閑話 黒の花
世界は美しい。
だれが言ったかは知らない。
だけどそんなものを実感したことなど一度もなかった。
いや、世界は美しいのかもしれない。
醜いのは人間か。
それでも世界が美しいとは思えなかった。
産まれた街からは海が見えた。
海の匂いは臭いとしか思えなかった。
その土地は雨が振っていた。
私が見上げる空の色はいつも灰色だった。
ー両親はいなかった。いや、正確には父、母と呼ぶべき人間はいたが私は家族と思われていなかった。
寝る場所は家の外にある馬小屋の一角。その寝床も12歳になる頃には奪われた。
売られたのだ。両親に。
もう男の相手ができるだろうと売春宿に。
一晩でなくなるような端た金で。それが私に取っての親と言う生き物だった。
呪い子。
私には生まれながらに加護がなかった。
この世界に生まれた人間全てに与えられる加護。
まず私は女神に愛されなかった。
そして女神に愛されない私は両親にも愛されなかった。
私には妹がいた。
かわいい妹だった。6つ年下の妹。
いつも両親の目を盗んでは私と遊ぼうとしていた。
そんな妹が愛おしかった。
情欲や嫌悪の眼をもたず、ただ一人私に触れてくれた人間。
幸か不幸か私は男達に好かれた。
長く真っ直ぐに伸びた艶やかな黒髪。
見つめると吸い込まれそうな薄い紫がかった瞳。
売られた当初、やせ細っていた体はまともな食事を与えられるようになると雅な艶かしい体へと育っていった。
仕事仲間なら私を受け入れてくれるかもと期待もした。
最初は仲よくしてくれた人達も私が加護なしだとわかると恐れるように、触れると汚れるかのように避ける。
不思議なことだった。
私達がこれ以上どんな風に汚れることができるのか。
毎晩、男達を悦ばせ、道具のように抱き捨てられる。
私という存在のおかげで彼女達はプライドを保っていたのかも知れない。
ここが高給娼館のような場所なら一流としてのプライド等もあったのかもしれないが所詮は場末の安い売春宿だった。
こんな私にも16の時に身請けをしたいという冒険者の男がいた。
冒険者とは街を渡りながら依頼や魔物討伐、時には戦に参加し日銭を稼いで生きる人達。
男は優しかった。だけど、それ故に弱かったのかも知れない。
あまり稼ぎはいい方ではなかった。
それでも、数ヶ月に一度この街を通る時には必ず来てくれた。
でも、身請けするほどの金もこれから私を養うほどの余裕もなかった。
だから計画した。
店の金を盗み、だれも私のことを知らない遠い場所で暮らそうと。
その日は雨だった。
真夜中、客足もなくなり宿主が仮眠を取る為に事務所で一人になる時を見計らい静かに忍び寄り心臓にナイフをさした。
その後、金庫のなかにあるお金を持ち待ち合わせ場所に走った。
うれしかった。私を待ってる人が居る。体を売らないでいい。自由になれる。
約束の場所に男はいた。
二人の見知らぬ男達と共に。
私の盗んできたお金は全て2人に取り上げられた。
彼は借金があったようだ。そして私達の計画を知りそのお金を奪われた。
かまわなかった。お金がなくても自由がある。
彼が居る。それだけでよかった。
衛兵に捕まったのはその数分後だった。
捕まるのを恐れた彼は自分は無関係だと言い逃げた。
そして、私は牢屋に入れられ、その後は広場で死ぬまで曝されることとなった。
よく考えれば彼はお金が欲しかっただけなのかも知れない。
ただお金を得る為に私を騙した。
加護無しの女を本気で愛する人などやはりいないのだ。
死ぬのはかまわなかった。
この辛い世界からようやく解放される。
ふと考えるとなぜいままで死のうと思わなかったのか不思議だった。
もう一度妹に会いたかったのかもしれない。
雨期だからか広場に曝されてからは毎日雨だった。
体が冷える。
そのおかげで早く死ねそうだ。
この広場には同じよう縛られ拷問されている男女の9人がいた。
彼らはキツい税の取り立てを行う領主への仇討ちを行い失敗し拷問され処刑されるようだ。
爪をはがれ、背中を鞭うたれ、眼をえぐられる。
理不尽だとおもった。
私は罪を犯した。
人を殺し、盗みを働いた。
自分の為に。
でも、彼らは違う。
重い税に苦しみ民衆のために戦った。
なのにこのような場所に裸で曝され、ひどい拷問を受け、雨に打たれ、今死に向かっている。
眼を失った女性がこちらを向いている。
何も見えない眼。
その眼でこの世界を睨んでいるような気がする。
怒りだろう。
この歪で理不尽な世界への。
彼女を見ていると私にも怒りがあることに気がついた。
いままで押し殺していた両親への怨み。
私を蔑んだ村の人達への怨み。
私の体を金で買い遊んだ男達への怨み。
私を裏切った男への怨み。
私に加護を与えなかった女神への怨み。
なぜ加護がないだけでこんなことになるのか。
女神に尋ねたかった。
その時、目の前の女性がもう死んでいることに気がついた。
他の4人も同様に。
その死んだ女性を見ていると一つのことに気がつく。
若い。
拷問により顔の形は変わり原型を留めていないが黒い長い髪を持っていたことが分かる。
おそらく拷問される前は綺麗な顔をしていたことも見て取れる。
懐かしい顔に似ている。
そんなはずはない。
どうして彼女がそんな目に遭う?そんなわけはない。
ふと視線を外すとそこに眼球が転がっていることに気がついた。
黒い花の横に。
血で染まり赤から黒へ変色した花。
その花を見つめるように眼球が一つ転がっている。
自分と同じ薄い紫色の瞳。
しばらくして自分が叫んでいることに気がついた。
声にならない声で。何日も雨風に曝され死を待つ体からはほとんど声はでなかった。
それでも気が狂ったように叫んでいた。
いや、狂っていた。
やさしかった少女が死んだ。
もう一度会いたかった。ただ一人会いたかった愛しい妹。
本当に妹かは分からない。
でも、叫ばずにいられなかった。
憎かった。世界が。人間が。
気がつくと花は消えていた。
ただ強く自分の中に怒りが湧き溢れていた。
この日一つの街が滅んだ。
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