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人形転生-カカシから始まる進化の物語-  作者: 藤崎
第二章 大森林のサムライ
23/68

01.そして、彼は森の妖精と刃を交える

「さて。そろそろ、そちらの話など聞かせて下さらぬかな」


 エルフという種族に関するあれこれが終わり、ファイナさんが当然と言えば当然の要求をする。


 しかし、どこからどこまで話したものか。俺としては後ろ暗いところはなにもないのだが、この世界の常識に照らし合わせたらどうなるかまでは分からなかった。

 例えば、異世界から魂を引き寄せたという行為がエルフの死生観では見過ごせない行為だと言われたら、どうしようもない。


「莉桜」


 ファイナさんへ語る前に、俺は妹の名を呼ぶ。


「兄さんに任せます」


 口には出さずとも、思いは伝わった。

 言葉通り、俺に全幅の信頼を置いていることが、こちらにも伝わってくる。


 そうか。


「なら、経緯を洗いざらい話そう」

「拙者が言うのもなんだが、構わんでござるか?」

「別に、そちらへ判断を押しつけるだけですから」


 こっちは、正直に話をしました。どう解釈するかは、貴女次第です。

 ズルイ話だ。

 人の悪い笑みを――もちろん、心の中で――浮かべて、俺は発端からすべてを語り出す。


 莉桜が、偶然、異世界へと転生を果たしたこと。

 ジョゼップの計略により、その弟子になったこと。

 俺と再会したい一心で、この人形を作ったこと。


 そして、俺もまた異世界から魂だけ呼び出され、この人形に宿ったこと。


 ここへ落ちてきたのは、その現場であるクラウド・ホエールダンジョンを突破し、落下した結果だと。


 心ちゃん……『星紗心機』(スターハート)のことを除いて、すべてを語った。別に隠したいわけじゃなく、問題が複雑化するからだ。


「なるほど、なるほど」


 湯飲みから白湯をずずっとすすりながら、ファイナさんが何度かうなずく。結構な長話だったから、すっかり冷めていることだろう。


 それにしても、見目麗しい美女ながら、ご隠居さんの雰囲気を合わせ持つ逸材だ。


 ……完璧だな。


「そういうことならば、お二方とも、しばし逗留されるがよろしかろう」

「どういうことですか!」


 さも当然のように言うファイナさんに対し、莉桜も当然のように反発する。磁石のような二人だ。


 まあ、俺を好きだといった莉桜だ。美人を近づけさせたくないという気持ちは分かる。だから、俺としても、その一方的な話にはうなずけなかった。


 森に迷い込んだ俺たちに親切心で言っている……という風情ではない。なにか他に目的があって言っている。根拠はないが、そう感じてしまったから。


「反対でござるか」

「……理由を聞かないことには」

「なに。深い理由では、ござらんよ」


 ファイナさんは、本当に、なんでもないことのように言った。


『星紗心機』(スターハート)の持ち主が惰弱とあっては、拙者も枕を高くして寝られぬ。それだけのことでござるよ」

『星紗心機』(こいつ)を知ってるんですか!?」


 弾かれるように、俺はファイナさんから距離を取る。

 ――当たり前のように、莉桜へと手を伸ばしながら。


 妹はその手を取って、クレーンで運ばれるように俺の背後へ移動。クラウド・ホエールダンジョンで培った経験で生み出されたフォーメーションを組む。

 莉桜の警戒心に応じてか、忠実なる『ヴァグランツ』たちも周囲に展開する。


 俺たちの脳裏にあるのは、人形師ジョゼップの存在。あの狂った幽霊のように、『星紗心機』(スターハート)を奪おうというのではないかという疑惑だ。


 しかし、勝てるか? 真っ当に言葉を交わした相手と、戦えるか?


