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人形転生-カカシから始まる進化の物語-  作者: 藤崎
第一章 カカシの冒険
10/68

09.そして、彼と彼女は迷宮を探索する(前)

「右か左か。……どっちに行くべきか」


 三つに分かれた道。

 そのうちひとつは、今俺たちが歩いてきた道。


 残る選択肢となる左右の道は、俺が調べたときと変わらず。手がかりは、なにもなさそうだ。さっきは勘が幸運を運んで来たわけだが……。


「ここは偵察するべきでしょうね。『水星』(メルクリウス)『冥王星』(プルートゥ)、お願い」


 今度は、莉桜という頼りになる同行者がいる。

 妹が周囲の鉄球に語りかけると、そのうちのふたつが左右の洞窟へと飛んでいった。準惑星に格下げされても、冥王星は変わらず働いてくれるようだ。


「飛ばせるのは10メートルが精々ですが、選択の材料にはなるでしょう」


 そう言って、莉桜がまた精神を集中させた。どうやら、鉄球を通して風景を見ているらしい。ふたつ同時に操っているということは、両目で別々の地点を見ているということになるわけだ。

 どれだけ消耗する行為か、俺は想像することしかできない。


 だから、俺は前回と同じく、それを見守る。カカシのように。


 もちろん、周囲を警戒するのも忘れてはいないが。


「この世界では、名前に力があります」

「力?」


 沈黙が場を支配するかと思いきや、莉桜が唐突に口を開いた。

 たぶん、『ヴァグランツ』に惑星の名前を付けた理由に関係しているのだろう。相変わらず、人の心を読むようなタイミングで説明をしてくれるな。


「はい。地球でも、親が子供に名前を付けるときには幸せを願いますが、残念ながら願いは願いでしかありません」

「こっちでは違うと?」


 言わずもがなの確認に、莉桜はこくりとうなずいた。

 鉄球に意識を集中しながらそうしていると、まるで神事を行っているようにも見える。


「言葉には意味があり、名には特別な力があります」

「それも、神さまが決めた法則か?」


 静かにうなずき、妹は先を続ける。


「人といっても、エルフやドワーフなどの異種族も含みますが、その名前は神々から親に授けられます」

「神様が名付け親になるのか」


 驚いたな。

 異世界ってのは、こういうことなのか。


「そうなります。そして、人は名前の持つ意味に影響され、名前にちなんだ行動は、神々の加護を得ます」

「ああ。大工の苗字がカーペンターだとか、鍛冶屋がスミスだとか、職業にちなんだ名前があるな。英語だけど」

「そういうことです。たとえば、バエグ・ファラグリンというドワーフがいたとしましょう。それは、こちらの言葉で、バエグは忍耐強い、ファラグリンは輝ける鎚という意味があります」

