エピローグ:そして、彼は大地に立つ
2話更新して第一章終了と言ったな。
あれは、嘘だ。
えー。長くなりすぎたので分割したため、本日3話更新となっております。
更新チェックから来られた場合は、二話前からお読みください。
「おめでとうさん」
「心……ちゃん」
ええと……。いや、大丈夫。自爆はしてない。それは間違いない。
じゃあ、どうして、俺はまた白い空間に?
「主様、初進化おめでとうさん」
「……進化? レベルアップじゃなくて?」
「そうや。たった一日で全部の魔石に魔素をため込んでしまうやなんて。さっすが、心が見込んだ主様やわぁ」
ころころと無邪気に笑う心ちゃんから、自分の左胸に視線を移す。しかし、そこに『星紗心機』は存在していなかった。
そうか。ここだと、俺は元の姿だったっけ。
元って言うか、これが俺なんだけどな。
……整理しよう。
俺は、クラウド・ホエールダンジョンのボスを倒したはず。これは、間違いない。そして、その魔素ってのを吸収して……。
ああ、そうか。レベルアップしたのか。上限まで。
実際には見ていないが、『星紗心機』の周囲に設置された魔石が、十個すべて黒くなっている光景を思い浮かべる。
だから、ここに呼ばれたわけだ。
外がどうなっているのかは分からないけど、危険な状況なら、莉桜だけでなく俺も危ないわけで。心ちゃんの目的からして、恐らく大丈夫なのだろう。
「それで、進化って具体的にはどうなるんだ?」
「もう、いらちやわ」
そう言いつつも、笑顔で話を先に進める心ちゃん。
状況が状況だっただけに、俺が焦っていることも分かっているようだ。
「主様の前には、ふたつの道が拓かれたんよ」
「ええとつまり、カカシから次の段階に進むに当たって、方向性を選べって?」
「聡いお人」
以前も受けた賛辞で、心ちゃんが愉快そうに俺を持ち上げる。
「でも、厳密には一寸違うてますわ」
「具体的にいこう」
「カカシのまま強うなるか、カカシから別の姿に変化するか。その二者択一やさかい」
カカシから次の段階というか、俺、自己進化人形アンドレアスとして、どう進むかという問題か。
「ちなみに、カカシとはもうひとつの別の姿って?」
「…………」
心ちゃんは、愛らしい笑顔を浮かべたままなにも言わない。
不都合があるのか、その選択も含めて、俺の決断を楽しもうというのか。
後者だな。圧倒的に後者。
どうしたものか……。
情報が少ないので、カカシのままでも良いような気がしてきた。いろいろと不便な点はあるけど、正直、慣れてきたというのもあるし。
抱いて眠るぐらいだから、莉桜も気に入っているはず。
「それは、どんな姿でも、そうすると思うえ」
「…………」
黙殺。
「今のところは、カカシのままでも、問題ないと言えばないんだよなぁ……」
リスクを負って姿を変える必要があるかというと、微妙なところではある。急いては事をし損じるとなっては、目も当てられない。
そこまで考え――
「待て、それもまずいか」
――それが、あまりにも近視眼的な考えだと言うことに気づく。
中核であるホエールドラゴンは倒した。つまり、ダンジョンから解放されたわけだ。
そうなると、この異世界で、どこかの街へ行くこともあるだろう。
異世界だけにどんな常識なのかは分からないが、まさか、カカシが一般的な姿というはずはあるまい。
……ないよな?
うん。ないはずだ。
このままでは、いけない。変な騒ぎになってしまう。
となると、もうひとつの道。別の姿へ進化というのが、妥当な判断に思われるのだが……。
そっちもそっちで、どんな姿になるのか分からないという情報不足が問題になる。
人形なぁ。
さすがに、着せ替え人形とかこけしみたいなのは、進化とは言えないよな? 見た目はなんとか人間っぽくなるよな? あんだけ苦労して、民芸品になったら泣くに泣けない。
可能なら、やっぱり、足は二本欲しい。
いや、卑屈すぎる。最低でも、蝋人形ぐらいのクオリティは……。
というかだ。
「それ、今すぐ選ばなくちゃ駄目なもの?」
俺の疑問に、心ちゃんがいたずらっ子の笑顔で答える。
「あとで、ええよ」
くっ。分かって黙ってたな。
「……それは良かった」
「やから、心を満足させてな」
飽きさせないから、お願い事までレベルアップしていた。
まあ、莉桜もそうだけど、心ちゃんとも一蓮托生だ。まずは、先延ばしできたと、サービスに感謝しよう。
「ああ。できる限り努力するよ」
「ほな。あんじょう、頑張ってな」
コケティッシュな笑顔で激励され、またしても、俺の意識が瞬間的に断絶する。
「おっ、おおおおーーわわわわわわーーーっっ」
現実に戻った瞬間、俺は身も世もなく悲鳴を上げていた。
だって、仕方ない。地面へ落下する。その真っ最中だったんだから。
空気自身が壁になって、カカシの体がみしみしと揺れる。落下しているのに、上へ持ち上げられているような不思議な感覚。
眼下は地平線の向こうまで、見渡す限り森だ。木しかない。異世界かどうか判断つかねえな、これ。
「兄さん、やりました。クラウド・ホエールが退散していきますよ」
「いや、ごめん。見えない」
当たり前のように隣にいた莉桜が、案外平気そうな態度で上を指さす。しかし、この体では、そこまで首が上がらないのだ。
「ダンジョンの中核は破壊しましたが、クラウド・ホエール自身を倒すには至りませんでした。しかし、ダメージは甚大だったのでしょう。体の下半分がなくなって、どこかへ逃げ去っています」
「そっか」
それは良かった。
で、俺たちはどうなるのかな!?
