表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人形転生-カカシから始まる進化の物語-  作者: 藤崎
第二章 大森林のサムライ
27/68

05.そして、彼の修業ライフが始まる(前)

「お待たせいたした」


 俺が進化を終え、居間で家主を待つことしばし。

 ファイナさんが台所からお膳を運んで来て、はにかみながら言った。


 畳が敷かれた部屋の雰囲気と相まって、不思議と郷愁を誘う。


 そう。食事をするのもちゃぶ台ではない。旅館のように一人ずつ膳が用意され、そこに一汁二菜のおかずが並べられていた。


「いただきます」

「いただきます」


 兄妹だからと言うわけじゃないだろうが、同じタイミングで箸を取る。


「なにもないでござるが、遠慮せずどうぞでござる」


 その光景に触れて、ファイナさんが母……いや、姉のように苦笑い。

 少しだけ恥ずかしくなった俺は、ファイナさんから視線を外し、膳へと向ける。


 茶碗にこんもりと盛られた白いご飯。

 みそ汁は、小松菜のような葉物野菜と、よく分からないキノコ。

 主菜はみそ漬けにした……たぶん、豚肉。

 大根など根菜の煮物が副菜で、それから、ナスとカブのぬか漬け。


 完全なる和食。


 異世界らしさは、欠片もなかった。


 俺は誘われるように箸を伸ばす。


 でも、美味い。


 人形の体だけど、本当に食事をしている。


 そんなことが些末に思えるほど、美味かった。


 ご飯はふっくらと炊けていて、しかも、炊きたて。米自体は、日本の物にくらべたら甘みに乏しいが、釜炊きのご飯というだけで、質を補って余りある。

 キャンプで食べるご飯の美味しさと言えば、伝わるだろうか?


 特に、莉桜にとっては、昨日のおかゆを除けば久々のきちんとした和食。

 平然と食事をしているように見えるが、開花寸前の花のように表情はほころんでいる。


 安心して、俺はみそ汁をすすった。


 俺が日本で食べていたみそよりも、かなりしょっぱい。思わず眉をひそめそうになるが――ないけど――続けてご飯を口に入れれば、いくらでも進む。


 おかずとは、ご飯を食べるためのもの。


 本質を、異世界で思い知らされる。


 その思想通りならば、これも……。


 確信とともに、俺は豚肉のみそ漬けに箸を伸ばす。しっかりとした肉質。弾力があり、箸を押し返そうとする。この期に及んで、食べられるのを拒否するかのような生命力を感じる。


 だが、その抵抗を踏み躙って、俺は肉を食らった。


「これは……」


 思わず、声が出た。

 予想外。いや、予想以上の野趣だったのだ。


 考えてみれば、豚を飼育している様子もなかった。となると、これはイノシシか。もしかすると、もっと危険な異世界の生物かもしれない。


 みそ漬けにしても消しきれない独特の癖。


 だがそれが、肉を食っているという充足感をもたらす。みその甘さと油の甘さの組み合わせは、まさに絶妙。隠し味に、ニンニクだろうか。わずかに感じるその風味が、美味さを加速させる。


