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人形転生-カカシから始まる進化の物語-  作者: 藤崎
第一章 カカシの冒険
19/68

18.そして、彼と彼女は迷宮の中核を打ち倒す(前)

「この先が中核(コア)の部屋……かな?」

「ええ。私もダンジョンの最奥まで来るのは初めてですが、間違いないかと」


 俺たち兄妹の目の前には、巨大な扉が立ちふさがっていた。

 見上げるほど大きな扉は、むしろ門と表現したくなる。


 石造りで、見るからに重厚な。

 苔むしてはいるが、古さは感じられない。

 見上げるほど巨大な門。


 巨大エビは当然。巨大化したゼラチナス・キューブが何体かまとめて通り抜けられそうだ。


「いかにも、この先になにかいますという雰囲気ですね」


 『ヴァグランツ』を飛ばして罠がないか調べつつ、そんな身も蓋もない感想を口にする莉桜。

 その真剣な横顔に、少しドキリとさせられる。


 やばっ。意識しすぎだ。俺、キモイな。しかし、莉桜のことを考えると、別に悪いことでもないのか? むしろ喜ばれそうだというのは、調子に乗った意見だろうか?

 まあ、莉桜が美人なのは客観的な事実なので、仕方がない。


 既知の事柄に拘泥しても仕方がないと、俺は話題を変える。


「それにしても、魔物はなんにも出てこなかったな」

「本当に、ジョゼップが倒してしまっていたのかもしれません。余計なことを」


 つまり、左手の銃はまだ実戦デビューを果たしていなかった。

 ジョゼップが余計なことをしたとまでは言わないが、少し残念だ。


「そんなに気に入ったのなら、銃を腕に組み込みましょうか?」

「マジで!? できるのかよ」

「ええ。設備と資材と時間があれば、ですが」


 俺の妹が異世界でエンジニアになっていた。


「悩むところだな」


 いやいやいや。悩んじゃいけないだろ、俺。


 一本足を支点にその場でぐるぐる回って、誘惑を振り払う。マーラよ、去れ。


 ここでボスを倒せば、ようやくダンジョンから脱出。その先は、広大な――そのはずだ――世界が待っている。様々な人たちとの触れ合いもあるだろう。

 それなのに、C級ホラーみたいな外見じゃ困ってしまう。


「かなり、今さらという感想もありますが」

「それでも俺は、節度を大切にしたいと思う」

「どんな姿でも、兄さんは兄さんですよ?」


 それ、俺の妹にしか通じないんですよ。

 いや、莉桜に通じている時点で問題なんだが……。


 ……さて。


 楽しい妹とのおしゃべりはここまでだ。


「行こうか」

「はい」


 特に打ち合わせはしていないが、戦術は決まっていた。

 俺が前に出て敵を引きつけ、莉桜はなるべく離れた場所から援護する。最悪狙われた場合は『ヴァグランツ』の守りで時間を稼ぎ、俺が救援に向かう。


 正直、戦術というのもおこがましいが、約束事は決めておかないといざというときに上手く動けない可能性もある。


「……よし」


 扉に手をかけ――ようとして両手がふさがっていることに気づく。

 しかし、莉桜に任すわけにはいかない。


 結局、俺の右手の先にくっついてる剣の柄でごとといった形で、門を押す。


 ……その前に、また、気づいてしまった。


「……ところで、これ、開かないとかないよな?」

「ダンジョンによっては、そういう仕組みの場合もあるそうですが」

「あるのかよ」

「ただ、そういうギミックはありませんでしたからね」


 普通に開くと思いますよと、莉桜が軽く請け負った。


 それに後押しされ、俺は力を込める。


 フライングソードごと、ぐっと一押し。

 一般人数人分に匹敵する【筋力】120による恩恵か、徐々に奥へと開いていく。


 手応えからすると、むしろ、勝手に門が開いていったというほうが正確かもしれない。


 中になにがいても良いように。なにがあっても対応できるように、背後にいる莉桜にも気を配りながら集中力を高めていく。


