13.そして、彼は死闘を繰り広げる
「私は兄さんを愛しています。一人の女として」
「私は、兄さんと愛し合いたいとも思っています。ずっと、そして、永遠に」
突然の告白。
思わず、元はフライング・ソードだった剣を取り落としそうになる。
いつから? きっかけは?
様々な疑問が駆け巡る。
だが、実際のところ、予想外ではあったが、心当たりがないわけではなかった。
莉桜と死別する前日。
面会時間が終わって家へ帰ろうとする俺を、莉桜が後ろから抱きしめ引き留めたのだ。
今までそんなわがままを見せたことのない莉桜に、面食らったことを憶えている。
そして、そんな俺の表情を見て、妹は俺を解放した。
今にして思えば、あの瞬間、自分の気持ちを封印することに決めたのだろう。決して、許されず、受け入れられない想いを。
そして、俺の妹のまま運命を受け入れることを選んだのだ。
他ならぬ、俺のために。
「莉桜……」
じっと俺を見つめる莉桜。
妹だからと封印していた本当の気持ちをぶつけ、俺の返事を待っている。
「俺は――」
なんと言おうとしたのか、それは俺自身にも分からない。
とにかくなにかを言おうとして……。
「クカカカカカカ。良い。それで良い」
けれど、それを知る機会は失われてしまった。
莉桜の一世一代の告白。
真っ先に反応したのは、俺ではなく人形師ジョゼップだった。なにが嬉しいのか、楽しいのか。曖昧な輪郭を震るわせ、幽霊が愉悦を感じる。
「なにが可笑しいんだよ、ジジイ」
敬老精神の欠片もなく、思わず俺は噛みついていた。一歩前に跳んで、いつでも剣で斬りかかれるようにする。莉桜の言葉が正しいのか、そうじゃないのか。それは、分からない。
だが、俺の妹を侮辱されて、黙っているわけにはいかなかった。
あの告白のあと、心細そうに俺を見つめていた莉桜の気持ちを思えば、なおさら。
「大した兄妹愛だが、取り違えているぞ、チハヤマサキ」
「なにがだよ」
「我が笑ったは、確証を得たからよ」
「確証? 莉桜が俺を好きだから、なんなんだよ」
……自分で言うのは、ちょっと。いや、だいぶ恥ずかしいな。莉桜の反応をうかがうこともできない。
しかし、そんな感情などお構いなしに、幽霊は続ける。
「チハヤマサキこそが、すべての鍵である確証を得た」
「俺が?」
いつの間に、そんな重要人物になっていたんだ?
「アンドレアスを捕らえ、それを質にリオには我の新たな肉体を作らせるのだ。完成の暁には、『星紗心機』をえぐり出して兄妹共々解放するとしよう」
「こいつを抜いても、俺は生きてられんのかよ」
「さて。だが、兄の魂が入っていた器をくれてやれば、満足するのではないか。肉の塊と、違いはない。否、よほど優れている」
ぞっとするほど、低く、恐ろしく、愉悦に満ちた声。あれで、上手いことを言ったつもりなのだ。
幽霊らしいと言えばそれまでだが、相手が人間ではないということを改めて思い知らされる。
「すべては、我が悲願成就のために」
「自分自身が、『究極の人形』となること……」
莉桜のささやくような声が、ダンジョンに響きわたった。
それこそが、人形師ジョゼップの悲願。
そのためなら、なにを犠牲にしても表情ひとつ変えない。それどころか、喜んでやる。
「否、違うぞ我が弟子よ。『究極の人形』を作り出すために我が魂が必要だっただけ。そのためならば、肉体など無用」
――狂ってやがる。
莉桜の言葉通り村ひとつ滅ぼしているわけで、元々、狂ってはいたのだろう。
妄執に囚われ、幽霊になるくらいだ。それくらい、分かってしかるべきだったのかもしれない。
だが、その狂気を真正面から向けられることで、再確認できた。
こいつは、狂人だ。
会話はできる、話も通じる。だが、それは表面上の話。
根本的な部分で、齟齬がある。決して、分かり合えない。
莉桜の気持ちを利用し、踏みにじっても気にもしていない。踏みにじっているという自覚すらなさそうだ。
「……分かり、ました」
「莉桜!?」
にもかかわらず、莉桜はジョゼップに降伏を伝えた。
「駄目です。今はまだ、人形師ジョゼップには勝てません」
それは、ヤツの油断を誘うためのブラフではない。なぜなら、ここは嘘をつけない場なのだから。
今はまだという部分に抵抗が垣間見えるが、これが莉桜の本音。
「過ちは、正しい選択により贖われるであろう」
幽霊は、曖昧な輪郭だが、満足そうにうなずいた。
情けない、情けない、情けない。
妹に心配される兄ほど、情けないものはない。
もしかすると、確実な敗北よりは、降伏のほうがましなのかもしれないが……
「させねえよ」
人形師ジョゼップ。こいつをどうにかしないと、なにも始まらない。でも、|《永劫不定》《リリト》で平和的な解決をする気にもならなかった。莉桜が進めるような、降伏もだ。
「誰とも知らねえジジイと、大事な妹。天秤に乗っけるまでもないよな!」
人として最低の台詞。
たとえ本音だとしても、言うべきではない言葉。
構わないさ。
俺はカカシだからな!
