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人形転生-カカシから始まる進化の物語-  作者: 藤崎
第二章 大森林のサムライ
29/68

07.そして、彼の修業ライフが始まる(後)

「――斬りますッ」


 今からお前を殺すぞという宣言。

 不要どころか不利になりかねない言葉だったが、俺にとっては必要な物。


 それで体と心にスイッチが入り、俺はマネキンから剣士に変わるのだ。

 そもそも、宣言した程度で防がれるような攻撃では意味がない。分かっていても、一刀両断。そして、一撃必殺。


 それこそが理想。剣士の夢。目指すべき境地。たどり着かねばならぬ場所。


 俺と、褐色エルフの師匠――ファイナさんとの距離は約5メートル。


 立ち合いにはやや遠く、しかし、俺とファイナさんにとってはほとんど意味のない距離。


 俺は右足で大きく踏み込み、左足に体重をかけ前へ飛び出した。それに合わせて、ファイナさんも駆ける。金色のポニーテールが、嬉しそうに舞った。

 最近の師匠は、ただ俺の一撃を待ち受けるのではなく、対抗するようになっている。


 それが嬉しく、同時に辛い。


 ファイナさんとの修行が始まり一週間。

 もはや、刃筋を立てるという意識も不要。

 俺は今も、きっちりと肉を斬り裂き骨を断つ斬撃を、胴を薙ぐように放っていた。


「気が乗り、迷いのない、良い一撃でござる」


 ファイナさんの評価を受けるまでもなく、それは俺自身感じていることだった。

 振り切ったときの音が違う。実際に斬れなかったとしても、手応えが違う。なにより、初動の段階で、これは殺ったと確信できた。


 本来は三振させるはずだったが、絵を描いて「これはホームランだな」と筋書きを変えた漫画家がいるという。

 正直、笑い話にしか聞こえなかったが、今なら共感できる。


 これは、そんな一撃だ。


 二人の距離が一気に縮まり、俺の刀と鞘に入ったままのファイナさんの愛刀が激突――はしない。


 時代劇の殺陣や竹刀と違い、刀で攻撃を受け止めることは滅多にしないのだ。

 魔法で強化された武器ならそうそう折れ曲がりはしないが――元フライングソードのように――反撃が遅くなる。

 それに、人間の膂力など容易く凌駕する魔物が跋扈する世界だ。鍔迫り合いを演じては、逆に不利になりかねない。


 だから、ファイナさんは避ける。それも、紙一重で。


 今回もそうだ。


 俺が放った会心の一撃は、しかし、伸びきる寸前で急停止したファイナさんに回避される。まだ、また、足りなかった。

 けれど、反省は後。反撃に備えなければ。


 体が伸びきり、後の先の一撃が直撃する――今までなら。


 今の俺は、もう、残心を忘れない。一撃必殺と残心は矛盾しない。常に一対一で戦えるとは限らないのだ。何時いかなる時にも“常勝”……莉桜を守らなくてはならない。


 そしてなにより、俺の師匠――ファイナさんを相手にするぐらいなら、俺は100人と戦うほうを選ぶ。

 手応えを教えるためにボーナスで斬らせてもらっていた時とは違うのだ。そんな相手に、油断ができるほど、俺はまだ強くない。


 右足でぐっと大地を踏みしめ、球体関節が軋みを上げるのにも構わず、強引に上体を起こして切り返す。俺が歯車で動いていたら、猛スピードで回転していただろう。


 軽く刀を持ち替え、逆胴に刀を振る。《蛇腹の腕》が使えていたら、もっと上手くやれたはず。そう思うが、特技全般禁止されている現状では言い訳にしかならない。


 今できるすべてで、勝利を!


