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人形転生-カカシから始まる進化の物語-  作者: 藤崎
第二章 大森林のサムライ
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02.そして、彼の新しい朝が始まる

 空が白々と明るみを帯びていく。

 明けない夜はない――とはよく言われるが、それは異世界でも変わらなかった。


 日本では考えられない広大なファイナさんの庭。畑との境目が曖昧という意味でもあるが、下手するとフルコートでサッカーができそうなぐらい広い。


 その庭で一人、俺は夜明けの中にいた。

 地球でも滅多に見たことがない光景だ。


 黒から白へ。月から太陽へ。この世界でも、自転はあるのか。そもそも、惑星なのだろうか。それが分からなくとも、世界は確実に次の時を刻んでいく。

 白い光は、しばらくすると空自体が輝くような赤色に染まっていった。それに応じて、周囲の木々も生命の営みを再開する。眠りについていた鳥や獣たちも、活動を始めるだろう。 


 俺が異世界で迎える、初めての朝……かどうかは分からないが、初めての朝日。


 それを全身で浴びながら、俺はただ佇んでいた。


 ファイナさんに一発食らったあと、ずっと気を失っていた……というわけじゃない。というか、呆然とはしても気絶はしていない。

 あと、早まったかもしれないとも思っていたけれど。


 その直後に、莉桜が体調不良を訴えたのだ。

 幸い、ただの疲労だったようなのだが、俺は目に見えて狼狽してしまった……らしい。らしいというのは、まさにその記憶がないから伝聞調なのだ。


 とにかく、そこはファイナさんが上手いことやってくれた。おかゆ――ちゃんと米があった――も食べられたようだし、必要以上に心配する必要はないようだった。


 そして、俺は自主的に玄関の片隅へ移動した。


 このカカシの体は、家の中。取り分け、和風の住宅には不向きだ。家に上がる前に一本足を拭かなければいけないし、板敷きの家の中を飛んで移動するのは嫌がらせに近い。ただ立っているだけで、家を傷めてしまうのだ。


 もちろん、ファイナさんがその程度で嫌な顔をするはずもなく、むしろ面白がっていた。だけど、それに甘えられるかとなると、話は別。

 俺は、そのまま玄関で夜を明かし、夜明け前にぱっちりと目が覚めた。


 そして今、畑の片隅で夜明けを体感している。


 『鳴鏡』で確認した《人形の体》の特技によると、この体は食事も呼吸も不要だ。


 しかし、睡眠に関しては記載がなかった。


 普通に考えれば人形が寝るとかありえないんだが、結論から言えば、睡眠は可能だった。《存在解放》による代償なんかとは別に、俺は確かに就寝することができたのだ。


 ただ、通常の睡眠とは、やはり違う。


 まるでスイッチをオン/オフするようにと言うべきか。眠ろうと思った瞬間には意識が飛んでいたし、せっかくなので夜明け前には起きようと思っていたら、その頃にばっちり目覚めることもできた。