「兄さん、その……」
「心配するな、俺が莉桜を嫌うことはありえない」
嘘をつけなくするってのも、悪いことじゃない。
正直、莉桜の告白に対する返事も決まってはいないが、少なくとも、俺の言葉が真実だと妹に伝わったのだから。
「兄さん……」
「莉桜、まずは、あいつを片付けよう。サポート、頼むぞ」
「――はいっ!」
うちの妹が可愛いことは揺るがない。
今は、それでいい。
「好都合だ」
幽霊が、またしても邪悪に笑う。
それが、開戦の合図だった。
相手が幽霊でも巨大エビでもやることは変わらない。
高い【先制】を活かして先手を取り、いつものように殴り抜ける。業魔を相手にしたときの反省を活かして、《強打》も使うつもりだった。
「《リードオフ》」
しかし、先に動いたのは幽霊――人形師ジョゼップだった。
「兄さん、《リードオフ》は反応速度を高める呪文です!」
「そういうことかよっ」
背後から聞こえる説明に納得し、俺は跳躍の足を止めて攻撃に備える。
黒く曖昧な輪郭のジョゼップ。老爺の幽霊が、笑ったような気がした。
「《ホワイト・ウェイブ》」
ダンジョンの薄暗闇と一体化しているかのような指先に、それと正反対の白い光が集まっていく。
「《ホワイト・ウェイブ》は魔力を撃ち出す攻撃呪文です、兄さん!」
莉桜からの情報を聞くまでもなく、それが危険な攻撃なのは肌で感じられた。
……避けられるか?
背後の莉桜が『ヴァグランツ』を展開していることを確認しつつ、攻撃が放たれるタイミングを計る。
果たして、【回避】61と【抗魔】51はジョゼップに通用するのか。
莉桜を巻き込まないよう、円を描くように一本足でぴょんぴょんと跳びながら幽霊に意識を集中させる。
「その肉体を手に入れることは叶わなかったが、将来の試金石となろう。力を示せ、アンドレアス」
「カカシがそんなに好きか? うるせえな、さっさと来いよ」
明確な意思のある敵と戦うのは初めて。
俺は、緊張しているのだろう。それを隠すため、強い言葉を使っている。自覚があっても、止められない。
まあ、始まれば緊張も解けるだろうけどな。むしろ、そうでないと困る。
「失望だけはさせてくれるな」
とんと、俺が着地した瞬間。
幽霊の指が閃き、白い光――ホワイト・ウェイブの呪文が解き放たれた。
「《ブースト》」
続けて唱えた呪文により、その光がさらに増幅される。
速いっ。
気づいたときには、光が目前に迫っていた。避けられない。【回避】61じゃ、駄目だったか。
「兄さん、体内の魔素を意識してください!」
無茶を言う。
けれど、それが俺のことを心配してのアドバイスだというのは分かる。
自分のためというよりは莉桜のために、魔素――胸の『星紗心機』に意識を集中させた。
正直、魔素なんてものは分からない。
だが、鼓動のようなものは感じられた。これが魔素なのか?
その瞬間、白い光の奔流が俺の体に衝突した。もちろんそんな経験はないが、まるで鉄砲水とぶつかったような衝撃。
抵抗もできずに吹き飛ばされ、狭い通路だったので、あっさりとダンジョンの壁に激突する。そのまま、竹の一本足で踏ん張ることもできず地面に背中をつけた。
だが、意外にも、それだけ。剣も手に吸いついたままだ。
巨大エビの尻尾で吹き飛ばされたときと、同じ程度の衝撃しか感じない。いやそれは、レベルアップしてなかったらやばかったってことか。上がって良かった、【魔法防御】。
それに、まだ幽霊の攻撃は終わりではなかった。
「《ブラック・レイン》」
……あっちぃ!
