黒の章 くちびる
運命ってなんなのだろうか?
クロと出会ったのは偶然なのだろうか?
加護を持たない者同士が道端で生命の危機に晒されている場面で出会う。
運命っていうには十分ドラマッチックだと思う。
男女が逆だったなら。
すでに3度命を救われている。
彼女には感謝している。
人殺しで指名手配の彼女に感謝するなんて変かもしれないけどあくまで自分にとっては命の恩人なのだ。
この突然呼び出された異世界で数少ない頼れる相手だ。
自分に思い出や約束事などがなかったら何か違ったのだろうか?
この世界は殺伐としている。
でも、なぜか嫌いじゃない。
魔法なんて不思議な力もある。
まともに使えはしないけどやはり憧れたことはあるものだし使えたときはマッチよりも小さな火でもうれしかった。
クロは綺麗だ。
彼女には幸せになってもらいたいという気持ちが生まれていた。
散々、世話になったんだ。
彼女が安らいで血にまみれずに平穏な日が訪れてほしいと思った。
そんな日は来ないのだろうか?
彼女の横に立てる人間がいるとは想像がつかなかった。
フェイがいることが彼女を支えてきたのだろ。
そんな風に、だれか一人隣にいれば彼女も幸せになれるんではないかと思う。
自分が残してきた約束を思う。
自分は帰らなくちゃいけない。
少し寂しく思う自分がいることにも気づく。
まずは帰る方法を見つけてからだ。
ー
「もうじき女神の教会だ。正直、まずいな。アクアから私のことが伝わって警戒が強化されているかもしれない。」
「やっぱり今行くのは辞めた方がいいんじゃないです?」
横ではフェイが干し肉に齧り付きながら眠っている。器用だ。
「だが、それもめんどうだろう。最悪、お前は一人で神託の巫女に会いに行けば良い。私は私で正面からやるさ。これ以上彼奴らをのさばらせるのも面倒になる。」
面倒くさそうにため息を吐く。
「どうして女神の教会を潰さなきゃいけないんですか?」
疑問を尋ねる。
なぜ彼女は危険を犯してまで女神の教会に行くのだろうか?
「あの化け物をどう思った?」
先日、出会った金の瞳の天使と呼ぶには醜悪な化け物。
「怖かったですよ。魔族とはまた違って、いや、魔族よりも異質でした。」
何よりもあの声。
あの声を聞いた時、恐怖に覆われた。
あの声は何だったのだろう。
「だからだ。これ以上、あいつらを増やすわけにいかん。あんなのがうろつき回っていたら怒りで気が狂う。だから、司祭と使徒は殺さなければいけない。」
たき火を挟み座っている。
クロの薄紫の瞳に照らされた炎が彼女の決意の強さのように見える。
「どうしてクロが?あの化け物は女神の教会が産み出してるんですか?」
「私しか知らないからだ。知りたいのか?」
無言で頷く。
「貴様なら大丈夫か。女神の加護とは何だと思う?」
女神の加護?
女神から与えられる力なのでは?
「女神からの与えられる力なのでは?」
「そうだ。女神の力だ。人間の小さな体に強大すぎる力が収まりきらなくなった結果があれだ。」
先日の光景を思い出す。
ならなぜ?
「どうしてあの男は突然変貌したんです?」
「女神が干渉したんだろう。女神はその加護を通して見ているらしい。やつが言うからそうなのだろう。ヤツに見えない人間は私とお前だけだ。まあ、そのバカ鳥もだがな。」
フェイに目を向ける。
霊長は女神の加護から生まれた種族じゃない故に加護は持たないらしい。
それ故に神にも近づけると。
干し肉を齧りながら眠る子供が。
「じゃあ、だれでもああ成りうるってことですか?」
「ああ、だが、普通の人はそんなに強い加護を持っていないだろう?女神の干渉を強く受けるのは強い加護を持つ者だけらしい。そして、強い加護は影響する。司祭や使徒といった強すぎる加護は毒なんだ。その力が周りを変えてしまう。それを天使等と呼ぶ者もいるがな。自分をなくした者が天使とは笑える話だ。」
イル・バルトには多少は意識があったように思えたがあれがあの男の正気とも思えなかった。
「例外は勇者くらいだな。勇者を何を持って勇者と成すか。これは仮説だが、勇者は女神の力を完全に受け入れるだけの器を持つものなのだろう。4人勇者を殺したがヤツらからは力は漏れていなかったし、周りへの干渉も見えなかった。まあ、分からんがな。女神が強く干渉すればその拮抗も壊れるのかもしれないが勇者は少し特別なようだ。人間には過ぎた力なんだよ本来加護とは」
さらりと恐ろしいことを言う。
4人勇者は殺されているらしい。
異世界召喚された高校生達ってそのせいで呼び出されたのでは。
じゃあ、自分が巻き込まれたのも元をたどれば・・・
「勇者殺したんですか・・・?」
「ああ、だから元をたどればお前がここにいるのは私の所為かもしれんのだ。すまんな。」
意外な謝罪に思わず戸惑う。
もしかして、クロが自分を助けてくれている理由はこれなのだろうか?
