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人形転生-カカシから始まる進化の物語-  作者: 藤崎
第一章 カカシの冒険
1/68

プロローグ:そして、彼の意識は闇に閉ざされる

新連載始めます。よろしくお願いします。

「いっ、てえぇ……」


 突然の衝撃と、それに続く熱さ。そして、痛み。

 喉が硬直し、震えた声しか出ない。それがちゃんと言葉になっていたかまで、気を回す余裕はなかった。


 痛みの元に手を伸ばすと、硬くぬめった感触がある。

 見慣れてはいないが、それがなにかはわかった。


 ――ナイフの柄だ。


 右胸の下に、ナイフが生えていた。


「ふひ。ふひひひひひ」


 不気味というよりは気持ち悪い笑い声が、薄暗い路地に木霊する。


 暗がりから出てきて俺を刺したストーカー男が、苦しみ悶える俺を満足そうに見下ろしていた。一仕事終えたかのような、達成感すら感じさせる清々しい表情だ。


 そう。街灯に照らされたストーカー男は、意外なほどこざっぱりとした服装に、清潔感のある容姿をしている。

 顔立ちも、まあ、女性に人気があるかは分からないが、同性の目で見ると悪くはない。


 ストーカーなんて思い込みでなるもんだから、外見なんて関係ないってことみたいだ。


「先輩ッ! 千早センパイッッ!」


 思わず倒れそうになった俺の体を、柔らかくて暖かい物が包み込む。

 無意識に、莉桜(りお)……妹かと思ってしまったが、違った。当たり前だ。莉桜は2年前に死んでいるのだから。


 朦朧とする頭で、ストーカー被害に関する相談を受けていたサークルの後輩と一緒だったこと思い出す。


「……離れたほうが……良い」

「先輩、なんでそんな……」


 血で汚れるからと、危ないから。

 ふたつの意味で警告を飛ばしたのだが、彼女は泣きそうな表情で首を振るだけ。


 ……困った。


 ていうか、痛えな、これ。

 本当なら、その辺をのたうちまわってわめき散らしたいぐらい。


 けれど、これが自分のせいだと思っているだろう彼女のことを考えると、そんなことはできなかった。男の、そして、たぶん最後の意地だ。


 事故に遭ったときの、父さんや母さんもこんな痛みに耐えて、俺たちの救助を優先させたのか。


 改めて、尊敬する。


「じじ、自業自得だ。天誅だ。思い知ったか!!」


 最初はどもりながら、次に自らの正当性を信じるかのように。最後には、逆ギレ気味に叫び声をあげるストーカー男。

 その声に恐怖を感じ、俺を支えている後輩が身を固くした。


 こうしている間にも、ナイフに刺された場所は痛いというよりは猛烈な熱さを発しているし、当然ながら血が止まる気配もない。

 傷口を手で押さえても意味などなく、むしろ、この汚れた手を水で洗いたいなんて思ってしまう。綺麗にできたら、さぞ気持ちいいことだろう。


 とりとめのない思考。

 その間に、変なところに力を入れてしまったのか。傷口が、また猛烈に痛み出す。


「くっ……ッッ」


 だが、叫び出したいのをこらえ、逆にストーカー男をにらみつけてやった。

 あんな男を喜ばせるのは、しゃくだ。


「ひっ」


 別に威嚇をするつもりはなかったのだが、俺の痛みをこらえる表情が脅しのように見えたらしい。これだけのことをしておいて、怯えたように後退りやがった。


 よっぽど怖かったのかね。人を刺しといて、そんなもんかよ。

 俺は、場違いにも笑ってしまう。


 胸の傷は、なおも猛烈な違和感となって存在を主張してくるが、不思議なことに痛みは小さくなっていった。

 慣れてしまったのか、話に聞く脳内物質とやらの効果なのか。人間の体ってのは、思ったよりもいい加減にできているらしい。

 冗長性があると考えると、システム的にはなかなか優秀だ。


「はっ、ははは、はははは。彼女に近づく虫は、そのまま死ねばいい。彼女は、このぼっぼぼボクが幸せにするんだ。ボクにしかできないんだ。決まっているんだ」

「…………」


 なるほど、そうか。それがあったか。

 俺が勘違いで刺されたのは、まあ、仕方がない。

 妹が生きていたら話は別だが、天涯孤独な今の俺には、この世に未練もない。


 だが、このままおちおちと死んでもいられないようだ。


「先輩……?」


 不思議そうにつぶやく後輩の手を振り払い、よろよろとストーカー男へと向かって行く。


 ヤツは一瞬、ぎょっとしたような表情を浮かべた。だが、それは本当に一瞬のこと。すぐに、小馬鹿にしたような表情に変わった。


 実際、俺のことを馬鹿にしているんだろう。瀕死の虫が、必死に羽根を動かしている程度にしか思っていないんだろう。


