密談
あれから――オルギオーデさんの話を聞いてから、オレ達は『学院』をはじめウリムの中で集められるだけの情報を、集めた。そして、わかったことは……
「オルギオーデのやつが言っていた事はどうやら本当のようだな……」
ここ数日駆け回った疲れが着たのか、オレは寮の談話室の椅子に倒れこむように座り込んだ。そんなオレを尻目に今日一日中オレに付き合ってくれたラークさんが呟いた。
ラークさんは不思議な人で、つかみどころがない。いつも冷静な様で、時々猪突猛進としかいえないような行動に走る。わかっているのはケールに対して極度のブラコンという事だけだ。
……そんなラークさんはケールのそれより濃い鳶色の目を細めると、オレの方へ視線をよこしてきた。
「……しかも、それだけじゃあ無い」
オレも、気だるい体を持ち上げてラークさんへと向かい直ると、大きく頷く。
「ええ……今やこの大陸経済の牛耳を執っているのはオルギオーデさんと、その子飼いたちです。しかも、証文の類は全てオルギオーデさんが管理している……前準備のない逮捕なんかすれば……」
金融崩壊……経済恐慌に見舞われることだろう。それほどまでにこの大陸の経済はオルギオーデさんの一身に依存していたということだ。
だが、オレはそれ以上に不思議なことがあった。それは……
「もしかして、ラークさん、このこと最初からわかってました……?」
「……どういうことだ?」
「オルギオーデさんの商会は、たしかにあらゆる組織に、多かれ少なかれ関わっていました。『バビロン』ですら例外じゃあなかった。でも、たった一つだけ、オルギオーデさんの影響を受けていない組織があった……」
「教会……『大聖堂』のことか」
ラークさんの纏う雰囲気が急に重たいものに変わる。鳶色の瞳はなおさらに剣呑な光りを帯、オレの言わんとすることを制してくる……が、オレも引くつもりは無い。
「……ラークさんが『大聖堂』と契約を結んだ、って話……聞きました」
オレのその言葉にラークさんの眉が釣りあがる。オレが知っていることが意外だったんだろう。顔には僅かに驚きの色があった。
「それが、ケールを守るためだって事も……それに、この前オルギオーデさんが23年前の話をしようとしたときに止めてましたよね? それも、もしかしてケールの為……――」
「……誰からだ……」
ラークさんはオレの言葉を半ばで静かな、しかし協力な圧力を持って制した。
「グレイプさんからです……」
予想はついていたんだろう、ラークさんはかなり大きな音の舌打ちをした。しかし、その表情は怒っているというよりも、どちらかといえば照れているようにも見えた。
「……で、お前は何が聞きたいんだ……?」
「……知りたいんです。23年前、一体何があったのか。それに……」
オレは昨日、今日で集めた情報を幾度も頭の中で反芻した。そして、その度にぶつかる疑問点があった。
「本当に、『大聖堂』が、『王党派』なのかどうかを……」
最初の疑問は、なぜケールが『大聖堂』から奨学金を受け取ったのか、ということだった。もちろん、ケールが優秀だからということもある。しかし、それ以上にケールが火燐のオークの息子だからじゃないかとオレは考えた。
……火燐のオークが伝説といわれるようになったのは23年前の、カテンによるケトケイへの侵略からだ。それに、ケールのお母さん……メイプルさんと出会ったのもその頃のはずだ。
……23年前、傭兵であったオークさんはカテンかケトケイに居て、その戦いによって名を上げた。そしてそこでメイプルさんと出会い、なんらかの形でウリムのプルシエ教会へと身を寄せ、そこで現在の大司教とであった。
……そして、もしも戦勝国のカテンに属していたのなら、今でもウリムに居るとうことは考えにくい……!