 間にぬか漬けを挟み、ご飯を食べる。いや、かっ食らう。


 思う存分食欲を暴走させた後だと、野菜の煮物の存在が、実にありがたい。食事にも、緩急は重要だ。


「ふう……」


 ここでまたぬか漬けを口にし、一息。


 ようやく周囲を見る余裕ができたところで、ファイナさんから熱い視線を注がれていることに気づいた。


「……なにか?」


 不作法でもあっただろうかと恐る恐る聞く。

 だが、ファイナさんは怒っているというよりは、呆然としていた。


「いやぁ、口も動かさずというよりは、口に持って行っただけで箸の先から飯が消えていく様が、こう、なかなか凄まじいなと」


 なにそれ、怖い。

 普通に食べてるつもりだったんだけどな……。自分じゃ見えないから、どうやっているのか分からない。


「恐らくですが、兄さんは概念を食べているのではないでしょうか」

「概念……?」


 また、概念か。

 つまり、食物そのものではなく……。


「食べ物を情報として分解した?」


 言っておいて自分でもよく分かっていないが、たぶん、そういうことなんだろう。

 かなりの超常現象だが、人形が――しかも、首にも球体関節があるだろうに――普通に嚥下するというよりは、幾分ましだ。


「理屈はよく分からぬが、美味そうに食ってくれるのは料理人冥利に尽きるでござるよ」

「こちらこそ、ごちそうさまです」


 青い瞳に寂しげな色を浮かべていたファイナさんだったが、それはすぐに消え失せてしまう。


「とりあえず、この後は農作業……と言っても草刈り程度でござるが、それを手伝ってもらいたいのでござるが。修行の一環と思ってもらえれば、ありがたいでござる」

「もちろんやりますよ。遠慮せず、言いつけてください」

「善哉善哉」


 にこにこと笑うファイナさんが、椀からずずっとみそ汁を啜った。





「こんな感じで、良いんでしょうか?」


 なにしろ初めての体験だ。不安になって、俺はファイナさんに確認をした。


「大丈夫。マサキ殿のペースで動けば良いでござるよ」


 ファイナさんは、戦闘さえ絡まなければ優しい。さっきの悪寒なんて、嘘だったかのようだ。

 今も、慈母のように暖かい微笑みを浮かべ、拙い俺の動きを肯定してくれる。


「そういうことなら、遠慮なく」


 ファイナさんのお墨付き――というよりは、思いやりか?――をもらい、俺はまた腰を屈めた。


 そう、腰を! 屈める!


