ヒロインの朝
こんにちは、Aのために。です。
エピローグはもうお読みになりましたか?
続けが気になって頂けたなら幸いです。
では、続きをどうぞ…。
チュンチュンと小鳥がさえずる音が聞こえ、目覚ましも何も鳴っていないがパッチリと目が開いた。
むくりと上半身を起こし目を隣のテーブルに向けると、いつものように原稿が枕元に置いてあった。
ゆっくりと手を伸ばし、[今日の原稿]を手に取るとパラパラと中身を読んでみる。
今日の展開を頭に叩き込みながら私は安堵のため息をついて原稿を同じ場所に戻した。
まだ"バレンタイン編"は終わらないようだ。
私はゆっくりとベッドから降り、パジャマを脱ぎ始めた。
バレンタイン編というのは、私、心猫琉兎{こころね るう}を主人公とした少女漫画の第3部だ。
才色兼備で美少女な心猫 琉兎は、人気者でイケメンな櫻庭 裕太{さくらば ゆうた}に片思いをする。
第1部では、今まで男子に興味のなかった琉兎が初めて恋心を抱くところが描かれていて、第2部では少しずつ裕太のことを知っていき、裕太が琉兎に興味を示し始める。そして第3部では、他の女子に邪魔をされながらも少しずつに裕太に気持ちを打ち明けていく…という内容だ。
まあ、ありきたりな恋愛漫画だ。オチも大体読めているが、私は何も考えずにスクリプト通り動いていればいい。
だが…。
制服に着替えてから私は鏡を見つめる。綺麗に整った眉にくりくりとした瞳。甘そうなココア色の髪の毛はふんわりとまとめられていて、形のいい唇はむっすりと放物線を描いている。
誰もが羨む美しさは私のものようで私のではない。全て作り物。
手で自分の髪の毛に触れてみる。
確かに髪の毛の感触は手に伝わるし、頬をつねれば痛さも感じる。
それでも自分のではないと感じる。
スタイルの良い体型も全て作り物。
裕太に向けられる笑顔も好意も全て嘘。紙の上にかかれたスクリプトを覚え、私は毎日"ヒロイン"を演じている。
それが【決められた心猫琉兎】だからだ。
「琉兎ー、ご飯できたわよ〜」
母親の声が聞こえた。
あれもきっとスクリプト通りなのだろう。
そう思いながら私は口をあけた。
「はあい〜今から行くわ!」
私のようで私のでない声が口から抜けていった。
「さてと」
私は小声でそう言って立ち上がった。
ドアノブに手をかけた手を見つめながらいつものように自分に言い聞かせた。
「今日も私を演じましょうか。」
本当の私は誰?
そんな疑問を胸の内に押し込めながら私はドアをあけた。
階段の下から"家族"の笑い声が聞こえた。