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人形転生-カカシから始まる進化の物語-  作者: 藤崎
第一章 カカシの冒険
20/68

19.そして、彼と彼女は迷宮の中核を打ち倒す(後)

「兄さん、来ます!」


 一緒に戦ってきた相棒を失ってショックを受ける俺に、莉桜の警告が飛ぶ。


「莉桜は退避してくれ!」


 元々、クラウド・ホエールは、心ちゃん――『星紗心機』(スターハート)を狙って莉桜たちを襲った。なら、最優先目標も俺だろう。


 ……とは思うのだが、一切光のない瞳を見ると、そんな常識が通じるのかどうか怪しくなってくる。用心に越したことはない。


 そうこうしている間に、ホエールドラゴンは大きく身をよじったかと思うと、竜の首を大きく伸ばして俺へと突進してくる。

 巨体に見合わぬスピード。トラック、いや、タンクローリーに迫られているようなもの。


 だけど、逃げるわけにはいかない。


 俺の後ろには莉桜がいる。


 異世界に来たのも、カカシの体になったのも、レベルアップをしたのも。


 すべては莉桜を守るためだと思えば、ホエールドラゴンだかなんだか知らないが。巨大な魔物に迫られたって、怖くなどない。


「《強打》」


 猛烈な勢いで突っ込んできたホエールドラゴンの鼻先へ、右腕をフライング・ソードの残骸ごと見舞う。

 出会い頭の、完璧なタイミングの攻撃。


 元フライング・ソードは粉々に砕け、確かに、ダメージを与えた感触もある。


 だが、現実は非情だった。


「ぐはあっッッ」


 竜の長い鼻だか口には確かにヒットしたが、俺はコマのように弾き飛ばされてしまった。なんとか転倒は免れたものの、そのまま壁に激突。


 一方、ホエールドラゴンは特に痛痒を感じた様子もなく、しかし、急な方向転換はできないのか、そのまま突き進んでいく。

 

 ――マズい。


 勢いはそのまま、進路の先には、莉桜がいた。


 行き掛けの駄賃程度の気軽さで、ホエールドラゴンが大きく口を開ける。


『木星』(ユーピテル)


 莉桜は、俺以上に冷静だった。

 周囲を飛び交う『ヴァグランツ』。そのひとつに命令し、三角錐のような形にして再編成する。


「古代魔法帝国の遺産という意味では、同格ですよ」


 ホエールドラゴンが莉桜を飲み込もうとした瞬間、『ヴァグランツ』の間に電撃が走る。それぞれの鉄球の間に、透明の壁ができていた。驚いたように、ホエールドラゴンが竜の頭を反らす。


 しかし、この状態では移動ができないようで、莉桜は『木星』(ユーピテル)を維持し続ける。


 そんなにうちの妹が惜しいそうなのか。あるいは、ただの意地か、ホエールドラゴンが、またしても莉桜を飲み込もうとチャレンジする。


「莉桜ッッ!」


 だが、俺は冷静でなんていられない。

 頭が真っ白になった。

 視界が真っ赤に染まった。


「《疾走》」


 飛ぶような勢いで飛び跳ね、ホエールドラゴンに追いつく。巨体なのが、幸いした。


「《強打》」


 攻撃が届くようになった瞬間、俺は全力で腕を叩き付ける。銃は莉桜に流れ弾が当たったらと思うと使えない。


「《強打》」


 ただひたすら、愚直に殴り続ける。


 これしかない。

 これしかできない。


 だが、届かない。

 あの巨体には、あまりに無力だった。


 ホエールドラゴンは俺のことなど一顧だにせず、『ヴァグランツ』が張る透明の壁にかじりついている。一方、莉桜を守る『ヴァグランツ』の雷撃は、その威力が見るからに低下していた。


 莉桜はなにも言わないが、このままでは遠からず……。


 ふざけるな。


こっち向けよ、クジラ(・・・・・・・・・・)