「もしかして、ラークさんと、ケールの、本当のふるさとって……!」
それ以上、先の言葉を、オレは言うべきか躊躇った。目の前では、変わらず厳しい顔つきをしたラークさんだが、その顔は何かを耐えているようにも見える。オレ達しか居ない、談話室に、一瞬の沈黙が降り注いだ。
「……本当の、ふるさとは……ケトケイ……――」
意を決して、みなまで言ってしまうと、ラークさんの、深いため息が聞こえた。
「……殿下が23年前のことを知りたい、といった時から、いつかばれるかも知れないとは思っていたけど……まさか追試常連者のお前に真っ先にばれるとはな……」
それは、どことなく諦めを含んだ、朗らかな微笑みだった。が、不意にまた真面目な顔つきになると、幾分か鋭さを取り戻した声で、言った。
「……23年、一体何が原因で戦争になったのか、それはオレも聞かされていない……けど、裏に教会が関わっていたのは間違いないらしい。それに……」
それは、ラークさんに似合わない、どこか歯切れの悪い、いいよどみだった。
「それに、今オレが受けている大司教からの任務だと、四大幹部の〈ドラゴン〉ってやつも、ケトケイ出身かも知れない」
「〈ドラゴン〉……!」
忘れもしない、その名前にオレは歯を食いしばった。あの夜、リーフを殺そうとしていたあの男……オレが、手も足も出なかった……ケトケイの……亡国の王子。
「……ラークさん、その、大司教からの任務って……」
ラークさんは、一瞬だけ、悩む素振りを見せるが、しかし屹然と向かいなおって教えてくれた。
「〈ドラゴン〉の暗殺……オレ達の親父、火燐のオークが唯一仕損じた、難行だよ」
あれから翌日、リーフが王都から戻ってきて、やはりオルギオーデさんを捕まえることを決心したらしい。その苦悩に満ちた顔を見れば、リーフもわかっているんだろう。オルギオーデを捕まえるという事は、この国の根幹を揺るがしかねないことだという事を。
そして、オレはそんなリーフを見ながら、全く別のことを考えていた。それは、ラークさんの話してくれた任務のことだ。
〈ドラゴン〉の暗殺……オークさんが仕損じたということは、『大聖堂』……大司教は〈ドラゴン〉の存在を快く思っていないという事だろう。そして、〈ドラゴン〉はケトケイの出身で、やつの言葉を信じるならば、その国の王子であったはずだ。
……ああ、くそ! わかんねぇ……!
こういう時は、オレよりも頭のいいケールやリーフに相談したくなるが、なにぶん、ケールに話せばラークさんと『大聖堂』との契約についても話さなくてはいけなくなり、これまでケールを守ろうとしてきたラークさんの意志が無駄になるし、リーフもいまはそれどころじゃあないはずだ。
ふぅ……
オレも、頭に血が上りすぎちまってるみたいだ。たしかに、〈ドラゴン〉と『大聖堂』については良くわからないことも多いが、今はそればかりに頭を悩ますべきじゃあない。今はリーフとともに、オルギオーデを逮捕すること、そして、逮捕に伴って起こる、大陸規模の恐慌をどうするかを考えるべきだな。
オレは、もう一度心の中だけでため息をついて、リーフとケールを、フローロへ誘うことにした。難しいことを考えるなら、もっとリラックスできる場所のほうがいいよな?
「聞いていましたね、レオン」
「無論だ。が……まずいことになったな」
『学院』にて、学生たちに与えられる寮部屋のベットの上、その薄暗がりのなかで、二体の綿詰めの獣が密談を始めた。
「オルギオーデ……〈マーラ〉がつかまること自体に文句はありません。あれは、〈マンティコア〉についで勝手な行動が目に付いていましたからね……」
白色に一角獣、リコルが、そのコミカルに貼り付けられた笑顔とは裏腹に、どこか緊迫とした声を上げる。
「……あいつは捕まれば、躊躇いも無く話すだろうな……我等が主のことも、『バビロン』のことも……」
それに対し、どこか情けない風貌をしたライオンのぬいぐるみ、レオンはすでに心を決したような、覚悟ある声で答える。
「……あまり、事は荒立てたくなかったのですが、いたし方ありませんね……ご主人様の為に……ないより――」
「『キューブ』の主の為に……な」