 見事に人型を取り戻した俺は、腰を屈めて草刈りができるのだ。

 その上、カカシではなくなった今の姿なら、鎌を持っていてもおかしくはない。


「別に、前の姿でも問題はなかったと思いますが……」

「気分の問題だよ、気分の」

「それが重要なのは分かっていますけど」


 微妙に納得がいかないという莉桜は、縁側に座って農作業の様子を見るとはなしに眺めていた。


 といっても、別にサボっているわけじゃない。疲労でダウンしたばかりの妹の仕事は、休むことだ。こればかりは、譲れない。


 だが、同時に、病人扱いを莉桜が嫌うことも分かっている。


 その妥協点として、こっちに意識を傾けつつ、莉桜は石のような物を砕いては乳鉢で混ぜ合わせていた。

 俺を直す呪文――《リペア・ダメージ》――の触媒作りだそうだ。こんな作業が必要なんじゃ、確かにダンジョンの中じゃ落ち着いて作れない。


「兄さん、あまり無理をしないでくださいね」

「それはこっちの台詞だな」


 お互いに作業の手を止め、目を合わせる。


 まあ、俺のほうは目かどうかはちょっと微妙だ。まぶたっぽいのはあるけど、瞳はない。その意味では、カカシのときより退化しているとも言えた。


 一方、莉桜はすっかりいつも通りに見える。


 ただ、心配になるほど肌が白く、体の線も細い。それが妹の美しさを際立たせているし、莉桜らしいのだけれど。いつまた倒れるか分からないということでもある。


 しっかり寝たようだし、朝食も残さず食べた。

 それが分かってても、気がかりなのが兄という生物。


「疲労を感じないからこそ、無理は禁物なんです」

「それは莉桜にも言えるだろ。病み上がりなんだからな」

「私がまた倒れても、兄さんに看病してもらえば済みます。しかし、兄さんになにかあったときに触媒がなかったらなにもできないんですよ?」


 勝ったと、莉桜が得意げに微笑み鼻を膨らます。


 じゃあ、そのときに莉桜が万全じゃなかったらどうするんだ――などとは、言わない。あえて負けてやるのも、兄の役目だ。


「まったく、仲が良いことでござるな」


 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか。呵々と、ファイナさんが快活に笑う。


「なれど、二人に足らぬは自重でござるな。まったく、お互いのことは思いやれて我が身はなおざりとは、似たもの兄妹と言うべきでござろうか」

「……もちろん、気をつけてますから」

「まあ、体を慣らすぐらいのつもりでやります」

「結構結構」


 ファイナさんは、年長者の余裕で微妙な空気を完全に取り払った。


 剣は元より――まあ、まだ習っちゃいないけど――人間性でも勝てそうにない。その上、剣の師匠である彼女は、農作業においても達人だった。


 休ませていた畑を復活させようと――もちろん、俺たちという喰い扶持が増えたためだ――草刈りから始めているのだが、驚くほど動きが速い。


 というよりも、無駄がないと言うべきか。


 左手で草を掴み、右手で刈り取る。


 言葉にすればそれだけなのだが、動きに告げ目がない。ひとつの動作を終える前に次の動作を始めているかのようだ。


 一方俺は、身体能力と疲労しない体でなんとかついて行っている状態。まあ、競争しているわけではないし、そもそも、さっきまで莉桜と話してたしな。


 そんな俺を優しい瞳で見つめるファイナさん。


 しかし……。


 純金を金髪をポニーテールにし、刀を背負って草刈りをしているのは、まだ良いとしよう。


 問題は、服――着物だ。


 今は、作業着とでも言うのか。

 作務衣のようなものを着ていた。もっと言えば、もんぺ――モンスターペアレンツじゃないほうだ――を履いている。

 控えめに言っても、ファッション性は欠片もない。無地ではなく縦縞なのが、さらにだささを際立たせる。


 褐色肌のエルフがもんぺ。


 最初にそれを見たとき、莉桜は立ちくらみを起こした。


 たぶん、エルフへの憧れとかそういうものが、粉々に打ち砕かれたからだろう。哀しいが、これが現実。あとで、フォローしておかないとな。


「ところで、刈るだけで良いんですか? 抜かなくても?」

「ああ。ここらは、畑の周辺でござるからな。畑のほうに虫が入ってこないよう草を刈っているだけでござるよ。」

「そういうものなんですか」


 農家でもアイドルでもない俺は、感心することしかできない。

 歴史好きと言っても、炭焼きの副産物である木酢液が農薬になるとか、江戸時代には肥料として干鰯が使われていたことぐらいしか知らないのだ。


「せっかく人手が増えたことでござるしな。一石二鳥でござるよ」

「俺で役に立つんなら、これくらいいくらでも」


 朝食の席で言ったとおり、これも修行の一環なんだろう。

 もし違っていても、こちらに否やはない。


「この辺りをぐるりと刈り終えたら、試してもらいたいことがあるでござるよ」

「なんでもやりますけど……なにを?」

「なに、ただの試し切りでござるよ」


 のほほんと、とんでもないことを言うファイナさん。


「え?」


 思わず、俺も莉桜も呆然としてしまった。なにを斬らせるつもりなんだ?

 その反応で失態に気づいたのか、手にした草刈り鎌を左右に振って、もの凄い勢いで否定し出す。


「いやいやいや。巻藁を、こう、試し切りでござるよ?」

「……良かった」


 本当に、良かった。


「いきなり人を斬れなどとは言わんでござる」

「…………」

「…………」


 それに関しては、俺も莉桜も賢明にも口をつぐんだ。


 そんなやり取りがあってから、二時間ぐらいだろうか。太陽が中天を少し過ぎた頃、俺は刀を手にして巻藁と向き合っていた。


「タイミングは任せるでござるよ」


 ファイナさんと莉桜が、横合いから俺をじっと見つめる。

 だが、それも、手にした刀――ファイナさん曰く「ただの数打物でござる」――の重さも気にならない。


 竹を芯にして、藁を巻いた据物斬りの的。


 居合の演武なんかで見るあれから、目が離せなかった。


 こいつは俺だ。俺なんだよ。


 ……とまではいかないが、言いしれぬ親近感がある。斬りがたいというか、なんというか。


「気持ちは分かりますが、違いますよ兄さん」


 莉桜のエールがなかったら、心が折れていたかもしれない。


「――いきます」


 鞘から刀を抜き――《武器の手》のお陰か、とてもスムーズだった――頭の上まで振りかぶる。刀は手に吸い付くよう。これまた《武器の手》の恩恵なのか、初めてにもかかわらずしっかり握れている。違和感もない。

 肩と肘の動きも遅滞はなかった。イメージ通りに動いている。


 いける。やれる。


 確信とともに、袈裟斬りに振り下ろした。


 狙いは過たず、人間で言えば肩の辺りに命中。

 ガンッと、抵抗を受けるが、ぐっと踏み込んでそのまま叩き切った。


 切り離された巻藁が、勢い余って遠くへ飛んでいく。


「ふう……」


 二重の意味で緊張した。

 思わず刀を取り落としそうになり、慌てて鞘に仕舞う。


「お見事です、兄さん!」


 莉桜が飛び跳ねんばかりの勢いで喜んでくれ、ようやく緊張が解けた。


 一方のファイナさんは、いつの間に移動していたのか。飛んでいった巻藁を拾って難しい顔をしていた。


「見事ではござるが……」


 地面に落ちた巻藁の断面を見ながら、言葉を濁す。ファイナさんにしては、珍しい態度だ。


「しかし、あれでござるな」

「なんか、微妙みたいな口振りなんですけど……」


 なにを言われるんだ?


