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人形転生-カカシから始まる進化の物語-  作者: 藤崎
第一章 カカシの冒険
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14.そして、彼と彼女は語り合う

「此度の主様は、ほんに情熱的やわぁ」

「……はっ?」


 なにもない。上も下もなにもない白い空間に、幼女がいた。

 待て待て。さっき《存在解放》して、活動停止状態ってのになったはずじゃ……。


 それなのに、なんで幼女が目の前に?


「嫌やわ、美少女なんて。女をその気にさせるのが上手いんやさかい」

「いや、言っても思ってもないんだけど……。まあ、あえて否定もしないけどさ」


 病的なまでに白い肌。それと対なすような黒髪は、肩先で綺麗に切りそろえられている。

 赤く、艶めかしい唇。切れ長の瞳。えくぼが可愛らしい笑顔。


 実際、京言葉っぽい色気のあるしゃべり方をする彼女は、どこをとっても美少女だった。


 しかし、それよりも先に幼女だと認識してしまったのは、サイズが合わず着崩す形になった漆黒のドレス。それに、俺の胸ぐらいまでしかない身長のせいだろう。


 ……ん?


 違和感に気づき、俺は自分の姿を確認する。


 ……あれ?


 ええええあぁっっ!?


 俺、カカシじゃねえ。人間に戻ってる! なんで? どういうことだッッ!?


「ふふふ。元々の主様も、なかなか色男やないのぅ。妹はんが、惚れてまうのもやむなしやんな」

「それをどこで……」


 俺をからかってはいるが、決して、揶揄する風ではない。彼女は、どこまでも悪意がなかった。

 ……というか、そもそも誰だ?


「分からんなんて、ひどいわぁ。ずぅっと、一緒だったんよ?」

「一緒……? もしかして……」


 可能性は、いろいろあった。選択肢は、いろいろ考えられた。

 だから、そこに行き着いたのは直感だった。


『星紗心機』(スターハート)……なのか?」

「そうえ。うっといことがのうて、ええわぁ」


 たぶん、俺は間抜けな顔をしていたはずだ。自分で言っておきながら、まさか本当だとは。


 まさか、俺の胸に埋め込まれたあれに意思があるなんて思ってもみなかった。

 付喪神とか、そんな存在なのか?


 ……落ち着け。落ち着こう。


 目の前にいる『星紗心機』の意思は気になるが、それよりも莉桜とジョゼップだ。莉桜は、ちゃんと無事でいるのか。ジョゼップはちゃんと始末できたのか。

 そっちのほうが、優先度は高い。


「なんぎやなぁ。妹はんは、無事やよし。それに、けったいな幽霊なら、まぁた懲りもせなんで向かってきたもんやから、あんじょう消しておいたえ。魔石も吸っておいたし、期待しといてな」

