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人形転生-カカシから始まる進化の物語-  作者: 藤崎
第一章 カカシの冒険
17/68

16.そして、彼と彼女は中核を目指す(後)

 なんであれ、初めての相手というのは特別だ。


 水面から頭の先だけ出してこちらを見ている何匹もの巨大エビ。それを目の前にして、俺は全身をぴんと強ばらせた。それはまさにカカシと呼ぶべき状態だっただろうが……この状況においては最悪としか言えない。


「大丈夫です、兄さん! 私の兄さんは絶対に負けたりなんかしませんから」

「……そうだ、な」


 そう、莉桜がいるんだ。

 いくら『ヴァグランツ』という守りがあるとはいえ、巨大エビの捕食対象であることは間違いない。


 莉桜が、エビに食べられる。


 それは、最悪としか言いようのない未来図だった。


 巨大エビたちの真っ黒な。一切の光を反射せず、コミュニケーションも拒絶する瞳。《永劫不定(リリト)》でも交渉は不可能だろう。

 水面から飛び出たそれをにらみつけ、せめてもと敵愾心を露わにする。いつの間にか、緊張感など消えていた。右手にぶら下げた元フライングソードが、実に頼もしかった。


 とはいえ、カカシの顔では威嚇が通じるものではない。結局、実力行使だ。


 しかし、このフィールドは厄介だった。


 巨大エビがいる地底湖の先に中核(コア)へとつながる道がある。そこへたどり着くには、泳いで渡るか一人通れるか通れないかのスペースしかない縁を歩いてたどり着くしかなかった。もちろん、巨大エビたちが黙って見ているわけもない。


 さすがに、《環境適応》で水面を歩くのは無理だろうしな。使えるようで、使えねえ。


「莉桜はここで待っててくれ」

「兄さん……。いえ、分かりました」


 戦闘ではほとんど役に立っていない。そのことに忸怩たる思いを抱えているのだろうが、それをぐっと飲み込んで莉桜はうなずいた。


「ただし、私が直せないような無茶はしないでくださいね」

「分かってるよ」


 理解はしているが無茶をしないとは言わず、俺は地底湖へと近づいていく。とはいえ、もちろん水の中に入りはしない。

 もしかすると泳げるのかもしれないが、ぶっつけでそれを試す勇気はない。


「相手をしてやるから、こっちに来いよ!」


 大声で――厳密には空気を震わす声じゃなくてテレパシーみたいなもんらしいが――巨大エビたちを挑発する。

 こちらとしては、巨大エビたちに来てもらわなくちゃ話にならない。莉桜のためにこいつらを全員“掃除”しないと、安全は確保できないんだから。


 そのため、体を横向きにしたまま地底湖の縁を跳び、巨大エビを呼び込む。囮というか、釣り餌の気分だ。本来なら、釣り餌はあいつらのはずなのに。

 いや、カカシもルアーにもなるか……?


 果たして、効果はあった。


 俺の言葉が通じたわけではないだろうが、巨大エビたちがすいと水中を移動し、跳躍してわしゃあしゃと前肢をこちらへ向けてくる。


 凄まじい迫力。


「くっそ!」


 自分から呼び込んでおきながら、圧倒されて《強打》を使用する余裕もなかった。ただ反射的に、竹とんぼみたいに横に回って剣を振る。


「うぐっ」


 そして、剣を持っていない左手が壁につっかえた。

 狭い場所、不利すぎるな!


