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 古賀拓海。

 それが、久方ぶりに再会したと思った直後に、過度なスキンシップで愛情表現をした男の名前だ。

 町に生まれ育ち、幼い頃から一緒に遊び回っていた、葵と同い年で、葵よりも年季の古い幼馴染である。


 ようやく混乱も去った居間で一息ついた大和は、近くに腰掛ける拓海へ視線を向けた。


「しっかし、大きくなったなー」


 言いながら目線近くの頭を撫でると、嬉しそうに拓海が「へへ」と笑う。

 昔から大和を慕い、色々な遊びを提案していた彼は、いつだって元気でちょっと過激だった。

 そんな彼の、変わりない姿に安堵すると同時に、4年経った今でもまだ慕ってくれていることが嬉しくて、自然と微笑んだ。


「やま兄、俺ちょー会いたかったんだぜ!? なのに全然帰ってこないしよ。なにやってたんだよ?」

「忙しかったんだよ、あれこれ」

「部活かなんかか? あ、やま兄サッカー部だったもんな! 高校でもやってんだろ!?」

「……あー」


 はは、と力無く笑ってごまかした大和を、拓海は怪訝な顔で見上げてくる。


「それよりも、お前なんで制服なんだ? 夏休み入ってるんだろ?」

「拓海は補習だったの」

「あっ、葵てめ! やま兄にんなことばらすなよ!」

「だって本当のことだもん」

「やま兄にバカって思われるだろ!」

「そんなの、昔っからだよっ!」


 賑やかな空気に接するのは久しぶりで、思わず笑いが零れてしまう。

 感情のままに、衝動のままに笑うということが、これほど自由で解放感溢れるものだと―――久しぶりに、ああ、本当に久しぶりに感じた。


 それと同時に、変わりなく自分が彼らの『兄』という役割を担っていることが嬉しくて、胸がじんわりと温かくなる。


「ったく、本当に変わらないな。ああ、そういえば二人って付き合ってるのか?」


 何気なく、先程の疑問を問いかけた途端。

 場の空気は夏だというのに凍ったように固まった。

 葵も拓海も、喧噪の声をぴたりと止め、大和を凝視している。


 蝉の音が、やけに大きく聞こえた。

 だされた麦茶から、からん、と氷がまわった音が空しく部屋に響き―――瞬間、顔を真っ赤にした拓海が、大和の視線から逃げるように、顔を背ける。


 ああ、と彼の反応を見た大和は、瞬時に理解した。

 どうやら拓海は昔と変わらず、葵を大事に想っているようだ。青春しているな、と目を細める大和の耳に、葵の否定する声が届いた。


「ち、ちがうよっ! 拓海とはそんなんじゃない! だって、わたし……わたし、」

「……」


 葵の否定に、拓海の表情が陰る。

 だがそれも一瞬のことで、すぐになんでもない顔に戻ると、トマトのように真っ赤な葵を擁護するように口を開いた。


「そーだよ。なにを勘違いしてんだか、やま兄は。このむっつり」

「む、むっつりっ!」

「むっつ……? え、むっつり?」


 どうやら、二人の仲はあまり発展していないらしい。

 そのことは分かったが、なぜ自分が謂れも無い『むっつり』という称号を得たのか不明で、首を傾げる。


「男女の仲を深読みするなんて、むっつり以外にないだろー? やま兄、もしかして向こうの高校で、大人の階段昇ったのか?」

「そういうこと言う、お前の方がむっつりだと思うぞ、俺は」


 拓海の探るような視線をかいくぐり、大和は負けじと言い返した。


 正直に言えば、ない。

 引っ越した先はこの町よりも大分都会なのだが、恋愛に発展するようなことはどれだけ頭を捻ってもなかった。

 だが兄と慕う弟分に、そんなことを話せるはずがない。


 しかし、拓海も勘のいい男で。

 大和のこめかみに流れる一筋の汗を見て、「ふうん?」と不遜な笑みを浮かべてくる。


 どうやら誤魔化されてはくれないようだ。

 こんな腹の探り合いができるようになるとは、拓海の成長を侮っていた。

 いつまでもバカな拓海はバカであると、信じて止まなかった大和は、再会ついでに彼の賢さを図ろうとして―――。


「そういえば、拓海。なにか用があったんじゃないの?」


 都合良く葵が話題を変えたため、心理戦はあっけなく幕を閉じた。


「なんだよ、忘れたのか? 『参謀』」

「……さん、ぼう?」


 やれやれ、と肩を竦ました拓海は、聞き慣れない単語を口にする。

 だが問いの答えを得た葵は、それだけで何かを察したようだ。


 はっと顔色を変え、わななきながら言葉を返す。


「『ブラック』……っ!」

「なに、なにこれ。なにが始まったの?」


 大和を置き去りにして、二人は合言葉のように「水曜日!」だの「作戦会議!」だのと単語を口にし合う。

 傍から見ていると、まるで外国人の交流だ。


「ごめんね、わたし大和が帰ってきたことで忘れてたみたい……っ! いま『作戦ノート』持ってくる!」

「え、あれ? これ、説明なしで進んでくの?」


 大和の問いかけをスルーしたまま、葵は立ち上がって、バタバタと廊下を駆けていく。

 困ったように拓海を見れば、まるで勝ち誇ったような笑みを大和へと向けていた。


「……」


 不思議と癪に障るその顔をどうにかしたくて、ほぼ反射的に拓海の頬をつねる。