 それは別に良い。

 俺だって、ストーカー男は、ストーカー男としか認識していないんだから。お互い様だ。


 そして、彼女とヤツの関係も知らない。たぶん、彼女に聞いても分からないはず。毎日通勤電車の同じ車両に乗っていることに運命でも感じたとか、そんなところだな。


 たぶん、俺は死ぬんだろう。

 根拠なんて、この焼けるような痛みだけで充分だ。


 でも、このままでは死ねない。


 だが、次に俺が取った行動は、誰も予想していないものだった。


 当の俺にとっても。


「あっ、あああっっっ」


 胸に刺さっていたナイフを両手で握り、無理矢理引き抜いた。

 血でぬるぬるして滑るとか、筋肉が締まって抜きにくいとかはお構いなし。痛みは、とっくに麻痺している。


 みきみきだか、みちみちだかいう音とともに抜けるナイフ。

 これで、俺を襲った凶器が、頼もしい武器に早変わりだ。


 そう。このままでは、死ねない。

 あのストーカー男は遠からず捕まるだろうが、この場にはヤツと腰を抜かした彼女しかいないのだ。俺が死んだら、どうなることか。想像もしたくない。


 俺が、なんとか、しなくては。


「動くなよ」


 でも、足下はふらつき、1メートルもないストーカー男との距離を詰められるか分からない。

 だから、そのままでいろよと自分勝手な要求をしたわけだが……。


「ひっ、ひひぃっ」


 ストーカー男は、けいれんでも起こしたように全身を硬直させた。


 ほんと、失礼だな。


 だが、まあ、好都合だ。


 俺はナイフを振り上げて、ストーカー男へと近づいていく。

 刃物なんか包丁ぐらいしか使ったことはない。これが正しいのかは分からないが、とにかく、警察なりが来るまで、ストーカー男が動けないようにしなくては。


「あっ……」


 しなくてはならないのだが、情けないことに足が滑ってしまった。

 血で滑ったせいか、血が流れ過ぎたせいか。


 どちらにしろ血のせいだったが、神様が、今までの不幸を清算するような奇跡を見せてくれた。


 前につんのめったせいで、勢い余ってナイフがストーカー男の太腿に突き刺さったのだ。しかもそれだけでなく、俺が倒れる勢いまで加わって深々と。


「ぎゃあああぁっっっっ」


 身も世もなくというのは、きっとこういうことだろう。

 いや、恥も外聞もなくのほうが正解か? その自由さが、少しうらやましい。


 まあ、いいか。

 とりあえず、俺の役目は果たした。


 死ぬ気になれば、なんでもできるってのは、本当だったな。

 まあ、本当に死んじゃうんで、できればコンスタントに頑張ったほうが良い。この教訓を伝える相手がいないのは残念だ。


「先輩っ! センパイッッ!! 千早センパイッッ! 雅紀さん!!!」


 遠くから声が聞こえてくるが、反応するのも億劫だった。

 考えることというか、頭に浮かぶことからとりとめがなくなり、体の感覚も薄れていく。


 あー。これは、あれだ。

 帰りの通学電車で座って、目をつぶった瞬間意識がなくなるあれだ。


 ぷつりとスイッチが切れるかのように、俺の意識は闇に閉ざされた。





 それは、目覚めの時を迎えようとしていた。

 数十年振りか、数百年振りか。それ自身にも分からぬほど、長い年月を経ての覚醒。


 しかし、それに不安はない。あるのは、ただ好奇心のみであった。

 果たして、次の器はなにを望むのか。


 最初の器は、自身を余すことなく利用し、最後には戦いの中で散った。

 次の器は、兄弟か姉妹だったか。無限と思えるほど増殖し、最後には自壊した。


 以降、いくつもの器に宿った。


 人の欲望をむき出しにした、醜い器もあった。

 人の高潔さを示すような、誇り高い器もあった。

 ただ、本能に従うだけの器も。目的を持って、それを利用した器も。


 つまらぬ器も、興味深い器もあった。


 しかし、新たな器に宿る度、自然と期待が沸き起こる。


 進化。


 どの器も、進化を求めているのだから。そして、それはその行き着く先を観察するのだ。


 それは、微睡みながら、今回の器に火が入ったことに気づく。

 器に欠けていた魂が、遙か彼方からやってきたのだ。しかも、それが今まで遭遇したことのない魂だ。


 否応なく、期待が高まる。


「ああ……。ほんに、ほんに。楽しみでならんわぁ」


 緩やかに目覚めながら、期待に胸を躍らせるように、それは大きく脈動した。

本日のみ二話更新。以降は、切りの良いところまで毎日更新します。

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