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人形転生-カカシから始まる進化の物語-  作者: 藤崎
第一章 カカシの冒険
18/68

17.そして、彼は決戦に備える

 地底湖のあった空間から先、洞窟――ダンジョンはずっと下り坂が続いていた。

 いくつか部屋のようなものもあったが空っぽで、魔物にもトラップにも遭遇していない。


 けれど、それとは裏腹に、緊張感が高まっていた。


 ダンジョンの中核(コア)は、最下層に存在する。それが、名前やステータスなんかと同じ、この世界の法則(ルール)

 それに従えば、この先になにが待っているかは明白。


「もうすぐ、このダンジョンのボスと遭遇することになると思います」


 莉桜も同意見だった。

 自然と身が引き締まっていくのを感じる。


 ただ、疑問がひとつ。


「その割に、敵が出てこないのはどうしてだ?」

「……普通、ではないですか?」


 思いがけないことを言われたと、隣を歩く妹が立ち止まる。

 莉桜の感情と関係があるのか、ないのか。『ヴァグランツ』たちは、軽快にその周囲を飛び回っていた。


「だって、一番守らなくちゃいけない所だろ? それなら、強い魔物を置いておくもんじゃないのか?」

「ダンジョンの大目的は、自己保存でも自己複製でもありません。第一義は、より多くの魔素(マナ)を得て羽化することですから」

「ああ……。そういうことなら、バランスよく置いたほうが旨みはあるか」


 こっちが攻略するという視点で見ていたが、ダンジョンからすると城を防御するのではなく、野戦なのか。なら、戦力を本陣に固めても意味はないよな。


「それに、ダンジョンのボスは、他を圧倒する存在ですから」

「それを先に言って欲しかった」

「……お言葉ですが、兄さん」


 今までの話、無駄だったじゃないか。

 思わず脱力し、《武器の手》のお陰で動くようになった手足が波打つように動く。


「ダンジョンの最後の部屋にいる存在――ボスが一番強いのは、常識ですよ?」

「そういうもんか」

「ただ、兄さんの疑問は、もっともだと思います」

「……つまり?」

「恐らくですが、ジョゼップが倒してしまったのではないかと」


 なるほど。ダンジョンの中じゃ、死体とか痕跡も残らないみたいだしなぁ。


 まあ、そういうことであれば、だ。


「今のうちに、準備をしておいたほうが良さそうだな」


 巨大エビとマインド・バタフライの魔石で得たMPは5。《疾走》分を差し引いて現在MPは74だ。レベルアップには足りないが、強敵を前にしても特技や『概念能力』(クリファ)を遠慮なく使用できるというメリットもある。


 そしてそれは、《物質礼賛(ナヘマー)》でいろいろ試すことができるという意味でもあった。


「そういえば、呪文が自然と出てくるんだよな」

『概念能力』(クリファ)を使用するときのですね? 私が考えて入力(インプット)しましたから」

「へえ。それも、この異世界特有のなのか?」

「え? なにを言っているんですか? クリファと言えば、闇のセフィロトではないですか」


 まさか気づいていなかったんですかと、信じられないものを見るような視線で俺を見る。

 え? 常識だったの?


 というか、そんな冷たい目を向けられるの初めてなんだけど。ショックで体が溶けそうだ。いやまあ、信じられないという意味では、喋るカカシなんてかなりのものではあるが。


「ええと、闇のセフィロト? ってことは、光のセフィロトってのもあるわけか?」

「そこから? そこからなのですか?」

「あ、うん。なんかごめん……」


 理不尽。

 理不尽ではあるが、それを受け入れるのも重要だ。


 なんに重要だって?


 もちろん、女の子と二人で暮らしていくためには、だよ。


数秘術(カバラ)におけるセフィロトの樹に限った説明になりますが――」


 限ってください。是非、限ってください。


「――10のセフィラと22のパスで描かれた図は、それをたどることで世界の創造の秘密と神の叡智に到達することができるとされています」

「随分、大きく出たな」


 よく分からないけど、その程度で到達しちゃっていいの?