「鍛冶屋さんとして有能そうだな」


 名は体を表すなんて言うが、それがただのことわざじゃなく現実に起こるということか。

 まさに、ファンタジーだった。


「そしてこれは、異世界の言語や存在にも適用されます」

「だから、それに星の名前をつけたわけか」


 ふわふわと漂う『ヴァグランツ』に視線をやりながら言う。

 まさに、名前自体が力を持っているわけだ。


 そうなると……。


「もしかして、俺が知っている莉桜と同じ姿をしているのも……」

「そうです。私の転生に神々が絡んでいるかは分かりませんが神託で『リオ』の名を与えられました。もっとも、さすがに名前に従って髪や目の色までは変わりませんが……」

「名前以前に、人種的にも近かったわけか。もうひとつ偶然があった感じだな」


 なるほど。

 そこだけ考えると、運が良かったってことだな。


「それに、『リオ』という名にこちらの言葉で特に意味はなかったので、両親は驚いたようですが」

「そうか。それもそうだよな」


 俺にとって幸運だった代わりに、娘の名前で戸惑ったという「こちらでの両親」は、どんな人なんだろう。


 当然の疑問を口にしようとしたところ、莉桜がぱっと目を開た。

 そして、ぱっちりとして大きな瞳をこちらへ向ける。


「右側の通路が、下り坂になっているようです」


 なるほど。


「じゃあ、右に行くか」

「まずは、左からですね」


 ううん? おかしいなぁ。


「莉桜、なぜ外れの道を行こうとするんだ?」

「できれば、全体を確認しておきたかったのですが」


 ……先へ進む前に、脅威を排除しておきたいってことかな? まさか、単純に気になるだけってことはないだろう。


「そうだな。そっちには、たぶん小鬼が逃げ込んでるはずだしな」

「小鬼、ですか?」


 ああ、話していなかったか。

 ごまかすように頭をかき――みゅんと腕が曲がって帽子に触れた――俺は、小鬼との遭遇と死闘を語った。


「……それはゴブリンですね」

「ゴブリン?」

「はい。とある人間の部族が名を失い魔物化した存在です。昨日今日の話ではなく、恐らく千年以上は前のことですが」


 ははあぁ。そんなことが、本当にあるのか。

 異世界の常識に圧倒されていると、ふわふわと鉄球が戻ってきた。


「ですが、そういうことなら左の道は止めておきましょう」


 それをねぎらいつつ、莉桜は前言を翻す。


「いいのか?」

「はい。恐らく、ゼラチナス・キューブに始末された後でしょうから」

「ああ……。それで、ゼラチナス・キューブの数が増えてたのか」


 ダンジョンの魔物は中核(コア)の従属物らしい。

 ゼラチナス・キューブに取り込まれたということはつまり、小鬼――ゴブリンたちは、俺と同様新参者だったんだろう。


「ゴブリンやオーガ、オーク、コボルトといった魔物たちは、話し合えるような相手ではありません」

「だから、俺も問答無用で襲われたと」


 怖かったと言うべきかムカついたと言うべきか俺にも分からないが、襲われたのが莉桜じゃなくて良かった。

 もし莉桜が錆びたナイフで傷つけられていたら、どうしていたか。


「兄さん……」


 なぜか莉桜が恥ずかしそうに、俺から目を背ける。

 なんだろう? ポーカーフェイスのはずだけど、考えが伝わったのか? まさかな。


「……行くぞ」


 確かめるのもなんとなく気が引けて、先を急ぐことにする。

 その口調は、兄らしい威厳に満ちていた……はずだ。


 こうして、俺たちはクラウド・ホエールダンジョンの下層を目指して移動を再開した。





 右側の洞窟を進んでいくと、莉桜の情報通り下り坂になっていった。

 しかし、周囲の光景は変わらない。

 壁自体が発光しているようで行動に支障がない程度には明るく、道幅も俺と莉桜が並んで歩いても体が触れ合ったりはしない。


 道行きも順調で、敵が出てくることもなかった。


 一本足で跳びながらの移動だったが、下り坂でもバランスを崩すこともない。やっぱり、そういう風にできているのか、それとも【反応】85の恩恵か。どちらにしろ、転がり落ちずに済んでなによりだ。


