、他にお土産に相応しい――そして、莉桜が喜びそうな――なにかがあるか。それを探さなくちゃならない。


 ……ああ。そういうことか。


「懐かしいな」

「ばれちゃいましたか」


 先ほどまでとは一変。

 莉桜が穏やかに微笑む。まあ、まだ完全に許したわけじゃなさそうだけど、峠は越えた……かな。


 まあ要するに、お土産自体が目的というわけではないのだ。

 それに気づいたのは、まだ地球にいた頃。誕生日のプレゼントになにが欲しいかストレートに聞いたときに莉桜は言ったのだ。


「プレゼントそのものももちろん嬉しいですが、兄さんが私のために選んでくれた。それが一番嬉しいのです」


 ――と。


 今回も、これと同じだ。


 今の場合は、ファイナさんと二人きりになるが、それでも莉桜のことを気にかけて欲しいという可愛らしい要求ということになるだろうか。


 もちろん、その程度で許してもらえるのであれば否やはない。


「分かったよ。楽しみにしててくれ」

「あ、この際、兄さんそのものがお土産でも構いませんので」

「それ、変な意味ないよな? 俺が無事に帰ってきてくれるだけで良いっていう感動秘話だよな?」


 莉桜は意味ありげに微笑むだけで、答えてはくれなかった。

 まるで、お返しですと言わんばかりに。





 クラウド・ホエールダンジョンから落下するときに見た、どこまでも広がる真紅の森。


 本格的に足を踏み入れた俺は、思わず立ち止まってぐるりと周囲を見回した。


 地球の森と違う……かどうかは分からなかった。海の街で育った俺は、植生がどうこうとか詳しい知識はまったくない。

 なので、どんな木なのかさっぱりだ。


 ただ、木々は総じて見上げるほど高かった。

 それに、鎮守の森というか、神社のような厳かさがある。


 まとめると、神秘的な森……といったところだろうか。


 なんで、青々と木々の茂った森が真紅の森と呼ばれているかは分からなかったけれど。


「……ところで、ファイナさん。そろそろ機嫌を直してもらえません?」

「拙者、別に怒ってなどいないでござるぞ」


 知ってる。怒ってる人は、みんなそう言うんだ。


「ただ、拙者は説得を頼んだだけなのに、どうしていちゃいちゃしていたんでござろうな。いちゃいちゃ」

「え? 別にしてないですけど?」

「自覚を持つべきでござるぞ!?」


 師匠が吼えた。


 珍しい現象だ。


 というか、今まで余裕で受け入れてくれていた師匠に一体なにが?

 泰然自若の閾値を超えたということなのだろうか? 本当に、大したことはしていないんだけど……。


「では、行くでござるよ」

「ちょっ、はやっ」


 いきなり、ファイナさんが消えた。

 咄嗟に上を見ると、似合わない大きめのバックパック。師匠は、枝に乗っていた。あの改造和服でそんなことはしたない……と思ったのも束の間。


 それもまた、すぐにかき消えた。


「ファイナさん、待ってください!」


 しかし、俺の抗議は届かない。届いたとしても、聞いてもらえたかは激しく疑問だけど……。結局は、追いかけるしかないわけだ。

 なにしろ、ここから帰ることもできそうにないんだから。


 助走もそこそこに、枝へ飛び移る。


 枝が大きくたわみ、樹皮で足が滑りそうになる。それでも、人間時代だったら考えられない動き。


 だが、喜んだり驚いたりしている暇はない。慌てて、ファイナさんが次に移動した枝へと飛び移ろうとした。


「うっぷ」


 木の葉が顔に当たり、足が別の枝に引っかかる。


「ぐぬぅっ」


 転けないようにもう片方の足で枝を踏みしめ、また次の枝へと跳ぶ。それで木の枝が折れたが、許してもらうしかない。


 必死。


 もう、クラウド・ホエールダンジョンで巨大エビと追いかけっこをしてたときよりも必死だ。


 あのときは闇雲に走れば良かったが、今回は、難易度が違う。


 スピードよりも、まず、動きが立体的。まるで最短経路が分かっているかのように、枝から枝を飛び移り、森を縦横無尽に渡っていくのだ。

 アスレチックとか、そんなレベルじゃない。


 別の意味で、命懸けだ。


 これじゃ、莉桜のお土産を探す余裕なんてない。


 そういう意味でも、命懸けだ。


 なんとかその背中を追いかけ、どのくらい時間が経っただろか。酸素を必要とせず、疲労も感じない体だから、限界も分からない。

 とにかく走って跳んで、一心不乱に追いかけ続けたファイナさんの背中。


 というか、金髪のポニーテール。


 それが、突如としてかき消えた。またしても、だ。


「え?」


 まあ、ファイナさんのことなので忍者――この場合は、くノ一か――みたいに消え失せても不思議じゃない。

 不思議じゃないんだが……無茶苦茶困る。


 きょろきょろと周囲を見回すが、どこにも姿は見えない。


「マサキ殿、こちらでござるよ」


 そんな俺を見かねて声をかけてきたファイナさん。

 師匠は、地上にいた。


 それは盲点だった――って、ええええ!?


