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人形転生-カカシから始まる進化の物語-  作者: 藤崎
第一章 カカシの冒険
16/68

15.そして、彼と彼女は中核を目指す(前)

「おお、元に戻ってる」


 一夜明け……たのかはダンジョン内じゃ分からないが、感覚としては翌日。

 いつの間にか、竹の手足が元に戻っていた。眠る前は手足があっても動かせないぐらい怠かった体も、今は活力に満ちあふれている。


 その上、消費し尽くしたはずの魔素(マナ)――MPも、幽霊となったジョゼップの魔石を吸収したのだろう、なんと、胸の魔石七つ分にまで達していた。


 MPを全部使いきったの状態から一気に2レベルアップ。莉桜が言う通り、本来、勝てる相手ではなかったわけだ。


 ……まあ、勝ったもん勝ちだ。


 しかし、レベルアップしても、《存在解放》の代償は無視できないんだな。つまり、自爆――厳密には、ちょっと違うんだが――でジャイアントキリングしつつ、レベルアップで行動不能を無効化なんて作戦は取れないと。


 なんだろう? 心ちゃんが暗躍しているような気がしないわけでもない。


 それはともかく、とりあえずは復活と宣言しても良いだろう。


 ――俺だけならば。


「にいさん……。うふふ……に・い・さ・ん」


 そんなつぶやきが、背後から聞こえてきた。

 もの凄く情報量の低い――というよりは、皆無の――寝言だ。

 

 俺を抱き枕にしたまま眠っていたようで、背中に莉桜の吐息を感じる。それから、胴に回してぎゅっとしている腕や、押しつける形になっている胸の感触も。

 いやまあ、胸の感触はあんまりないんだけど。


 それはともかく、俺を抱き枕にする莉桜をどうにかしないと、身動きできそうにない。


「莉桜ー」

「やだ、にいさんそんな。でも、にいさんならいつでも……」


 莉桜の夢で、俺は一体なにをしているのだろう。気になるが、真相を知ったら精神的に死にそうだ。


「莉桜、莉桜」


 妹を起こすのなんて、いつ以来だろう。朝飯の準備ができないのは残念だが、懐かしくて涙が出そうになる。そんな機能は、ないけどな。

 いや、|《物質礼賛》《ナヘマー》があるから、朝飯を出すことはできるのか。まあ、作ったわけじゃないからちょっと微妙だけど。


「にぃさん……。はあっんっ、にいさぁん……」


 とか兄はノスタルジックな気分に浸っているのに、妹は悩ましげな声をあげてるんですよね。抑圧されていたものが解き放たれたって感じなんだろうか。


 ……困った。


「莉桜、莉桜。起きろ、起きろったら。寝ぼけてる暇はないぞ」


 少し大きめの声を出し、不自由ながらも体を左右に振って妹を起こす。

 竹の両腕が当たらないよう慎重に。でも、振動が伝わるよう遠慮はせずに。


「兄さん……」


 声のトーンが、変わった。

 少しずつ、意識が浮上しているようだ。


「兄さん兄さん」


 よしよし。内容はあれだが、このままなら……。


「兄さん……愛してます」


 まだ、寝ぼけてやがる!


 結局、莉桜が完全に目覚めるまで、さらに十数分を要した。


 しかし、それは俺の解放を意味してはいなかった。


「やっと起きたか……」

「おはようございます、兄さん。夢の中にも目が覚めても、兄さんがいる。素敵ですね」

「……ところで、莉桜。そろそろ解放して欲しいんだけど?」

「なぜですか?」


 はっきりと、断固たる意思を持って妹が拒絶する。

 いやいや、なぜじゃねえだろ。


「そもそも、俺を抱いてる必要はなかったんじゃ?」


 あろうことか兄を抱き枕にしていた妹に、俺は正論を放つ。

 うん。まったくもって、その通りだ。カカシなんだから、その辺に置いとけば良かったんだ。


 しかも、現在進行形で後ろから抱きしめ続ける必然性は皆無。


 だが、妹の意見は違った。


「妹が兄に抱きつくのに、理由が必要ですか?」

「当たり前だろ!?」


 極論で返して来やがった!


「ああ……。なんてことでしょう」

「いや、そんな絶望されても」


 あと、ぎゅっと抱きしめられても。

 その……なんだ……困る。


「そんな世界は壊れてしまえばいいのに」

「世界、もうちょっと丁寧に扱って、世界」


 うちの妹が、おかしくなった!