そんな、俺の不安が伝わったのだろう。莉桜が俺を背後から抱きしめ、ささやいた。
「兄さん、どこに落ちたいですか?」
「安全な場所! 安全な場所に!」
「もう、堅実なんですから。そこは、平和を祈り流れ星になろうぐらいのことは、言って欲しいです」
ですが、二人の将来のためには、堅実的なのも良いことかもしれませんね。
そう言って、妹は笑った。
見えないけれど、確信している。
もの凄く、なにを言っても莉桜を喜ばせる感があった。なんだよそれ、俺は妹を喜ばせるだけの兄かよ。最高か。
不意に、体が上に引っ張られた。
ブレーキが、かかった?
少ない可動域を全開にして背後を見ようとすると、莉桜が体を乗り出して俺と視線を合わせてきた。
キスでもするみたいに。
「『ヴァグランツ』で制動をかけました。導器魔法の《フェザー・フォール》という呪文と同じ状態になっています」
「大丈夫……で、良いんだよな?」
「ええ。ゆっくり落ちる状態になっていますので」
それは良かった。
ホエールドラゴンや『異世界タワー』からぽんぽん飛び下りていた俺だが、戦闘中のテンションがおかしかっただけ。
心ちゃんや莉桜と言葉を交わし、正気に戻った今は、とてもあんなことできない。
普通に死ぬしな。
「ただ……」
え? なにかあるの?
「《フェザー・フォール》は、落下がゆっくりになるだけなのです」
「……なにか不都合が?」
「とある冒険者が落とし穴の罠にはまった際の話なのですが」
冒険者……遺跡発掘する考古学者かなにかか?
「仲間の魔術師が咄嗟に《フェザー・フォール》の呪文を使用したところ……」
「助かったんじゃないのか?」
「実は落とし穴には槍衾の罠が仕掛けられていて、ゆっくり刺さるという悲劇的な事件があったそうです」
怖い怖い怖い。
拷問かよ。
「まあ、今回は大丈夫です。ちゃんと、森の中の開けている一角に軌道を修正してから使いましたから」
「まったく。俺を怖がらせても、誰も得しないぞ」
「まさか、私得です」
私得? 日本語が乱れてるな。
そんな風に頭の悪い老人みたいなことを考えている間にも、地面は確実に近づいてくる。
莉桜が言う通り、森の中の開けた場所へと落ちていく。
そう。
森の中にも住民がいるんだろう。誰かが開墾したらしい、畑に向かって。
「って、このままだと、畑に被害が」
地面に人型の穴が開きかねない。マンガかよ。
慌てて、体の向きを縦に変える。
「きゃっ」
可愛らしい悲鳴を上げて、背中にいた莉桜がさらに強く抱きついてくるが、それを気にする余裕も、咎める暇もない。
空気の抵抗が少ない形になったため、そのまま減速せずに落下。
「着地するぞッ」
辺りに、轟音が鳴り響き、土煙がもうもうと立ちこめる。
周囲の状況は分からない。
だが、落下の衝撃で全身が痺れた以外、特に痛みや不調は感じなかった。
大丈夫……かな?
「兄さんとスカイダイビングしてしまいました」
余裕のある莉桜の声。
……まあ、無事ならそれで良い。
一息ついた、その時。
「わ、我が家の畑が凄いことになっているでござるよ!?」
恐らく――というか、確実に――この畑の所有者なのだろう。ちょっと、おかしな語尾の女性の声が聞こえてきた。
なんと謝ったものかな……。
ダンジョンから脱出しても、問題は山積だ。
けれど。
とにかく、俺は異世界の大地に立った。
――カカシと、して。
これにて、第一章終了です。
感想・評価などいただけましたら幸いです。
再開時期は未定ですが、活動報告やツイッター(https://twitter.com/fujisaki_Lv99)でお知らせします。
もちろん、ブックマークに追加していただくのもよろしいかと思います(笑)。
それでは、今後ともよろしくお願いいたします。