「ファイナさん、それは……」


 恐る恐る飛び下り――5メートルはあったけど、なんの問題もなかった――ファイナさんと、もうひとつ(・・・・・)の横に立つ。


「教材でござるよ」

「教材って」


 それは、巨大。それこそ、5メートル以上はありそうな熊だった。たぶん、普通の熊の倍ぐらいあるはず。まさに、見上げるようなという形容が相応しい。


 その上、なぜか、背中には黒い鳥――カラスか?――のような羽が生えている。


 けど、太い手足に、俺の体を容易に引き裂きそうな鈎爪はだらんとして横たわっていた。


 見れば、頭が鞘の形にへこんで、髷の逆? みたいな感じになっている。


 いやいや、髷を馬鹿にしちゃいけない。江戸時代に庶民にまで広がった月代(さかやき)に髷を結うスタイルは、格好良いからこそ続いたのだ。

 元々は、兜をかぶっても蒸れないようにという実用的な髪型だったのだから、太平の世となれば意味がないと思うかもしれない。

 しかし、平時にもそれを続けるということは即ち、万一のことが起こっても即座に戦場へ駆けつけられますという意思表示だったのだ。


 ……と、現実逃避しても仕方がない。


「ええと……? ファイナさんが一撃で?」

「いかにも」


 得意そうに胸を張り、ファイナさんが肯定する。

 機嫌が直ったようで、なによりだ。


 尊い犠牲だった……。


「これは、熊が魔物化したレイヴベア。この真紅の森では、中の上といったランクでござるかな」


 そして、青空授業が始まる。


「巨体に見合ったパワーと、見合わぬスピード。それに、意外と狡猾でござるが……魔素(マナ)を異常吸収して魔物化した生物にも、当然、臓器があれば急所もあるでござる」


 まず、今打ち砕いた頭。

 言うまでもなく、脳は生物において最も重要な部位だ。


「そして、基本構造から外れぬことが多い。完全に異形化する場合も、もちろんあるでござるが、理から外れし者は一目で分かるでござるからな」


 ゼラチナスキューブがそうだったなと、ファイナさんの言葉を聞きながら思い出す。

 確かに、あれは莉桜のアドバイスがなかったら勝てなかった。


「頭がふたつある魔物もおるでござるが、それでも心臓はひとつ。まあ、ふたつあってもひとつ潰れれば大事でござるが」


 そう言い様、ファイナさんが鞘でレイヴベアの体をなぞる。


 ただそれだけとしか見えなかったのに、分厚い外皮と、さらに分厚い筋肉と脂肪を斬り裂いた。


 血の臭いが、周囲に満ちる。


 不快。


 だが、高い【精神】のお陰か。それとも人形の体自体にストッパーのようなものがあるのか。大きな魚を捌いている以上のなにかを感じることはない。


 思えば、ダンジョンでは死体はすぐに消えていた。まじまじと観察するのは初めて。ファイナさんの授業に集中しようと考えつつも、「自分で倒さないと魔石は吸収できないんだな」と、ぼんやり思ってしまう。


「胃袋、肝臓、肺。そして、心臓とそれに癒着した魔石。中身は人間と変わらんでござるな」

「でも、毛皮とか、骨の太さとか、違いますよね?」

「まあ、本来であれば、そこは大きな違いでござるが。マサキ殿の【筋力】は規格外ゆえな」


 耐久力という意味では、人間も魔物も変わらない。殺ろうと思えば、どうとでもなるとファイナさんは言う。


「この辺り、魔物だからと構える必要はござらん。拙者を五百六十四回斬った経験を思い出せば対処できよう」

「……分かりました」


 あ。ちゃんと数えてたんだ。

 つまり、右手だけとか左手だけでの修業もちゃんとやるんだなと、この時俺は心で理解した。


「要はいつも通りで――お、客が来たようでござるな」

「……客?」


 それは疑問形の言葉だったが、発した瞬間に答えは得ていた。


 巨大な影が、木漏れ日から俺たちを遮ったのだ。


 それは、イノシシとサイを足して割らなかったような。


 どちらかというと、毛皮を纏った恐竜と言うべき魔物だった。

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