「そして、10のセフィラには天使が、22のパスにはタロットカードが当てはめられ、魔術教団でも盛んに研究がされてきました」

「そうなんだ」

「実は、この世界の神々――二と八の十神は、セフィラと関連があるのではないかとにらんでいまして」

「……だったら、闇のセフィロト? ってじゃなくて普通にセフィロトの樹ってやつでも……いや、なんでもない」


 凄い目で見られたので、俺は即座に意見を引っ込めた。


 たぶん、そこは譲れないなにかがあったんだろう。


「そのため、兄さんの特別な力には、セフィロトの樹と対になる邪悪の樹――クリフォトを選んだのです」

名こそ力(トゥルーネーム)があるからか」


 そして、ジョゼップが求めた異世界の知識ってのも、こういうことなんだろうな。

 その力は、皮肉なことに、俺がジョゼップ相手に証明してしまった。


「ええ。ジョゼップは、兄さん――アンドレアスは試作機だと思っていました。いえ、思わせていました。ですので、『概念能力』(クリファ)には気づいていなかったのです」

「試作品が本命だなんて、普通は思わないよな」

「浅はかです。少し考えれば分かったでしょうにね。試作機こそ、最強だということに」


 そうかなぁ。


 しかし、莉桜は自信満々だ。


 なので、俺はポーカーフェイスでスルーする。


「じゃあ、俺も《物質礼賛(ナヘマー)》でいろいろ試してみようかな」

「しかし、魔素(マナ)もったいないのでは?」

「そりゃ、多少は無駄にするかもしれないけど、ケチって負けちゃ意味ないだろ」

「それはそうですが……」


 莉桜は、なおも不服そうだ。


「今までの傾向からすると、まともな装備ではなく今度は土嚢とか作り出しそうではないですか」

「必要があれば作るけど?」


 俺は、当たり前だと首肯した。

 しかし、今は作っても持って行けそうにない。


 ん? 待てよ。猫車も一緒に作れば運べるか? とはいえ、役に立つかどうかとなると……。


「土嚢を作って、投げるか」

「兄さん……」


 莉桜がふるふると首を振り、黒絹のような髪が一緒に揺れる。


「私としては、もっとかっこいい装備を創っていただいてですね、活躍する兄さんを見たいのですが!」

「それならそうと、言えばいいじゃないか」


 妹の期待に応えるのも兄の役目であり特権だ。

 誰にも邪魔はさせないぜ。


「じゃあ、試してみるか」

「そうですね。武器はもうありますから……」

「鎧かなにかか」


 この体自体に【物理防御】はあるけど、さらに着込んで悪いことはないだろう。


「【筋力】は高いから、重たい鎧でも大丈夫かな」


 問題は、どんな鎧にするかだな。


 代表的な西洋甲冑は、なんといってもマクシミリアンアーマーだ。神聖でもローマでも帝国でもない神聖ローマ帝国の皇帝マクシミリアン一世の名が冠せられた、板金鎧の最終形。