 うとうとするなんて風情はない。寝起きのだるさもない。今回だけなのか分からないが、夢も見なかった。


 まあ、夢に関しては、どうせ心ちゃんが出てくるだけだろうから別に良いんだけど……。


 この辺りが、いかにも人形の体で、少しもやっとする。不満があるわけじゃないものの、やっぱり、情緒がないというか、なんというか……。


 俗な人間と言われたらそれまでなんだろうけど、感覚の差に戸惑う。


「もう、起きてござったか」

「――うわっ」


 突然、背後からかけられた声に、俺は一本足で飛び上がった。当惑なんて吹き飛んでしまう驚愕。

 気配どころか、足音も感じなかったぞ。いや、まあ、俺も達人ってわけじゃないけどさ。


「この程度で大騒ぎとは、修業が足らんでござるな」

「ファイナさん、修業はまだ始まってもいませんよ」


 声に、狼狽は乗っていなかった。危ない危ない。

 俺は地面と平行な両腕をぐるりと回し、遠心力で振り返る。


 そこには、予想通り弟子入りしたばかりのエルフのサムライ――ファイナさんがいた。

 ややツリ目がちな青い瞳で、面白そうにこちらを覗き込んでいる。


 暁光の中でも、彼女の神々しさは変わらない。むしろ、初対面の時よりも幻想的だ。


 日本人から見たら改造和服としか言えない独特な衣装に身を包み、鮮やかな朱色の柄糸が巻かれた柄と黒塗りに金の装飾が施された鞘の刀を手にした褐色のエルフ。


 本来なら違和感を憶えなければならないところだろうが、妙に様になっていて、ドキリとさせられる。

 俺が現代からじゃなく江戸期――と言っても長いけど――から来た人間だったら、思わず拝んでいたことだろう。


「マサキ殿、美しゅうござるな」

「ええ」


 頭でなにか考えるよりも先に、俺は首肯していた。

 だから、この朝焼けの風景に対してなのか。それとも、ファイナさん自身の美しさに同意したのか。真相は、俺にも分からない。


「ふむふむ。では、仕合うとするでござるかな」

「いやいや。その話の流れはおかしい」

「これは異な事を」


 不本意で不思議なことを言われたと、ファイナさんが首を傾げた。


 どう考えても、理は俺にある。

 だが、その仕草と表情が可愛すぎて、ファイナさんが正しいように思えてくる。


 うちの妹(莉桜)もそうだけど、美人は得だ。


「人気のない場所に武人(もののふ)が二人。勝負しかござらん」


 そう言って〝剣匠〟――ファイナさんが笑う。


 さわやかで、残虐で、楽しげで、凄絶な。鮫のような笑顔だった。





 俺は武人(もののふ)なんかじゃない。


 正当な主張は、もちろん受け入れられることはなかった。


「得物は、いかがするでござるか?」

「ああ……」


 広大な庭の一角で、急造師弟が話し合う。

 こうなったら、なるべくこちらの被害を少なくするしか未知はない。

 

「使っておらぬ太刀はあるでござるし、なんなら鎌や鍬でも構わんでござるが」

「カカシだからって、農機具を勧めるの止めてもらえます?」


 B級ホラーみたいな武器は、ごめんだ。

 いや、まあ、《武器の手》があるから、普通に使えるとは思うんだけど……だからこそ、遠慮したい。


「素手でいいです」

「まあ、最初でござるからな」


 ファイナさんも、最初からフルスロットルというつもりではないようだ。


 少しほっとするが……冷静に考えると、当たり前の話だった。


「では、征くでござるぞ」


 ファイナさんが待とう雰囲気――オーラが変わった。

 それを認識するよりも早く、なにかに突き動かされるように竹の一本足に力が入る。


「なるほどなるほど。回避の術は、なかなか心得ているようでござるな」

「――くっ」


 ブンッと、鞘に入ったままの刀が眼前を通過していく。あと1秒後ろに跳ぶのが遅れていたら――結果は考えたくない。


「では、少しずつ速度を上げていくでござるぞ」


 まるでピクニックにでも出かけているかのような朗らかさ。

 ったく、ピクニックなんて十年以上行ってねえよ! ピクニックって言葉を使ったのも何年振りだ!


 そんな逆ギレ気味の思考は、しかし、言語化はされない。そんな余裕はない。そんな余裕があったら、体を動かせ。


 黒塗りの鞘が、逆袈裟に迫ってくる。

 金で装飾された芸術性の高い逸品だったが、今の俺には単なる凶器でしかない。


「《疾走》」


 それから逃れるため、俺は特技を発動させる。否、させようとした。


 しかし、なにも起こらなかった。


「ちっ」


 やっぱり、進化保留中は特技が使えないか。

 思わず悪態を吐きかけるが、半ば予想できていたこと。


 腹から肩口に向かって斬り上げられる刀を、俺は左に大きく跳んでかわす。間一髪だった。


 唐突に始まり、命を賭けた戦いでもない。


 にもかかわらず、俺の魂が警報をガンガン鳴らしていた。ストーカー男がナイフを取り出した瞬間以上、いや、数十倍の危機感。人形の体じゃなかったら、冷や汗でびっしょりになっていたところだ。