「ぐはッ」


 それでも、反応できなかった。全身に衝撃が襲い、曲がらないはずの体がくの字に曲がる。レベルアップで上昇したはずの【先制】をあざわらうかのようだ。


 一本しかない足が地面から離れ、宙に浮く。


「兄さん!?」


 しかし、当然訪れるはずの落下がない。


 ぱくりと、なにかに、くわえられた。


 それだけは分かった。それしか、分からない。


 全身が押しつぶされそうになる圧迫感。即席の鎧がなかったら、カカシの体はとんでもないことになっていただろう。


 それに苦しむ暇もなく、不意に、浮遊感を憶えた。


 先ほどとは比べものにならない。高く空を飛び、重力から切り離された感覚。

 さらに、空中でくるりと回転。正常な感覚が失われる。そのまま落下。状況に翻弄され続けていても、感じる恐怖。ジェットコースターなんて比較にもならない。


 生命の保証のない、アトラクション。


「兄さん!! ダンジョンのボスに水中へ――」


 聞こえたのは、そこまで。

 だが、それで覚悟を決めることができた。


 プールへの飛び込みに失敗した。


 その何十倍もの衝撃が俺を襲う。高速で突っ込んだ水面は、もはや鉄板と変わりない。外からの衝撃にも関わらず、体の内側からバラバラになってしまいそうだ。

 しっかりくわえられているからか、体が上下動しないのが唯一の救いか。


 ああ、こりゃ。莉桜からの警告がなかったら死んでたな。


 それでも、巨大エビに尻尾で殴られたときよりも、ゼラチナス・キューブの中に入ったときよりも、ジョゼップに魔法でなぶられたときよりも酷い状態。


 その衝撃が過ぎ去ると、今度は全身が水に覆われる。

 呼吸は……元々していない。だが、水中を連れ回されるのには、根源的な恐怖があった。


 わけがわからないものになぶられているという状況が、それに拍車をかける。


 鎧はともかく、藁が詰まった体が水を吸って倦怠感もあった。《環境適応》がなかったら、もっと酷いことになっていたのだろうか。タイミングが悪いとか言ってごめんなさい。


 などと反省していると、口の奥が泡立っているのに気づいた。


 なんか、吐くつもりか!?


 ダンジョンのボスというのがどんな姿をしているのかすら分かっていない。今の俺は、鵜飼いの鵜に捕まった魚みたいなものだ。


 そんな状況でも、あれがやばいものだというのは分かる。逃れようと必死に身じろぎするが、がっちりくわえ込まれて1cmも動けない。


 こうなったら、銃で……。


 ようやく武器に思い至り、引き金に指――厳密に言うと違うんだろうが――をかける。


 しかし、遅かった。


 ごぼっと口の奥から液体があふれてで、横向きにくわえられた俺の右半身にぶつかる。


 ……熱い!?


 文字通り、体が溶けるかのようだ。これは、水……じゃない。


 酸か!


 未だ姿の知れないダンジョンのボス。

 そいつが吐き出した酸の濁流に飲まれ、全身が燃えるかのような痛みに襲われる。


 水中なのに。


「アアアアアアアアッッッッッッ」


 苦悶の声が水中に木霊した。

 それは、莉桜に聞こえる心配がないからという、ある種、屈折した解放感からも発せられたものだった。


 新調したばかりの当世具足も、グズグズに溶けてしまった。

 こうなると、自前の【物理防御】や【魔法防御】に期待するほかない。それならいっそ、吐き出した酸と一緒に水中へ出されたほうがマシだったかも。


 いや、いくら《環境適応》があっても、水中じゃどうにもならない。いいようになぶられて終わりだっただろう。


 どちらにしろ、詰んでいた。莉桜と離ればなれになったので、自分の【HP】がどれくらいなのかも分からなかった。


 だが、生きている。抗えないほど、壊れちゃいない。


 このまま俺が死んだら、莉桜はどうなる?

 妹が死んだ。あのときの感情を、莉桜に味あわせるっていうのか?