「マサキ殿は、鈍器を使って長いでござるか?」


 えええ……?

 生きてて――まあ、見方によっては死んでるけど――そんな質問を受ける日が来るとは想像もしていなかった。


 どんな圧迫面接でも、そんな質問なかったよ。


「そもそも、戦闘的なものに身を置いたのは、こっちに来てからなんですが……」

「ふぅむ。ならば、まだ矯正は可能でござるかな」


 ファイナさんが、一人思案を始める。


「矯正って、変な癖がついてますか?」

「刃筋を立てるのは、存外難しい技術でござってな」


 それは聞いたことがある。

 どんな剣の達人でも、実戦で常に刃筋を立てて戦うのは難しいと。


 かの有名な池田屋事件の後、沖田総司や永倉新八といった剣豪の刀も刃こぼれや切っ先の欠けが起こっていたことからもそれは理解できる。

 藤堂平八の刀などもっと酷く、再起不能になったらしい。


 例外は、新選組局長近藤勇。


 激戦に最初から最後まで身を置きながら、長曾禰虎徹――まあ、物は良いが偽物だったらしい――は、ほぼ無傷。

 相手の刀を受けることもなく、刃筋を立て損なって刃こぼれを起こすこともなかったようだ。


「そも、刃と力の向きをを合わせて同じ角度で叩き込まねば、刀は本来の切れ味を発揮できぬ物。まあ多少ずれても斬れはいたすが、手ごたえは鈍くなるでござる。板金の鎧やら外皮の厚い魔物相手では、きちんと刃筋を立てねば通用せぬ」


 それなのに、俺は斬るんじゃなくて叩き付けるような癖がついていると。


「定義上、鈍器と言って良いのかは分かりませんが……」


 顔にかかった髪を一房かき上げながら、莉桜が控えめに自分の見解を述べる。


「クラウド・ホエールダンジョンで入手したフライングソードは、刀のように斬り裂くというよりは、自重も利用して圧し斬っているように見えました」


 残念ながら、当事者である俺に自覚はない。必死だったし、そんなものを考える余裕なんてなかった。

 ……ただ、刃筋とかそういうのは意識してなかったなぁ。


「位階把握で見る限り、マサキ殿はかなりの剛力。それで不自由はなかったのでござろうな」

「あの手じゃ、握りとかそういうレベルの話はできませんしね」


 今は違うけどな。

 ちゃんと、五本の指が動くけどな。


「そういうわけで、マサキ殿。拙者としては、無理に刀の技を修めずとも、立ち回りのみ憶えるだけでも一廉の戦士にはなれると思うでござるが――」

「いえ、刀を教えて下さい」

「それは重畳でござるな」


 ニィと笑って、ファイナさんがうなずく。

 会心の――そして、危険な修羅の微笑だ。


 ……なんだか、ファイナさんとの付き合い方が分かってきた気がする。


 彼女は強制をしない。他に道があれば提示し、選択肢を与えてくれる。

 でも、それが優しさかというと、たぶん違う。


 ファイナさんの中には、こうすれば俺がもっと強くなるというプランがあるのだろう。今回で言えば、刀の扱いをちゃんと習得したほうが良いと


 だから、俺に選ばせるのだ。


 莉桜のために困難な道を選ぶだろうことを見越しておいて。


 覚悟と責任を持たせるために。


 心ちゃんと一緒だ……。


「では、我が流派、紅龍蒼牙の神髄叩き込んでご覧に入れようぞ」


 覚悟はしている。

 そのはずなんだけど……。


 ファイナさんの愉悦に満ちた声を聞いて、一歩だけ、引いてしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