「そうか……」


 心の底からほっとして、長い長いため息を吐く。


 なんだよ、あの幽霊。観念したようなことを言った癖して、まだ諦めてなかったのかよ。

 まあ、人間なんてそんなもんかもしれないが。


「此度の主様は、面白うてかなわんわぁ」

「どこを評価されてるのか分からないんだけど……。というか、面白さなら、そっちのほうが上だろ」


 耳の裏をかく俺を見上げ、ころころと笑う幼女――いや、『星紗心機』。


「へんてこな状況になっても、精一杯頑張って、やり遂げ取るやないの。ほんま、面白いわぁ」

「これが、あれか。文化が違うってやつか……」


 こんな見た目幼女に圧倒されてしまっている。まあ、ほんとに『星紗心機』なら古代魔法帝国ってやつの頃から生きてるはずだから、かなり年上のはずだけど。


 でも、やられっぱなしってのもしゃくだ。


 なにかないか……そうだ。


「で、心ちゃん」

「……は?」

「スターハートだから、心ちゃん」

「嫌やわ。照れてまうやないの」


 困ったと言わんばかりに、身をくねらせる『星紗心機』――改め、心ちゃん。

 どうも、喜ばれてしまったようだ。


 まあ、いいか。


「心を口説いて、どうするつもりなん?」

「それで、ここはどこなんだ?」

「いけず」


 完璧にスルーすると、不満げに唇をとがらせる。

 小悪魔――会ったことなんかないけど――というか、なんというか。莉桜なら、絶対にしないだろうリアクションだ。ちょっと、新鮮に感じる。


「まあ、ええわ。ここは、心と主様の心の中……と言うと、ちょっとややこい話になってまうわぁ」

「心ちゃんと俺の夢? 精神世界……でいいのか? というか、なんで一緒?」

「それはもちろん、心と主様は一心同体やさかい」


 早速一人称に使ってくれているということは、「心ちゃん呼び」は気に入ってくれたんだろう。半分嫌がらせみたいなつもりだったんだけど、まあ、それはそれでいい。


 しかし、なんだか、ここでのやりとりは莉桜に知られたらまずい気がする。特に、一心同体という辺りは。


「安心しぃや。ここは、心と主様だけの世界やから。妹はんにも立ち入れない領域よってに」

「……今まで出てこなかったってことは、《存在解放》とかで活動停止にならないと会えないって思っていいのかな?」

「聡いお人」


 俺の質問に、またころころと笑う心ちゃん。

 気を強く持っていないと吸い込まれそう。そんな、魅力と妖しさが同居した笑顔だった。


 あれだ。サークルにいると、いつの間にか崩壊させてるみたいなタイプ。


「まずは、ご挨拶やなぁ」

「末永くよろしく……なのかな?」

「それは、今後の主様次第やわ」

「とりあえず、今のところは合格点と」

「初心者にしては、やけんどね」


 俺の心臓とでも言うべき心ちゃんにそっぽを向かれたら、一体どうなるのか。

 具体的には分からないが、ろくなことにはならないのは間違いない。


 だから、意に添うこともやぶさかじゃなかった。


 莉桜に危険が及ばない限りは、だけど。


「それで、ええんよ。主様がやりたいように、したいようにしてくれれば、それでええんよ」

「そうなると、俺が好き勝手するのに、力を貸してくれるんだ。太っ腹だな」

「嫌やぁ、セクハラやわぁ」


 また、ころころと鈴のように笑う。

 セクハラ要素なんてなかったはずだが……太っ腹がいけなかった? 


「ずっとずっと、見とるやさかい。心を、飽きさせんといてなぁ」


 それが、彼女の一番言いたいことだったのだろう。

 それを最後に、俺の意識は、また闇に飲まれた。





「戻ってきたか……」


 一度落としたアプリが再起動するかのように、俺は覚醒を果たした。

 意識が落ちるのは一瞬だが、また稼働するまでには時間がかかる。


 ここは、どこで。

 状況はどうなったのか。


 周囲に視線を巡らせ現状を確認しようとし――


「おはようございます、兄さん」


 ――すぐ近くから莉桜の声が聞こえてきた。


「おはようって、そんなに時間が経って――」


 言いかけて、俺はまた異変に気づく。


 ストーカー男に刺されて気を失った後、俺はカカシになっていた。

 『星紗心機』の中では、心象風景みたいなものだったのか、元の姿だった。


 しかし、今は、どちらでもない。


 まず、手足の感覚がない。感覚というか、それ自体がない。

 そして、手足を動かすことはおろか、身じろぎひとつできなかった。活動停止というか、活動不能状態だ。


 それでいて、視界は今まで通り。普通に喋ることもできた。


 《存在解放》の代償なんだろうが……一体、どうってるんだ?