 あり得ない、絶対に。

 許容できるはずがない。


 体の内側から、勇気と怒りが湧いてくる。このまま、諦めるわけにはいかない。


 俺が決意を新たにすると、いつの間にか、酸の噴出は止んでいた。連発できるわけではないのか、代わりに、噛みつき――上下からの圧迫が強くなっていった。


 なんとか酸に耐えきった俺は、可動域の狭い首を左右に振って武器を確認する。


 右。元フライング・ソードは、手放していなかった……どころではない。偶然、縦になった剣がつっかえ棒のようになり、切っ先が牙の間に挟まっていた。

 そうか。くわえ込まれはしても、こいつのお陰で、噛み潰されることはなかったのか。


 左手、《物質礼賛(ナヘマー)》で創り出したライフルも無事だ。これは単純に、俺の陰になって酸の影響を免れたんだろう。


 運が良い。


 そう思い込むことにして、俺は銃を持ったままの左腕をぐっと伸ばした。元フライングソードのように上向きではなく、水平に。

 構えると、水中だが、じゃきっと格好いい音が鳴った……ような気がする。


 そんな自分にあきれつつ、俺は遠慮なくトリガーを引いた。水の中だから、撃てないんじゃないかなんて思いもしない。

 途端に、銃弾が内頬へと噴き出していく。銃口が接している状態での射撃だ。水中だからといって減衰することもない。


 《武器の手》のお陰か、反動は感じない。逆に、手応えも感じない。だから、ただひたすら撃ち続けた。


 うおっ。

 体が左右に振られた。やった! 苦痛に身をよじっているに違いない。


 ははははは。口内炎は痛いだろ!?


 俺をくわえ込むような巨体だ。銃弾なんて、それこそ本当に豆鉄砲みたいなものだろう。だが、象だって毒入りのジャガイモで死ぬんだ。

 このまま撃ち続けていれば、倒せないはずがない。


 MPのことなど気にせずに、俺はトリガーを引き続ける。その分だけ銃弾は吐き出され、ダンジョンのボスの身もだえも大きくなる。


 莉桜にとばっちりだけは止めてくれよ。


 その動きが、不意に横から縦に変わった。それも、短い周期で何度も何度も。

 突き上げるような震動。地震のように揺れる中、剣が牙の間から抜けた。


 途端に、再び浮遊感に襲われる。


 さらに、口の奥から空気の塊が吐き出される。川の流れに翻弄される木の葉のような俺にとっては、それは移動する壁に等しい。

 それに勢いよく押し出され、俺は飛んだ。


「おおおおおおおっっっっっ」


 吐き出された。


 それに気づいたのは、錐揉み状態になりながら水面と天井と入ってきた門の存在に気づいてから。


「兄さん!?」


 莉桜……ッッ!


 門の傍らにいた妹に引かれるかのように、飛んでいく。その途中、当世具足は、体から剥がれ落ちてしまった。

 端から見たらミサイルみたいに……とはいかず、水面を跳ね、頭からスライディングして門まで戻った。


 ここに至って、中核(コア)の空間は、巨大エビたちと出会った部屋と同じ構造をしている――中心に丸いプールがあり、その周囲が陸地になっている――ことに気付く。


「大丈夫。致命傷ではありませんよッ――《リペア・ダメージ》」


 莉桜が駆け寄って俺を呪文で直してくれる。だが、さすがに、一回で全快とはいかない。どれだけ【HP】が減っていたのかも気になるところだが、確認している余裕はなかった。


 回復もそこそこにビンっと立ち上がると、そのまま振り返る。


 視線の先に、魔物がいた。

 水の上、空中に佇んでいる。


 思わず、圧倒された。


 その何十メートルもある巨躯に――ではない。


 クジラの体に、竜の頭がくっついた。

 酷く、バランスの悪い生物。


 いや、本当に生物なのか?


 なら、どうして、白い、雲をブロック状に固めたようなパーツで構成されているのだろうか?


 歪で、奇妙な。 


 しかし、不思議と整って、神々しさすら感じられる。


 それは、そんな生物だった。


「ホエールドラゴン……」


 背後から、莉桜の畏怖に満ちた声が聞こえてくる。

 そんな魔物がこっちの世界にいるのか。それとも、見た目の印象を語っただけなのか。


 事実はどちらか分からないが、しっくりくる名前だった。


 それにしても……。


 今は見合っている状態だが、勝利のビジョンは元より、どうやって戦えば良いのか、なにも思い浮かばない。真っ白だ。


 それでも引くことはできないと剣を構え――ようとして、違和感に気づく。


「剣が……」


 最初は敵だった、フライング・ソードの依代。今では愛着も出てきた剣が、ポッキリと折れていた。根本の部分も半分以上切り離されたような状態になっていて、使い物になりそうにない。


 それは、俺に、暗い未来を予感させるに充分な光景だった。

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