「え?」


 しかし、結果は予想外の物だった。


 前肢をどうにかしようと放った一撃は、元フライングソードの威力とリーチも加わり、あっさりと巨大エビを両断した。

 頭と体が分断され、調理中の食材のようになる巨大エビ。


 むしろ、倒した俺のほうが困惑してしまう。

 そんな俺は放置して、緑色の魔石に変わった巨大エビは俺の胸――『星紗心機』(スターハート)へと吸収された。


「兄さんはレベルアップしているんですから! 当然の結果です」

「あ、ああ」


 戸惑う俺を見かね、莉桜が大声で言う。

 そうか。【攻撃】とか、かなり上がってるもんな。


 そして、上がっているのはそれだけじゃなかった。


 別の巨大エビが水面から飛び上がり、今度は尻尾で攻撃してくる。前は、吹き飛ばされて壁に叩き付けられたやつだ。

 ここで喰らったら、壁にぶつかった反動で地底湖に落ちかねない。そうなったら……結末は言うまでもないだろう。


 だが、そうはならなかった。


 つっかえた左腕を支点にして、俺は一本足で跳躍して体を180度回転させた。少し前まで俺がいたはずの場所を、扇のような尻尾が通過していく。

 後ろを向いて着地した俺は、【回避】61の力を実感するよりも先に、再度元の方向へ半回転。ルーレットのように動いて、剣を振り抜いた。


 刃筋を立てるとか、急所を狙うとか。そんなことは考えもしていない、乱暴に振り回しただけの攻撃。特技だって、使ってはいない。


 にもかかわらず、【攻撃】132の恩恵なのか。尻尾から先をすっぱりと切り落とすことに成功する。続けて、我ながら器用に体を回転させながら巨大エビに斬撃を見舞う。


 そのまま水中へ落ちていったが、胸に魔石が吸収されることで、その末路を知る。


 それにしても、クルクル回るカカシがスパスパ斬り刻むとか、ホラー以外のなにものでもないな。いや、相手がエビだと恐怖よりもシュールか?