「なぁに、年寄の知恵というだけでござるよ。そんなに警戒されては、拙者も哀しくなってしまうというもの」


 一方、ファイナリンドさんは涼しい顔。一向に気を悪くした様子はなかった。


 俺たちが警戒心を露わにしても、藁の座布団に正座をしたまま動く気配はない。そして、傍らに置いた刀に手を伸ばす気配も。


「ともあれ、『星紗心機』(スターハート)の危険性は、噂でしかないでござるが、拙者もよく知るところ。だからといって、奪うことや封印することは人倫にもとろう」

「当たり前です」


 莉桜が噛みつかんばかりの視線をファイナさんへ向ける。あなたは敵ですと、その表情が雄弁に語っていた。その態度は嬉しいが、心配にもなる。


 しかし、俺が止めるまでもなく、ファイナさんはゆるりとその敵意をかわしている。まるで、風にそよぐ柳。それも、鉄のような強靱さを持った柳だ。


 寛大な人で助かった。


 迷惑をかけた上に、兄妹そろって敵対までするのは気が引けるもんな。


「それなら、俺たちをこの家に泊めてどうするつもりなんです?」

「修業に決まっているでござろう」

「……は?」


 修業? なんで?

 

「お節介ながら、拙者が鍛えましょうぞ。なに、心配することはない。こう見えて、武芸には自信があるでござるよ。一ヶ月もすれば、一廉(いっかど)の武人に育て上げて進ぜよう。身も、心も」


 なるほど。

 『星紗心機』(スターハート)を悪人に奪われないよう、俺を強くする。

 そして、俺が悪人だったとしても、心も鍛えるから関係ないと。


 理に適っている。


「これ以上の説明は不要のようでござるな」


 俺が理解したことを悟り、ファイナさんが艶然と微笑む。

 莉桜は莉桜だから当然ということにしても、この人は、どうやって俺の感情を読んでいるんだろう? 俺のポーカーフェイスって、役に立ってない?


「マサキ殿、いかがでござろう」

「そんなこと――」

「よろしくお願いします」 


 エルフって、体育会系だったんだなぁ。

 他人事のような感想を抱きながら、俺は頭を下げていた。


「いいえ。納得できません」


 しかし、妹が俺とファイナさんの間に立ちふさがる。


「兄さんを鍛えるなどと仰っていますが、兄さんは私が心血を注いだ『究極の人形』です。魔石によるレベルアップならともかく、修業など不要です」


 そうか。反対する理由は、人形師としての矜持か。

 それは考えていなかったな。


 申し訳なくなるが……それにはちょっと早かった。

 