「なあ、莉桜……」


 それを妹に尋ねようとしたが、機先を制するかのようにぎゅっと抱きしめられた。


 それで、初めて気づく。


 俺は、地面よりも一段高いところ浮いて……というか、莉桜が持ち上げていてというべきか。なんでか分からないが、莉桜は俺を後ろから抱きしめていた。まるで、ぬいぐるみように。


「駄目ですよ、兄さん。体は全部私が回収しましたが、まだ動けるようになるまで時間がかかるはずですから」


 だから、私の抱き枕のままでいてください。


 莉桜はそう言って、俺をさらにぎゅっと抱きしめた。


 そっかー。ぬいぐるみじゃなくて抱き枕だったのか。


 しかし、この状況よりも気になる部分があった。


「なあ、莉桜。全部回収って……」

「《存在解放》をすると、元の材料の状態に戻ってしまいますから」

「材料って……」


 まさか、カエルとカタツムリと仔犬のシッポでできているわけじゃないはず。布と藁と竹といったところだろう。


 改めて、俺は周囲に視線をさまよわす。


 しかし、俺の体よりも先に惨状のほうが目についた。


「あちゃあ……。地形が変わってないか?」


 ジョゼップとやりあったのは、ダンジョンの通路だったはず。

 それなのに、爆発で床だけでなく壁もえぐれ、広々とした空間になっていた。


 ダンジョンの頑丈さと、《存在解放》。どちらをほめるべきか分からない。そんな中、俺たちを中心に『ヴァグランツ』が飛び回って警戒してくれていた。

 俺がどれだけ意識を失っていたか分からないが、安全と安心を確保してくれたのは彼らに違いない。


「で、俺の体は……」


 改めて周囲を確認すると、すぐ近くの地面に、長短二本の竹が転がっていた。一緒に、元フライング・ソードも。なるほど、あれが俺の手足か。


 しかし、それ以外は見つからない。

 カエルとカタツムリと仔犬のシッポは当然。布も、藁の一本たりとも。


 それはつまり、莉桜が「全部回収した」ということなのだろう。


「ええ。兄さんの体である布の袋に散らばった藁を詰め込み、首をひもで縛り直して、服を着せました」


 そう言って、莉桜はさらに俺をぎゅっと抱きしめる。俺を逃がさないと言わんばかりに。

 こんな状態でも、妹の体の温かさとか柔らかさが感じられた。


「それはありがとう。で、俺を抱きしめる必要は?」

「必要がなくては駄目でしょうか」

「そりゃ……まあ、別に、はい」


 そこにあるのは、愛なのか執着なのか。いや、同じことか。


 俺、莉桜から、告白されたんだよな……。


 妹は、どんな顔をしているのだろう。今の俺には、それすら確かめることができない。もしかすると、莉桜は俺に顔を見られたくなくて、こんなことをしているのかもしれなかった。


「というか、こんな状態でも喋れるし、聞こえるんだな」


 なんとなくこの雰囲気を変えたくて、俺は疑問を口にする。

 だが、もの凄く気になることでもあった。それは、間違いない。


「なにを言っているんですか、兄さん」


 それなのに、莉桜は頭上にはてなを浮かべて――見えないけど、ありありと思い浮かべることができる――莉桜は言った。


「自己進化人形なんですから、将来的に外観も変わっていくんです。どんな形態に進化しても良いように、最初から設計しています。そもそも、呼吸だってしていないんですから」