 ぐんと力が抜ける感覚があった。

 けれど、気にしない。たぶんMPが減ったんだろうが、『星紗心機』(スターハート)に視線も向けない。


 ただ、目の前のホエールドラゴンに集中する。

 まるで俺の言葉に従ったかのように、ぐるんと体を回転させたホエールドラゴンに。


 光を映さない無機質な瞳は、真っ赤に染まっていた。


「――ちっ」


 目論見通りではあった。


 だが、初手から逃げを選ばされる。

 それも仕方ないだろう。なにしろ、あのでかい口から酸の塊を吐き出してきたのだから。


 爆弾のように降ってくる酸の塊。


 あんなのを避けようのない場所で食らってたのか。しかも、今は鎧もない。


 けれど、絶望には、まだ早い。


「《冷静な目》」


 特技を使用してMPが1点減る。

 MPが50にまで減るが、その甲斐はあった。


 まるでスローモーションのように、酸の塊がゆっくりと近づいてくる。

 その軌跡を見定めながら、俺は確実に酸の弾丸を避ける。莉桜がいるのとは反対側の方向へ。


 そうしながら、俺は銃のトリガーを引いた。なるべく俺に関心を向けるように。こっちへ来いと念じながら。

 銃弾が真っ直ぐに飛び、雲のブロックへと吸い込まれていく。


 まったく痛痒を感じた様子はなかったが、俺の思いは通じた。


 ホエールドラゴンは不機嫌そうに身をよじらせると、そのままクジラの尻尾を俺へと振るう。


「まぁた、尻尾かよッ」


 水際の狭い陸地。

 横薙ぎにされると、逃げ場がない。


 ――普通なら。


「《冷静な目》」


 再び敵の攻撃がスローモーションになり、どこなら避けられるのか。じっくりと探す余裕ができる。


 ――ここだ。


 我が事ながら感心しつつ、俺はバタンとその場に倒れた。

 わずかな地面のくぼみ。そこに倒れ込んだのだ。


 そここそが、唯一の正解。


 俺が見ていた世界が通常時間に戻り、俺の背中を掠めてクジラの尻尾が通過していく。

 瞬間的な暴風。傘を差していたら、あっさりと壊れていただろう。それか、吹き飛ばされているか。


 だが、破滅の一撃は俺の上を通り過ぎ、ダメージは受けなかった。


 二回連続で、なんとか回避はできた。しかし、手詰まりな状況は変わらない。


 どうすればいい?


 分からない。分からない。分からない。


「《疾走》」


 答えを探しながら起き上がり、俺は走る。地面ではなく、巨大エビの群れと戦ったときと同じように、壁を。自動的に足が変化したが、もう、慣れた。

 ただ、ぐんと引っ張られるような加速には、毎回驚いてしまう。


 それでも、俺の走り――というか、跳躍――は止まらない。

 壁を、まるでスケボーのバンクのように利用して飛んだ。


 目指すのは、ホエールドラゴンの上。図体がでかいだけに、失敗することはない。


 ムーンサルトのような軌道を描いて、着地。

 ブロック状になった雲は、意外と、しっかりしていた。


「《強打》」


 しかし、周囲を観察することも、感触を確かめることもしない。


 体を斜めに傾けて、腕を叩き付ける。


 だが、当然と言うべきか、ほとんど効いた様子はない。

 たぶん、蚊が刺しているようなものだろう。不快だが、致命傷にはほど遠い。


 巨大エビを真っ二つにした【攻撃力】も、ホエールドラゴン相手には無力だ。


 ダメだ。ダメだ。ダメだ。

 やっぱり、まともにやり合っちゃ勝ち目なんてない。実践するまでもなかった。あの巨体と殴り合って、判定勝ちなんてあり得ない。


 だから、目指すのは。目指さなくちゃいけないのは短期決戦。できるなら、一発KO。


 できる。できないは考えない。

 そのためには、どうすればいい?


「うおっと」


 効きはしないが鬱陶しかったのだろう。ホエールドラゴンが、また身をくねらせて俺を排除しようとする。


 落とされるぐらいなら飛び下りてやる。


 自分が自棄気味になっていることにも気づかず、俺は紐のないバンジージャンプを強行した。まあ、なんとかなるだろう。

 それに、今はもっと考えなくちゃならないことがある。


 《存在解放》

 《強打》

 《人形の体》

 《物質礼賛(ナヘマー)

 《武器の手》 

 《疾走》

 《骨格強化》

 《冷静な目》

 《環境適応》

 《永劫不定(リリト)


 これが、俺の持ちうる手札のすべて。


 どれなら、ホエールドラゴンを相手にできる?


 その答えは、消去法でしか導けなかった。

 やっぱり、特技じゃ、どうしようもない。唯一《存在解放》には可能性があるが、リスクが大きすぎる。


 やはり、『概念能力』(クリファ)しかないか。


 考える。考える。考える。

 考えろ。考えろ。考えろ。


 水面へ向かって落下しつつ、頭上のホエールドラゴンをにらみつける。

 そうしながらも、俺は考え続けていた。


 だが、 《物質礼賛(ナヘマー)》でなにを作る? なにを作れば、ホエールドラゴンを一撃で倒せる? なおかつ、俺と莉桜がなるべく巻き添えを食らわずにだ。

 

 分からない。分からない。分からない。


 では、《永劫不定(リリト)》は?


 確かに【物理防御】や【魔法防御】を無効化するのは常に有効だろうが、元の【攻撃力】が足りないのでは意味がない。


 どうする。どうする。どうする。


 しかし、切り札はやはり、このふたつだけだ。


 《物質礼賛(ナヘマー)》と《永劫不定(リリト)》。

 《物質礼賛(ナヘマー)》と《永劫不定(リリト)》。

 《物質礼賛(ナヘマー)》と《永劫不定(リリト)》。


 ――分かった。


 そうか。

 それしかない。


 それは、天啓に等しかった。

 とても、自分で思いついたとは思えない。この極限状態が良かったのかも知れない。


 でも、ここじゃ、ダメだ。


「莉桜、全部、俺に任せろ!」


 作戦がある。トチ狂った訳じゃない。


 そんな思いを込めて言うと、俺はそのまま水中へダイブした。


「兄さん!!」


 水中に入ってしまうと、さすがに、莉桜の声も聞こえない。

 カカシになった俺は、厳密には言葉を喋っているんじゃなく、思考と概念のやり取りをしているらしい。なので、距離はあまり関係ないはずなのだが、さすがに、この状況で意思の疎通ができるはずもなかった。