背中――というか体の裏面から伝わる熱と刺すような痛み。まるで熱した針をぶちまけられたかのような衝撃に、俺はバネのようにその場で立ち上がり、一目散に跳んで逃げた。
せっかく《骨格強化》で【物理防御】が上がったのに、攻撃は魔法ばっかりかよ。
「なかなか機敏だな。悪くない」
「兄さん、酸の雨が追ってきています。気をつけて!」
「って、言われてもよ!」
莉桜としては他に言いようがないのだろうが、気をつけてどうにかなるものなのか。俺としては、ジョゼップと反対方向に、ぴょんぴょんと逃げるしかなかった。
それでも、背後からしとしとと雨が降る気配は止まない。
その音自体がプレッシャーとなって、俺を追いつめる。
「落ち着いて。【HP】は、まだ充分に残っていますから」
「それを聞いて安心したッ」
それに、危なくなったら妹が回復してくれる。そうだ、落ち着け。俺は、あの狂った人形師をぶん殴ることに集中すればいい。
――よし。
なら、まずは近づかねえとな。
「《疾走》」
着地した瞬間、俺は振り返りもせず、今度は後ろへ跳んだ。移動速度を上げる特殊能力により、糸で引っ張られるかのように常識を無視して跳んでいく。
端から見たら、実にシュールだろう。莉桜の恋も冷めるかもしれない。だが、このカカシの体では、前に跳ぶのも後ろへ跳ぶのも、構造的に違いなんてありはしないのだ。
猛スピードで、駆け……いや、跳び抜けて行く途中、雲の下を通過した。
その黒い雲からは、もっと黒い雨が降り洞窟の床を溶かしている。しかし、《疾走》の前には、その程度、障害にはならない。
一瞬では、せいぜい軽く熱湯をかぶったようなもんだ。火渡りで火傷をしないのと同じで、《疾走》で跳び抜ける分にはなんの問題もなかった。
「まだ初期段階であることを加味すれば、耐久性は、まずまずか」
「じゃあ、次は攻撃力を確かめてみろよ」
自分でも抑えきれない衝動がある。
俺は、それを自覚していた。
ただそうするのが当然と、俺は後ろ向きでジョゼップへと肉薄する。背後に、目などない。
「兄さん、今です!」
だが、俺の目よりも信頼できるものがこの場にはある。
莉桜の指示に従い、後ろ向きのまま跳んだ。
「《強打》」
そしてそのままスケート選手のように体を回転させ、淡く青く光った剣を振り抜いた。
「ぬ……」
確かな感触。
幽霊も、斬れる。
まるで剣豪のような感想を抱きつつ、俺はふんわりと着地した。宙に浮くジョゼップの真っ正面に。
「……これは予想以上の破壊力だ」
「そいつは良かった」
ストーカー男から数えても、初めて相対するまともに会話できる敵。いやまあ、意思の疎通ができているかと聞かれると難しいところだが、少なくとも、巨大エビやゼラチナス・キューブとは違う。
そんな相手を斬りつけても、罪悪感などなかった。
それは人間性が欠如しているかのようで、思わず背筋が寒くなる。
……シンプルにいこう。
相手は俺を拉致監禁して、莉桜を奴隷のように扱おうとしている。
それに対して、力で対抗するのは当然のことだ。なにせ、この場には俺を守ってくれる誰かなんていないし、莉桜を守り、仇を討てるのは俺しかいないんだから。
そりゃ、罪悪感に苛まれて戦えないって言ったほうが人として正しいんんだろうが、そんな綺麗事は言ってられない。
「《クリエイト・ゴーレム》」
「兄さん、ゴーレムが来ます」
俺が短いが深く煩悶としていると、ジョゼップが、ようやく人形師らしい呪文を披露した。
幽霊が唱えた呪文によって洞窟の床や壁や天井から勝手に石が切り出され、巨大な人の姿を形作ろうとする。完成したらブロックでできた巨人といったところか。
「アンドレアス、将来進化したであろう姿を見せてやろう」
「別に、待たなくて良いんだよな?」
絶対に、そんな親切心などありはしない。あるとしたら、見せびらかしたいだけだろう。
だからというわけではないが、誰に尋ねるでもなく、俺はジョゼップへと突っ込んでいった。まだ、岩ブロックの巨人――ゴーレムは完成していない。
その隙をついて俺は走り出した。
「《疾走》」
これで、都合3MPを消費。残りは47MP。レベルアップのことを考えなければ余裕は充分。
「《強打》」
「無粋な――《クリムゾン・ランス》」
いつもの《疾走》&《強打》の組み合わせで剣を振るった俺に対し、ジョゼップは魔法で武器を生みだした。元フライング・ソードと魔法で作った赤い槍が衝突する。
ふたつの武器が交わり、弾かれ――ない?