 いや、もしかしたらこれが本音で、ずっと取り繕っていただけなのかもしれないけど……。


 けど、建前とか世間体って大事だからな!


「もう、遠慮なんかしないって決めましたから。どうしても解放して欲しかったら、私を喜ばせてください」

「とんだお姫様だ」

「女の子は、みんなお姫様ですから」


 わがままを言う振りをして、俺からアプローチをかけさせようとする莉桜。顔は見えないが、ドヤ顔に違いない。それもまた、かわいいんだろうけどな。


 しかし、素直に思惑に乗るのもしゃくだ。

 あの性格からすると、心ちゃんも、意外性のある展開を望んでるだろうし。協力者には逆らえないよなー。


「分かった。莉桜が満足するまでこのままでいよう」

「……わ、分かってくれればいいんです」

「でも、本当にこのままでいいのか?」

「もちろんです」


 その力強い返答に、歪みはなかった。大坂城のように強固な城塞を思わせる。

 だが、強いと脆いは紙一重なのだ。


 俺は早速、莉桜を揺さぶりにかける。


「お願いすれば、もっと凄いことをしてもらえるのかもしれないのに?」

「どこまで、どこまでOKですか!?」


 自分の希望を告げるのではなく、まず、相手のことを考える。

 相変わらず、優しい妹だな。


「それは、莉桜自身で探してみるんだな」

「にぃさぁん……」

「そういえば、報告しておかなくちゃいけないことがあったんだ。夢みたいなところで、『星紗心機』に会った」

「……ど、どういうことです?」


 予想外すぎる言葉に、思わずといった感じで莉桜の拘束が緩む。


「なんかこの『星紗心機』には意思があるみたいだな。普段は表には出てこないみたいだけど。んで、『ずっとずっと、見とるやさかい。心を、飽きさせんといてなぁ』って言われたよ」

「兄さん、それは……」


 人形師として聞き捨てならなかったのか。

 莉桜の声に真剣味が帯びる。


「つまり、夢で他の女に会っていたと?」


 寒い。急に寒くなった。

 あれえぇ? もしかして、ジョゼップがまた現れたんじゃないか?


 しかし、ほとんどない可動域を駆使しても、幽霊の姿は見つけられなかった。


 おかしいな……。


「女っていうか、『星紗心機』の妖精みたいな感じだしなぁ」

「会っていたんですよね?」

「会っていたというか、向こうから出てきたというか……」

「夢に出てきたということは、その人に愛されているということなんですよ?」

「知ってる」


 ただし、ソースは平安貴族。


「つまり、兄さんは私を愛していると夢の中に出てきたのに、別の女とも会っていたのですね……?」


 声に温度というものがあったら、これは絶対零度に違いない。


(やべえな……)


 ひとつ、確かなことがある。

 どうやら、俺は策におぼれてしまったようだった。





「さっきは、どうかしていました。ええ。もう正気に戻りましたので安心してください」

「そっか、それならいいんだ」


 明らかに無理がある言い訳。


 だが、深追いはしない。

 薩摩兵を追撃しても、ろくなことにはならないのと同じだ。


 あのあとしばらくして我に返った莉桜は、あわてて俺を解放した。そして、恥ずかしそうにのたうちまわったのだ。俺を振り向かせると宣言した直後に、自らの欲望を全面に出した醜態を晒してしまったわけで。


 大丈夫。


 俺も、思春期の妹と二人だけで生活してきた兄だ。見て見ぬ振りをする情けぐらいある。


 それに、まあ、莉桜が本気だと再確認できたしな。さっきは、冷静に対応をしたけど、今後はどうなることか。カカシの体がブレーキになっているんだろうけど、善し悪しだな。


「とりあえず、『鳴鏡』でステータスを確認しましょうか」

「ああ、うん。そうだな……」


 俺が《存在解放》でえぐった通路で、立ち上がった俺たちは『鳴鏡』を覗き込んだ。


●戦闘値

【命中】86(↑6)、【回避】71(↑10)、【魔導】48(↑3)、【抗魔】56(↑5)、【先制】71(↑11)

【攻撃】132(↑24)、【物理防御】-(55/↑10)、【魔法防御】65(↑14)、【HP】-(370/↑130)


 ジョゼップの魔法で負けた【先制】が負けじと伸びている。そして、魔法相手に効果があるのか分からない【回避】もだ。

 【攻撃】以下は、ほとんど固定で伸びているが、【HP】の伸びが際立っている。単純に、「【攻撃】-【物理防御】」で算出されるダメージを【HP】に適用するのだとすると、自分の攻撃を5発は耐えられる計算だ。