 そんなことを考えているうちに、また別の巨大エビが向かってきた。


 ふとした思いつきを実行するため、俺は巨大エビに向かって体を傾けた。お辞儀というか、今の状況だと頭を差し出しているように見える。


 しかし、当然ながら、そんなつもりはない。


 前傾姿勢のまま、俺はぴょんと跳んだ。竹の足が壁に触れる。

 すると、足の先が真ん中でぱかりと割れて、垂直の壁にぴたりと吸い付いた。


「《疾走》」


 カカシ――俺の体が、引っ張られるように猛スピードで壁を上っていく。関節のない俺に、向きなど関係ない。

 お馴染みの《疾走》と、新規に取得した《環境適応》。その組み合わせだ。《環境適応》のお陰で、重力に逆らっても問題ない。


 あっという間に、巨大エビの高さを超える。


 そこから体をねじって飛び降り、剣を振り下ろした。


 一刀両断。


 巨大エビは悲鳴もあげられずに――そういえば、声を聞いたことがなかった――真っ二つになった。なんか、クリスマスの時期によく見る料理みたいだ。


 テルミドールといえばクーデターだから戸惑うんだよななどと――考えていたのが行けなかったのか、地底のに着地、いや、着水する。


 そう。落水ではない。


 水蜘蛛といったか。忍者が水の上を歩く道具みたいに足先が変化し、水面を跳ねた。


 そのまま水切りみたいに跳び、最後の巨大エビと交錯する。


 今度は、縦ではなく横に一刀両断。頼りになるな、元フライングソード。


 辻斬りというか通り魔というか。擦れ違い様に巨大エビを倒すと、対岸に着地する。役目を終え、俺の足が元に戻った。


 ……これ、どういう構造なんだろうなぁ。


「莉桜、終わったよ」


 数分待って、これ以上巨大エビが出てこないことを確信してから、俺は妹を呼んだ。


「分かりました。今、行きます!」


 うきうきした感じの莉桜の声。

 最初に異世界の洗礼を受けた巨大エビ。それを鎧袖一触した達成感も相まって、なんだか、俺まで嬉しくなってしまう。


 だからだろう、異変に気づかなかったのは。


 蝶が目の前を飛んでいた。


 アゲハチョウに近い、カラフルな体。カカシの周りを飛ぶ蝶というのは、なかなか風情がある。


「兄さん、気を強く持ってください!」


 なんでダンジョンの中を蝶が飛んでいるのか。

 そんな当前の疑問に思い至るよりも先に、鱗粉が降り注いだ。





「また、心ちゃん……じゃないか」


 あの時のように真っ白な空間じゃない。今度は、真っ暗闇だ。


 果てがどこにあるのか。どっちが上で、どっちが下なのか。俺は、立っているのか横になっているのか。はたまた浮いているのか。


 なにも分からない。


 今の、俺自身の姿さえも。


 一体、なぜこんなことになったのか。巨大エビを全部倒したと思ったら、突然、こんなところにいた。きっかけもなにも分からない。


 最近、このパターン多すぎないか?


 ため息混じりで――本当に出ているかは分からない――俺はもがくようにして手足を動かした。


 しかし、全く進んでいる感覚がない。むしろ、底なし沼に落ちていくような気すらする。そもそも、今は足が何本あるのか。呼吸をしているのか。


 まったく、なにも分からない。


 それでも俺は、あがき続ける。


 そのまま、どれくらいの時間が流れただろうか。


 五分か、三十分か、一時間か。

 あるいは、一日かもしれない。もしくは、ほんの一瞬だったようにも思える。


 とにかく、時間感覚すら分からなくなった頃――変化が訪れた。


「見慣れた相手だけど、なんて挨拶して良いのか分かんねえな」


 それも当然。


 よく知っているが、会話をしたことなどない相手。


 俺が、目の前にいるのだから。


 ああ、いや。俺といっても、カカシじゃない。地球で生きていた頃の俺だ。


「まったく、俺にはあきれるぜ」


 その()は、皮肉たっぷりに俺へ話しかけてきた。

 我ながら、むかつくな。


 挨拶も前置きもなしに、()は糾弾を始める。


「莉桜が俺のことを男女の意味で好きって、受け入れる兄貴がいるかよ」


 正論だ。

 耳が痛い。あるのかどうか、分からないけれど。


「傷つけたくないのは分かるが、いさめるのが兄だろう」


 そんなのは愛じゃない。甘やかしているだけだと、()は俺を断罪する。


「いや、それも違うか」


 言いたいことを言っておいて、あっさりと否定する()


「体がカカシだから、生まれ変わった莉桜とは遺伝子が違うから。そんなのは受け入れる理由にはならないよな?」


 そして、()は逃げ道をふさぐ。


「それでも思いとどまらせるのが、兄妹ってもんだろう?」


 ()の正論に、ぐうの音も出なかった。


「結局は、逃げているだけだ。本当に莉桜の気持ちを受け入れる覚悟があって、あんなことを言ったのか?」

「…………」


 莉桜には幸せになって欲しい。それは、絶対に間違いない。

 異世界に転生してからも、幸せな幼少期を過ごしてた……というわけじゃなさそうだしな。


 では、翻って俺の気持ちはどうか。


 莉桜のために聞こえのいい台詞を吐いて、適当にごまかしているだけじゃないのか。

 不毛な関係など求めずに、健全な道を歩ませるべきではないのか。


 ()は、そう糾弾する。


 正しい。

 それは、正しい。


 正しいが、ある一面においての正しさでしかない。


「前提が間違ってるぞ、俺」


 思い出すのは、過去の記憶。


 莉桜は昔から俺にべったりだったが、俺はずっとそうだったわけじゃない。5歳下の妹、しかも女の子となんて一緒に遊べないと邪険にしたことだってある。


 それでも、莉桜はついてきた。諦めなかった。食らいついてきた。そうとしか表現できないほど、俺と一緒にいることを望んだ。


 莉桜が俺を好きになったきっかけなんて、あるのか、ないのか。俺には分からない。俺が鈍いのか、莉桜が隠し通すのが上手かったのか。たぶん、両方だろう。


 だけど、父さんと母さんが死んでから。救助を後回しにして俺と莉桜を救ってから――俺たちは二人きりだった。二人で生きてきた。


 それは覆せない事実だ。確かな絆だ。


「諦めろよ、()。俺は、いや、俺たちは、とっくに莉桜のものだったんだよ」


 誰も、莉桜でさえも認識していない事実。

 いつからかは分からないけど、とっくに莉桜という糸に絡め取られていたんだ。


 それを証拠に、莉桜が死んだ後も、俺はだれとも深いつきあいをしなかったじゃないか。


 まあほら、誰かに告白して上手く行ったとは限らないとか、そういうのは抜きにしてな?