……あれ?
てっきりつばぜり合いが始まるかと思っていたのに、俺は幽霊を押し込んでいた。罠を警戒するよりも先に、本能的に二度三度と斬りかかっていくが、そのいずれもジョゼップは防ぐのがやっとといったところ。
チャンス……なのか?
「兄さん、後ろからゴーレムが来ます」
「いや、このまま行く――《強打》!」
「兄さん!?」
莉桜の警告をスルーし、俺はジョゼップを追撃。
幽霊には似合わない槍をはね飛ばし、青い光に包まれた剣で斬り裂いた。これで、残り45MP。
「……ほう。そうくるか」
「ボスを倒せば、終わりだろ?」
確かな手応え。
元から曖昧だった幽霊の輪郭がぶれる。ふてぶてしい表情は変わらないが、効いているのは間違いない。
「間違ってはいないな。不可能事であることを除けば完璧だ」
「《疾走》」
分かってるよ。ゴーレムってのが、攻撃してくるんだろ。
深追いはせず、《疾走》で離脱する。
これで大丈夫――ではなかった。
「ぐはっ」
洞窟の壁にはまだ距離があるはずなのに、壁にぶつかった。それがゴーレムとやらの手だと気づいたのは、サンドイッチのように両手で挟まれてから。
できたのは、壊されないよう咄嗟に剣を手放すことだけ。
俺自身は、そのまま掴み上げられ天井に頭をぶつける。
いっだあぁぁっ――。
衝撃で間の前に火花が散る。錯覚かもしれないが、がくんと首が折れそうになり、痛みで意識が飛びかけたのは紛れもない現実。
結果として、甘く見ていたということか。
「兄さん!? ――《リペア・ダメージ》」
莉桜から俺の傷を直す呪文が飛び、瞬時に意識がクリアになる。
ヤバイ。抜け出さないと。
「《強打》」
運良く、掴まれていたのは胴体の部分。張り付けのような状態になっているが、両腕はフリー。《武器の手》のお陰でぐにゃりと曲がる竹の両腕で、ゴーレムの手を打ち据えた。
それで、わずかに拘束が緩む。
このままなら――
「《ホワイト・チェイン》」
しかし、その希望はあっさり打ち砕かれた。
「くっ、そっっ。これは……ッッ」
俺の両腕が白い鎖に絡め取られ、指一本――ないけど――動かせなくなった。どうも、【抗魔】51では足りなかったらしい。
「これにて、詰みよ。性能確認としては充分であったな」
ジョゼップの幽霊が俺の高さまでやってきて、降伏しろ、負けを認めろと正面から宣告する。
その言葉に反抗するかのように、俺はカカシの体を手当たり次第に動かすが、微動だにしない。【筋力】120も、この拘束の前には歯が立たなかった。
莉桜の言う通りだった!
絶望が、ひたひたと近づいてくる。
「この先は、言わずとも分かろう?」
「兄さん!」
分かってる。分かってるさ。
おとなしくすれば、妹の命だけは助けるって言うんだろ? 莉桜は反対するだろうけど、それが一番賢い選択だって言うんだろ?