「少し痛いでござるぞ」

「ぐぅっ」


 けれど、俺の警戒や決意とはまったく別に、ファイナさんが鞘付きの刀を振り下ろした。

 それは強かに、俺の伸びきった右肘をすっぱりと両断する。滑らかで、気持ちいいくらいの切れ味。刃がないのにこれだ。もはや、刃筋を立てるとか、そんなレベルじゃあない。


「あはははは」


 あまりにも鮮やかで、思わず笑ってしまった。別に、気が狂れたわけじゃない。正常でも笑ってしまうぐらい見事ってことだ。


 とはいえ、人形の体でなかったら、それだけで致命傷。

 それなのに、人形の体ということを差し引いても痛みはほとんどない。俺を刺したストーカー男も、これくらい上手ければ、激高して反撃……なんてことにならなかったのに。


 なんて、余計なことを考えてしまう。


「兄さんッッ!」


 傍らで監視していた莉桜の悲鳴が、長閑な庵に響き渡った。

 何度目にしても、慣れないらしい。


 そこは悪いとは思うが、仕方がない。弱者は、弱者の戦いをしなければならないのだ。


 そう。修業は次のステージに移っていた。

 最初の刃筋を立てる――要するに斬る感触を憶えさせるための訓練から、その感覚を実戦でも使えるように実地で憶える修業へと。


 宙に舞う右腕へ視線を送りつつ、その落下点を計算する。


 明らかに、普通の修行じゃない。常軌を逸している。

 でも、俺のこの体は、『究極の人形』は最初から普通じゃない。


 例えば、腕一本犠牲にしても構わないぐらいに。


 くるくると回転して、俺の紫がかった人形の右腕が落ちてくる。

 残った左手でそれを――刀は掴んだままだ――をキャッチし、間髪入れず真っ直ぐに振り下ろす。


 唐竹割り。

 竹を縦に切り裂く斬撃。かぐや姫がいたら大惨事になっているような一撃は、ファイナさん相手には大惨事にはならない。


 硬い頭骨、柔らかな脳、斬りにくい肉。


 それらすべてを綺麗に斬り裂いた。力は最小限。それでも、刃筋が立てば、すべてが噛み合えばこれぐらいいけるんだ。


 褐色のエルフの肉体が、ずるりと分割され地面に落ちる。


 腕越しでもその感触は伝わった。


 気持ちよく、気持ち悪い。


 だがそれは錯覚。少なくとも、現実じゃない。


「甲乙丙丁で言えば、乙というところでござるかな」


 真っ二つになったはずのファイナさんは、晴天を寿ぐようなさわやかな笑顔を浮かべ、俺の横に立っていた。

 何百回と斬り裂いたが、未だにどういう原理なのかさっぱり分からない。 


「ようやく、五本に一本は斬られてやっても良いと思えるようになってきたでござるよ」


 これだけなら、進歩しているように聞こえる。


「目標は、五本中五本でござるが。まあ、順調と言って構わんでござろう」


 でも、先は長い。


「……ありがとう、ござい……ました」


 数分にも満たない立ち合いで疲労困憊になった俺は、その場にへたり込んでしまった。


 肉体的にではなく、精神的に。

 なにせ、体はあっても肉なんてないからな。


 そこに莉桜が駆け寄ってくる。


 なんとなくだし、そんな経験はないが、運動部員と女子マネージャーみたいだなと思う。純粋文系の

俺に、そんな憧れはないはずだけど、状況的にね?


「兄さん、また無茶を……」

「済まないな。甘えちゃって」

「見ている身にもなってください」


 そう非難しつつも、甲斐甲斐しく治療をしてくれる莉桜。俺から腕を受け取り、《リペア・ダメージ》の呪文を唱えた。

 単純な傷と違い、四肢――もしかすると頭も?――欠損の場合は、時間がかかる。


「直しやすいように斬ったつもりでござるがな」

「私の兄さんですよ、どんな傷でも治ります。治してみせます」


 きっとファイナさんをにらみつけ、莉桜はまた治療に戻る。

 褐色エルフの師匠は、ばつが悪そうに遠くを見つめていた。


 少し可愛い。


「そろそろ、実戦も視野に入れるべき段階になっているでござるよ。よく頑張ったでござるな」


 ごまかすような賞賛だが、嘘はない。

 ファイナさんとの修業は、順調に進んでいる。


 他でもない、今も残る手応えが、その証拠だ。


「実戦ということは、ファイナさん以外と……ということですよね?」

「いかにも。そろそろ、魔素(マナ)の残余が心許ないようでござるしな」


 修行は順調に進んでいたが、特技の使用だけが例外。

 そりゃそうだよな。特技を使えば、【MP】は減る。なにもしなくても一日に1ずつは減る。修行が始まってから、かれこれ一週間。既に残り【MP】は5を割り込み、かなり心許ない。