「しかし、反撃を考えぬ回避は悪手にしかなりえぬものでござるぞ」


 それも当然だろう。

 人間を遙かに超える跳躍力で距離を取ったのに、もう、眼前にファイナさんがいた。


 美しい相貌は、喜悦に歪んでいる。


 なのがそんなに嬉しいのか、楽しいのか。俺をいたぶるのに喜びを感じている……という展開ではないことを祈るしかない。


「なにやら技を使おうとして、失敗したようでござるが……」

「進化待ちで、魔素(マナ)を消費する特技は、ロックがかかってるみたいです」

「それは、好都合でござるな。自力のみで、立ち会ってみるでござるよ」


 言い様、突進の力を利用してファイナさんが突きを放つ。

 彼女の美しい金髪が踊り、鞘の先が視界いっぱいに広がる。


 って、眉間かよ。


 そこに俺の急所があるのかどうか分からないが、どこに食らったって大事だ。


 かわせない。

 食らいたくない。


 だから、俺はその場に倒れ込んだ。


 端から見たら、台風で抜け落ちたカカシにしか見えないだろう。


 だが、カカシはカカシでも、俺はただのカカシじゃない。


 ファイナさんが追い打ちをかけようと足を振り上げているのを視界の端に捉えつつ、起き上がりこぼしのように立ち上がった。

 今まで培ってきた経験を元にした俺のトリッキーな動き。


「ほう。なんとも、器用な」


 これはさすがに、ファイナさんも予想していなかったのだろう。

 目を丸くして驚きを表す。


 でも、なんで楽しそうなんだ、この人……。


 いやいや。前向きに行こう。

 今いくつまで上昇しているのかは分からないが、俺の【回避】はファイナさんにも通じる。それが分かっただけで収穫。


 だから、このさきはボーナスステージだ。


「《強打》のつもり!」


 追撃のため体勢を崩しているファイナさんに向かって、ブンッと竹の腕を振る。

 特技が発動しないので、威力は比ぶべくもない。逆に言うと、威力しか違いがない本気の一撃


 練習とはいえ、スムーズに攻撃が出せる辺りどうなのかと自嘲する……のは、早かった。浅はかだった。なにも分かっちゃいなかった。


 いつのまにか体勢を整えていたファイナさんが、わずかに下がった。


 ゆっくりと。それでいて、よどみのない動き。


 豪華な着物の帯に触れるか触れないかのところを、竹の腕が通過していく。

 

 一寸の見切りってヤツか!?

 宮本武蔵の一寸の見切り。柳生新陰流なら二寸の閃き。要するに、3センチや6センチぐらいの距離があれば、攻撃を避けられるという考えだ。


 はっきり言えば、頭がおかしい。


 だが、ファイナさんが言っていた攻撃のための防御とはこういうことなのだ。


 その意味を言葉だけでなく心で理解できた瞬間。


「くはっ」


 胴に鞘付きの刀を叩き込まれ、俺は苦鳴をもらした。

 内臓があるわけでもないのに、不思議なものだ。


 それに、痛みもそれほどじゃない。

 ただ、不安定なヤジロベエみたいになっていた。


 そんな俺の思考を読んだわけじゃないが、一撃もらってふらふらする俺へファイナさんが告げる。


「さて、それではもう一本」


 人並みの闘争心を持ち合わせているとは言えない俺だが、それでも、悔しさぐらいは感じる。


「よろしくお願いします」


 距離は取らず、その場で承諾する。


 たぶん、至近距離でやり合うのが一番だ。

 それに、もう一本ぐらいなら、なんとかなるはず。


 そう思ってしまったのが、一番の不覚。


 あの楽しそうなファイナさんが、終わるはずがなかったのにね……。


 結論から言おう。否、結論だけ言おう。


 指一本――ないけど――触れることができないまま、朝の稽古は幕を閉じた。


「…………」


 呼吸が乱れているわけでも、肉体的に疲労を感じているわけでもない。

 かといって、【HP】が減っているわけでもないはずだ。なにしろ。すべて寸止めか軽い接触で済まされていたのだから。


 それでも。いや、だからこそか。精神は疲弊しているらしく、人間の体だったらへたり込んでいるところだ。

 あれだけ手ひどくやられれば落ち込みもする。勝てるとは思っていなかったけど、もう少し、善戦ぐらいはできるかと思っていたんだけど……。


 千々に乱れた思考を抱える俺へ、ファイナさんが真剣な表情を向ける。

 稽古中にも見せなかったシリアスな雰囲気に、俺は思わず見とれてしまう。


「進化をするという話でござったが、ずっと、その姿でいるつもりでござるかな?」

「それは……分かりません」


 俺は、正直に答えた。

 ごまかすような余裕がなかったというのもあるし、そもそも、本当に決めてはいなかったのだ。


 不思議なことに、カカシの姿に愛着もあった。

 それに、次がどんな姿になるのか分からないという不安もある。


 だから、分からないという以外に答えようがない。


 しかし、ファイナさんは。俺の師匠は、そんな遅滞を許さない。


「当座、慣れた姿を通すというのは理に適っている部分もござろう。しかし、特殊なカカシの体に慣れきっては、今後の進化の際に支障をきたす可能性はござらんかな?」

「あるでしょうね……」


 今回、第一階梯では、まだカカシのまま進化が選べた。

 だけど、今後もずっとそうだとは限らない。むしろ、カカシのまま「究極の人形」になれると思うほうが、見通しは甘いのではないか。


 それなら、早めに決断をすべきだろう。


 次がどんな姿かは分からないけど、さすがに、カカシよりも人に近いフォルムをしているはずだしな。


「莉桜にも相談して、早めに決めます」


 だが、結論は出せなかった。

 自分のことなのに一人で決められないのは、情けないと思われたかもしれない。


 それでも、莉桜に一言の相談もなしには判断できなかった。


「あの。心配してもらっているのは、本当に嬉しいです。ありがとうございます」

「なんのなんの。拙者、師匠でござるからな」


 豪快に呵々大笑して、ファイナさんが踵を返す。

 その声と態度には、わずかに、照れが混じっているような気がした。


「それでは、朝餉の準備でもしてくるでござるよ」


 しかし、それを確かめる間もなく、庵へと引っ込んでしまった。


 俺は一人、庭に残される。

 緊張が弛緩し、その場に倒れ込んだ。汚れるのも構わない。既に、稽古でボロボロだ。


 気づけば、太陽はすっかり昇っていた。

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