「俺は――」
負けを認める。
そう言おうとしたのだが、言葉にならなかった。嘘をつけなくする呪文の効果は、まだ有効か。
それなら、それでいい。
「ひとつ、聞かせろよ」
「……良かろう」
「幽霊は、どうやったら死ぬんだ?」
「神術呪文による浄化、魔力を用いた攻撃による存在の消滅、それに未練を解消したことによる昇天」
嘘をつけなくする呪文の効果は、まだ有効。
つまり、ジョゼップの言葉は、真実だ。
……安心した。
「《存在解放》」
具体的なイメージなど必要ないらしい。ただ、特殊能力の名前を発しただけで、俺の全身が真っ赤に輝いた。
呪文に抵抗するときはよく分からなかった、体内の魔力。それが荒れ狂っているのが、簡単に分かった。
それだけでゴーレムの腕が溶けだし、地面へと落下した。
それでも、自爆は止まらない。
オーバーヒート寸前のエンジンみたいに、どんどんどんどん体内で魔力が回り続ける。
さあ、使え。貯め込んだ【MP】33点使ってしまえ。
「自爆か。そこまで愚かであったか。やはり、器だけ整えても究極の人形にはならぬか」
「そうやって、最期まで見下してろよ」
俺の悪罵にも、頭上の幽霊は反応を示さない。
「《ホワイト・ウォール》」
ただ、今からでは完全に避けることはできないと、バリアみたいな呪文を唱えた。ガラスで作った八面体に覆われる。
ジョゼップは、状況を見切っていた。
俺が《存在解放》を使用しても自らが消滅することはないと。
俺は、無駄死にだと。
そっちのほうが都合もいいから、やらせてやろうと。
だが、俺から言わせてみれば――それはあまりにも愚かだった。
「覆え、ゴーレム」
そんな俺の評価も知らず、岩のブロックでできた巨人がボディプレスを仕掛けてくる。
「うぐぇっ」
昔、小さい頃に莉桜が寝ている俺を起こすためのしかかってきたのとは違う。
みしみしと、全身にひびが入る。それが分かった。
だが、もう、今さらだ。自爆しようというカカシに、その程度なんだっていうのか。
体の奥底から上ってくるような熱を感じつつ、俺は、注意力の足りない行動だと嘲笑う。
莉桜が、なぜ《存在解放》では倒しきれないと言わないのか。
どうして、一言もなにも言わず見守っているだけなのか。
それを考えようともしないから、莉桜に出し抜かれたんだよ、ジジイ。
人形師ジョゼップは裏切られたんじゃない。自分しか信じていなかっただけなのだ。信じてもいない相手から不利益を受けても、裏切りとは言えないだろう?
一方、俺と莉桜には確かな絆がある。
「兄さんと私だけが知っている、兄さんだけの力です」
『概念能力』の説明をしたとき、莉桜は確かにこう言った。つまり、ジョゼップにも秘密にしていたということ。
これこそ、最高の切り札だ。
「強きは脆き」
概念能力を発動させるためのキーワード。
それを唱えると、《存在解放》の魔力が一気の放出された。真っ赤な光が真紅の光に変わり、俺を中心にどんどん広がっていく。
「完全なる物は即ち崩壊を待つのみ――|《永劫不定》《リリト》」
これで10MP。もう、すっからかんだ。
だが、その甲斐はあった。
《永劫不定》を発動すると、まず、紫色の光が周囲を圧倒した。次に、俺の上に乗っかったゴーレムとやらが砕け散り、塵と化す。
ああ、軽くなった。
うつ伏せになったままだが、分かる。次は、ジョゼップの番。そして、それで最後だ。
「これは、ただの《存在解放》ではないな」
大方、《ホワイト・ウォール》とかいうバリアが役に立たなくて焦ってるんだろ。
気づいても遅せえよ。
「我が知らぬ機能、未知の力か――ッッ!」
いや、それは違った。焦ってなどいなかった。
この期に及んでも、ジョゼップは狼狽など見せない。むしろ、それは歓喜の叫びだった。それでいて、どんな力なのかと興味深く観察しているんだろう。
狂っている。
だけどそれは、幸せな狂い方なのかもしれない。
「さようならだ、人形師ジョゼップ」
ただまあ、そんなあり方なんて俺には知ったことじゃあない。
「おっ、おおおっっ……」
感極まったかのような声。
「――そうか。滅びるか」
それが終わると、声は諦観に変わった。ざまぁみろだ。
「この状況に置いては、生と死は同価値だ」
負け惜しみ……ではない。なにしろ、嘘をつくことはできないのだから。
「我が死が、究極の人形を生む糧となるのだからな」
俺が人間だったら、もの凄く嫌そうな顔をしていただろう。
それくらいの、とんだポジティブさだった。
「高みを目指せ、チハヤマサキよ」
「んな、ライバルみたいなこと言われても知るかよ」
最後までかみ合わない俺と人形師。
この期に及んでも、莉桜じゃなくて俺に執着する相手と分かり合いたくなんてないけどな。
視界と意識が白く染まっていく。
自爆って、痛くないんだな。
俺が最後に感じたのは、意外な――そして、どうでもいい――発見だった。