「それに、せっかく兄さんと二人きりになれるのに、邪魔はされたくありません」


 飾らない妹だー。


「まあでも、そういうことなら仕方ない。すいません、この話はなかったことに」

「甘いでござるなぁ」

「今は、離れていた分の利子もつけてるところなので」

「ええっ? その割に、兄さん、結構厳しくありません?」

「そこは、まあ、兄だからな」

「しかし、本当にそれで良いでござるかな?」


 ファイナさんが、莉桜は無視して俺のことをじっと見つめる。

 目なんてただ布に書いてあるだけになのに、真っ直ぐ視線を外そうとしない。


 すべてを見透かすような……いや、違う。

 自分自身の正しさを信じている瞳だ。


位階把握(ステータス)は確かに、正しいでござろう。レベルアップも、大いに結構。されど、すべては土台があってこそ。そうではござらぬか?」

「…………」


 俺は、応えない。


 しかし、答えは明らかだった。


 俺に戦闘の基礎なんて、あるわけがない。現代の日本人なんだから、逆にあるほうがおかしい……とまでは言わないが、そこが弱点になるとファイナさんは言っている。

 他がいくら強くとも、弱いところから崩れるとも。


 心ちゃんには悪いけど、はっきり言って、『星紗心機』(スターハート)だの進化だのは二の次。そりゃ、人間の体には戻りたいとは思うが、それよりも大事なのは莉桜のこと。

 妹が平穏無事に過ごせるように。それが、一番の願い。


 だからこそ、真っ先に頭を下げたのだ。


「莉桜」

「なんですか、兄さん……」


 怯えと、期待と。その両方がない交ぜになったような表情。

 それを向けて、莉桜は俺の言葉を待つ。


「俺は、ファイナさんの言葉が正しいと思う。莉桜にもいろいろ考えがあるだろうけど、俺の好きにさせてくれないか?」


 言ってから気づく。

 これは、俺が初めて莉桜に言うわがままなんじゃないだろうかと。


 もちろん、その奥底には莉桜のためという想いが流れているのは確か。けれど、妹がどう受け取るかまでは考えていなかった。

 一本足で支えられた体を前後に動かし、狼狽を露わにしてしまう。


「む~」


 案の定、言っていることの正しさは認めつつも納得いかないと唇をとがらす。

 例の告白以来、自然な表情が増えて嬉しい。兄としては、ギャップに戸惑う部分も多いけど。


 まあ、不満を取り除くのが兄の仕事だな。


「この体に、不満や不安があるわけじゃない」

「そこは疑っていません」


 じゃあ、こっちか……。


「初対面の人とどうこうなるほど、俺はチョロくない」

「足りません」

「俺は、莉桜のために生きている」

「もう、仕方ありませんね」


 やっと希望――それか、期待か――の言葉を引き出し、ご満悦な莉桜。不満を取り除きたいだけで、満足させたいわけじゃなかったんだが……。まあ、いいか。


 しかし、想像以上に俺の妹は強かだった。


 ファイナさんへと振り返り、横顔に挑戦的な表情を浮かべて褐色エルフの剣士へ言い放つ。


「しかし、ファイナさん。あなたが、兄さんの師に相応しいかどうかは別の話です」

「そうでござるな。そうでござるな」


 黙って成り行きを見守っていたファイナさんは、実に嬉しそうに立ち上がった。


 立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。


 はっきり言って芍薬の花なんて見たことないし、牡丹も百合も朧気だ。にもかかわらず、ファイナさんの立ち居振る舞いはそう表現したくなる。

 その上、姿は若々しいのに、どことなく老成した魅力も兼ね備えていた。


「よろしい。ならば、立ち会いで決めるしかなかろうて」


 ただ、言動は戦闘民族のそれだった。


「なんて、単純な」

「分かりやすくて、よいでござろう?」


 どちらかというと莉桜の意見に賛成だが、まあ、早いか遅いかの問題でしかない。弟子入りするとなったら、ファイナさんと立ち会うことになるのだろうし……。


 あれ? でも、今の俺は進化保留中なんだよな?


 特殊能力を使って【MP】が減ったらどうなる? そもそも、消費できるのか?


 戸惑いが俺を支配し――刹那。


 目の前に、刀を振り上げたファイナさんがいた。


「どう……」


 どうしてなのか、どうやってなのか。なにを言おうとしていたのかは、俺自身にも分からない。

 それほどまでに、衝撃的で圧倒的。


「まあ、簡単な話でござるよ」

「……は?」


 俺は呆然と自分に向けられた刀――鞘に包まれているけれど――を見つめる。その向こうには、いたずらを成功させた子供みたいなファイナさんがいるが、意識の外。


 巨大エビや、フライングソード。業魔(レヴュラ)なんかも、ここまでじゃなかった。


 ファイナさんのほうが、よほどバケモノだ。


「拙者、隠居する前は、〝剣匠〟などと呼ばれておってな」


 そりゃ、強いわけだ……って。


 照れるって、そういう意味だったのかよ!


 ファイナさんが、鞘に入ったままの刀を振り下ろす。まったく力が入っているようには見えなかったが、それをまともに食らって、刹那意識が遠のく。


「〝剣匠〟の弟子としてふさわしい心技体を備えてもらうでござるよ」


 俺は地面に倒れ伏しながら、とんでもない師と出会ってしまったと早くも後悔し始めていた。

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