 ……多いのか少ないのか、よく分からないな。


 まあ、魔狼を相手にしたときには2~3発ぐらいで倒してたから、2倍以上。レベルアップ後と言うことを考えると、もっと上の耐久力ということになるか。


 とりあえずの基準を確認しつつ、次に、ふたつ取得した特技を確認する。


・《冷静な目》

取得レベル:6

 代 償 :1MP

 効 果 :機械のような知覚力で、攻撃を回避する特技。

      【回避】に+10する。


・《環境適応》

取得レベル:7

 代 償 :なし

 効 果 :周囲の環境に左右されることなく、行動できる特技。

      地形によるペナルティやトラップの効果を受けない。

      また、魔法以外の要因で燃えたり、凍ったり、腐食したりしなくなる。


「ああ……。惜しいなぁ、《環境適応》惜しいなぁ」


 これが炎の部屋のときにあったなら、どれだけ心強かったか。《冷静な目》の効果はさておき、間の悪さを嘆く。


「さすがに、その辺をうろついてレベルアップを狙うのは無理ですからね」

「それもそうだな」


 RPGはやらないのでよく分からないが、莉桜が言うのならそうなんだろう。


 とりあえず、成長確認はこんなところか。


 そして、俺たちは再び洞窟を進み始めた。





 ジョゼップと遭遇した通路を先へと進んだが、ヤツの遺留品――有り体に言えば死体――は見つからなかった。


 薄情だが、正直、ほっとしてしまった。


 そして、代わり映えのしないダンジョンの通路を二人で進んでいく。


 間に位階把握(ステータス)を挟んだことで、寝起き事件――寝起きだけじゃなかった気もするが――の気まずさは消えていた。


「でも、あんな非常食みたいなのだけで、良かったのか?」


 出発前に、せっかくだから《物質礼賛(ナヘマー)》で日本食を作ろうかと思っていたのだが、莉桜に拒否されてしまったのだ。

 代わりに、家から持ち出していた固くてぼそぼそした保存食を口にしていた。


「兄さんが食べられないのに、私だけなんてできません」

「気にしなくて良いのに」


 俺のことを気にしてくれるのはうれしいが、莉桜が喜んで食べてくれたほうがずっと喜ばしい。


「うう……。和食を出されたら、きっとがつがつ食べてしまいます。好きな人の前で、そんなことはできません」

「そうかなぁ。よく食べる女の子も、かわいいと思うんだけど」

「兄さん?」


 再び、声に冷気が宿る。

 おかしいな。カカシなのに、なぜか寒気が……。《環境適応》! 《環境適応》の効果は、どうなってるんだ!?


「な、なんでしょうか?」

「それで、ぽっちゃりしてしまった場合、誰が責任を取ってくれるんです?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 男で、その上カカシになった俺が触れていい領域ではなかった。

 だけど、少し前までの莉桜なら、こんな風に言い返してくることはなかったよな。鬱屈がなくなったのなら、良いことだ。


「そうですか。兄さんは、責任を取ってはくれないのですか……」


 うん。前なら、こんなこと言わなかったよな。

 良いことだよな? 良いことなんだよ。


「だって、莉桜はスリムじゃないか。どこに出したって、恥ずかしくないよ」

「兄さんの前にもですか?」

「当然」


 若干、言わされている感がないでもないが――というか、あるが――事実は事実だ。

 お世辞でも兄の欲目でもなく、莉桜の肢体は完璧なバランスを保っていると思う。いやまあ、具体的な言及は避けるが……。


「兄さん」

「ああ、俺も気づいた」


 微笑ましい兄妹の会話――ということにしたい――を唐突に打ち切り、俺と莉桜は立ち止まった。


「下りになっていますね」

「ダンジョンの中核(コア)に近づいてるってことだよな?」

「ええ。もしかすると終わりも近いのかもしれません」


 莉桜の声にも緊張感が混じる。

 さらなる危険に近づいていくわけだから、それも当然だ。


「行こう」


 だが、立ち止まるわけにはいかない。


「はい」


 俺の首が回らない――物理的に――ため顔を見合わせることはできなかったが、そこは以心伝心で決意は伝わった。慎重に、先へとすすんでいく。


 しかし、坂を下りたところでまた、立ち止まらざるを得なかった。


 なぜなら、行き当たった空間は水に覆われ。

 最初に出会った巨大エビが、何匹も水面から顔を出し黒い瞳で俺たちを見つめていたのだから。

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