 まあ、そのコミュニケーション能力のお陰でこんな作戦を実行できるんだが。


「我、観念を否定す。真の実在は認識に在り――《物質礼賛(ナヘマー)》」


 水中に沈みながら、俺は莉桜に入力された合言葉を唱える。


 元フライング・ソードを失った右腕の先に、虹色の光が集まっていく。いつもなら、一瞬でなにかが生まれるところだが、今回は違う。

 胸の『星紗心機』(スターハート)からぐんぐんと魔素(マナ)が減っていき、代わりに、鉄骨で組み上げられた建造物が、少しずつ現れる。


 水底に足を広げたような塔脚が四本。

 そこから、アーチを描く鉄骨が伸びている。


 俺はそこに捕まり、急成長していく塔にと一緒に水面を目指す。

 カカシには水圧なんて関係ない。

 そのまま、ジャンプするイルカみたいに水中から脱出した。


 MPはまだまだ吸われていく。鉄塔の成長は止まらない。

 虹色の光を纏いながら天井近くまで――恐らく50メートルぐらいまで大きくなる。


 その鉄塔は、先端に行くに従い細くなり、一番先は槍のように鋭い形状を取った。


 これで、完成だ。


 先端が尖った、赤い、鉄塔。

 それは、東京タワーのミニチュアとでも言えるものだった。ただし、数十メートルはあるミニチュアだ。いや、ここは東京じゃないんだから、異世界タワーだな。


 そう。サイズは、ホエールドラゴンにも匹敵する『異世界タワー』だ。


「…………なにごとですか?」


 莉桜は、ぽかんとその光景を見つめている。というか、それしかできない。


「強きは脆き。完全なる物は即ち崩壊を待つのみ――《永劫不定(リリト)》」


 そんな妹を余所に、俺は残ったMPを振り絞って、もうひとつの鬼札(ジョーカー)を切った。


 そして、ホエールドラゴンへと語りかける。


「さあて、こいつに食らい(・・・・・・・)ついてくれよ(・・・・・・)


 自分で言って、おかしさに笑いがこみ上げてきた。やっぱり、トチ狂ってる。


 でも、莉桜が俺のために用意してくれた力は――絶対だ。


 俺のお願い(・・・)に、再び目が真っ赤になったホエールドラゴンは快く応じてくれた。


 天井へ向かって軽く飛ぶと、巨体を翻して垂直に落下していく。まるで、獲物を見つけた猛禽のような動きだ。


 もちろん、いくら《永劫不定(リリト)》でも、完全に行動を縛れるわけじゃない。それなら、自殺してもらったほうが手っ取り早い。


 破滅へ抵抗するため、ホエールドラゴンが巨大な口から酸を吐く。


 それに合わせて、俺はタワーから手を離した。巻き込まれたら、アホみたいだ。


 俺が再び落下するのに合わせ、酸の白い塊がタワーの尖端を溶かす。


 ――けれど、そこまでだ。


 尖端はなくなっても、塔そのものは健在。


 ホエールドラゴンは大口を開けて、『異世界タワー』を飲み込もうとする。


 俺や莉桜と違って、抵抗はない。


「強きは脆き。完全なる物は即ち崩壊を待つのみ――《永劫不定(リリト)》」


 そして、これで【物理防御】もゼロだ。


 速度と自重も相まって、串刺しになるホエールドラゴン。ずぶりずぶりと、本当に串を打つかのように『異世界タワー』が入っていった。


 お願いは、ここまで。


 苦痛を感じているのか。ホエールドラゴンが巨体をばたつかせる。

 一緒に『異世界タワー』が大きく揺れ、鉄骨が軋む音がした。


 落下する途中、俺とホエールドラゴンの目が合った。


 輝きのない、生命や感情の感じられない瞳。


 思わず、身震いする。


 だが、もう、取り返しはつかない。ホエールドラゴンが空を飛べても、ここまでしっかり食い込んだら引き抜くことなどできない。


 むしろ、最後の抵抗はとどめの一撃と同じだった。


 前後左右に揺れるホエールドラゴンの巨体は、反対に水中へと沈んでいき、やがて、尖端が反対側に突き出てしまった。


 終わりだ。


 再び水面に落下し、俺は勝利を確信する。


 そんな俺を肯定するかのように、ホエールドラゴンのブロック状になった雲の体が、きらきらとした光に包まれる。

 人間だったなら、網膜が焼けるほどの光の乱舞だ。


 そのカレイドスコープのように美しく無秩序な光の競演を鑑賞し――それがひとつの塊になって俺の胸へと吸い込まれる。


 俺の意識は、そこで、途絶えた。

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