精霊探し 群青
「フェイちゃん、これも美味しいですよ?」
差し出されたクリームの詰まったパンを口に放り込みフェイが満面の笑みをしている。
「いやー、しかし、本当にいいんですかね?勇者をやめるだなんて・・・」
先日、散々、笑い転げていたのはどこの誰だっただろうか?
「・・・本当に。これ、かなり問題になりますよね・・・やっぱり・・・」
会話に気がついたユキナが満面の笑みで答える。
「まだ心配ですか?大丈夫ですよ。魔王を倒せば誰も文句なんて言いませんから」
「まあ、確かにそうですね。その考え方は嫌いじゃありません」
なぜかその一言に頭を縦に振っている。
「いや、そもそもなんで自分たちと来るんですか?勇者達と組んだ方が確実で安全でしょう?」
ユキナは怪訝そうな顔で答える。
「でも、それじゃあ、シンさんが帰れないんですよね?なら、私はシンさんと戦います」
現在は、イシュタルトを飛び越え、南方の国ファリスの首都に到着したばかりだ。
アーノルドはみなの体調が良くなるとすぐに出発し、それから1月程掛けてここまできた。
「地底洞窟はここから3日ほど行ったところなんでしたかね?」
「ええ、ただ、洞窟は相当広いようですから準備は入念にしていきましょう」
地底洞窟は相当深いらしく一週間以上潜ることもあるらしい。
4人での調査となると食料等の問題から帰りも含めて5日ぐらいが限界だろう。
「ところで、マナさんはどうしてシンさんと旅を?」
「私ですか?まあ、不出来な弟子を一人で放り出すのも忍びなかったですしね。それに、大精霊に私も興味がありましたしね。まさか、契約までできるとは想像もしていませんでしたが」
「フェイちゃんは?」
「ん?フェイはシンの保護者だよ。面倒見るよう頼まれてるからね」
近頃、フェイの口が達者になってきている気がする。
確かに助かってるけど、自分の保護者だったのか・・・
「それじゃあ、今日中に買い出しを済ませて明日から洞窟探索といきましょう」
2手に別れて買い物をする。
マナがフェイと食料の買い出しに行くと言い走り去って行く。
残された、自分とユキナで雑貨を買い足しに行く。
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「へー可愛らしいアクセサリーがたくさんありますね」
必要な霊薬や雑貨を購入し終わるとユキナがアクセサリーをのぞき始める。
勇者といっても、やはり女の子なのだろう。
そこまで高価なものはなさそうだが、楽しそうにペンダントやイヤリング、様々な装飾品を手に取り眺めている。
「そういうの好きなんですか?」
手に持っていたペンダントを棚に戻し、ユキナがこちらに振り返る。
「そうですね。特別好きなわけではないですけど、人並みに好きだと思いますよ。一応、女子ですから。あれ、これって」
そういって手を伸ばした先には薄紫の石がついたペンダントがあった。
「幸運のペンダントですよね?」
クロから、そしてレナに渡ったペンダントと同じものだ。
「あら、ご存知ですか?ええ、知り合いが付けていたのを思い出して。ああ、そういえば、レナさんご存知なんですよね?」
「ええ、お世話になりました。怪我をしてた所を助けてもらって、しばらく、家に滞在させて頂きました」
元気にしているだろうか?
勇者達も魔族との交戦に向かったという話をユキナから伺った。
レナは強い。
だが、できるだけ怪我なく、無理をしないことを祈る。
「・・・家に滞在・・・ですか?」
どうしたのだろうか?
何かマズいことを言っただろうか?
いや、常識的に考えて女の子の家に滞在してたというのは風聞に悪いか・・・
「はい、ハールン村には宿等がなくて。部屋があるということでフェイと一緒に世話になっていました」
「そ、そうですか・・・」
納得してもらえただろうか?
怪しいことなどないが、自分から進んで弁明するのも違う気がする。
店を出て宿へと向かう。
外はまだ明るいがだいぶ日が傾き始めたようだ。
「シンさんのいた世界はどんなところだったんですか?他の方の話ではずっと学校というところに通ってたようですけど、シンさんもそうなんですか?」
「そうですね。自分は学校が終わって、働き始めるところでした」
「あら、お仕事ですか?何をする予定だったんですか?」
「会計ですね。こちらでなんと呼ばれてるかわかりませんが国のお金を管理するところで働く予定でした」
国家公務員に就職が決まり、家族は喜び、友達には嫉妬されたな。
そんな未来はもうないだろう。
帰った時に時間が戻ってるといいのだが、もう一度就活をすることを考えると頭が痛くなる。
横を見るとユキナがこちらをちらちらと見ている。
ー
「他にも気になることがあります?」
「えっと、シンさんの恋人はどんな人だったんですか?」
「葵ですか?」
葵。いままで名前も聞いていなかったと気づく。
どんな人だったのだろう?
好奇心に負ける。
「はい。御伺いしてもよろしいですか?」
「ええ。でも、普通の子ですよ。でも、結構もててましたね。競争率高かったです。付き合いだしたとき、なぜか友達に殴られたりもしましたね」
うれしそうに話すシンさん。
彼のこんな笑顔を見たのは、もしかしたら初めてなのではないだろうか。
その表情からどれだけ女性のことを大事に思ってるか見て取れる。
うらやましいと思った。
でも、欲を出すわけにはいかない。
彼は帰りたいのだ。
元の世界に。
彼女の場所に。
「それから・・・」
しまった。
考え事をしている間に話を聞き逃していた。
「結婚も決まってたんですけど、怒ってないといいんですけど」
胸がちくりと痛む。
でも、それでいい。
私は彼の幸せの助けになりたいと思ったのだから。
空が青い。
愛しい彼女のことを話している間は彼の心もこんな風に澄み切っているだろう。
この旅が終わった時に私の心もこんな風に彩られていたらいい。
そうなるように後悔しないように行こう。
彼のために。
私のために。
御読み頂きありがとうございます。本日中にもう1話投稿する予定でいます。