「どうやら、次のエリアに到着したようですね」


 残念ながら、移動しながら『ヴァグランツ』を偵察に出すことはできない。だから、莉桜が先に気づいたのは、単純に妹のほうが注意深かったからに過ぎなかった。


 そこは、部屋というよりは、道の途中にあるちょっと開けた場所と呼びたくなる空間だった。


 広さは、巨大エビと遭遇した池よりと同じぐらい。半径5メートルほどの円形の部屋で、向こう側にはまた道が延びている。

 地面にはいくつもの石が転がっており、上下左右どこを見ても、いつもの洞窟と変わりない。


 しかし、部屋の中央に無視できない物が存在していた。


「露骨に怪しげと言うべきか。それとも、曰くありげと表現すべきでしょうか……」


 あまりにもあからさまで、莉桜も困っているように見える。

 しかし、それでも美人は美人だった。むしろ、その憂いが際立たせているとも言える。


「やろうと思えば、無視して通れそうだけどな」


 そんな感想はおくびにも出さず、俺は問題となっている「無視できない物」を凝視した。


 それは、一振りの剣だった。


 博物館に飾ってあるような日本刀ではなく、刃渡りは1メートル弱で幅の広い両刃の剣。騎士が持っていそうな剣が、岩に刺さっていたのだ。

 そう。ただ剣が一本転がっているだけならなんでもないが、いかにも「抜け」と言わんばかりに突き立てられていると無視をするつもりであっても、後ろ髪が引かれてしまう。


「今のところ、『魔素』は感じられませんが……ガーゴイルのように擬態されている可能性もありますから判断がつきません。兄さん、申し訳ありません」

「いや、莉桜が謝ることじゃないだろ」


 地球でガーゴイルといえば怪物を象った雨樋である。

 こちらでは彫像と怪物という要素は同じだが、彫像に化けて油断した侵入者を襲う魔物だそうだ。古代魔法帝国時代では一般的に使用されていたガーディアンであるらしい。


 俺の大先輩のような感じか。


「なるほど。じゃあ、仕方ないな」


 俺一人ならもう少し悩んだだろうが、莉桜が一緒では是非もない。

 部屋の入り口から動かず――どういうメカニズムなのか我ながらさっぱりだが――腰を屈めて、石を手にする。

 

 そして、躊躇もためらいも迷いもなく投擲した。

 こぶし大の石が、真っ直ぐに伝説の剣へと飛んでいく。


 ただ石を投げるだけと侮ってはならない。人類が投槍器や弓矢を発明する以前、狩猟には専ら投石が用いられた。当然だ。遠距離から一方的に攻撃する手段があるのに使わないはずがない。

 また、古代ギリシャの頃には、投石専門の傭兵も存在していた。彼らは幼い頃から投石の専門教育を施されており、的に当てないと食事を与えられなかったという。


 日本でも投石は使用されていた。島原の乱に参戦した剣豪宮本武蔵も、足に石をぶつけられて撤退している。


 それくらい強力な武器なのだ。

 しかも、今回は、たったの5メートルしか離れていない。人間だった頃でも外しようがないのに、今は【筋力】120と【反応】85の加護がある。


 手袋から離れて矢のように放たれた飛礫が、剣にぶつかる――瞬間。


 ひゅんと、剣が岩から抜けて飛び上がった。


「フライングソードが擬態していましたか」


 どうやら、そういう魔物がいるらしい。

 ただ、普通はガーゴイルの真似みたいことはしないので莉桜も判断がつかなかったと。


 どっちにしろ、ちょっとあからさま過ぎたな。抜きに行ったところを攻撃するつもりだったんだろうが、露骨だった。クラウド・ホエール、意外とセンスねえな。


 俺の貶したのに気づいたわけではないだろうが、不意打ちに失敗したフライングソードが、くるりと水平に回って切っ先をこちらに定めた。


 こっからは、真っ向勝負だ。


 俺も一本足で跳躍しながら部屋へと侵入していく。


「今の兄さんなら、落ち着いて対処すれば大丈夫です!」


 莉桜が応援しながら、標的にならないよう下がっていく。『鳴鏡』を片手にしているのでサポートをするつもりではあるのだろうが、足手まといだと自覚もしている。辛いだろうに、俺の迷惑にならないことを最優先にしていた。

 その気持ちに応えずして、なにが兄か。


 気合いを入れ直す俺に向かって、正面からフライングソードが突っ込んでくる。


「《強打》!」


 特殊能力の名を叫ぶと、俺の両腕が青い光に包まれる。そして、見てはいないが胸の目盛りがひとつ分減ったのも分かった。『鳴鏡』でも、MPが減っているのだろう。


 そういえば、意識して起動させるのは初めてだったか。

 そんなことを考えつつ、右腕を鞭のようにしならせてフライングソードの尖端にぶつける。


 かぁんと、金属同士が衝突したような高く澄んだ音が鳴り響いた。フライングソードが沈み込み、地面に叩き付けられるかと思ったそのとき、ぐんと切っ先を上げて俺の喉元目がけて飛び上がった。