「それは、逃げだろ」

「逃げてなにが悪い」


 開き直りではなく、俺は本心からそう言った。


「莉桜に責任を押しつけているだけだぞ」

「こうなった原因の一端は莉桜にもある」


 俺だけのせいにされても困る。こうなったら、もう、共犯だろ?


「どうなるかは、そりゃ、俺にも分かんないけどさ」


 あきれている。いや、圧倒されている()へ、俺はさらに畳みかける。


「ごまかすなよ、()


 俺に気圧されたというわけでもないだろうが、物言わぬ()は、そのまま闇に消えてしまった。


 ほっと一息。


 しかし、それはまだ早かった。 


「…………」

「…………」


 俺が消えた場所に、今度は二人の人物が現れた。


 懐かしい。

 父さんと母さんが。


「…………」

「…………」


 遺影と同じ顔をした二人が、無言で俺を詰る。


 ははははは。


 そりゃそうだ。そりゃそうだよな。二人にしてみれば、なにをしてるんだって話だよな。


 父さんと母さんの代わりに莉桜を幸せにしなくちゃいけなかったのに、この様だもんな。


 辛い。


 愛する家族と死に別れるより辛いことがあるなんて思いもしなかった。


 痛い。


 腹にナイフに刺されるよりも痛いことがあるなんて思いもしなかった。


 それでも俺は、その場に踏みとどまった。地面なんかないし、そもそも本当に立っているのかも分からないけど、気持ちだけは一歩も引かなかった。


「父さんと母さんが望む形とは違うと思うけど、というか、絶対に違うけど」


 そりゃ、二人が望んでいたわけない。

 自分で言って可笑しくて、場違いにも俺は笑う。


「もう、莉桜を辛い目に遭わせることは絶対にしない。それは約束するから!」


 聞きようによっては、プロポーズと言われかねない宣言。

 言ってから、火に油を注いだだけじゃないかと震える。


 だが、後悔はしていなかった。


 紛れもない、本心だったから。





「兄さん!」


 声。声がする。

 聞き間違えるはずがない、妹の声だ。


「莉……桜……」

「兄さん!? 自力で抜け出せたんですね」

「抜け出せた……?」


 疑問を抱えながら、俺は左右に視線を巡らせ――


「うひゃあおっ!?」


 ――驚いて飛び上がった。比喩じゃなく、いきなり、カカシのように直立した。カカシだから。


「な、なにがどうしたんですか!?」

「いやなんで、膝枕なんだよ」

「私も兄さんも嬉しい。Win-Winな対応ではないですか?」


 純真無垢のサンプルみたいな表情で、地面に座りながら首を傾げる莉桜。

 あざと可愛いな!


「危ないところだったのですよ、兄さん」


 そう言って、何事もなかったかのように立ち上がった莉桜が地面を指さす。

 そこには、羽と胴体が泣き別れた蝶が一羽転がっていた。


「マインド・バタフライ。対象の精神に干渉し、最悪の場合、廃人に追い込むと言われている魔物です。肉体的には、私がどうにかできるぐらい弱いのですが」

「あー……」


 そういや、蝶を見たんだったか。すっかり忘れていた。いや、忘れさせられていたのか。


 確かに、危ないところだった。


 ため息をつけない代わりに、俺は莉桜に問いかける。


「莉桜、俺のこと愛してる?」

「愛してます」


 ノータイムで答える妹。


 やれやれ。頑張った甲斐はあったかな。

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