「なんで、兄さんに特技を使わせないんですか。そんな縛りプレイの果てに重傷を負うなど、到底受け入れられません」

「特技などなくても切り抜けられたほうが、効率的でござろう?」

「それはそうですが……」


 それで俺が傷つくのは見たくないと、健気な莉桜は言えずにいた。心配はしているが、邪魔もしたくない。

 健気さゆえのジレンマ。


「他に縁もなかったゆえ当然とはいえ、最初に立ち会ったときに感じたでござるよ。特技に頼るのが当然との。それでは、レベルアップが遠くなるだけでござる」

「なるべく長く、修行の期間を取りたいだけかと思ってました」

「それもあるでござるが」


 あるんだ。

 まあそうだよね。ファイナさんだもんね。


「明日から早速、森に出て魔物狩りでござるよな。やや移動するゆえ、覚悟するでござるよ」

「あ、はい」


 そういや、初めて会ったとき『獣も滅多に訪れることなき僻地』って言ってたけど、この周辺は獣にとって〈最高危険地帯〉モーストデンジャラスゾーンになってるんじゃないだろうか。


 それは単なる思いつきだったが、結果的には天啓に等しかった。





「兄さん、莉桜はとても不満です」

「……突然だな」


 夜。

 庵の一室で、俺たち兄妹は布団を並べて眠っていた。眠っていたというか、眠る寸前か。

 もちろん、布団の間には衝立が置いてある。男女七歳にして席を同じうせずの精神だ。


 しかし、莉桜の一人称が「私」から「莉桜」に変わっている。


 これは、甘えたい……という状況じゃない。


 怒ってるのか?


「この衝立を外すのは、ファイナさんの手前ちょっとなぁ……」

「あの方は、そんな細かいことを気にしないと思いますが、そうではありません」


 では、なんだというのか。

 暗い室内で緊張しながら、俺は莉桜の言葉を待つ。


 クラウドホエールダンジョンで莉桜の告白を受けたときと、同じようなシチュエーション。少し、緊張する。


「兄さんが私のために一生懸命なのは分かります。不満を持つべきではないというのも理解できています。ですが、少し、ないがしろにしすぎではないでしょうか?」


 莉桜は、その長い台詞を一息で言い切った。

 それだけに、実感がこもっている。


 本来、莉桜はこんなわがままを――たとえ思っていても――言うような娘じゃない。


「そんなに、俺は無茶をしてるかな?」


 だから、その真意は俺をいさめることにある。

 妹を顧みろということは、修業にばかりかまけているなという意味であり、今の状況を考えるとがむしゃらすぎるという心配の表明となる。


「斬られた腕で殴るのが無茶ではないと?」

「自爆に比べたら……いえ、なんでもないです」


 布団に横たわりながら、思わず居住まいを正してしまった。こう、衝立の向こうからね。師匠に似た気配っていうかね? そんな雰囲気が漂ってきたら、誰だってそうする。俺もそうした。


「そんなことを言っていると、兄さん」


 いつもと変わらない、柔らかく優しい声。

 なのに、ぞっとするほど恐ろしい。


 なんなんだ? 女性は、みんなエルフなの?


「追憶編を通り越して星霜編に入っちゃいますよ?」

「よく分からないけど、すまん……」


 やっぱり、悪いのは俺ということになるんだろう。


「だから、今日は添い寝を希望します」

「いや、却下だろ」

「なので、今日は添い寝を希望します」


 莉桜は、一歩も引かない。これだけは絶対に譲れないと、要求を繰り返した。

 明日からは実戦……命のやり取りだ。その前にリラックスしろということなのだろうが、兄妹とはいえ、越えてはいけない一線がある。


「俺と添い寝しても面白くないだろ」

「とんでもない。私の兄さんを侮辱するのは止めてください」

「えー」


 そう言われると、反論できねえ……。


 まあ、結局の所。


 兄妹とはいえ、越えてはいけない一線がある。これは確かで、撤回しようとは思わないのだが。

 同時に、妹のおねだりを拒絶できる兄も存在しない。


 この真理を証明することになった。

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