護るべき英断
よう、なんだか久しぶりのケールだ。今日もぽかぽかいい気分。太陽の光がオレを祝福するかのように降り注いでくれている。うーん生きてるってすばらしい!
と、自分が『光の者』を殺さないと生きてはいけないということを隅において、俺は学院の廊下で伸びをした。今はコマとコマの間にある、移動のためのお休み時間だ。いつもならローレルやリーフと一緒に移動しているんだが、なにやら最近の二人は様子がおかしい。というより、昨日に至っては学院にいなかったようだ。オリーブもリィエンもいなかったし、結局ぼっちだ。いいもん。ひとりぼっちは慣れっこだ。
……さびしい……
と、俺がさぞ陰気くさい顔でため息を吐いただろう横を活発そうな青年二人が興奮気味にかけていった。
「おい聞いたか?」
「ああ! 聞いた聞いた!」
「あのオルギオーデが死んだって――!」
その後、憲兵の卵であろう彼らが何の話をしていたかキチンとは聞いていなかった。が、俺の頭の中では、普段なら一緒に次の教室へ渡るだろう2人のことが浮かんでは消えていた。
よう、お昼時になったケールだ。学院に入って2月ほどはぼっち飯をしていたが、半年を過ぎた今では結構な大所帯でお昼ご飯を食べていた中庭にいる。まあ、昨日もラーク兄や具レイプ兄、それにオリーブとリィエンもいたし今日もいると思ったら……
「卵焼きしょっぱいなぁ……ははは。塩、入れすぎたかなぁ……」
しかし、返事をするものはだれもいない。オリーブどころか猫一匹もいない。うんうん、見慣れた光景だ。時間が4ヶ月ほど巻き戻ったと思えば……
卵焼きが余計しょっぱくなった気がした。
オレとリーフ、それにラークさん、グレイプさんは、中庭で一人で黙々とご飯を食べるケールを見守りながら話をしていた。
「……けど、本当にこれでいいのかなぁ……?」
と、どこか困ったように頬を掻くのは学院の中でもあまり見ない、金色の髪に翡翠の虹彩を持つ、どこか犬っぽさを思わせるグレイプ先輩だった。
これ……というのは、ケールのことだろう。二階の石抜きの窓からこっそり見下ろすと、ケールはぬいぐるみ達に慰められていた。
「……すみません、ラークさん……」
オレは、苦しそうに眉を顰めながらも、どこか安堵したような目の色をしたラークさんに頭を下げた。ケールを遠ざける……それを決断したのは他ならぬラークさんだが、そうさせてしまったのはオレたちのせいだった。
「いや……これは、オレの我儘だ。オルギオーデが……大幹部の〈マーラ〉が死んだ今、『バビロン』も黙っていないだろう……オレは、それに、ケールを巻き込みたくない……」
大切なものは遠ざけておく……か。そう。オレたちがケールを除け者にする理由……それは、ケールを守るためだった。
オレは、いつか寮の談話室でラークさんと話したことを思い出していた。ケールと、ラークさんの本当のふるさとは……イスリアじゃあない。23年前起こったカテンによるケトケイへの侵攻。そして、その打ち滅ぼされた国……ケトケイ。そして、その戦争には、少なからず教会組織の介入があったのは間違いなく、二人の父親である、火燐のオークはその戦いによって名を上げ、同時にウリム大聖堂の大司教と深いかかわりがある……そして、何より……あの男……
いつか、リーフの部屋の前で邂逅した、燃えるような紅蓮の双眸と炎その物のような髪を持った青年……〈ドラゴン〉……! 奴も、奴の言葉を信じるのならば、イスリアの生き残り……それも、王族だって言う……! ああっくそ! わけがわかんねぇ!
いくつもの『バビロン』や23年前のことに関する過去の記憶が頭の中で渦まいている。ただでさえあんまり良くない頭だ。いつもならそれこそケールにも知恵を絞ってもらっているが、今度ばかりは……いや、これからはそうは行かない。
もし、俺たちがこれ以上ケールをオレやリーフと『バビロン』との抗争に巻き込めば、メリルの兄貴みたいにケールが犠牲にならないなんて言い切れない。
ラークさんは、『バビロン』どころか、自分や父親であるオークさんの後ろ盾でもある『大聖堂』からの干渉からもケールを守るために、『大聖堂』と契約したはずだ。
……そう、ラークさんは自分の体を、人生を犠牲にしてでもケールを守るつもりなんだろう。もし、そんな中で俺たちがケールを巻き込んでしまったら、ラークさんがしてきたこと、その全てを無駄にしてしまう。
オレは、もう一度中庭を見下ろしたがケールの姿はもうなかった。どうやら朝食を食べ終え次の教室へ向かったらしい。
……あいつは、本来だったら、まったく『バビロン』なんかと関わりはなく生きてこられたはずだ。
『大聖堂』が関わらせようとしてくる裏の仕事も、全てオークさんとラークさんが風除けになって決して触れさせないようにしているし、これまでだって、半ばはオレたちのせいのようなものだったんだ。
だから……
「巻き込みたくない……ね」
まるで、オレの心を読んだようなタイミングでしゃべったのはグレイプさんだった。グレイプさんはオレと同じく中庭に目をやり、どこか遠い目でケールが一人でいた場所を眺めていた。
「まあ、確かにそれが一番良いのかもな……」
その夜、ウリムの町に、カッフェ・フローロの女店主が攫われたというニュースが駆け巡った。