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人形転生-カカシから始まる進化の物語-  作者: 藤崎
第二章 大森林のサムライ
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03.そして、彼は進化する(前)

「お悩みですね、兄さん」


 ファイナさんと入れ違いに、莉桜が縁側から庭に下りてくる。


 俺は慌てて起き上がり、それと同時に妹の顔が目に入った。

 いつも通り、肌は病的なまでに白い。それでも、俺には顔色がすっかり元に戻っていることが分かる。


 本当にただの疲労だったようだ。


 腰まで伸びる黒髪は健康でなければありえないほど、艶やか。触れることはできないが、まったく引っかかることはないだろう。


 それでも、やはり、最初の別れの印象が強いのか。朝の光で輝くように見えても、どこかに影と儚さとを感じてしまう。

 こっちに来てから色々あったけど、とりあえず、莉桜が健康だということは間違いないのに。


「ああ。実の妹からプロポーズを受けて悩んでるんだ」


 良かった……。


 安心しつつ、俺はそんな軽口を叩いた。

 しかし、そんな気持ちは続く莉桜の言葉で吹き飛んでしまう。


「いけません。それは、すぐに結婚すべきですよ!」


 とんとんとんと駆け足で近寄ってきた莉桜が、勢いよく立ち止まりながらそんなことを言う。田んぼがあるからって、我田引水しなくても……と思ったが、コメントは控える。

 我ながら、大して上手いとは思えなかったからだ。


 しかし、莉桜は見逃さない。


「兄さん、我田引水だと思いましたね?」

「なんのことやら」


 莉桜が俺の顔をじっと見つめる。

 俺も、妹から目を離さない。


 莉桜は、昨日と同じく肩が膨らんだ水色のワンピースの上から、服全体を覆うようなエプロンを身につけている。ポンチョを脱いでいるのは、まあ、当たり前か。

 みすぼらしいというわけでは絶対にないが、質素な格好。にもかかわらず、莉桜が身につけていると、逃避行中のお姫様にも見えた。


 そんな妹と、目を逸らしたら負けだと言わんばかりに、見つめ合う兄。いや、傍目にはカカシと美少女としか見えないだろうが。


「……んんっ」


 莉桜が、唐突に目をつぶった。心持ち、唇を突き出して。


「この顔でも、キスは成り立つのだろうか……」

「つまり、キスをするのはイヤではないと。そういうことですね?」


 言質は取りましたと、大きく形の良い瞳を見開いて微笑む莉桜。

 はめられたと気づいても、もう、遅い。


「答えは、当然成り立ちます。行為そのものよりも、精神性が尊いと私は思います。プラトニックですね」

「プラトンって、レスリングの達人だぞ?」


 古代ギリシャの知識人はみんな、文武両道というか、ちょっとあれだ。おかしい。


「まあそれはさておき、体は大丈夫なのか?」

「お騒がせしました。もう、なんともありません」

「平気なら良いんだ。あとで、ファイナさんにもお礼を言おう。二人で」

「はい。二人で」


 莉桜がにっこりと、朝日のように微笑む。


 うん。本当に大丈夫そうだ。


 そこまでシリアスに捉えていたわけではないが、本人からしっかりと確認できてほっとする。


「ところで、兄さん。悩みというのはその体のことですか?」

「ああ。進化に関して悩んでいてな」


 話を、古代ギリシャから異世界へと強引に戻す。

 そして、まだ話していなかったなと、「カカシのまま強くなるか、カカシから別の姿に変化するか」選択を迫られていることを伝える。


『星紗心機』(スターハート)から告げられたということであれば、確かな話でしょうね」


 俺が弱くなっても、心ちゃんに得はないからな。

 そういう意味では、一心同体……いや、一蓮托生か。


「ですが、それだけではないのでは? ファイナさんに、なにか言われましたか」

「特殊なカカシの体に慣れきってしまったら、今後の進化に支障をきたすんじゃないかって」

「なるほど……」


 異なる体へ進化するか。それとも、カカシのままでいるか。


 重要で、やり直しのできない選択。結局は、そこに帰結する。


 それは、俺の体を作った人形師である莉桜にとっても他人事ではなかった。


「兄さんのことですから、元より他人事ではないのですが……」

「……本当に、俺の心を読めないんだよな!?」

「まずは、『鳴鏡』で現状把握をしてからではどうですか?」

「そう……だな……」


 焦る俺に、莉桜が優しく微笑みかける。


 それで、負の感情がみるみる溶けていった。


 少し、冷静さを欠いていたのだろう。


 数々の魔物との戦闘。

 クラウド・ホエールダンジョンからの脱出。

 心ちゃんとの邂逅。


 困難をことごとく乗り越え、無意識に躁状態になっていたところ、ファイナさんに現実を思い知らされた。増長は避けられたが、自信も失っていたかもしれない。


 だから、莉桜の言葉は、まさに天佑だった。


「レベルも上がってるはずだもんな。頼む」

「はい。少々お待ち下さい」


 縁側に置いてあった履き物を脱いで、庵へと戻っていく莉桜。『鳴鏡』を取りに行くのは分かっているけど、忙しなさすぎる。バタバタした動きに、俺は心の中で苦笑を浮かべた。あとで、ファイナさんに謝っておかないと。


「お待たせしました」


 またしても、莉桜が駆け足で縁側へとやって来る。

 犬だったら、ぶんぶんと尻尾を振っているところだ。


 ……悪くないな。


「もう、兄さんったら……」


 なぜか、頬を赤らめる莉桜。


 まさか、口に出ていた? それとも、俺がなにを考えていたか気づいた?