「いでっ、いででで! いだい、やま兄、いだい!」

「『ブラック』だの『参謀』だの、なんだよ。二人の秘密の合言葉ってか? えぇ?」


 大和の手をはねのけた拓海は、頬をさすりながらじと目に涙を浮かべて、ようやく答えた。


「別に二人の秘密ってわけじゃないよ。やま兄が結成しただろ? ほら、俺が戦隊モノ好きだからって」

「……なにを?」

「なにをって、忘れたのか? 俺たちの……俺たちの、悪を倒す使命をっ!」


 やたら芝居がかった、熱気あふれる口調で拓海が叫ぶ。


 ―――やばい、なにか始まった。


 そう悟ったときには、たぶん、もう遅かったのだと思う。

 明後日の方へ指先を向け、いやにキラキラと輝く瞳で語りだす。


「あの日、俺たちは誓った。この町の『悪』を倒し、平和を取り戻すって。そのためにやま兄がリーダーとなって結成した、俺たちの、そしてこの町のためのチームは、未来永劫続いていくんだ! その名も……」

「お待たせ、拓海!」


 ものすごく、とてつもなく良いタイミングで戻ってきた葵に、『ナイス!』と心の中で親指を立てる。

 葵の手には可愛らしい筆箱と、『作戦のーと』と書かれた一冊のノートが握られていた。


 というか、『のーと』ぐらいカタカナで書いてはどうだろうか。


「えーと、葵。それは?」

「このノート? これは『やなせ通り防衛戦隊』の作戦ノートだよ。町の悪を退治するために、毎週水曜日は作戦会議してるの!」


 拓海と同じようなキラキラとした瞳で、拳に力を入れて言った葵の、『やなせ通り防衛戦隊』という言葉に、大和はようやく「ああ、」と手を打った。


 『やなせ通り防衛戦隊』。

 それは幼い頃の、遊びのひとつだった。

 拓海の戦隊モノへのあこがれが度を越えていたこともあり、丁度5人いたことから、戦隊ごっこをして遊んだのだ。

 その時の名前が、やなせ通り防衛戦隊。


 やなせ通り商店街にあやかってつけた名前であることも一緒に思いだし、見えない敵と日々戦っていた恥ずかしい記憶も蘇ってくる。


「……お前ら、高校2年生だろ」

「それがどうかした?」

「それがなんだよ?」


 口を揃える二人に、大和は頭を抱え溜息をついた。


「懐かしいな。大和も拓海も、よく敵と戦ってたよね」

「あたりまえだろ! 俺らは正義のヒーローなんだから! な、やま兄っ!」


 これ以上ないほどに満面の笑みで、同意を促してくる拓海に、大和は頭を掻く。


「ったく、もういい歳なんだから、戦隊ごっこからは卒業しろって」

「……」

「大体、悪ってどこにいるんだよ。架空の敵とは戦えねえぞ?」



 冗談めいて告げた言葉だったが、拓海は過剰に反応を示した。



 目を見開き、小さく「―――え?」と問い返している。


 異常を察して大和が顔を上げたとき、不安に揺れる瞳とぶつかった。



 賑やかだった音楽が、止まったみたいだ。



「―――やま兄は、忘れちゃったのか?」



 低く、淡々とした声に、背筋がぞくりと冷える。



「あの時のこと……本当に忘れたってのかよ?」

「あの時?」



 聞き返した大和の言葉に、拓海が信じられないものを見たように目を見開いた。



「俺たち、あの時『間違った』だろ!? こいつの、葵の―――っ!」

「やめて、拓海ッ!」


 つんざくような悲鳴に、拓海の怒号が遮られる。


 悲痛な表情を浮かべたまま、唖然とする二人を前にして葵は早口でまくし立てた。


「大和は少し前まで、私達だけじゃなく、この町のことだって忘れてたの! 最近になって記憶を取り戻したばっかりなんだから、仕方ないよ!」

「……え、なんで」


 拓海の驚いた心境など、大和の比ではない。


 葵の口から飛び出した『事実』に、全身が鳥肌立つほど、大和は恐怖を抱いた。



「なんで……知って、」



 呆然としながらもなんとか問えた疑惑に、葵は我に返ったあと、しまったと言わんばかりに口に手を当てる。



 蝉の鳴き声が、やけにうるさく聞こえた。

 


「……さっき……言ってたよ」

「嘘だ。俺、そんなこと一言だって」

「言ってた! 大和、きっとまだ記憶が曖昧なんだよ。あ、でもこれは憶えてるでしょ? ―――ほら」


 葵が差し出した、一枚の古ぼけたカードを受け取る。


 そこには『やなせ通り防えい戦隊 レッド 隊員証』と、汚い字で書かれており、紛れなく幼い大和が書いたものだった。

 それがなぜここにあるのだろう。

 なぜ、葵が持っているのだろう。


 自分以上に自分の、子供の頃の記憶を持つ葵に、言い知れない不安が膨らんでいく。

 

 葵に『記憶が抜け落ちている』と、そんなことをいつ言っただろうか。再会したとき? 坂道を上っていたとき?


 ―――不思議だった。

 言った記憶がないけれど、言った気もする。


 分からないことの恐怖感が、先程まで感じていた懐かしさを吹き飛ばしていた。

 ただ、揺れる瞳で手元のカードを見つめる。


 幼い自分は、この戦隊をつくってなにがしたかったのだろうと、大きな疑問を抱きながら―――。

 


はじまります。

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