 表面に畝を作って強度と軽量化を果たしたマクシミリアンアーマーは、しかし、火器の発達により衰退する。


 まるで、時代の徒花だ。ロマンがある。否、ロマンしかない。


 もちろん、我が日本にも鎧は存在する。

 日本で鎧と聞いて真っ先に思い浮かぶのが、戦国時代末期に誕生した当世具足だろう。


 そう、有名でありながら、バリエーションは多種多様。徳川家康の南蛮胴当世具足のように、西洋のプレートアーマーを参考にした当世具足も存在していた。

 世界一有名な悪役のモデルになった伊達政宗の鎧も、分類で言えば当世具足になる。


「く、詳しいですね、兄さん……」

「歴史好きなら常識だ」

「近いようで、深い溝が……」


 なぜか、莉桜がうなだれた。

 よく分からないな。


「とりあえず、実際に作ってみるか」


 意識を、『星紗心機』(スターハート)に集中。

 続けて、莉桜に教えられた合い言葉を唱える。


「我、観念を否定す。真の実在は認識に在り――《物質礼賛(ナヘマー)》」


 俺の全身が虹色に包まれ、MPが2点減った。

 すぐにその光は消え去って、あとには当世具足を身につけたカカシが佇んでいた。というか、俺だが。


「兄さん……」


 感動の面もちで、莉桜が『鳴鏡』をこちらへ向ける。ステータスではなく、本来の鏡としての用途で。


「ふうむ」


 帽子の代わりに角の生えた兜。

 布の顔を覆う面貌。

 日本の鎧と言えばこれという、両肩を覆う大袖。

 胴は鉄の板を蝶番で止めるスタイル。


 なるほど……。


「これは、落ち武者だな」


 益々ホラー要素が強くなる俺の未来はどっちだ。


「いえいえ、そんなことはありませんよ。【物理防御】が10も上昇していますし」


 妹のフォローが身にしみるな。 


「気に入らないようであれば、発想を変えて乗り物はどうです?」

「乗り物……。車とかバイクか」


 いや、駄目だろ。この体じゃ座れない。

 立ちながら乗れる乗り物なんて……。


「セグウェイぐらいか」

「セグウェイ」


 こればかりはどうしようもない。莉桜に運転をさせるわけにもいかないし。


「あとは、武器か」


 しかし、片手はフライング・ソードで埋まってるからなぁ。


「飛び道具が良いのではないですか?」

投石紐(スリング)は片手で持てるけど、装填を考えるとな……」

「まず、投石から離れてください」


 ひどく冷静な莉桜の声。

 うん。ごめんなさい……。


「そうなると、やっぱり鉄砲か」

「銃ですね、銃」


 莉桜は嬉しそうだが、俺は気鬱だ。

 鉄砲なんて、なんにも知らないぞ?


「サブマシンガンよりは、アサルトライフルみたいな銃がいいと思います」


 ライフルって、映画なんかで狙撃するときに使うやつだよな?


 ……とりあえず、やってみるか。


「我、観念を否定す。真の実在は認識に在り――《物質礼賛(ナヘマー)》」


 今度はMPが3点減り、虹色の光が俺の左手に集まる。

 それが霧散すると、そこには黒光りする長い銃みたいなのが存在していた。


「私も、銃はそこまで詳しくはないのですが……。どこかで見たような、どこにも存在しないような感じですね」

「なんか、おもちゃっぽいな」


 言葉を選ぶ莉桜に対し、俺は一言で切り捨てた。

 引き金を引けるよう、細く変化した俺の手とセットだと、益々おもちゃのように見える。


 だが、威力は本物っぽい。


 試しに、少し離れた壁へ撃ってみたところ、勝手に連射となり、石をえぐった。銃弾が集まった一帯だけ、穴があいている。

 これ、結構楽しいな。


 無限に打てる水鉄砲みたいな感じだ。童心に帰ってしまう。


「兄さん、あの、弾は……」

「あっ」


 調子に乗って撃っていたところに、莉桜から注意を受けた。

 試し撃ちで弾切れなんか起こしたら目も当てられない……が。


 今なお、銃口から銃弾は射出され続けていた。


「弾切れしませんね」

「……どうも、何十発か撃つと勝手に補充されるみたいだ」


 試し撃ちを終えた俺は、引き金から指を離しながら莉桜へと振り返る。

 俺もさっき気づいたのだが、MPが68まで減っていた。鎧と銃を作っただけなら69のはずだから、自動的に1MP消費され、銃弾が作られたことになる。


「魔素がある限り無限に供給されるわけですか。凄いですね、それ」


 ただ、《強打》が乗らないので、魔狼みたいな相手には効かない。


 それに……だ。


 一本足のカカシが鎧を着て、右手に剣。左手に鉄砲。


「やべえだろ、これ」

「そうですね。格好いいですよ、兄さん!」

「え……?」


 いやいやいや。やばいって、そういう意味じゃないぞ?


 もしかして、俺を慰めてくれてるのか? でも、きらきらとした瞳でこっちを見てくる莉桜からは、そんな様子なんてまったくなかった。


 本気……みたいだな。


 だとしたら、将来が心配だ。


 父さん、母さん。


 莉桜はもう、手遅れかもしれません。

明日は二話更新。第一章終了の予定です。

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