 ……どちらもありえない。なにかの勘違いだろう。

 それに、莉桜の肌は白いのだ。ちょっとしたことでも、赤くなってしまう。それだけだ。


 とりあえずそういうことにして、莉桜が縁側に腰掛ける。


「じゃあ、頼む」

「はい。どうぞ」


 ダンジョン外では、初めての位階把握(ステータス)

 少しだけ緊張しつつ、俺たちは『鳴鏡』を覗き込んだ。


●戦闘値

【命中】97(↑11)、【回避】83(↑12)、【魔導】55(↑7)、【抗魔】61(↑5)、【先制】81(↑10)

【攻撃】168(↑36)、【物理防御】-(70/↑15)、【魔法防御】86(↑21)、【HP】-(640/↑270)


 これが10レベルのステータス……か。


 一気に3レベル分だけあって、かなりの上昇量だ。特に、【HP】は頭おかしい。これを事前に知られていたら、ファイナさんからは寸止めじゃなくて実際に攻撃を食らっていたんじゃないだろうか。


 他の戦闘値は、爆発的な伸びはない。良くも悪くも平均的だ。それに関しては、進化をしたらなにかあるかもしれない。


 次に、特技へ目を通す。


・《修復》

取得レベル:8

 代 償 :1MP

 効 果 : 魔素を回復力に転換する特技。

      HPを[進化階梯+1]×100点回復する。


・《連撃》

取得レベル:9

 代 償 :2MP

 効 果 :人形ならではの動きで、連続攻撃を放つ特技。

      一体に対して二回攻撃をする。もしくは、二体を攻撃の対象にできる。


《暴食行動(アドラメレク)

取得レベル:10

代 償 :10MP

効 果 :対象を吸収し、その能力を我が物とする『概念能力』。

     対象の持つ能力ひとつ(任意)を習得することができる。

     対象は気絶もしくは瀕死の状態である必要があり、

     この『概念能力』を使用した後、炎に包まれ完全に死亡する。

     その際、魔石に『星粋晶』は充填されない。

     また、死者には使用することができない。


 新規取得は、特技ふたつと『概念能力』(クリファ)がひとつ。


 どちらも、ホエールドラゴン戦に。まあ、そこで手に入れた魔石による成長なのだから、無茶な話なのは分かっている。


《暴食行動(アドラメレク)》をホエールドラゴンに使ったら、どうなっていたか。興味がありますね」

「泳げるようになったかもしれないな」

「兄さんは夢がないです……。なさ過ぎです……」

「いやでも、ほら。進化っぽくないか?」


 そうフォローするが、莉桜はお気に召さなかったらしい。


 一体、妹は俺にどんな進化を期待しているのだろうか……。


「それはともかく、わりと堅実な強化って感じだな」

「不満ですか?」


 少しだけ唇を尖らせて、莉桜が聞いてきた。


「別に、莉桜のせいだとは思ってないけどな」


 しかし、不満に関しては否定しない。

 強くなっているのだろうことは分かるが、なんというか、爆発力に欠ける気がするのだ。


 ホエールドラゴンに勝てたのは、運が良かったから……とは言わないが、博打の要素が強すぎた。極端な話になるが、仮にホエールドラゴンがもう一体いたら勝ち目はなかっただろう。


 俺一人なら、賭に負けたとしても納得はできる。

 だが、莉桜がいるんだ。


 この先、堅実な成長で、ちゃんと守れるのか。


「兄さんの重荷になりたくはないのですが」

「せっかく再会できたんだ。妹一人ぐらい、背負わせてくれよ」


 そう言うと、莉桜の動きが止まった。


 そしてすぐに、きょろきょろと周囲を見回す。はっきり言って、挙動不審だ。


 でも、莉桜だから可愛らしくもある。


「兄さんはずるいです……」


 それには応えず――莉桜も、返答など望んでいまい――俺は、決意を固めた。 


「俺は、カカシから進化する」


 別の姿に進化したからと言って、爆発的に強くなるとは限らない。

 しかし、「人形」らしく人型に近づけば、ファイナさんの指導が受けやすくなるのは確か。


 せっかく、あんな強い師匠に巡り会ったのだ。チャンスを逃す手はない。


 その瞬間、俺は光に包また。いや、俺自体が光輝いているのか。


 そして、意識が断絶した。


「よう、決めはったの、主様」


 次の瞬間、俺は思った通りの場所に現れていた。


 なにもない。上も下もなにもない白い空間。

 その主は、サイズが合わず着崩す形になった漆黒のドレスを身に纏ったしどけない幼女。


 正直、彼女と相対するときだけ、元の姿に戻るという仕様にはちょっとした悪意を感じないでもない。


「心ちゃんのお陰だよ」

「うちは、なんもしとりまへんわ」


 えくぼが可愛らしい笑顔で、心ちゃんは小さく首を振る。


「そんなことはないさ」


 だが、俺は言下に否定した。


「心ちゃんが惑わせてくれたお陰で、俺は、自分自身で選ぶことができたんだから」


 彼女に言われなかったら、単純に、カカシの姿を選んでいたことだろう。仮に、猶予を与えられなかったなら、なおさら。


 いや、違うか。


 心ちゃんは、俺を誘導したかったわけじゃない。


 自分で考え、自分で選ぶ。


 そうしないと進化という重要な選択が、ある意味で他人事になってしまう。


 それでは、進化の意味がない。


 俺は、強くなれない。


 だから、俺を惑わしたのだ。


「ほんに、ほんに……聡いお人やわぁ」


 切れ長の瞳を大きく見開き、驚きを露わにする。


「それでこそ、心の主様」


 赤く艶めかしい唇が、色っぽく開く。


「期待しとるえ、主様」


 コケティッシュな笑顔で激励され、またしても、俺の意識は瞬間的に絶えた。

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