「……つまり?」

「兄さんのコミュニケーション能力は、言語に依存しません。簡単に言うと、思念による概念のやり取りに近いです」


 もの凄く得意げだ。

 今まであんまり感じなかったけど、莉桜もジョゼップと同じ人形師なんだなぁ。


「うん。さっぱり分からん」


 しかし、不肖の兄には通じなかった。


「直接心に語りかけ、なおかつ、相手の言葉は意味を直接抽出している感じですね。だから、義父……ジョゼップとも会話ができていたではないですか」 

「ああ……。そう、そうか」


 最初に向こうから話しかけてきて、しかも話が通じたもんだから気づかなかった。まあ、それどころじゃなかったってのもあるけどな。

 それに、ゼラチナス・キューブにも、言葉が通じていた節がある。


 ……まあ、なんか、なんとなく分かるってことで良いか。


「……ところで、そのジョゼップはどうなったんだ?」

「完全に滅びました。兄さん、ありがとうございます」


 声のトーンが一気に下がる。

 莉桜の声には、哀しみも憤りも。感情自体が宿っていなかった。


 仮にも、妹が義父と呼んだ相手を殺した。

 そこに後悔はないが、お礼を言われてしまった。言わせてしまったことには、忸怩たるものを感じる。


「兄さんが罪悪感を憶える必要は、ありません」


 そんな俺に、莉桜は微笑みかけた。見えはしないが、声の調子でそれが分かる。


「ただ、あんな男でも、優しいことはあった。それだけのことです」

「そっか……」


 俺が知っている人形師ジョゼップは狂っていたが、最初から、あそこまでだったというわけでもないのだろう。そして、どんな人間も多様な面を持っている。

 莉桜に心の整理がつかない部分があるとしたら、そこなのだろう。


 俺は、なにも答えられなかった。


「それよりも、その兄さん……?」

「ああ。ちゃんと、憶えてるよ」


 莉桜が俺を気遣い、話題を変えてくれる。

 しかし、その変更先も、安穏とした道ではなかった。


「あ、あれは、嘘……ではないんですが、そう、真実というわけでもありません。れ、冷静になれば分かりますよね? 兄さんのことを、その、愛しているとか、そんな」


 せめて今まで通りでいて欲しいと、らしくない早口で莉桜が言い訳をする。

 ……無理がありすぎるけどな。


「あー。うん。なんだ」


 いつからとか、俺のどこがとか、聞きたいことはいろいろあった。

 でももう、些末なことだ。

 もしかすると、心ちゃんは聞きたいのかもしれないが……ここは譲ってもらう。


 これ以上、莉桜を哀しませるのは、性に合わない。


「実のところ、脈がないわけじゃない」

「え?」


 思いがけないことを言われたと、莉桜が目を丸くする。


 妹が兄を愛す。

 それはいけないことだと、ずっと思っていたはずだ。それゆえ、俺からこんな反応が返ってくるなど、想像もしていなかったに違いない。


「近親相姦の禁忌が生まれた理由として、女性は他の家へ嫁に出すためだという説がある」


 クロード・レヴィ=ストロースという超かっこいい名前のフランス人が唱えた説だ。

 大学のパンキョーで聞きかじった知識を、必死に思い出しながら語っていく。


「他家へ贈ることにより、つながりを得たり、交換の形で財を得る。だから、自分の家で『消費』してはならないという禁忌ができたというわけだ」


 かなり際どい表現ではあるが、差別的な意味合いがないことは莉桜は分かってくれているようだ。というか、それどころじゃないのかもしれない。


「それに、歴史を紐解けば近親婚の事例はいくらでもあるし。絶対的な禁忌ってわけじゃない。ただまあ、禁止しとかないと、家庭内でのあれこれは起こるだろうから仕方ないんだろうけど……」


 俺はこんな体になってるし、そもそも、転生したってことは莉桜も遺伝子的には別物になっているだろう。

 こっちでは俺たちのことを知る人もいないから、社会的に白眼視されるようなこともない。


 つまり、お互いの気持ちという部分を棚上げしてしまえば、障害はないわけだ。


「というか、莉桜が俺のことを真剣に想っているのなら、受け入れても良いかなと思ってるんだけど……」

「だけど、なんですか?」

「それって、俺が莉桜のことを一人の女性として愛しているわけじゃないんだよなぁ」


 要するに、断る理由もないけど、こっちから迫っているというわけじゃない。


「これだと、莉桜の言う愛し合うという状態にならないと思うんだが」

「兄さんは、この期に及んで兄さんですか!?」


 もの凄く失礼なことを言われた気がする。

 まあ、別に良いけど。


 莉桜が、本当の笑顔を取り戻してくれたから。


「分かりました。ええ、分かりましたとも」


 莉桜が、俺の体に手を回したまま、ぎゅっと手を握って決意を新たにする。


「兄さんを振り向かせればいいんですね。もう、遠慮も手加減もしませんよ」

「……戦々恐々と待っていよう」


 そして、俺たちは他愛もない話をした。


 莉桜がいなくなってからのこと。

 莉桜が異世界へやって来てからのこと。


 当たり障りのない内容に終始したが、それでも楽しい一時だった。


 それは、限界が訪れて意識を失うように眠るまで、ずっと続いた。

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