「ちっ」


 跳ぶのではなく、一本足を軸にして体を傾けて避けた。

【回避】52でも一般人の限界を超えている。なんとかなったようだ。


 しかし、一息つくのは早かった。


 フライングソードが手の届かない上空に浮かんでいる。


「いつの間にか増えてやがるし」


 しかも、三つに分裂……いや、増殖して。

 なるほど。一本の剣では容易く折れてしまうが、三本集まれば大丈夫ってことか。


 ……ずるくないか?

 ていうか、また数が増えたよ。ゼラチナス・キューブとネタ合わせでもしてるのかよ。


 しかし、そんな俺の抗議が届くはずもない。滞空していたフライングソードたちが、一斉に殺到する。まるで、俺に王の資格などないと言わんばかりに。


「きょう……無理かっ」


 さっきと同じように《強打》で撃墜してやろうかと思ったが、三本同時となるとその隙がない。俺は特殊能力の発動を諦め回避に徹する。

 一本足を軸にして上半身だけ動かして切っ先をかわし、斬り込んでくる一本に対しては《武器の手》で可動域が広がった腕で受け流す。へたくそなダンスを踊っているかのよう。


「兄さん!?」


 予想外の事態に、妹も悲鳴を上げる。


 俺がピンチになったら、莉桜が飛び出してくるかもしれない。そうなったら、『ヴァグランツ』に守られているとはいえ、どうなることか。


 ――埒を明けるしかない。


「くっ」


 三本の剣の包囲網を抜けるため、一本足で無理矢理背後に跳ぶ。

 それは成功したが、しかし、包囲を抜ける機会に攻撃を受けて上着のカソックが斬り裂かれ、帽子にも穴が空く。


 傷は浅いが、それよりもなによりも、ストーカー男に刺された記憶がフラッシュバックする。


「大丈夫です! 【HP】に余裕はあります!」


 ……しかし、そのトラウマは莉桜のサポートで払拭された。

 ストーカー男の存在は瞬く間に消え失せ、急速に冷静さが戻ってくる。


 莉桜の前で無様な姿はさらせない。


 兄として決意を新たにする俺に対し、フライングソードたちは編隊を組む戦闘機のように、真っ直ぐに飛んできた。切っ先が鈍く光り、ただそれだけで心理的な重圧がかかる。


 けれど、それで良い。良いんだ。

 そう言い聞かせながら、俺は心の中で満面の笑みを浮かべる。


「我、観念を否定す。真の実在は認識に在り」


 再び『概念能力』(クリファ)を発動させた。冷静になったお陰で、作戦が思い浮かんだのだ。

『星紗心機』の目盛りが2ポイント分減る。見なくても、それが感じられた。


 俺の目の前に、きらきらとした虹色の粒子が発生し、集まり、形を為していく。俺がイメージした物を目指して。


 それとは無関係に、フライングソードたちは止まらない。


「――《唯物礼賛(ナヘマー)》」


 フライングソードたちが突っ込んでくる。


 俺が《唯物礼賛》によって生み出した物体――でかい丸太へ向かって。


 俺の前に並べた丸太は三つ。冷蔵庫ぐらいの大きさはある。

 ふたつまでは粉砕したフライングソードたちだったが、その突撃は最後の丸太の半ばで終わりを迎えた。


 ……危ねえ。もう少しでアウトだったじゃねえか。

 俺が人間だったら、全身に冷や汗をかいていただろう。


 まあ、結果オーライだ。


 俺はぴょんと跳んで横合いに回り、刀身が半ば以上突き刺さったままもがいているフライングソードたちを視界に収める。

 岩に刺さって擬態していたときとは、また違うようだ。


「《強打》」


 罠にはまったフライングソードたちに抵抗する術などなく――粉々に砕け散った。

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