薄暗がりの道
青々と油を塗ったように照る首の馬が幾匹も、その鋼の蹄鉄もてウリムの石畳を鳴らした。その駒にまたがる騎士も青刈りにかった髪からは、よく日に灼けた、成熟した男の巌のような頭の形が兜の裾野から見えた。歩兵たちも磨かれた鏡のように光を映す銀色の長靴でもて第二の首都と歌われるウリムの大地を闊歩した。やかましく鳴る鎧の音さえ、理路整然とうち並び聞くものの耳を楽しませ、彼らを見下ろす赤茶けたレンガの建物からは幼げなる男の子たちが爛々とした目で大通りを行く彼らを眺めていた。
その長さ500mにも及ぶイスリアの誇る戦士たちを率いているのは、肩の細い、いまだ成熟しきらぬこの国の王子であった。頼りなげな手はしかし、率いる騎士たちの誰よりも力強く手綱を握り、新緑を思わす翡翠色の虹彩は何より若く、若いゆえに意思ある輝きに燃えていた。
「……ローレル。ぼくの選択は本当に正しいと思うかい?」
リーフは射るような目線はうごかさず、その傍らの馬に乗る親友に話しかけた。その声は焦燥と憂いがあったが、けれど迷いはなかった。彼の意は決しているのであった。
トロム広場から、約30分かけての道程でオルギオーデのギルドホールへたどり着いた。こここそまさに大陸経済の中心地であり、まさにそうした虎狼たちの終の棲家であった。
リーフは己のまたがるたくましい馬の背から反射的に振り返った。そこにはトロム広場からまっすぐに伸びる、最も広い大通りを埋め尽くすように、彼を慕い、国を憂いた己の情熱を信じて疑わぬ若者たちがいた。誰もがオルギオーデを国賊と断じ、それを裁くためにきたリーフの背中に正義を見ている。
リーフは兵士たちの眼差しに急に冷水を浴びせられるような心地に陥った。リーフ自信、いまだに己の正義が信じられていないのである。これから行うことは、決して正義の執行ではなく、父たる国王にとって都合がよいだけの、醜い盗人であることに、そしてそんな自分を正義の代行者だと思われることにリーフは耐えられないような心地がした。今にも叫びだし、駆け出したいような衝動に駆られ、その瞬間、隣にたつ、ローレルと視線がぶつかった。
彼の目はまるで凪いだ夜の海のようだった。しかしそれは単に漆黒なのではなく、仄かな夕星と、迷いがあった。
手綱を握る彼の手は青くなるほどに握られ、かれもまた苦悩していることをリーフに示していた。
リーフは自分と苦悩を同じくし、それを分かち合う友がいること知ったとき、自然に頬が緩むのを感じた。その瞬間にローレルの硬かった表情もほぐれた。
「先刻承知の通り、王太子殿下の御成りである! 門を開けられたし!」
そのとき、軍団の先頭に立っていた男が大音声を上げた。」
ギルドホールは相変わらず白銀の月光の如く煌いていた。それは自ら煌くばかりでなく己の名によってかがやく様々な芸術たちの集積であった。
ギルドには誰もいなかった。
招き入れられた、リーフ、ローレル、そして兵団の首長たる隊長はその煌びやかさに域を飲むと同時に誰も現れないのをいぶかしんだ。
「……とりあえず、先をいそぐか?」
そうローレルが提案したのに対し、反対を述べたのは隊長であった。かれはこのウリムに引きつられた3000の兵の責任者であった。
「……いえ、なにか、罠があるとも限りません…」
ローレルは顔を上げた。彼らを見下ろす、数々の聖人たちと目が合った。天井全体に描かれた彼らに嘲笑されるのを感じると同時に、彼はまた勇気を受け取っていた。
「確かに、謀がないとはいえないかもしれないが……このまま進まないわけにはいかないだろう」
「いえ……やつ、オルギオーデの出した条件は、王子が同席することです……もし、あなたの言うように謀があるとすれば、それは殿下を狙ったも同然」
隊長の言葉は聖人たちの見下ろすホール全体に反響したが、本来であればあふれかえっているであろうはずの人々は今日はなく、ただ、むなしくこだまするだけであった。
しかしリーフはそのうす暗がりの支配する、かつて歩んだオルギオーデの部屋ままでの道を再び、確固たる足取りで進んだ。