「でも、まあ自分は事故みたいなものですしね。それに同意もなく呼び出したのは女神なんだろうし。」
実際にそう思う。それに何度も助けてくれた彼女を恨めそうもない。
「異世界か。お前の世界は平和なんだろう?そこにいるお前の彼女はどんな人間なんだ?」
「彼女ですか?」
意外だ。クロがそこに興味を持つとは思わなかった。
「意外か?私だって女だ。興味はあるさ。それにお前の帰りたい気持の強さも分かるしな。生半可な気持ちならこんな危険な旅を続けんさ普通。」
クロが優しく微笑む。
(この人に好かれたら誰でも落ちるだろうに。)
「そうですね。綺麗な人ですよ。やさしいし。」
ー
綺麗な子だった。
彼女が教室にいると男達がちらちらと視線を送っていた。
歌を口ずさむのが好きな子だった。
そして信号を待つ彼女に大声で声をかけるのが好きだった。
仲よくなったのはたまたまだった。
天気予報を裏切り大雨が降った日。
大学の教室にいつまでも残っていた彼女。
近くのコンビニで傘を2つ買い学校へ戻り1つを彼女に渡した。
傘を買いに行く途中にずぶ濡れになった自分をみて彼女が申し訳なさそうにしていた。
お礼にと後日、食事に誘われた。
そこからはありきたりに仲良くなり時間と共に仲を深めていった。
彼女はやさしかった。
だれにでも気遣いでき、分け隔てなくやさしく接することが出来る子だった。
電車に乗れば席を譲り、大きなゴミが道に落ちていたら近くのゴミ箱へ捨てる。
人がしたがらない当たり前ができていた。
そんな彼女を好きになり交際を申し込んだ。
彼女からのOKの返事を受けたときは本当にうれしかった。
先日のプロポーズの時も同様に。
平和な世界でありふれた日々を送っていた。
幸せがそこにあった。
これからも築いてゆくはずだった。
ー
思い出すとまた強く帰らなければという思いが強くなる。
「そんな感じですけどありきたりなカップルですよ。」
「当たり前が当たり前にできるのは立派なことさ。出来ない人間がここにいるだろ?平和かこの世界からはほど遠いな。」
クロが笑う。自分もさらに平和を乱す一因であると。
「そうだ。クロこれ。」
圧縮袋の中から以前アーノルドで購入した薄紫色の宝石の付いたペンダントを取り出しクロに手渡す。
「いつも助けてもらってばっかりだから。お礼。幸運のペンダントだってさ。女神の加護じゃないおまじないの石だからクロにも効くよきっと。」
クロが目を見開き驚いている。
「ありがとう。人から物を貰うのは久しぶりだな。」
最後に誰かに何かを貰った記憶は妹からの髪留めだ。
いや、人から貰った記憶などこれが2つ目だろう。
「いいのか?」
「むしろ返されても困るよ。」
笑って答える。
クロは黙ってペンダントを首にかける。
クロの瞳の色と合い重なってよく映える。
高い物ではないけど飾り気のないクロにはちょうど良く似合っている。
するとクロが近寄り唇を軽く重ねる。
「お礼だ。彼女には黙っておけよ。」
笑って元の場所で横になり瞳を閉じ眠りだす。
呆然と惚ける自分だけが炎の前に立ち残されていた。