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断罪と別れ Ⅰ

喉が渇きを覚え目が覚める。

夜も深く、町は静まり返っている。


ロザリアとの別れの前に皆で夕食を取った後、各自個室で休むことになった。

グレンウッドまでの同行のお礼とイアがそれぞれに個室を用意してくれた。

いつもは大部屋でみんなで泊まっているため、久しぶりに感じる一人の空気が少し寂しい。

フェイは一人で眠れているのだろうか。


窓の外に目をやると人影が見える。

月明かりに照らされると長い栗色の髪が見える。

イアだろうか?

こんな夜更けに何をしているのだろう?


扉を開き、宿の廊下へと出る。

宿は静まり返っている。

廊下の突き当りにある階段を降りると夕食時には喧噪としていた食堂も静まり返っている。

宿の入り口にあるカウンターでは夜間の受付をしている宿の主人の息子が毛布に包まり眠りこけている。


ドアの鍵が開いている。

やはり、先ほどの人影はイアなのだろうか。


外の空気が冷たい。

昼間は魔物の出現で滞在が伸びた冒険者や業者で賑わっていたが今は人の気配がしない。

自分たちが山を越えてきたことに加え、魔物を倒した情報が伝わったことから翌日の出立に備え休んでいるのだろう。


目を凝らすと先ほどの人影を見つける。

ベンチに腰掛けこちらを見ている。


「こんな夜更けにどうしたんですか?窓から見えたものですから。」


「いえ、目が冴えて眠れなかったので少し夜風に当たりたくて。。。」


イアが目を伏せながら答える。

昼間のことを思い出しているのだろうか?

自分たちの到着があと少し遅ければ魔物に殺されていたのかもしれない。

それに護衛がみな殺されているのだ。

夜になり恐怖が蘇っても不思議じゃない。


「よければ話し相手になってくれませんか?シンさんも目が覚めてしまったのでしょう?」


「ええ。なんだか目が冴えてしまって。」


「身近な人がいなくなるのは悲しいですね。」


護衛の中に親しい人がいたのだろうか。

その声はとても悲しそうに誰かを慈しむように聞こえた。


身近な人。

思い浮かぶのはクロだ。

この世界に来て失った身近な人は彼女だけだ。

だけど、その喪失感を思い出すとツライ。

イアが顔をあげると目が合う。


「自分のことを知ってる人がみんないなくなった世界に価値はあると思いますか?」


突然の質問に思考が停止する。

だれも、自分のことを知らない世界。

ある意味で自分は体験している。

考えてみるとこの世界に来たばかりの時、真っ先に考えたのは帰りたいだった。

葵のいる世界に。

この異世界は自分にとって無価値だった。


「そうですね。もしかしたら、価値なんてないのかもしれない。」


ただ、ここで暮らすにつれたくさんの人に出会った。

なんだかんだとこの世界に愛着のようなものもできている。

しかし、それでも帰りたい世界がある。

そう考えると世界の価値とはどれだけ大切な人がいるのかなのかもしれない。


「でも、生きていればまた価値あるもの、新しい出会いがあるかもしれませんよ?」


イアがクスリと笑う。

顔は笑顔だがそれは気に入った答えではなかったのだろうか?

どちらかというと嘲笑だ。


「シンさんの周りには素晴らしい人たちがいそうですものね。でも、本当に大事な人の代わりなんて見つかるのかしら?本当に愛する人。誰にも変わりなれない。でも、私にはもう居ないから。。。」


夕食の時、イアさんはグレンウッドの貴族だと言っていた。

貴族には貴族なりの苦労が多そうだ。

もしかしたら、亡くなった人は家族以上に親しい人だったのかもしれない。


「大切な人は生きてるうちに大切にしないとダメですね。人には選べる、掴めるものに限度があるんですから。」


その瞳から静かに涙が零れ落ちる。


「ごめんなさいね。暗い話をしてしまっても。でも、聞かせてもらってもいいかしら?もし、大切なものをどちらか選ばないといけないとしたらシンさんは選べますか?」


「選ぶ、ですか?」


「ええ、よくある恋人か母親か、みたいな問いかけですね。自分か大事な人かでもいいですが。」


少し考えるが答えは出ない。

困った顔で考えているとイアが笑い出す。


「すみません。意地悪な質問でしたね。こんな問いかけ無意味です。実際その時にならないとわからないものですもの。ねえ?」


イアがクスりと笑いかける。


「さあ、そろそろ寝ましょうか。明日の出発は早いんですものね。」


イアが宿へと戻っていく。

しばらくその場で考え込む。

選ぶとしたら。

そこでクロの最後の言葉を思い出す。

帰ることだけを考えろ。

葵のもとに。

もし仮に魔王を倒さないで帰る方法が見つかった場合、勇者であるユキナやレナは戦い続ける。それにフェイはどうなるだろうか。自分がいなくなったら一人にならないだろうか?マナや師匠が世話してくれるだろうか?

自分が元の世界に帰るということは皆との別れを意味するのだ。

今は魔王を倒すしか帰る方法はない。

だけど、目的は帰ることなのだ。

いつか別れは来るのだ。元の世界に帰るということは別れなんだ。


「思ったよりも名残惜しくなりそうだな。。。」


体が少し冷えてしまった。

部屋へと戻り体をベッドへと落とす。




ーーーーーーーー


「シン!!大変です!!!」


マナの大声で目が覚める。

外から柔らかい明かりが差し込んでいる。

まだ日は高くない。

寝すぎたわけではなさそうだ。


「朝からどうしたんですか?」


眠い体を起こし扉を開く。


「フェイがいないんですよ。それにユキナが。。。」


「フェイがいない?散歩とかじゃないんですか?」


「これを。」


マナの差し出した紙を受け取る。




ー断罪峡谷に一人で来い。選択の時だ。よく考えて選べ。ー



「なんですかこれ・・・そうだ、ユキナは?」


ユキナの部屋へと行くとユキナが苦しそうにベッドに横になっている。


「ユキナ!なんだこれ?」


ユキナの体に不思議な呪詛のようなものが蠢いている。


「呪いです。ユキナほどの実力者に、勇者の加護持ちにかけられる呪いなんて聞いたことありませんよ。」


「大丈夫です・・・」


ユキナが息を乱しながら体を無理やり起こす。


「ユキナ!無理しないで。」


「いえ、大丈夫です。いつも通りとはいきませんが大丈夫です。」


「大丈夫じゃありませんよ。常人なら即死する呪いですよ。絶対安静です。これだけの呪いですから術者もそう遠くないとおもうんですが。。。」


「術者をどうにかすればいいんですか?」


「ええ、この類の呪いはおそらく術者を倒せば消えます。おそらくフェイを攫ったものが犯人でしょうが。。。」


昨晩のことを思い出す。


「みんなで行きましょう。フェイちゃんを助けないと。」


嫌な予感が頭をよぎる。


「みなさんどうしました?」


騒ぎに気が付いたロザリアが部屋へとやってくる。

朝からこれだけ騒いでいれば人も集まるだろう。

他の部屋の人たちも騒ぎに廊下へと出てきている。

だけど彼女はいない。


「シン?どこにいくんです?」


マナの問いに答えず彼女の部屋へと向かう。

そこには案の定だれもいない。

あるのは壁へ書かれた文字だけ。


ー喪失の痛みをー


「これは・・・イアが犯人なのですか?」


「マナ、ユキナを頼みます。渓谷へ行ってきます。」

お読みいただきありがとうございます。

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